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リングのホスピタル  作者: 天主 光司
7/12

第七話 襲撃

 エリザベスがカモシカ建設に入社してから一年が経った。過酷な環境で働いていたので、それなりに勇敢になっていた。

「調子はどうだ。エリザベス」

 現場に向かうバスの中、席をワザワザ移動して来て、現場監督が言った。

「絶好調だぜ。ま、いつもの事だが」

 エリザベスは不思議な自信で言う。

「今日で入社して一年目だって覚えているか?」

 現場監督が聞く。

「誰が入社して一年目なんだ」

 エリザベスが聞く。

 日々の生活に捕らわれ、すっかり忘れていた。

「お前のことだろうが」と現場監督。思い切り呆れている。

「それで辞令があるんだ」

 現場監督がそう言うと、エリザベスは「えっ」と驚く。

「お前が上級土木作業員に認定された。近いうちにお前の家に通知が届くはずだ。それで給料も大幅アップだぞ」

 現場監督が言った。

「本当か!」

 エリザベスが前のめりになって聞く。

「おそらく年収にして二百万以上アップするはずだ」

 エリザベスは「やったー」と喜ぶ。

「やったな。エリザベス」

 エリザベスの近くに座っていた土木作業員仲間が言った。

「お、おう」

 エリザベスは祝福された事に戸惑う。

「俺も一年目から二年目になった時、給料がアップして嬉しかったの思い出すぜ」

 皆が、うんうんと肯く。

「ところでだ。これからどうしたいのか聞きたい」

 現場監督がエリザベスに聞く。

「どうするんだって言われても、あと三百万貯金するだけだぜ」

「いや。お前が貯金しているのは知っているが、貯金が目的金額に達しても土木作業員を止めるわけじゃないだろ。手術後の生活もあるんだし」

「そりゃそうだな」

 エリザベスは考え込む。

「それに手術のあとすぐに仕事に復帰できるのか?」

「そんな事全然考えていなかったぜ」

 エリザベスは顔色が青くなる。

「良かったな。今の内に病院に問い合わせて確認しておいた方が良いぞ。どっちにしろ手術は先なんだから急ぐ必要ないけどな」

 エリザベスはリング城ホスピタルに電話する。

「こちらリング城病院です」

 サクラが出た。

「もしもし。エリザベスだ」

「珍獣が何ようだ」

「珍獣言うな!」

 エリザベスが怒鳴る。

 それを聞いて、土木作業員達が苦笑する。サクラの毒舌攻めにあっているのが、誰の目にも明らかであった。

「手術の事で質問があるんだ」

 エリザベスが言った。

「それじゃあ、シェレン先生に代わろう」

 サクラが即答する。

「質問の内容も聞かないのか?」

「前例のない手術の事を聞かれても、答えようがあるわけないだろ」

 そう言うと、保留音が流れる。

「なんだ。手術の事で聞きたいそうだな」

 シェレンが出た。

「術後ってすぐに仕事に戻れるのか、どうか知りたいんだ」

「手術が問題なく成功したら、すぐに働けるだろう。しかし実際の所、やってみなければわからないと言うのが本当の所だ」

「そ、そんな無責任な」

「リスクが高い事は前にも説明したはずだ。どんな後遺症が出るかもわからない」

「そ、それじゃあどうしたら良いんだよ」

「エルフである以上、その後遺症もどうにかなるだろう。ただ、期間、費用共にどのぐらいかかるかわからないな。あえて言うなら、治療費より多めに貯金をしておいた方が良いだろうってことぐらいかな」

 エリザベスは、サクラからならともかく、シェレンから言われてさすがに堪えた。

 エリザベスがショックを受けている様子を見て現場監督が声を掛けてきた。

「どうだったんだ?」

「もしもの事も考えて多めに貯金した方が良いとアドバイスされた」

「それなら、今年は仕事に専念し、来年手術する事を考えたらどうだ?」

「今年中に手術費用が貯まる予定だったのに」

 エリザベスは溜息を吐き、外を見る。

「そう言えば、俺が高ランク土木作業員の初めての作業場がこの辺だったな」

 エリザベスが現場監督に言った。

「そう言えばそうだな」

 砂嵐が酷く、とても人が住めそうな感じではなかったが、今ではその面影はない。普通の市街地になっている。

「こうして見ると不思議だ」

 エリザベスが珍しくシリアスに言った。

「そんなことはない。会社と政府が計画してやった事が、実現しただけだぞ」

 現場監督が言った。

「そういえば、池や丘や防風林を作ると、どうしてこんなにも環境が変わるんだろう」

「まあ、それだけで変わるもんじゃないけどな。こうやって行けば、いずれこの星全体が人の住める土地になる」

 エリザベス達を乗せたバスは、穏やかな市街を抜けて、砂嵐で荒れている区域に入る。

「そう言えば、最近、ヒュージハムジロウが多くないか?」

「そのことは一応会社に報告している。だが、現場作業の障害になっている証拠がないと対応できないと言われてな。どうしようかと考えている途中だ」

「この前だって、ヒュージハムジロウに襲われて、三人も負傷したんだぜ。明らかに障害になっているだろう」

「もちろんその事も報告している。だが、三人なら通常の事故と変わらないって言われてな」

「そんなバカな」

「警備係を増やして対応するしかないか。そうだ、エリザベス。お前警備係もやってみないか?」

「警備係になると給料増えるのか?」

「増えるが、警備係は専業の警備係と兼業の警備係、つまり通常の土木作業員として働きながら、いざって時にモンスターと戦う警備係がいるんだ」

「そっか、ヒスイがそう言えばそうだったな」

「そうだ。お前も兼業で警備係をやったらどうだ。給料アップもすごいぞ」

「やるーと言いたいけど、俺、ヒュージハムジロウ倒せないぜ」

「あはは、一人でヒュージハムジロウと戦えなんて言わない。皆と一緒に戦って戦力になればそれで良い。お前なら十分やれるだろ」

「そんなもんかな」

「一人きりでヒュージハムジロウを倒せるのはヒスイぐらいだけだぞ」

「なるほど。なら、俺でも警備係をやれそうだな」

「お前の打たれ強さは誰にも負けないからな」

「俺って殴られるの前提なんだ」

 バスが現場に到着し、一同がバスから降りると呆然とする。

「な、なんじゃこりゃー」

 昨日までやった作業が台無しにされ、滅茶苦茶に破壊されていた。あたりを探すとヒュージハムジロウの足跡や、糞尿があちこちに散らばっている。

「これはヒュージハムジロウの仕業だ」

「おい。警備係。写真を撮ってくれ。ヒュージハムジロウの被害に遭っている証拠として会社に提出するから」

 この日の作業は中止になり、被害状況を調査する事になった。

 被害状況をまとめたレポートをその日の内にまとめて提出する。すると次の日の朝一番に承認され、リング城へモンスター討伐要請が提出された。

 リンク城の役人たちは、すぐに討伐要請を受理し、早速六人の騎士を派遣した。


「責任者の方はどなたです?」

 現場監督が騎士たちに聞く。

 すると騎士の一人が現場監督の前に立つ。

「造成地区襲撃ヒュージハムジロウの群れ討伐隊、隊長のエドワードです」

 そう言うと、騎士エドワードは敬礼する。

「会社との契約はどうなっているんです?」

 現場監督が聞いた。

「契約と言いますと?」

「現場を荒らしたヒュージハムジロウを討伐するには、人数が少なすぎる。委任契約だったらもう一度契約内容を見直してもらいたい」

「心配ありませんよ。請負契約ですから。群れを全滅させるまで、しっかりやります」

 そう言うとエドワードはニコリとする。

「それなら良いですけど、六人は少なすぎませんか?」

 現場監督は騎士たちに不安をぶちまける。

「安心してください。俺たちは、モンスター退治のエキスパートばかりを集めております。今回の戦いもすぐに片付くでしょう」

 ここまで自信満々に言われると、現場監督も文句は言えない。

 仕方ないので、ひとまず信じてみることにした。

 一行はいつものバスに乗り込む。そして騎士たちは別の大型のトラックに乗り込む。全員が乗った事を確認すると出発する。

「これからモンスター討伐に同行する。我々はあくまでも、モンスターを退治する騎士たちに同行して、バックアップだけする。くれぐれも戦いに参加しないように。仮に襲われたら全力で逃げること」

 現場監督が言った。

「質問がある」

 一人の土木作業員が手を上げて言った。現場監督は質問を促す。

「バックアップって一体何をするんだ」

「まずは、襲撃された現場の案内。もしモンスター退治が始まったら、死体を処分とか。あと、焼肉の準備とかも含まれている」

 一同きょとんとする。

「つまり、戦いに関係ない事で、騎士をサポートしなさいってことね」

 ヒスイが簡単にまとめる。

「なるほど~」

 一同が理解する。

 その他、いろいろ質問している内にバスは工事現場に到着する。そして土木作業員の皆は、バスを降りる。

「被害状況を騎士の皆さんに説明するぞ」

 現場監督が大声で全員に言う。

 トラックから降りて来た騎士たちに、土木作業員達が被害状況を教えて回る。

「これは確かに数が多そうだな」

 エドワードが言った。

「私の見立てでは、延べ百匹はいると思います。しかも一晩で百匹分の被害があった事を考えると巣が近くにある可能性が高いと推察されます」

 ヒスイが説明する。

「なるほど。確かにそう考えると油断はできないな。足跡を元に巣を探そう」

 そう言うと、隊長のエドワードは、他の騎士たちに巣のある方向を調べるように命令する。

「ところで、あなたはヒスイさんではありませんか?」

 エドワードがヒスイに尋ねる。

 ヒスイは有名人なのでアルフヘイムの住民なら大概知っている。

「ええ。その通りですよ」

 ヒスイは、そう答えるとニコリとする。

「さ、サインもらえますか!」

 すると他の騎士たちがギロリとエドワードを睨む。

 アルフヘイムでは、土木作業員は非常に尊敬される職業であり、土木作業員の能力を競う大会があった。その大会の名はD-1グランプリと呼ばれており、優秀な土木作業員ナンバー1を決める。ヒスイは、十年連続でD-1チャンピオンに輝いた土木作業員の星であった。

 しかもノーマルなら五歳相当の愛くるしい容姿と、両親がリング城で有力な政治家で、生まれながらのハイエルフである。まさにアイドル的存在であった。

 ちなみにハイエルフとは、肉体限界年齢が千歳以上のエルフの事を言う。別に普通のエルフとの違いはない。

「お昼休みで良ければ……」

 ヒスイは空気を読んで答えた。

「そ、それなら自分達もお願いします」

 他の騎士たちも口をそろえて言った。

「ええ、良いですよ」

 ヒスイがニコリと微笑みながら言った。すると騎士たちは一斉に喜ぶ。

 騎士たちだけでなく、エリザベスを含む土木作業員たちもヒュージハムジロウの足跡から巣を探す。

「ところでよ。ヒュージハムジロウの巣ってどうやって探せば良いんだよ」

 エリザベスは近くにいた土木作業員に聞く。

「俺も実物は見たことないから知らないなあ。でも今は、足跡を調べるだけで良いみたいだから、深く考えなくて良いんじゃないか」

 エリザベスは納得できない。

「でも、実は近くにありましたって落ちは嫌だぜ」

「確かにそうだな」

 そう言うと土木作業員達は笑う。

 しばらく探していると、ヒスイの声が響く。怪しい足跡を見つけたのだ。ヒスイと騎士たちが先頭に立ち、足跡に従って進む。

「それにしてもヒュージハムジロウってまっすぐ歩かないんだな」

 エリザベスがそう言うと隣を歩いていた土木作業員も同意する。

「でも、足跡だけで本当にヒュージハムジロウの巣がわかるのか?」

「俺が知るわけないだろ。監督か、ヒスイに聞けよ」

 先頭を歩いているヒスイの所まで行くのは気がひけたので、監督の所まで行く。そして同じ質問を投げる。

「近くまで行けばすぐにわかると思うぞ。砂嵐が激しいとたまに見落とすこともあるけどな」

 現場監督が答えた。

「どんな巣なんだ。ハムスターに似ているからには、やっぱり地面に穴とか掘っているのか?」

 現場監督はエリザベスの問いに答えに詰まって唸る。

「地面に穴を掘ると言うか、巨大な砂山作って固く固めた後、それを削って巣を作るんだよ」

 現場監督は捻りだすように言った。

「それってどの位大きいんだ?」

 エリザベスは尋ねる。

「そりゃ群れが入りきる位だよ。群れのメンバーが増えると砂を集めて拡張までするみたいだぜ。これ以上詳しい事はヒスイに聞いてくれ」

「ヒスイはモンスターの習性まで詳しいのか?」

「ヒスイはなんでも詳しいが、モンスターの事はそれほどでもないって言っていた。それでも俺より詳しいけどな」

「す、凄すぎる」

 エリザベスは驚愕する。

「今更ながらヒスイの凄さを再確認したか」

 土木作業員仲間がそう言って笑う。

 エリザベスもつられて笑う。

「巣を見つけたぞー」

 騎士の一人が皆に聞こえるように言った。

「な、なんじゃこりゃー」

 ヒュージハムジロウの巣を見たことない者たち全員が大声で言った。

 ヒュージハムジロウの巣があると言われた場所には、西洋風のお城を連想させる形をした巨大な砂の造形物があった。

「あれがヒュージハムジロウの巣だよ」

 現場監督が言った。

「あ、あれがかあ~。まるでラブホテルじゃないか」

 皆がジト眼でエリザベスを見る。誰もが心で思ったが、あえて口に出さなかった事を迷わず言ったからだ。

「五十歳と言えど、ヒスイは未成年だぞ。そんな事を大声で言うな」

 現場監督がエリザベスの耳元へ小声で言った。

「俺よりはるかに年上の未成年かあ……」

 エリザベスは遠くを見るような眼で言った。

「皆さん集まってください」

 騎士たちの隊長エドワードが言った。

 エドワードを中心とした円陣になる。

「これからヒュージハムジロウ退治を開始します。ヒュージハムジロウ退治は我々がやりますので、土木作業員の皆さんはヒュージハムジロウの死体処理をお願いいたします」

 エドワードが言った。

「なんで死体処理なんて必要なんだ?」

 エリザベスが当然の質問をする。

「良い質問ですね。ヒュージハムジロウの死体は、別のモンスターの餌になります。すると他のモンスターの増殖の原因になります。その為、ヒュージハムジロウの死体は、休憩時間に食べる分を除いて、トラックで全て運びます。積み残しがないようにお願いします」

 その為、土木作業員の中から、数人が工事現場に戻ってバスとトラックを呼んでくる事になった。

「人選はこちらで決めて良いんですね」

 現場監督がエドワードに聞く。

「そちらのメンバーは、あなたの方が詳しいでしょうからお任せします」

 エドワードが言った。?

「それじゃあ、タカフミとエリザベスの二人で行って来てくれ」

 タカフミは、警備係のメンバーの一人である。

「二人では少なくありませんか? もしモンスターに襲われたら危険だ」

 エドワードが言った。

「別に戦うわけじゃないし十分だろう。タカフミは熟練した警備係だし、エリザベスは通常の土木作業員だけでなく、警備係として将来有望なんだ」

 現場監督が言った。

「とりあえず、任せましたよ」

 そう言うとエドワードは騎士たちの方へ行く。

「それじゃあ、二人とも頼んだぞ」

 現場監督に頼まれた二人は、ヒュージハムジロウの巣から工事現場に向かう。

 騎士たちはヒュージハムジロウを退治の手順について簡単に打ち合わせる。

「よし、ヒュージハムジロウ退治開始だ」

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