プロローグ 秋の余韻
2026.2/9
今回は全10話で、初日のみ2話更新いたします。
「はい、チーズ!」
町田アンナの元気のいい掛け声とともに、スマートフォンのシャッターが切られる。
それで画像に収められたのは、『KAMERIA』のメンバー四人がぎゅうぎゅうに寄り集まった姿である。その背後には、申し訳ていどに金ぴかの建造物が垣間見えていた。
「あはは! やっぱこれじゃあ、せっかくの金閣寺が台無しだねー! 誰かに撮影をお願いしよっか!」
「面倒だなぁ。あんた、そこまで記念写真に執着する性癖だったっけ?」
「だって、こーゆー写真をプリントすると、めぐるが喜んでくれるからさー! それなら、撮り甲斐もあるってもんよ!」
町田アンナは無邪気に笑い、めぐるは和緒に頭を小突かれる。そして栗原理乃は幸せそうに微笑みながら、そんなやりとりを見守っていた。
今は修学旅行のさなかであり、『KAMERIA』の四名は本来の班を離れて自由行動を楽しんでいる。初日の本日は、京都の名所巡りであった。
めぐるは熱を出すこともなく、生まれて初めての修学旅行に参加することになったのだ。
そしてかねてよりの計画通り、『KAMERIA』のメンバーでその時間を楽しんでいる。それでめぐるは期待していた以上に、胸を高鳴らせていたのだった。
町田アンナが元気いっぱいなのはいつも通りのことであるし、和緒はいつでもポーカーフェイスだ。よって、常ならぬ昂揚をこぼしているのはめぐると栗原理乃の両名であった。
コミュニケーション能力に難があるめぐると栗原理乃は、こういう行事において孤立するのが通例であったのだ。それでこのたびは町田アンナと和緒の温情によって、人並み以上の幸せを噛みしめているわけであった。
「いざ来てみると、やっぱ楽しいもんだねー! 中学んときも京都・奈良だったけど、三年も経ってるからキオクもあやふやだしさー!」
「ふん。あたしにとっては、鬼門の地だけどね」
めぐるが思わず振り返ると、すぐさま「冗談だよ」と頭を小突かれた。
「京都は忌まわしき母親の故郷だけど、名所巡りなんて縁がなかったからさ。関連性は、皆無だよ」
「京都っていっても、広いもんねー! ウチだって千葉の生まれだけど、地元のことしかわかんないしさー!」
町田アンナはけらけらと笑ったのち、目の前に現れた大きな池を見回した。
「おー、ここもゼッケーだねー! リィ様の変身グッズと紙袋を持ってきてれば、いいピーアール画像が撮れたのになー!」
「制服で身バレするでしょうよ。個人情報の流出も、ほどほどにね」
そんな風に言ってから、和緒はめぐるを見下ろしてきた。
「ところであんたは、ずっと右手をポケットに突っ込んでるよね。いつからそんな不良少女に成り下がったのさ?」
「え? そ、そんなつもりはないけど……」
「それじゃあいったいポケットの中で、何をこねくり回してるのかな?」
やはり和緒には、すべて見透かされているようである。
それでめぐるが観念してポケットの中身を取り出すと、町田アンナと栗原理乃はきょとんとした。
「何これ? ベースの弦……だよね?」
「は、はい。交換した弦を短く切って、丸めただけです」
十五センチほどのサイズに切った四本の弦を丸めて、ビニールテープで固定しているのだ。そして、ひとつにまとめた切り口のほうはきゅっとすぼまっているが、丸めたメモ用紙を弦と弦の間にはさんで固定しているため、表のふくらんだほうではおおよそベースに張られているときと同じていどの隙間があけられていた。
「うーん? これで何か、トレーニングになるのー?」
「い、いえ。ただ、三日もベースにさわれないのは初めてのことなので……せめて、弦だけでもさわっておこうかと……」
めぐるが恥じ入りながら答えると、栗原理乃は何やら感服しきった様子で深々と息をついた。
「本当に、遠藤さんの熱意はすごいです。どれだけ見習おうとしても、まったくかないません」
「と、とんでもないです。わたしなんかを見習っても、いいことはありませんので……」
「あたしはプレーリードッグの執念に恐れ入るばかりだよ。まさか修学旅行に向けて、そんなものを準備していたとはね」
「うんうん! やっぱ、めぐるはすっげーね! みんなに自慢したいぐらいだなー!」
「い、いえ。こんな話は、呆れられるだけだと思います」
そんな風に応じながら、めぐるはますます恥じ入るばかりである。
しかし、根っこの幸福な気持ちに変わりはない。めぐるは十六歳という年齢になって、初めて旅行の楽しさというものを思い知ることになったのだった。
『KAMERIA』のメンバーとともに過ごしているだけで、めぐるは幸福な限りである。もちろんライブや練習の時間とは比較もできなかったが、この楽しい時間に文句をつけることは許されなかったし、そんな気持ちにも陥ることはなかった。
そうしてめぐるたちは、秋の余韻ともいうべき時間を楽しく過ごし――また新たな季節を迎えることに相成ったのだった。




