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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Side:V-

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06 秘密の打ち上げ


     --SIDE:F--


「けっきょくさ、あんたのおかげであたしらが割を食うことになっちゃったじゃん!」


 ライブの後の、秘密の打ち上げの場において――そんな風にがなりたてたのは、『ペッパーフロート』の土田奈津実であった。


 がなっている相手は、『ドープドランカー』の浅川亜季だ。そちらはテーブルに頬杖をつきながら、ビールのジョッキを愛おしそうに撫でていた。


「こっちだって、必死だったんだよぉ。あたしが気合を入れないと、リハとおんなじ醜態をさらすことになってただろうからさぁ」


「あたしにしてみりゃ、そっちのほうがマシだったよ! うちのメンバーは、みんなビビリなんだからさ!」


 すると、『バグライフ』の中野晴佳も「あはは」と笑って会話に加わった。


「でも、ヴォーカルは二人ともヨレてなかったよね。ナツさんも尻軽くんも、大した心臓だと思ったよー」


「まったくだね。あんなヨレた演奏をバックに、よく歌えるもんだ。あんたたち、演奏をちゃんと聴いてないんじゃないの?」


 布由井照美ももののついでで声をあげると、土田奈津実は「うっさいなー!」とこちらに矛先を向けてきた。


「あんたたちは、いいよねー! リハなんかしなくても、ヴォーカルだってバッチリだったじゃん!」


「……だから、それが余計に腹立たしいってんだよ」


 布由井照美はハイボールとともに、憤懣の思いを呑み下した。

 確かに『ソル・ド・スー』のステージは、いつも通りの仕上がりであったのだ。よって、本番の直前まで姿を見せなかったヴォーカルの美玲も、布由井照美の説教に耳を貸そうとせず――それで布由井照美も、飲まずにはいられない心境に至ったのだった。


 ここは布由井照美の行きつけである、地元のダイニングバーである。

 布由井照美は余人に自分の車を運転させたくないため、運転代行サービスを利用する気になれないのだ。そんな布由井照美がライブの後に酒を楽しむにはいったん自宅に戻る必要があったため、この場所が秘密の打ち上げの会場に選ばれたわけであった。


 四人分の機材を詰め込んだワゴン車は、マンションの駐車場に置いてきている。そこから徒歩で、このダイニングバーに移動したのだ。それから一時間ほどが経過した時点で、もう全員がかなりの酒を口にしていた。


(……四人中の三人が、未成年だってのにね)


 布由井照美も十九歳の身でバー通いなどをしているが、普段はたしなむていどの酒しか口にしていない。こんなにも酒が進んでしまうのは、ひとえに美玲の腹立たしさと――あとはやっぱり、周囲につられてのことであろう。最年少の浅川亜季などは、もう布由井照美の倍ぐらいのアルコールを口にしているはずであった。


「……それでけっきょく、あんたたちは何を悩んでんの? いい加減に、白状しちゃいなよ」


 と、土田奈津実が浅川亜季と中野晴佳の姿を見比べた。

 浅川亜季はつまみのナッツをかじりながら、「うーん」と考え込む。


「ぶっちゃけたい気持ちは満々なんだけどさぁ。やっぱ、メンバーの恥を余所にもらすのは忍びないんだよねぇ」


「何それ! あたしなんて、最初っから恥をさらしまくりなんだけど?」


「そりゃあまあ、尻軽くんは余所にも実害を出してるわけだしねぇ」


 すると、可愛らしく頬を紅潮させた中野晴佳が「よーし!」と声を張り上げた。


「じゃあ、あたしがぶっちゃけちゃう! でもでも絶対、秘密にしてくれる?」


「ふん。他人の不幸をいちいち吹聴する趣味はないよ」


 と、土田奈津実はカクテルグラスのモスコミュールをすする。確かにこの娘は、そんな下世話な好奇心で話を聞きほじっているわけではないのだろう。この土田奈津実というのは意外に親切な人間で、思い悩んでいる相手を放っておけないようであるのだ。この一時間ばかりで、布由井照美もそんな確信を抱くに至っていた。


「実はさ、メンバーのひとりがもう片方のメンバーにたかってるんだよ。それで、あたしが泣き言を聞かされる役目になっちゃってるの」


 中野晴佳の言葉に、土田奈津実は「はあ?」と眉をひそめた。


「何それ? たかってるって、お金のこと? バカだなー! どんな集まりでも、お金のことはきっちりしておかないと!」


「女関係できっちりできないバンドの人間が、それを言うかい」


「うっさいなー! それでまさか、中野さんもお金を貸しちゃったとか?」


「ううん。バンド内では、秘密ってことになってるの。だからあたしも、身動きが取れないんだよねー」


「うわー、いっそうドロドロしてきた! そんな秘密を抱えて、よくバンドなんてやってられるねー!」


 酒が回る内に、土田奈津実も丁寧な言葉づかいを忘れてしまっている。しかし中野晴佳はむしろ嬉しそうな様子であったので、布由井照美は指摘せずにいた。

 そして、そんな中野晴佳も今は眉を下げてしまっている。メンバー内の人間関係で、とことんめげてしまっているようだ。


「それでも、バンドのクオリティには文句もないんだよね。人間関係は最悪でも、上を目指すからには忍耐と覚悟が必要なのかなって……ナツさんは、どういう気持ちで尻軽くんとバンドを続けてるの?」


「えー? そりゃーもう、あいつの才能と品性を天秤にかけてるだけさ! あんなにルックスがよくて歌も上手いやつなんて、そうそういないからね!」


「へーえ。あんただったら、あんなやつに頼らなくてもどうにかできそうなもんだけどね」


 布由井照美が口をはさむと、土田奈津実は子供のように口をとがらせた。


「でも、うちの作詞は全部あいつだし、作曲も半分ぐらいあいつなんだよ。あたしは作詞も作曲もできないから、ひとりじゃどうにもならないのさ」


「ふうん。それでもライブのたびにやきもきするぐらいなら、切り捨てたほうが早いんじゃない?」


「あのさ、あいつが抜けた図をちゃんと想像してみなよ。あたしだってそれなりのヴォーカルのつもりだけど、それじゃあ面白くも何ともないでしょ? うちのバンドから男女ヴォーカルっていう強みを取ったら、そこらのつまんないバンドに成り下がるだけさ」


「まあ確かに、あのバンドを引っ張ってるのはヴォーカルの二人だよねぇ。どっちかが抜けたら、魅力も半減しちゃうかなぁ」


 と、浅川亜季ものんびり口をはさんだ。


「で、リハを見た感じだと、バンドとしても音はまとまってるしねぇ」


「……本番は、あんたのせいで散々だったけどね」


「あはは。あれしきで調子を崩すようじゃ、まだまだだねぇ」


「何があれしきだよ! この世の終わりみたいな迫力で突っ走ったくせに!」


「人の行きつけで、騒ぐんじゃないよ。……それであんたは、だんまりのまま帰るつもりかい?」


 布由井照美がうながすと、浅川亜季はいっそうだらしなく身を沈めた。


「なんだかんだ、みんな優しいよねぇ。今日はもう、みんなの優しさに甘えちゃおっかなぁ」


「うん、なんでも話してよ。こっちばっかり聞いてもらうのは、申し訳ないからさ」


 中野晴佳の言葉が最後のひと押しとなって、ついに浅川亜季も語り始めた。


「実はさぁ、メンバーが二人ともあたしに告ってきたんだよぉ。それをお断りしたら、バンド内の空気が最悪になっちゃったのさぁ」


 一瞬の静寂ののち、土田奈津実が再び「はあ?」と顔をしかめた。


「何それ? フラれた腹いせに、バンドで手を抜いてるってこと?」


「いやぁ、バンドを二の次にして、二人で角を突き合わせてる感じかなぁ。どうしてそんなことになっちゃったのか、あたしにはさっぱり理解できないんだよねぇ」


「それは……たぶん二人とも、まだアキさんのことが好きなんだよ。だから、恋のライバルとして対立しちゃってるんじゃない?」


 中野晴佳が真剣な面持ちで声をあげると、浅川亜季は「うーん」と悩ましげに頭をひっかき回した。


「そんなことはないって否定したいところなんだけど、そういう波動はビシバシ感じるんだよねぇ。それでバンドに集中できないってんなら、やっぱりもう限界なのかなぁ」


「んー。今日のライブを見る限り、あいつらはあんたの足を引っ張るだけみたいだしねー。それでバンドを解散したら、心置きなくどっちかとつきあえるんじゃない?」


 土田奈津実の言葉に、浅川亜季は眠そうな目つきできょとんとした。


「ナツっちは、大事なバンドを崩壊に導いた相手とねんごろになれるのぉ?」


「ねんごろって何だよ。あんた、ほんとに十八歳なの?」


「こら。でかい声で法律違反を吹聴するんじゃないよ」


 布由井照美が頭を引っぱたくと、土田奈津実は「痛いなー!」とわめいてから舌を出した。


「ま、あたしだったらバンドを二の次にするようなやつは絶対にゴメンだけどね! 見た目も、ぜーんぜんタイプじゃないしさ!」


「あはは。ナツっちにも同意をもらえて、何よりだよぉ。バンドと恋愛のどっちが大事かなんて、比べるべきじゃないんだろうけど……だからこそ、あたしはバンド内の恋愛を禁止にさせてもらったわけだしねぇ」


 浅川亜季はふにゃふにゃと笑いながら、グラスに残されていたビールを飲み干す。

 すると、中野晴佳は「うーん」と考え込んだ。


「でも、ある意味ではアキさんが一番切実かもねー。バンドそのものが上手くいってないとなると……本当に、解散覚悟でぶつかりあうしかないんじゃない?」


「うん。今日のライブがあの体たらくだったから、あたしも最終フェーズに突入するつもりだよぉ。……でも、よくよく考えたら、ハルっちやナツっちのほうが切実かなぁ」


「え? なんで?」


「だって、バンドそのものは順調だから、どうしていいかわかんなくなっちゃってるんでしょ? それはそれで、しんどいよぉ」


「中野のほうは、確かにね。でも、土田のほうは、そこまで切実なの? カリカリしてるけど、なんだかんだで尻軽男のことを許容してるんでしょ?」


「許容なんて、してないよ! あいつがいないと上を目指せないのに、あいつが目の上のたんこぶになってるんだからさ! この前だって、あいつのせいでひどい騒ぎだったんだから!」


 と、土田奈津実はがっくりと肩を落とした。


「あんなやつを頼らなきゃいけないのが、情けないよ。あたしにもっと才能があれば、ひとりでどうにかできるのにさ」


「もういっぺん言わせてもらうけど、あんただったらどうにかできると思うよ。もちろんそれには、今より強力なメンバーが必要なんだろうけどさ」


 土田奈津実がずいぶんしょげているので、布由井照美はそんな風になだめることにした。


「うちのヴォーカルだって作曲なんてできないし、作詞もヴォーカルが受け持つって決まってるわけじゃないでしょうよ。ヴォーカルで重要なのは、歌唱力と人をひきつける魅力なんだからさ。あんたはどっちも、及第点なんじゃない?」


「……だからさ、及第点じゃ上は目指せないでしょ?」


「だからそれは、メンバー次第だよ。ソロシンガーを目指すんじゃなければ、メンバーひとりひとりの力が重要なんだからね。それでこその、バンドでしょ?」


「……あんたは理想的なメンバーと巡りあえたから、そんな風に言えるんだよ」


 土田奈津実の何気ない言葉が、思わぬ鋭さで布由井照美の心に食い入ってきた。

 確かに現在のメンバーは、申し分ない存在だと思える。美玲の我儘にさえ目をつぶれば、どこにも不満は見当たらないのだ。


 ただ――何かのピースが欠けている。あと一歩で本当の理想に辿りつけそうな感覚であるのに、その一歩が埋まらないのだ。今日も満足なステージをこなしながら、布由井照美の心情に変わるところはなかった。


「……そろそろフユっちも、思いのたけを語ってみたらぁ?」


 と、浅川亜季が眠たげな目を向けてくる。

 相変わらずののほほんとした顔つきであったが、その眼差しは妙に透き通っていた。


「……何がさ? 遅刻女の不満は、さんざんぶちまけたつもりだけど?」


「でも、もっと根深い何かがあるんじゃないのぉ? 今さら遠慮はいらないよぉ」

「ふん! そもそも遠慮するようなガラじゃないでしょ! さっさと白状しちゃったら?」

「うんうん! 何か悩んでるなら、何でも聞かせてね!」


「だから、悩んじゃいないってのに」


 こちらを見つめる三人に向かって、布由井照美は本心からそう答えた。

 布由井照美は彼女たちのように思い悩んでいるのではなく、何に思い悩むべきであるのかがわからないのだ。

 この心の隙間を埋めるには、いったい何をすればいいのか――布由井照美には、それがわからなかったのだった。

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