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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Side:V-

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328/366

01 秋と春

2026.1/17

今回は全11話の予定です。毎日更新いたします。


     --SIDE:A--


 楽曲がサビに入ったところで、浅川亜季は歌と演奏を取りやめた。

 浅川亜季が一年ほど前に結成したバンド、『ドープドランカー』のスタジオ練習のさなかのことである。チェリーレッドのレスポールを肩から下げた浅川亜季は溜息を噛み殺しながら、調子の出ないメンバーたちの姿を見比べた。


「ちょっとリズムがヨレてるねぇ。もっぺん、最初からやろっかぁ」


 すると、ドラムのヒロキが「ふん」と鼻を鳴らした。あまり背は高くないががっしりとした身体つきで精悍な顔立ちをした、二十二歳の最年長メンバーである。


「文句だったら、そいつに言えよ。ドラムを無視して、馬鹿みたいに突っ込んでるんだからな」


 すると、ベースのショータが「あん?」と眉をひそめた。こちらはヒロキより一歳年少で、すらりとした長身をしている。癖のある髪を肩までのばしており、長い前髪の隙間から冷たく目を光らせていた。


「それは、お前がモタってるせいだろ。この曲は、疾走感が命だってのによ」


「テンポを上げりゃあ疾走感が出るってのか? シロウト丸出しの発言だな」


「お前みたいにパワー頼みのドラムがモタったら、目もあてられねえんだよ」


 ただでさえ殺伐としていたスタジオ内の空気が、ますますささくれだっていく。

 浅川亜季は真っ赤に染めたざんばら髪をひっかき回しながら、「あのさぁ」と仲裁した。


「もうすぐライブだってのに、そんな調子で大丈夫なのぉ? バンド内にゴタゴタは持ち込まないって約束だったよねぇ?」


「……だからって、あんなヘボプレイは無視できねえだろ」


「ヘボはどっちだよ。アキだって、モタってると思ったろ?」


 浅川亜季は再び溜息を噛み殺しながら、「さあ?」と答えた。


「この曲は、そんなきっちりテンポを決めなくても成立してたでしょうよ。二人のリズムがしっかり噛み合えば、それでいいんだよぉ」


「だったら、ベースがドラムに合わせるべきだろ」


「だったら、もっとまともなリズムを叩けよ」


 浅川亜季はフルボリュームのギターサウンドを鳴らして、不毛な口論を断ち切った。


「あとは、プレイで語ってくれる? それが無理なら、今日は帰らせてもらうねぇ」


 ヒロキとショータは、ふてくされたような面持ちで口をつぐむ。

 浅川亜季は十八歳の最年少であるのに、子供の面倒でも見ているような心地である。そして、個人主義をモットーとする浅川亜季にとって、他者の言動に干渉するというのはまったくもって不本意な行いであった。


(ヒロキもショータも、根っこはいいやつなのになぁ……どうしてこんなことになっちゃったんだろ)


 そうして演奏を再開したのちも、けっきょく両者のリズムが噛み合うことはなく――その日のスタジオ練習は、何の実りもなく終わりを迎えたのだった。


                ◇


「おい、待てよ、アキ」


 スタジオ練習を終えた浅川亜季が駅に向かって歩いていると、後ろからヒロキが追いかけてきた。


「……どうしたのぉ? そっちは、車でしょ?」


「ちょっと話したいことがあったんだ。……今日は、悪かったよ」


 精悍な顔立ちをしたヒロキが、しゅんとしょげている。浅川亜季としては、反応に困るところであった。


「謝るぐらいなら、きちんと音を合わせてほしかったなぁ。今日はスタジオ代が無駄になっちゃったじゃん」


「ああ、ごめん。でも、それはあいつがいちいち俺につっかかるからだよ。バンドはきっちり続けようって約束だったのにな」


「……それは、おたがいさまじゃない? どっちかっていうと、喧嘩ッ早いのはヒロキのほうだろうしねぇ」


「それはあいつが、ムカつく態度を取るからだろ? だいたい、あいつは陰険なんだよ。無駄にプライドが高いから人の言うことなんざ聞きやしないし、先月のライブだって――」


「…………」


「あ、ああ、ごめん。俺だって、喧嘩したいわけじゃないんだよ。このバンドは、ずっと続けていきたいからな」


 浅川亜季はその言葉を信じて、不毛な争いに耐えているのである。

 小学生の時代からエレキギターを弾いている浅川亜季は、これまでにいくつものバンドを渡り歩いてきた。その末に巡りあったのが、ヒロキとショータであったのだ。

 この三人ならば、きっと理想のバンドを実現できる――つい先月までは、浅川亜季もそのように信じていたのだった。


 事の起こりは、このヒロキである。

 こともあろうに、ヒロキは浅川亜季に恋情を抱いてしまったのだ。


 バンド内の恋愛は禁止にしようと取り決めていたので、浅川亜季は心から驚かされることになった。それで丁重にお断りしたのだが――その直後に、今度はショータのほうが愛の告白を仕掛けてきたのだった。


 もちろん浅川亜季は、そちらも丁重にお断りした。

 タイプがどうこうと取り沙汰する前に、浅川亜季はバンド内に色恋沙汰を持ち込みたくなかったのだ。余人はどうだか知らぬが、浅川亜季にとってはそれが絶対の条件であった。


 それでも二人はすっぱり身を引いてくれたので、浅川亜季もほっとしていたのだが――本当の騒乱は、その後に待ち受けていた。ヒロキとショータがおたがい秘密裡に告白したことを知ってしまい、現在の険悪な雰囲気が完成してしまったのである。


 二人はともに想いを成就できなかったのに、どうしていがみあうことになってしまったのか、浅川亜季にはさっぱり理解が及ばない。

 それから一ヶ月が経過した現在も、バンド内の空気は悪化の一途をたどっていたのだった。


「……こうやってコソコソしゃべるのも、よくないんじゃない? 必要なら、また三人で話し合う?」


「いや。何を話したって、平行線だよ。下手したら、血を見る騒ぎになっちまうんじゃないかな」


「……だったら、もう限界なのかもねぇ」


「そ、そんなことはねえよ。それを伝えたくて、アキを追いかけてきたんだ」


 ヒロキは必死の面持ちで、そう言いつのった。


「どれだけあいつがムカついても、ライブはきっちりやりとげるよ。だから、愛想を尽かさないでくれ。絶対に、アキの期待は裏切らない」


「……わかったよぉ。それじゃあ、おたがい頑張ろうねぇ」


 浅川亜季はひらひらと手を振って、歩を再開させた。

 すると、ヒロキは犬のようについてくる。


「あ、あのさ、よかったら家まで送ろうか? おかしな真似はしないって約束するから……」


「それをショータが知ったら、またモメるでしょ? あたしは大人しく、電車で帰るよぉ」


 しょんぼりとうつむくヒロキを残して、浅川亜季はてくてくと駅を目指した。

 来週のライブは、いったいどんな有り様に成り果てるのか――根っから楽観的な浅川亜季でも、この際はまったく安穏としていられなかった。



     --SIDE:H--


「……だからさ、ミナちゃんはカノコちゃんを甘やかしすぎだって言ってるじゃん。今さら泣きつかれたって、あたしにはどうにもできないよ」


 中野晴佳がそのように告げると、電話口の向こう側から『でも……』と弱々しい声が返ってくる。電話の相手は、同じバンドでギターを担当するミナであった。


『カノコちゃんがお金に困ったら、またパパ活を始めちゃうかもしれないし……そんなの、見過ごせないでしょ?』


「でもこれじゃあ、タカる相手がパパからミナちゃんにシフトしただけじゃん。本当にカノコちゃんのことを思うなら、真っ当に働くようにアドバイスするべきじゃない?」


『でも……そういう話をすると、カノコちゃんはすぐに怒っちゃうし……』


「だったら、あたしが直接カノコちゃんと話をつけようか?」


『そ、それはダメだよ。ハルカちゃんにこんな話をしてるってバレたら、カノコちゃんに嫌われちゃう』


「それなら、自分でどうにかするしかないでしょ? 同じ苦労をするなら、ケンカをしてでもぶつかったほうが建設的じゃない?」


『でも……』と、ミナは口ごもってしまう。

 すでに時刻は、午前の二時だ。ミナはもう三十分以上も、同じような泣き言を繰り返していた。


 その原因は、同じバンドでベース&ヴォーカルを担当しているカノコである。

 金にだらしないカノコは、スタジオやライブでかかる費用をすべてミナに肩代わりさせているのだ。そして現在はそれがエスカレートして、生活費まで工面させているようであった。


(……これって、共依存ってやつだよなぁ。どうしてこんなことになっちゃったんだろ)


 中野晴佳は二十歳で、ミナとは大学の軽音楽サークルで知り合った。それで昨年、ミナの紹介で外部のカノコとバンドを組むことになったのだ。


 カノコは魅力的なヴォーカリストであり、歌メロと歌詞を手掛ける才能にも恵まれていた。なおかつ、容姿のほうも申し分なかったし、ファッションセンスもなかなかのものであるし、人好きのする朗らかな人柄であったし――こんなにも穴のない人間が存在するのかと、中野晴佳はひそかに感服していたのだ。


 だが――その裏側には、好ましくない一面が隠されていた。

 端的に言って、カノコには社会人としての適性が欠落していたのだ。

 バンド活動というプライベートな空間では理想的な人柄でも、アルバイトなどは三日も続かない。楽しくないことにはいっさい労力を払いたくないという、そういう厄介な人間であったのだった。


 それでもバンド活動をきちんとこなせるのであれば、中野晴佳としても文句はないのだが――主に金銭面で、彼女は問題児であった。バンド活動をきっちりこなすかたわらで、それにかかる費用はまったく捻出できなかったのだ。それで、人のいいミナが犠牲になったわけであった。


 しかしまた、中野晴佳はそれで両者の新たな一面を再発見することになった。

 カノコはただ明るく元気なだけの人間ではなく、特定の相手にはべったりと甘える気質であり――そしてミナは、他者に甘えられることに充足を覚える気質であったのだ。


 中野晴佳の知らない間に両者の共依存はどんどん進行していき、気づいたらこの有り様である。

 どうやらミナはカノコの生活を支えるためにクレジット会社から借金まで背負い、今度は自分の生活が破綻しかけているようであった。


 ただし、ミナもカノコも中野晴佳に経済的な無心をしようとはしなかった。

 おそらくは、中野晴佳がそういう面に関して潔癖であることを察しているのだろう。二人が予測している通り、中野晴佳は自分にまで金銭の要求が及んだならばその場で縁を切る覚悟を固めていた。


 しかし二人が最後の一歩を踏み出してこないため、この不毛な関係がずるずると続いてしまっている。

 また、そういうプライベートな面を除けば、バンドのメンバーとしては理想的な両名であるのだ。中野晴佳は大学の卒業後も就職はしないでバンド活動に打ち込む心づもりであったため、二人の実力には大きな魅力を感じているのだった。


(でも、このままでいいわけないよなぁ。あたしは、どうするべきなんだろう)


 中野晴佳は社交的な人柄で、どのような相手でもたいていは仲良くなれる。ただその代わりに、特定の相手と深い仲になるのは不得手であるのだ。ミナとカノコのおかげで、中野晴佳はそんな事実を再確認させられていた。


(あたしの器じゃ、この二人を受け止めきれないのかなぁ。あたしなんて、ただの八方美人だもんなぁ)


 そんな思いを心の奥底に渦巻かせながら、中野晴佳はミナに語りかけた。


「とりあえずさ、チケットを頑張ってさばこうよ。赤字が出なければ、お金に困ることもないでしょ?」


 来週は、馴染みの薄いライブハウスのイベントに出演するのだ。そちらで確かな結果を見せれば、またバンドのステップアップにもつながるかもしれなかった。

 しかし、ミナは『うん……』と弱々しく応じるばかりで、中野晴佳の気持ちはまったく晴れなかったのだった。

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