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ライク・ア・ローリング・ガール  作者: EDA
-Disc 6-

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04 ヴァルプルギスの夜★DS3

「どもどもー! いやー、こっちにもかわいこちゃんがそろうとるねー!」


 そのように声を張り上げたのは、『バナナ・トリップ』のヴォーカルであった。

 ミサキへの激励を終えためぐるたちが客席に舞い戻ると、『バナナ・トリップ』のメンバーもぞろぞろとついてきたのである。なおかつ彼女たちは、水着の上にアロハシャツを羽織っただけの姿であった。


「おやおや。ベースの先輩さんを通じて、親睦が深まったのかなぁ?」


 浅川亜季がチェシャ猫のような笑顔で応じると、ピンク髪のヴォーカルは「そがいなようなもんだのー!」と満面に笑みを浮かべた。


「いちおう紹介しとくわ! うちはヴォーカルとサックス担当のコッフィ! ギター担当のギーナ! ドラム担当のカーニャ! なんでも担当のウェンちゃん! ほいで、ベース担当のロッキーじゃー!」


「おー、トドロキだから、ロッキーかー! じゃ、ロッキーセンパイ! すっげーバンドに加入できて、よかったねー!」


 町田アンナが屈託のない笑顔で呼びかけると、轟木篤子は果てしない仏頂面でそれを見返した。

 轟木篤子は黒縁眼鏡を装着していたが、頭はサイドテールに結いなおされている。そして、アロハシャツはボタンを留めることをメンバーに禁止されていたため、エメラルドグリーンのビキニしか着ていない肢体もそれなりに露出したままであった。


「あーっ! ロッキーは、なんでメガネなんてかけてるのだ? デカチチメガネなんて、属性よくばりすぎなのだ!」


 黄色いツインテールのウェンが文句をつけると、轟木篤子は「うるさいよ」と言い捨てた。


「コンタクトは体質に合わないんだって、もう何百回も言ってるだろ。視力が〇・一を切ってるあたしに、裸眼で歩けってかい?」


「心眼をとぎすませれば、どーってことないのだ! キャラ崩壊するより、よっぽどマシなのだ!」


 どうもステージと楽屋の両方の印象から、もっとも素っ頓狂であるのはこのウェンというメンバーであるようであった。

 ただ、ヴォーカルのコッフィとやらもまったく負けていない。ステージでの暴れっぷりも、自由奔放な言動も、ウェンと同レベルであるようだ。ただこちらはいつもにこにこ笑っているので、明朗な印象が先に立っていた。


 残る二名、ギターのギーナとドラムのカーニャは、楽屋の段階からひと言も発していない。コッフィやウェンの賑やかさに対しても我関せずで、しれっとした顔をしていた。外見の奇抜さは大差ないのに、ずいぶん正反対な気質であるようである。


「さっきのライブは、すごかったですよー。一体感が半端なかったですねー」


 ハルが場を取りなすように発言すると、コッフィがまたにぱっと笑った。


「あんたも可愛いのぉ。ボーイッシュ担当かぁ」


「うんうん! ロッキーも、こーゆータイプだったらバッチリだったのだ! 色気が無駄なのだ、色気が!」


「色気色気うるさいよ! あんたは天然で幼児体型なだけだろ!」


「そーなのだ! ステージでむやみにお客の煩悩をかきたてると、雑念になってしまうのだ! ミーは天性のアーティストということなのだ!」


 ウェンは、えっへんとばかりに胸をそらす。オーバーオールの下に白と黄色のスクール水着を着込んだ彼女は、まさしく幼児体型であったのだ。ショッキングピンクのトライアングル・ビキニを着用したコッフィもそれは同様で、なかなかグラマーなギーナはフレア・ビキニのフリルで色香を制御しているようであった。


「みなさん、ステージを下りてもそのまんまのキャラなんだねー。バンドの名前は前々から耳にしてたけど、都内ではけっこうキャリアを積んでるんでしょ?」


 坂田美月がのんびりとした笑顔で問いかけると、コッフィは「どーじゃろ?」と小首を傾げた。


「うちとギーナは上京してすぐメンバーをかき集めたけど、ウェンちゃんやカーニャと出会えたのは……二年ぐらい前? もっと経つんじゃろか?」


「存ぜぬのだ! 大事なのは過去ではなく、今この瞬間なのだ!」


「ま、だいたいそんなもんでしょ」と、ドラムのカーニャが初めて発言しつつ、黒いサングラスに隠された目で『V8チェンソー』の面々を見回した。


「で、あたしはその頃、ベーシストを探すために色んなライブハウスを巡ってたからさ。そのときに、あんたがたのライブを見かけてるんだよね」


「ふうん? その頃のあたしらは、四人編成だったはずだねぇ」


「そうそう。ウェンやコッフィみたいに、ちっこい子でしょ? その子がアイドルバンドでデビューして、びっくりしたんだよ。今日も、そのバンドが出るんじゃなかったっけ?」


 落ち着き払った面持ちで、カーニャはそのように言いつのった。赤いカラーを散りばめたパイナップルのようなスパイラルヘアーという派手な身なりだが、やはり沈着な気質であるようだ。そのサングラスに隠された目が、クールなポーカーフェイスを保持しているフユのもとで固定された。


「で、ベースはあんただったよね。あんた、無茶苦茶うまいから、スカウトするか迷ったんだけど……あんな立派なバンドを組んでたら掛け持ちは難しいだろうし、何よりウェンたちのノリについていけなそうだったから、あきらめたんだよね」


「……確かに、そんな格好でステージに立つのは御免だね」


「でしょ? うちのバンドは音と衣装で二つもハードルがあるから、なかなかしんどくってさ」


 そう言って、カーニャは轟木篤子に向きなおった。


「で、この二年でステージに立つまで粘ったのはあんたが初めてだからさ。あたしとしてはやっぱりベースが欲しいから、めげずに踏ん張ってほしいところだね」


「……だったら、そっちの連中をどうにかしてくれない?」


「それができないから、あんたに頼んでるんだよ。ウェンとコッフィは、もうこういう生き物だって考えるしかないからさ」


「そーなのだ! 天上天下唯我独尊なのだ!」


 ウェンが豪快に右腕を張り上げると、轟木篤子は肺の中身を振り絞るようにして溜息をつく。

 そうしてめぐるがもじもじしていると、和緒がこっそり囁きかけてきた。


「あんたは何か言いたげだね。苦労多き先輩様に、何か伝えたいことでもあるのかな?」


「う、うん。さっきのステージはすごかったから、わたしも轟木先輩には頑張ってほしいんだけど……余計なことを言ったら、怒らせちゃうだけかなと思って……」


「あんたにしては、賢明な判断だね。先輩様は総身の力を振り絞って修羅の道に踏み込んだんだろうから、黙って見守ってあげればいいと思うよ」


 そのように語る和緒も、茶化したり冷やかしたりという気配はない。意に沿わないステージ衣装を強要されている轟木篤子に、心から同情している様子であった。


(それでも先輩は、このバンドで頑張っていこうって決心したんだろうな。……それぐらい、さっきのステージはすごかったもん)


 めぐるがそのように考えたとき、客席の照明が落とされて歓声が響きわたった。

 ついに、『ヴァルプルギスの夜★DS3』のステージが開始されるのだ。先刻から、ステージではミサキたちが奏でる魅力的な試奏のサウンドが鳴り響いていたのだった。


 そうして客席のBGMがフェードアウトすると、代わりに幽玄なる音色が響きわたる。

 これはハイポジションの音を使った、ベースのアルペジオである。ディレイやリバーブで美しく彩られた低音の調べに、めぐるの心は一気に引き込まれた。


 ステージはまだ暗いままで、メンバーたちの姿はよく見えない。

 そしてそこに、鞠山花子の囁き声が重ねられた。


 甲高いのにざらざらと鼓膜に引っかかるような、鞠山花子ならではのだみ声だ。

 その個性的な声が語るのは、ドイツ語と思しき詩の朗読である。

『天体嗜好症』では、よく見られる演出だ。本日はSEが使用できないため、これを序曲として披露しているのかもしれなかった。


 やがてそこに、ギターのハウリングとライドシンバルをかすかに震わせる音色が重ねられて――ふいにやってきたスネアの合図で、音と光が爆発した。


 真っ赤な照明が、炎のようにあふれかえる。

 その中に、四名の魔法少女の姿が浮かびあがった。


 鞠山花子を除く三名は、禍々しいガスマスクを装着している。

 唯一素顔である鞠山花子は魔女のように笑いながら、透明のステッキでバトン芸を披露した。


 ミサキは――ぼわぼわとふくらんだスカートがめくれるのも気にせず、モニターに片足をかけて、銀色のベースをかき鳴らしている。

 いつも通りの、金属的な歪みを帯びた凶悪な重低音だ。その迫力に満ちみちた音と勇姿が、めぐるの心を安らがせた。


(……うん、いつも通りのミサキさんだ)


 7号こと樋崎真子は年季の入ったフライングVをかき鳴らし、10号こと原口千夏は盛大にバスドラとシンバルを響かせている。そちらの迫力も大したものであったが、やはりめぐるを魅了するのはミサキのベースであった。


 ただしそのベースも、ギターやドラムの音色あってこそである。

『天体嗜好症』とはまた異なる風合いで、三種の音色が調和している。『天体嗜好症』ではもっとひとつずつの音が分離した上で複雑に絡み合っていたが、『ヴァルプルギスの夜★DS3』ではひと塊の音の爆発として噴出されていた。


 やがて鞠山花子のドイツ語による合図とともに、ギターが激しいリフをかき鳴らす。

 さらにはベースがハモりのフレーズを重ねて、ドラムが頭打ちのビートを響かせた。そして最後には鞠山花子が怪物のごときシャウトを振り絞るという、『V8チェンソー』の周年イベントでも最初に披露していた楽曲であった。


「なんだこれ! オモシロなのだ!」


 演奏のさなかに声を張り上げて、ツインテールのウェンがステージのかぶりつきに飛んでいく。ポニーテールのコッフィも、すぐさまその後を追いかけた。

 他にも最前列に押しかけている人間は、複数名存在する。まだまだ千人足らずであろうが、それでも客席の人数はずいぶん増えたようだ。


 鞠山花子は轟音の渦の中で透明のステッキを振りかざしながら、鼓膜をかきむしるような歌声を解き放っている。

 照明は、赤いライトを明滅させているのみである。『ジェイズランド』でのステージに比べると、ずいぶん単調な演出であったが――それでも、『ヴァルプルギスの夜★DS3』の魅力を損なうことはなかった。


 すべての演奏が凄まじい迫力を見せているが、主役はあくまで鞠山花子である。ミサキや樋崎真子がどれだけ激しいアクションを見せても、鞠山花子の存在感が圧倒的であった。


 やっぱりめぐるは、演劇や映画を見ているような心地である。

 鞠山花子は音のみならず、この妖しい空間そのものを作りあげようとしているのだ。演奏の音色と同じぐらい、この激しいステージアクションと魔法少女の扮装が重要であるのだった。


 めぐるが初めて『ヴァルプルギスの夜★DS3』のステージを目にしたとき、どのように評価するべきか心が定まらなかった。凄いことには凄いのだが、めぐるが知るロックバンドのステージとはあまりにかけ離れており、同列に扱うべきかどうかも判然としなかったのだ。


 しかしめぐるはこの数ヶ月で、さまざまなバンドと巡りあい――そして、『天体嗜好症』のステージを見届けた。さらには、町田アンナの家に届けられた『ヴァルプルギスの夜★DS』の音源も耳にした。それらの経験が、めぐるの拙い考えを補強してくれた。


 これはやっぱり、素晴らしいステージであるのだ。

 視覚的な情報をも同列に扱って総合的な調和を目指しているのだから、いっそう進歩的と言えるはずであった。


 また、最近のめぐるはステージの見栄えの重要性にも着目している。ステージ衣装どうこうではなく、演奏している人々の外見的な魅力も決して二の次にはできないという心境であったのだ。


『V8チェンソー』や『マンイーター』はごく自然体であるが、とても格好がいい。大げさすぎないファッションも、自然に音にのっているアクションも、なんなら顔立ちや体格だって、好ましく思う理由のひとつになっているはずであった。


 ただもちろん、もっとも重要なのは音である。

 たとえライブ中にこちらが目を閉ざしても、『V8チェンソー』や『マンイーター』の演奏が魅力的であることに変わりはない。

 しかし、目を開いたならば、ステージで躍動する彼女たちの姿が、いっそうの魅力を上乗せさせてくれる。それが、厳然たる事実であった。


 ライブとは、今この瞬間を切り取って、楽しむことなのだろう。

 音は勝手にわいてくるものではないのだから、それを奏でるプレイヤーの姿をも見届けることが、きっと正しいのだ。めぐるは、そんな風に考えるようになっていた。


(それにさっきの、『バナナ・トリップ』だって……マイクとかを倒しちゃうのはどうかと思うけど、すごく楽しそうで、すごく面白かった。それもひっくるめて、『バナナ・トリップ』の魅力なんだ)


 目と耳の両方で『ヴァルプルギスの夜★DS3』のステージを楽しみながら、めぐるはぼんやりとそんな風に考えた。

 そうして激烈なる一曲目が終わり、鞠山花子が芝居がかった口調で何か語り始めたとき――別なる人物が、めぐるに囁きかけてきた。


「……あんたたちは、こいつらと対バンしたことがあるんだってね」


 声の主は、轟木篤子である。

『ヴァルプルギスの夜★DS3』のステージに心をつかまれていためぐるが曖昧にうなずき返すと、轟木篤子は暗がりの中で「ふん」と鼻を鳴らした。


「それじゃあこれで、あたしも追いついた。しかも、サマスピっていう大舞台だ。……あんたたちには、負けないよ」


 客席は暗いので、轟木篤子がどのような表情を浮かべているのかはよくわからない。

 ただその顔は不機嫌そうな仏頂面ではなく、ふてぶてしい笑みを浮かべているのではないかと――なんの根拠もなくそんな風に思いながら、めぐるは「はい」と答えることになった。

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