05 インターバル
「花ちゃんさん、お疲れさまー! 今日のステージも、サイコーだったよー!」
やがて『ヴァルプルギスの夜★DS3』の面々が客席に出てくると、まずは町田アンナが元気な声で呼びかけた。
鞠山花子たちも、すでに私服に着替えている。鞠山花子はチューリップハットにサイケデリックな柄をしたワンピースに真っ赤なブーツ、ミサキは小さなハットに可愛らしいワンピース、樋崎真子はよれよれのTシャツにダメージデニム、原口千夏はオーバーサイズのリネンシャツに七分丈のクロップドパンツといういでたちだ。
さらに原口千夏は小洒落た中折れ帽で特徴的な頭を隠し、かろうじて目もとが透けるぐらいのサングラスを装着している。有名なバンドに所属している彼女は、人相を隠す必要があるのだろうと思われた。
「わざわざ出迎えご苦労だわよ。マジカルなひとときを堪能できたんだわよ?」
「うん! やっぱヴァルプルは、すっげーパワーだったよー! こんなバンドと対バンしたなんて、信じられないぐらいだねー!」
「ふふん。わたいたちは、まだまだ覇道の道半ばなんだわよ。次はオーディションじゃなく、正式に出場依頼を受けたいところだわね」
ステージ直後の昂揚も感じさせず、鞠山花子はにんまりと不敵に微笑んだ。
そしてこちらには、ミサキがおずおずと近づいてくる。
「あ、あの、さっきはありがとうございました。みなさんのおかげで、大失敗せずにすみました」
「は、はい。ミサキさんはいつも通り、素敵でした。こんな大きな会場でも、ベースは素敵な音色でしたよ」
めぐるが心からの言葉を届けると、ミサキも嬉しそうに微笑んでくれた。
鞠山花子は満足そうに目を細めつつ、浅川亜季のほうに向きなおる。
「ところで、いくぶん顔ぶれが入れ替わってるだわね」
「うん。メインステージでカメっちおすすめのバンドが出るから、『マンイーター』のみんなは速攻で移動したよぉ」
そしてその代わりに居揃っているのは、『バナナ・トリップ』の面々である。それらの姿を見回しながら、鞠山花子は「ふむだわよ」と平たい下顎を撫でさすった。
「すっかり親睦が深まったようだわね。そちらの眼鏡っ娘がつないだ縁なんだわよ?」
「いやぁ、こっちのご縁はかよわい糸一本だったんですけどね」
和緒が肩をすくめると、ウェンが「そーなのだ!」と声を張り上げた。
「ロッキーなんて、なーんの役にも立っていないのだ! 我々は、自由意思のもとに集っているのだ!」
「うんうん。あんたたちのステージはぶち面白かったし、ここにゃあかわいこちゃんがそろうとるけぇさ」
コッフィが笑顔で追従すると、鞠山花子はまた「ふむだわよ」とつぶやいた。
「あんたたちは、キュートな存在に目がないそうだわね。それでこのメンツなら、まあ納得なんだわよ」
「んー? あんたはうちらのことを知っとるの? 一回でも会うとったら、忘れるこたぁない思うんじゃけど」
「あんたたちの勇名は都内に鳴り響いてるだわし、同じサマスピのステージに立つ身としてリサーチ済みなんだわよ」
鞠山花子がそのように答えたとき、見慣れぬ人間の一団がどやどやと近づいてきた。
何か独特の雰囲気を持つ、若い女性の集団である。その先頭に立っていた見栄えのいい女性が、子供のような笑顔で声を張り上げた。
「魔法老女、おつかれさん! サマスピに出るなんてナマイキとか思ってけど、まーそんなに悪くなかったよ!」
「ああもう、開口一番でけたたましいだわね。こっちは音楽関係者と語らってるんだわから、少しは空気を読むだわよ」
「空気を読めとか、あんたにだけは言われたくないね! ……でも、お邪魔しちゃったんなら、ごめんねー!」
と、その女性はめぐるたちに向かって白い歯をこぼした。
けっこうな美人で、部分的に金色に染めた髪をポニーテールにしている。頭だけ見れば『バナナ・トリップ』の一員であるかのようだが、もう少し年齢はいっていて、夏らしい軽装の下から隠しようのない色香が匂いたっていた。
それ以外にも、何だか正体の知れない女性たちが集っている。やたらと上背のある女性だとか、やたらと雄々しい顔立ちをした女性だとか、そうかと思えば少年のように短髪で可愛らしい女性だとか――さらには、褐色の髪で青い瞳をした白人の女性なども入り混じっていた。
「うひゃー。これ、みーんな格闘技のプロ選手だよー。しかも、足を洗ったウチでも顔と名前を知ってるような、トップファイターばっかじゃん」
と、町田アンナがひそめた声で驚きの思いを表明した。
格闘技の選手とは思えないような風体をした人間も入り混じっているが、確かに誰もがとてつもない生命力を発散しており、もともとの熱気がさらに上昇したような感覚だ。とりあえず、めぐるは和緒の隣で縮こまるしかなかった。
「で、あんたはこの後、どーすんの? あたしらは、サードステージに向かおうかなーって話してたんだけど!」
最初の女性がそのように言いたてると、鞠山花子は肩をすくめつつバンド関係者に向きなおってきた。
「わたいもこの時間は、サードステージでまったり過ごすつもりだったんだわよ。あんたたちは、どうするんだわよ?」
「ブイハチさんと『KAMERIA』さんがメインステージで、あたしらはサードステージに向かうつもりだったよ」
「それじゃあ、テンタイの面々にご一緒するだわよ。残りの面々は、ご縁があったらまたのちほどだわね」
ということで、鞠山花子と7号こと樋崎真子、『天体嗜好症』の四名、そして格闘技の関係者はここでひとまずお別れすることになったた。
『KAMERIA』や『V8チェンソー』のメンバーとともにメインステージに向かうのは、ドラムの10号こと原口千夏ただひとりだ。残るは、『バナナ・トリップ』の面々であるが――ここでまた、ひと悶着があった。
「うちらもしばらくはヒマじゃけぇ、かわいこちゃんたちとご一緒しよー」
「はあ? あんたたちは、ヴァルプルとご一緒するために待ってたんじゃないの? それに、メインよりもサードのほうが、まだしもあんたたちの好みに合うはずだよ」
「そがいな名前も知らんバンドより、かわいこちゃんのほうが重要じゃろー? ロッキーは、ワガママじゃのぉ」
「ワガママなのは、どっちだよ! だったらあたしだけでも、サードステージに――」
「だめだめなのだ! ロッキーは目を離したら、ナニをするかわからないのだ!」
「それも、こっちの台詞だよ!」
そうしてけっきょく、『バナナ・トリップ』の五名もこちらと同行することになってしまった。
なおかつやっぱり、水着とショートパンツにアロハシャツを羽織っただけの姿である。彼女たちは派手な格好で会場を練り歩くことで、注目を集めようと画策しているのだった。
「ほんとは水着で歩きたかったのに、ビーチの客席しか許可できないなどと言われてしまったのだ! まったく、ホニャララの穴が小さな運営どもなのだ!」
ウェンはしたり顔でそのように語り、コッフィは「ほにゃららー」と愉快げに笑う。そしてやっぱり、ギーナとカーニャは我関せずであった。
「じゃ、移動しよっか! みんな、また後でねー!」
鞠山花子や『天体嗜好症』のメンバーに別れを告げて、こちらの一行もいざ足を踏み出した。
フォースステージからメインステージに向かうには、中央の休憩スペースを横断する必要がある。そちらはフードコートになっており、フォースステージの客席の倍ぐらいのスペースが取られているのだ。数万人の観客を迎えるイベントでは、こういったスペースも重要なのだろうと思われた。
『ヴァルプルギスの夜★DS3』のステージを終えた時点で午前の十一時二十五分であったため、休憩スペースもそれなりに混雑している。すると本人たちの思惑通り、『バナナ・トリップ』の面々が注目を集めることになった。
全員がカラフルな色合いに頭を染めており、同色の水着姿で、アロハシャツの前をはだけているのだ。ショートパンツからは五対の生足がのびているし、全員が割合に容姿の整ったうら若き女性であるし――そして、歩いているさなかもウェンやコッフィがけたたましいため、注目度も倍増であった。
「なかなかにエキセントリックな集団だねぇ。和緒ちゃんも、あのコッフィちゃんとやらにマークされてるんじゃないのぉ?」
と、原口千夏が笑いを含んだ声で和緒に呼びかける。そのサングラスの向こう側では、狐を思わせる目がいっそう細められていた。
「どうやらあちらのコッフィさんは、犬猫と同じ感覚で若い娘を愛でておられるようですよ。マークされても、さして危険はないように思われます」
「ありゃりゃ。あたしのほうが危険人物ってことかなぁ?」
「それはまあ、以前に鞠山さんが危険物のように取り扱っておられましたからね」
「あはは。軽薄なのが、あたしの売りだからなぁ。でも、未成年においたはしないから、現時点で危険は少ないはずだよぉ」
原口千夏は、異性も同性も恋愛の対象であるという話であったのだ。それでも和緒が眉を逆立てるほどの行為に及ぶことはなかったが――『V8チェンソー』の周年イベントで対バンした際、『KAMERIA』が着替えをする場面で鞠山花子によって楽屋を追い出されていた姿が印象的であった。
「今日はあたしらのバンドも観てくれるのかなぁ? 『KAMERIA』の音楽性からすると、ちょっと好みから外れそうだよねぇ」
「どうでしょうね。ライブを観たら、印象が変わるかもしれませんよ。曲調がポップでも、生演奏はけっこうハードですもんね」
「ほんとぉ? 和緒ちゃんがちょっとでも興味を持っててくれたら、嬉しいなぁ」
「正直なところ、あたしが肉眼で見届けた中で一番ドラムがお上手なのは、原口さんだと思ってますよ」
「一番お上手かぁ。プレイヤーなら、一番かっこいいって言われたいところだよねぇ」
そんな風に語りながら、原口千夏はいっそう和緒に身を寄せた。
「じゃあさ、『バナナ・トリップ』のドラムはどう思う?」
「……あちらは何だかマーチングっぽい要素があって、鼓笛隊で初めてスティックを握ったあたしとしては何だか複雑な心境ですね」
「複雑な心境?」
「あんな風にマーチングっぽい要素をバンドで活かせるのかって、感心したんですよ。まあ、うちのバンドでは求められない要素でしょうけどね」
「ああ、なるほどぉ……まあ、彼女はマーチングっていうか、ブラバンを経てスカに走って、今のスタイルに落ち着いたみたいだからさぁ。『KAMERIA』みたいなゴリゴリのヘヴィロックでは、ああいう軽やかなドラムは必要ないんじゃない?」
「そう思って、自分の心を慰めているさなかです。原口さんにもそう言っていただけたら、心強い限りですね」
「もう、言葉の内容は可愛いのに、態度が素っ気ないんだよなぁ。あたしのこと、そんなに警戒してるのぉ?」
「十八歳を超えた瞬間に毒牙を向けられないよう、予防線を張ってるまでです。……メンバーを生贄に差し出すようで恐縮ですけど、どうして栗原さんはそういう目を向けられることが少ないんでしょうね。できれば、今後の参考にさせてほしいところです」
「ああ、理乃ちゃんはねぇ……なんか、可愛いお人形さんって感じで、遠くから眺めてたい気分なんだよねぇ。アンナちゃんは元気すぎるし、めぐるちゃんはこれからが本番って雰囲気だから、やっぱりあたしとしては和緒ちゃんにそそられちゃうなぁ」
「そういう発言が、あたしの警戒心をかきたててやまないんですよ」
「あはは。色欲は、あたしの原動力だからねぇ。ま、あと数年は清いおつきあいを目指しましょ」
原口千夏はくすくすと笑いながら、ようやく身を引いた。
和緒は、小さく溜息をついている。めぐるは少し迷ったが、その腕を引くことにした。
「何さ? あんたを心配させるほどの攻防ではなかったでしょ?」
「うん、だけどね……わたしにとっては、かずちゃんが理想のドラムだって……それだけは伝えておこうかなって……」
「そっちかい」と、和緒は苦笑を浮かべつつめぐるの頭を小突いてきた。
すると、近からぬ場所で騒いでいたはずのコッフィがにゅっと首をのばしてくる。
「二人は、なかよしさんじゃのぉ。うちの尊しアンテナがびんびん反応しとるよー」
「……ずいぶんけったいなアンテナを搭載してるんですね」
「うん。二人ともかわいこちゃんだけど、二人そろうと威力倍増じゃのぉ。尊しや尊しや」
「拝まないでください。……コッフィさんは、ギーナさんと同郷だそうですね。お生まれは、広島ですか?」
「広島と岡山の境目じゃのぉ。二人はどこに住んどるの?」
「いちおう、千葉ですよ。この会場からはずいぶん離れてますけどね」
「千葉かー。東京の外は、ようわからんわ。ロッキーの後輩ってこたぁ、バンドやっとるの? パートは?」
「あたしがドラムで、この子がベースです」
「おお、ベース! ほいじゃあ、うちのバンドに加入せん?」
めぐるは「ええ?」と、のけぞることになった。
「で、でも、そちらは轟木先輩が加入したところなんでしょう? 轟木先輩のベース、すごく素敵だったじゃないですか」
「ベースの腕に文句はないけど、本人がしんどそうじゃろ? 頭の血管がぶち切れる前に身を引いたほうが、本人のため思うてさ」
そのように語るコッフィは、あくまで屈託のない笑顔である。
めぐるは、存分に慌てることになった。
「で、でも、轟木先輩はそちらのバンドを続けようと頑張ってるんです。どうか見放さずに、仲良くやってくれませんか?」
「見なげるなぁ、ロッキーのほうじゃろ。うちとウェンちゃんは死ぬるまでこがいな感じじゃろうしね」
「そ、それを決めるのは轟木先輩です。あんなに凄い人を簡単に手放そうとするなんて……わたしには、信じられません」
コッフィはきょとんとしながら、「怒ったの?」と問うてきた。
めぐるは騒ぐ心臓をなだめながら、「いえ」と首を振る。
「怒ったんじゃなく、悲しいんです。轟木先輩はあんなに頑張ってるのに、まったく価値を認められていないみたいで……」
「逆よ、逆。ロッキーはうちらにゃあもったいないて思うとるんじゃ。うちらは楽しきゃええってコンセプトだけど、ロッキーは死んでも上を目指すって気合じゃけぇの」
「……上を目指すとかは、わたしにもよくわかりません。でも……轟木先輩と演奏するのは、楽しくないんですか?」
めぐるが懸命に言いつのると、コッフィはにっこり笑ったのち、いきなりめぐるの頭を撫でてきた。
「あんた、優しいし、一本気じゃのぉ。あんたのバンドが見とうなってきたよ」
「そちらのプレーリードッグは意外に狂暴なんで、迂闊に近づくと喉笛を噛み裂かれますよ」
和緒のクールな物言いに、コッフィは笑いながら「こわやこわや」と手を引っ込めた。
「でも、やっぱりええバディじゃのぉ。尊しや尊しや」
「だから、拝まないでくださいってば」
コッフィはけたけたと笑いながら、ウェンのもとに戻っていく。
それを横目で追いながら、和緒は肩をすくめた。
「どっちを向いても個性的な方々ばっかりで、気が休まらないね。まったく、罪深きイベントだよ」
「うん……本当にね」
しかし、その個性的な面々が、朝からめぐるの心を存分に揺さぶってくれたのだ。
時刻はいまだ正午にも至っていないのに、めぐるの胸は高鳴るいっぽうであったのだった。




