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14 ゲスト参戦

『小さな窓』で開始された『KAMERIA』のステージは、新曲の『僕のかけら』から『孵化ハッチング』、さらに『SanZenon』のカバー曲である『凝結』に繋げられた。


 もともと『孵化ハッチング』はダンシブルな『小さな窓』と重々しい『青い夜と月のしずく』を繋げるために考案された楽曲であるが、もちろんそれが絶対の定位置というわけではない。タテノリでアップテンポの『僕のかけら』と六拍子で疾走感と狂暴さをあわせ持つ『凝結』の間に置いても、上手い具合に曲順のバランスを取ってくれた。また、それを体に馴染ませるために、『KAMERIA』もたゆみなく練習を重ねてきたのである。


 そのおかげで、客席の盛り上がりも申し分ない。

 このタイミングで、ついにゲストプレイヤーの登場であった。


『ではでは! ウチらもゲストをお招きしちゃうよー! まんまブイハチの真似っこだけど、今日の出演バンドからひとりずつお招きしちゃうからねー!』


 町田アンナの言葉に、また盛大な歓声が巻き起こる。

 町田アンナは満足そうに笑いながら、幕に隠されている背後のドアのほうに右腕を差し伸べた。


『まず一人目! 「マンイーター」から、ギターのミヅキチちゃん!』


 サンバーストのジャガーを抱えた坂田美月が、ひょこひょこと姿を現す。いつも通りののんびりとした所作であったが、客席の人々は大歓声で迎えてくれた。


『二人目! 「V8チェンソー」から、ドラムのハルちゃん!』


 両手に小さなマラカスを握りしめたハルが、それを子供のように振りながら登場した。

 当初は出演の順番で紹介する予定であったが、ハルの提案で順番が入れ替えられたのだ。それは、もっとも豪華な身なりをしたミサキを最後にしたほうが盛り上がるだろうという配慮であった。


『そして最後は、「天体嗜好症」から、ベースのミサキちゃん!』


 赤と黒のエレキバイオリンを携えたミサキが登場すると、客席にはこれまでと異なるどよめきがあげられた。

 ミサキは、衣装をあらためている。先刻までの絢爛な和装と打って変わって、今回は黒いワンピースの姿であった。


 基本の作りはシンプルであるが、優美なラインを描くワンピースに真っ赤なフリルが蛇のように巻きついている。そして頭には黒いレースの飾りが美しいハットを斜めにかぶり、靴は真っ赤なピンヒールで――可憐なミサキが、妖艶な美しさに仕立てられていた。


 そんなミサキがハットをおさえながらゆったり一礼すると、客席には歓声と指笛が吹き荒れる。今度の歓声には、若い女性の黄色い声も入り混じっているようだ。ハットのつばの影が落ちたミサキの顔は緊張のためか凛々しく引き締まっており、それがまた普段とは異なる魅力を織り成していた。


 坂田美月は町田アンナとドラムセットの中間、ハルはめぐるとドラムセットの中間、ミサキは中央に陣取った栗原理乃の隣だ。七名もの演者が立ち並ぶとほとんど動けないぐらいの密集具合になるのが常であった。


 なおかつ、ミサキを除く六名は黒い『KAMERIA』のTシャツを着込んでいるため、いっそうミサキの姿が際立って見える。

 ただし、より異質な美しさを誇るのは、『KAMERIA』の顔たる栗原理乃だ。着飾ったミサキが隣に並んでも、栗原理乃の印象が薄れることはないはずであった。


『いやー、あらためてすごいメンバーだなー! じゃ、一曲目はしっとりいかせていただくねー! ミサキちゃん、どーぞ!』


 ミサキはエレキバイオリンを左肩にあてがい、右手で弓を添えた。

 その立ち姿も、絵のように美しい。そして、その姿に相応しい旋律が解き放たれた。


 ゆったりとした、哀切なフレーズである。

 その玲瓏なる音色にひたりながら、めぐるはベース本体のトーンを絞って、合奏の瞬間を待ち受けた。


 ミサキのバイオリンは八小節の独奏を披露したのち、フェードアウトする。

 その余韻が消え去る寸前に、和緒がひそやかなカウントを取った。


 それに合わせて、七名全員がそれぞれの音を鳴らす。

 ゲストプレイヤーを招いての一曲目は、バラード調の『あまやどり』であった。

 バイオリンとパーカッションの魅力を前面に打ち出すには、やはりこういった楽曲が効果的であったのだ。


 坂田美月はリバーブをかけた軽妙かつ繊細な音色で、バッキングを担当する。

 ハルはマスカラをスティックの代わりにして、ボンゴで温かなリズムを刻んだ。

 そしてイントロの主役は、やはりバイオリンだ。その哀切な音色は、何よりこの楽曲にマッチしていた。


 やがてAメロに到達したならば、バイオリンは消えていく。

 ここからは単音のフレーズを紡いでいた町田アンナがバッキングに移行するので、坂田美月がアルペジオを主体にした装飾だ。

 ハルはゆったりと温かいリズムを継続させている。この曲では和緒も人間らしいやわらかさがこぼれるが、ハルのパーカッションによっていっそうの温もりが生まれた。

 ピアノは歌のメロディラインを補助するフレーズで、その歌声も声量を抑えているために人間らしさが増している。それでもどこか機械のような緻密さを感じさせるのが、栗原理乃ならではの歌声であった。


 そんな中、めぐるは指板の上で優しく弦を弾き、可能な限りのやわらかい音色を目指した。

 バイオリンベースを使用すれば、もっと甘い音色を出すことも可能であったが、さすがにこの一曲のために二本のベースを持参する気にはなれない。また、ステージで使用するには入念な音作りが必要となるのだ。現時点では、めぐるにそこまでの時間はなかった。


 しかしこちらのリッケンバッカーのベースでも、めぐるは満足のいく音を出すことができている。

 三名のゲストプレイヤーを迎えても、その思いに変わりはなかった。


 やがてAメロの折り返しに至ると、バイオリンがひそやかに音を重ねてくる。

 歌の邪魔をしないようにと、抑えられた音量だ。それがまた、いっそうの哀切さをかもし出していた。


 ハルと坂田美月は一度だけスタジオ練習に参加したが、ミサキはけっきょく参加しなかった。こちらが送った音源を頼りに、これらのフレーズを作りあげたのだ。

 よってこちらは、バイオリンのために新たなアレンジを施すこともできなかったが、ミサキの音色は誰ともぶつからない場所でひっそりと自己主張していた。このAメロでは、ミサキのひかえめな性格が色濃く反映されているようである。


 Bメロでは、すべての楽器がサビに向かってじわじわと熱量を上げていく。

 そうしてサビに至ったならば、これまで裏方に徹していたバイオリンが歌声と競うようにうなりをあげた。


 町田アンナもコーラスを担当するので、バイオリンが三人目の歌い手であるかのようだ。

 また、ツインギターとパーカッションのリズムが、演奏に重厚感を与えている。あくまでバラードであるのでそこまで音量が跳ねあがることもないのだが、曲中の緩急としては申し分なかった。


 めぐるは普段以上に陶然たる心地で、それらの音色にひたる。

 そしてやっぱり、栗原理乃の紡ぐ歌詞がしんしんと胸の中にしみいってきた。


 これは、乱雑な世界に怯える少女の歌である。

『KAMERIA』を結成する以前の栗原理乃は、どれだけ息苦しい思いをしていたのか。めぐるはこの『あまやどり』を合奏するたびに、毎回そんな思いを抱かされていた。


 そして、そんな栗原理乃の歌声に、ミサキのバイオリンがのたうつように絡みついている。

 それは、何だか――自分のほうがもっと孤独だと、悲痛な叫びをあげているかのようであった。


(……きっとミサキさんも、窮屈な人生を歩んできたんだろうな)


 ミサキは、心と体の性別がずれている。普段はそれを気に病んでいる様子も見せなかったが、他者よりも苦労の多い人生を送ってきたことは確かだろう。それでミサキは中学校もまともに通わず、高校に進学することもなく、アルバイトをしながらバンド活動を始めたのだという話であったのだ。


 しかしめぐるは、ミサキに同情する気持ちを持ち合わせていなかった。

 自分は他者に同情できるほど立派な人間ではなかったし、ステージ上のミサキはあんなにも光り輝いているのだから、同情には値しないように思えてならないのである。


 今この瞬間も、ミサキは光り輝いている。

 歌を歌えば栗原理乃の輝きも増すいっぽうであったが、ミサキはベースほど手馴れていない楽器を駆使しつつ、懸命にくらいついているように見えた。


 めぐるが『KAMERIA』と巡りあえたように、ミサキは『天体嗜好症』と巡りあえたのだ。

 であればやっぱり、同情には値しないだろう。めぐるはひたすら、敬愛の思いを抱くばかりであった。


 やがて間奏に入ったならば、坂田美月のギターソロが開始される。

 ごく自然な歪みをかけた彼女の音色は、温かくて、とてものびやかであった。

『マンイーター』では耳にする機会もなかった、やわらかな音色だ。それもまた、彼女の内面が大きく反映されているように思えてならなかった。


 間奏は倍の長さに設定して、後半は町田アンナのギターソロとなる。

 バイオリンはここで好き勝手に暴れてほしいと、事前に伝えていた。なおかつ、リハーサルではワンコーラスしか合わせていないため、めぐるたちが耳にするのはこの場が初めてだ。


 然して――ミサキは遠慮なく、バイオリンをかき鳴らした。

 ギターソロを圧するほどの、ヒステリックな旋律である。ここではリズム隊も音圧を上げるため、ミサキを自由に暴れさせることができた。

 いっぽう町田アンナも主役の座を譲る気持ちはないらしく、真っ向からバイオリンの旋律にぶつかっていく。その危うさが、めぐるの背筋をぞくぞくと粟立たせた。


 やっぱりめぐるは、こういった音のぶつかりを好んでいるようである。

 ぎりぎりのラインで保たれる調和が、めぐるにこれまで以上の悦楽をもたらしてくれた。


 それからBメロに舞い戻り、最後の大サビに突入しても、切迫した印象に変わりはない。バラードの範疇を今にも超越してしまいそうな激しい演奏の中で、楽曲は終焉を迎えて――それと同時に、堰を切ったような歓声と拍手があふれかえった。


『ありがとー! 今の曲は、「あまやどり」でした! いやー、やっぱ三人もメンバーが増えると、迫力が違うねー!』


 町田アンナもまた、元気な声を張り上げる。

 ハルがポコポコとボンゴを鳴らして、それに応えた。


『じゃ、お次はどーんとかましていくよー! 次の曲は、「青い夜と月のしずく」!』


 それが、ゲストプレイヤーのために準備した二曲目であった。

『KAMERIA』にとっても屈指で難解な曲を、ともに楽しもうという算段だ。めぐるは演奏が始まる前から、胸がわきたってしかたがなかった。


 まずは栗原理乃が、音量を抑えた物悲しいフレーズを紡ぎ出す。

 和緒がハイハットを重ねるタイミングで、ミサキもゆったりとバイオリンを奏でた。


 それらの音色がじわじわと音圧を上げていき、その果てで二本のギターとベースが重ねられる。

 ベースはもっとも極悪な歪みで、町田アンナもラットを踏んでいる。坂田美月は空間系のエフェクターを使ったが、それがまた歪みとは異なる音の分厚さをもたらした。


 六拍子の、激しく重々しいイントロである。

 バイオリンはこの段階から、『あまやどり』の後半部と同様のテンションだ。ハルはマラカスが砕け散りそうな勢いでボンゴとミニシンバルを乱打して、和緒の力強いドラムをさらに補強してくれた。


 これは『KAMERIA』が『SanZenon』の楽曲にも負けないようにという思いで練りぬいた、もっとも猛烈な演奏であったのだ。

 そこにミサキとハルと坂田美月が加わったことにより、いっそうの迫力と爆発力が生まれている。それにはやっぱり、今にも調和を失ってしまいそうな荒々しさが大きく関わっているようであった。


(……これからは、ゲストがいなくてもこれぐらいの迫力を出せるように頑張らないと)


 そんな想念を頭の片隅に浮かべつつ、めぐるは演奏に没頭した。

 客席には、重々しい音色に押し潰されまいとばかりに熱気が渦巻いているようであった。

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