第六話 過酷な現場
現場監督の合図と共に今日も仕事が始まった。
エリザベスが、休憩所からでるとすでに仕事に取り掛かっていた。
「あれって重いよな?」
ヒスイは枝が少ないとは言え、高さ三メートルぐらいの木を一人で担いで運んでいた。
「ああ。あんなことはヒスイにしかできないからマネするなよ」
近くにいた土木作業員が言った。
「だよな」
そう言うとエリザベスは溜息を吐く。
エリザベスは土嚢を運ぶように指示されたので、行ってみるとすでにヒスイは土嚢を運び始めていた。
「い、いつの間に……」
エリザベスがヒスイの凄さに驚いている。
「ヒスイって本当に凄く働くよな」
近くにいた土木作業員がまた答える。
「どうやったらあんなに動けるんだ」
「まあ、気にするな。ヒスイは別格だから」
「そうだな」
そして、エリザベスは土嚢を持ち上げようとすると、持ち上がらなかった。
「無理すんな。そっち持て。ネコに乗せるまでは二人でやるんだ」
指示された通り持ち、二人で一輪車に乗せる。そして、運ぼうとすると「おっと」とバランスを崩す。
「途中でネコから落とすと、一人じゃ戻せないぞ。気をつけろよ」
「お、おう」
エリザベスはハンドルをしっかり握り、勢いよく進める。最初の内は上手く進んでいたが、砂にタイヤが取られネコがつまずき、土嚢を落とす。
「やっぱり落としたな」
現場監督がやって来た。
「す、すまん」
「気にするな」
現場監督が手伝い土嚢をネコに乗せる。その横を他の土木作業員が、土嚢を乗せたネコを走らせていく。
「がんばれよ」
「お、おう」
他の土木作業員が二往復している所、エリザベスは一往復しかできていない。
「ち、チクショウ」
空のネコを急いで走らせていると、巨大なペンギンが、エリザベスの目の前に現れる。
「な、なんじゃこりゃー」
エリザベスが叫んだ。
すると近くにいた土木作業員達が一斉にエリザベスを見る。
「エリザベス。気をつけろ。そいつは超やばい」
近くにいた土木作業員がエリザベスに警告する。しかし、もう手遅れだった。巨大ペンギンはエリザベスに向かって口を開いていた。すると「ゴー」と音を立ててファイアブレスを吐いた。
「ギャー」
辛うじて直撃を避けたが、腕に大やけどを負ってしまう。そして次の瞬間、巨大ペンギンは翼でエリザベスを強打する。エリザベスは五メートルも飛ばされ気を失う。
「おい。誰か。エリザベスを助けろ。警備係を呼べ」
現場監督が叫ぶ。
するとまたヒスイがやって来て、巨大ペンギンにパンチを喰らわす。
「ちっ。パンチの衝撃を吸収しやがる」
ヒスイが言った。
「誰か、ヒスイの剣を持って来い」
現場監督が叫ぶ。
エリザベスの傍にいた土木作業員はエリザベスを見る。エリザベスが生きているのを認めると、おんぶして休憩小屋に走る。
それとは逆に休憩小屋から出て来た土木作業員がいた。
ヒスイの他に二人の警備係が加わっていたが、劣勢のままだ。
「ヒスイ。剣を持ってきたぞ」
そう言うとヒスイに向かって剣を投げる。
ヒスイはそれを受け取り、そして剣を巨大ペンギンの脳天にぶち当てる。巨大ペンギンは脳漿をぶちまけて倒れた。
「ふう。手強かった」
ヒスイが言った。
「ヒスイさんがいなかったら、勝てなかったぜ」
「剣がなければ、私でも勝てなかったわ」
ヒスイは額の汗を手で拭いながら言った。
巨大ハムスターのモンスター、ヒュージハムジロウを倒しても、こんなに汗かかない。
「これじゃあ、警備係が足りないな」
ヒスイの傍にやって来た現場監督が言った。
「できれば、とびきり強い戦闘が得意な警備係が必要ね。こんな感じでモンスターが出続けたら持たないわ」
ヒスイが言った。
「それなら、警備係じゃなくて傭兵の方が良いか?」
現場監督が尋ねる。
「いや。それは嫌だな」
警備係の一人が答えた。
「では、警備係を追加の方向で検討する」
現場監督は即決する。
すると今度は休憩小屋へ向かう。
「エリザベスの様子はどうだ」
現場監督が聞いた。
するとエリザベスを休憩小屋まで運んだ土木作業員が振り向く。
「火傷に打撲を負っているようだ。でも、もう回復が始まっている。たぶん大丈夫だ」
「なるほど。話では聞いていたが、本当に打たれ強いようだ」
「どれぐらい打たれ強いんだい?」
「リング城ホスピタルのサクラさんのパンチを喰らってもすぐに立ち上がるらしい」
「な、なに」
土木作業員は驚く。
そして、額から大粒の汗を流す。
「そ、それが本当なら恐ろしく打たれ強い事になるな」
「だから、あれだけの攻撃をまともに受けながらも、この程度で済んでいるのかもしれない」
エリザベスをグロッキーにしたあの巨大ペンギンのモンスターは、オシリペンペと言う名前である。口から吐いたあのファイアブレスは直撃すると不死身なエルフでさえ死ぬことがある。そして、あの翼の攻撃は、受けた者の命を奪う程の強烈な威力がある。
「確かに病院に搬送しなくても大丈夫そうだ。少し様子を見よう」
休憩時間になり、土木作業員のみんなが休憩小屋に集まった。
「おい。ルーキーを病院に運ばなくて良いのかよ。さっきオシリペンペに翼で殴られていただろ」
土木作業員の一人が言った。
「大丈夫そうなんでな。様子を見ている」
現場監督が言った。
「そんなはずないだろ。俺達警備係でも奴の翼の直撃を喰らったら病院送りだぞ」
土木作業員達が驚く。
「なんでもあのリング城病院のサクラのパンチを喰らっても、すぐに立ち上がる耐久力を持っているらしいからな」
現場監督が言った。
「それはすごいですね。サクラさんのパンチをまともに喰らったら、モンスターでもダウンしてしまうと言うのに」
ヒスイが言った。
「サクラのパンチってすごいと聞いていたけど、そんなに凄いのか?」
土木作業員の一人が言った。
「パンチの威力は、私と同じぐらいです。彼女の凄いのは、ただ単に威力があるだけじゃなく、タイミングと正確さが常人には到底マネできないレベルなのよ」
ヒスイが説明口調で言った。
土木作業員達が首を傾げる。ヒスイの言った事が彼らには難しすぎたのだ。
「上手く相手の隙を狙いながら、敵の急所に正確にパンチを決めるのよ」
ヒスイが追加説明すると、意味もわからず「おう」と納得したような声を上げる。
「例えば、この前サクラさんがオシリペンペと戦った時、パンチ二発で倒したのよ」
「ど、どうやってだ」
土木作業員達が驚く。
「彼女のパンチはコークスクリューパンチと言うパンチを使うの。そのパンチは、敵に命中させる寸前に回転を加えて威力を増す特殊なパンチなの」
「回転させるとなんで威力が強くなるんだ」
「あら、土木作業員がわからないのは問題よ。棒を普通に突き刺すのと、ドリルを付けて回転させて突き刺すのとどっちが貫通力ある?」
土木作業員全員が納得する。ヒスイの説明はわかりやすい。
「そのコークスクリューパンチをオシリペンペの心臓に命中させて、固い皮膚を捻じると同時に動きを止めたの。そして二発目を同じ場所に当てて昏倒させたのよ」
「オシリペンペの心臓ってどこにあるんだ?」
現場監督が聞く。
「胸骨の辺りよ。私でもカウンターでピンポイントで心臓を狙うなんて芸当は難しいわ」
ヒスイは素直に認める。
「う、うーん」
エリザベスが腹を擦りながら起きる。
「あれ、なんで俺こんな所で寝ていたんだ」
「違うよ。モンスターにやられて倒れたんだ」
「そ、そうだ。あの巨大ペンギンにやられたんだ」
現場監督が状況説明をした。
「しっかし、なぜあの巨大ペンギン、『オシリペンペ』なんて名前なんだ」
エリザベスが聞く。
「一応、銀河帝国の害獣リストにそう書かれていたからだそうだぞ」
現場監督が答えた。
「変な名前だ」
まったくだ。
「いやー。噂に違わず、お前タフだな」
現場監督が感心して言った。
「そうか?」
エリザベスは疑問に思った。
「そうよ。オシリペンペの翼で打つ攻撃を受けたら、普通のエルフは病院行きよ。数時間の気絶だけで済むなんて凄わ。自慢していいよ」
「でも、俺モンスターにやられているだけで、全然役に立ててないけどな」
「そうでもない。お前のお陰で他の土木作業員が逃げる時間を稼げている。こんなにモンスターが現れているのに、被害が少ないのはお前のお陰だ」
現場監督が言った。
「もしかして、俺って囮に使われてないか!」
「そんなことはない。と言うより、意図的に誰かを狙わせるなんてできない。奴らの習性もあまりわかっていないのでな」
「でも、なんて俺ばかり狙われるんだよ」
「私の仮説で良ければ、説明できなくもないけど」
ヒスイが話に加わる。
「仮説?」
ヒスイが仮説を説明し始める。
「野生の肉食動物が、獲物の草食動物の群れからターゲットを決める方法って知っている?」
一同は首を横に振る。
「まずは子供、次は老人。つまり、動きがぎこちなくて、弱そうな個体が狙われるの」
「それって、俺が弱そうってことか!」
「そう言うわけじゃないけど、他の土木作業員の動きと違うから狙われやすいんじゃないかしら」
「う。俺が動きが悪いから狙われるのかよ」
「その可能性が高いって事ね。仕事に慣れてくればなんとかなるわ」
「ならいいけどな」
エリザベスは憮然として言った。
「ところで私からも聞きたい事があるんだけど」
ヒスイが言った。
「なんだよ。急にあらたまって」
「サクラさんのパンチを喰らってから、どのぐらいで復活できるの」
「そ、そんなのわからないよ」
エリザベスが答える。
「噂では、何度も殴られているのに、その都度すぐに復活するって聞いたから」
ヒスイが聞くと、他の土木作業員達も聞きたがる。
「あいつ性悪で凶悪だから、何度も殴られたが、それが何だって言うんだ」
エリザベスが不思議に思って聞く。
土木作業員達が『そいつはすげえ』とか 『とんでもない、タフガイだ』とか言って驚いている。
「確かに私も彼女と話をするのは苦手かな」とヒスイは言うと苦笑し「でも、強さは本物よ」と続けて言った。
「でもよ。俺が復活すると『チッ』とか舌打ちしやがるんだぜ。嫌なやつだよ」
「と言う事は、サクラさんが復活を待つぐらいの短時間で復活するのか。本当に復活早いわね」
ヒスイが妙な感心する。
「う、うれしくねえ。一度あの女を殴ってやりたいんだが、全然当たらないんだ」
エリザベスがヒスイに訴えかけるように言った。
「彼女のディフェンスは神業的だからね。私は直接戦ったことないからちゃんとわからない。でも、あの攻撃を見切って紙一重で避けるあの技は凄かったわね。私でも攻撃が命中するか自信がないわ」
ヒスイが言った。
「あの女、ヒスイより強いのか?」
エリザベスが聞く。
「そうね。多分互角ぐらいじゃないかしら」
ヒスイが考えながら言った。
「あの巨大ペンギンを剣の一撃で倒せるヒスイと互角なのか?」とエリザベス。
「そうね。彼女は素手のパンチ二発でオシリペンペを昏倒させたからね」
ヒスイは笑いながら言った。
「あの女をギャフンと言わせたいのに」
「エリザベスには無理よ。私でさえ、彼女の正確無比な動きの謎を解かないと、迂闊に出れないし」
「正確無比な動き?」
エリザベス以外の土木作業員達も驚きの声を上げる。
「あの正確無比な動きは、最初優れた動体視力を持っていると思ったんだけど、違うのよ。あのメガネ、度が入っているらしいしね」
土木作業員達は呆気にとられる。意味がわからなかったのだ。
「シェレンにも聞いたが、正真正銘の近眼らしいぞ」
エリザベスが言った。
「近眼ってなんだ?」
アルフヘイム生まれ、アルフヘイム育ちのエルフには、『近眼』と言う単語は殆ど耳にする事はない。耳にすることのない単語の意味を知っている者は皆無と言って良い。仕方なくエリザベスが近眼の意味を教える。
「な、なんだって。それってものすごく恐ろしい病気じゃないのか。モノが見えなくなるなんて」
土木作業員の一人が言った。
「遠くが見えなくなるだけで、それほど怖い病気じゃありませんよ」
「とにかく」とヒスイは、大きな声で注意を引き、話を元に戻す。
「近眼なのに、超人的な動体視力を持っているって言うのも考えづらいでしょ」
エリザベスはヒスイの説明に同意する。それ以外の土木作業員達は置き去りにされた。
「それじゃあ、正確無比な動きの正体はなんなんだよ」
「それがわからないから強いのよ。わかった所で対処のしようがないかも知れないけど」
エリザベスはガッカリする。
「ただ、一つだけ仮説は立てられるけどね」
ヒスイが思いついたように言った。
「なんだよ。その仮説って」
「エルフは本来近眼にならないよね。そのエルフが近眼になったと言う事は何かそこに理由があるはずなのよ」
「その理由はなんなのか、わかるのか?」
「エルフの肉体は、環境に適応して進化する事はあっても、退化することはないの。ただ例外として、ある特定の環境下においては進化であっても、他の環境下では退化の変化があるのね」
「さっぱり意味わからん」
「つまりね。視力以外の、視力の代替となる能力が進化したから、その代償に視力が弱くなったんじゃないかと推測しているの」
これでも抽象的なのでエリザベスには難しかった。
「望遠鏡と双眼鏡と両方持っていて、遠くを見なければならない場合どうする?」
「そりゃ、望遠鏡か、双眼鏡の気に入った方を使うかな」
「似たような機能を持つ道具が二つあっても一方は不要になるよね。それと同じような事が彼女の目に起きたんじゃないかしら」
エリザベスはまだ首を傾げている。
「つまり、視力の代わりになる、『物を見る能力』を彼女が持っているんじゃないかしら」
「なるほど」
「その『物を見る能力』のお陰で、あのカウンターを急所に決める技を可能にしているんじゃないかな」
「だからあの女近眼になったのか」
「あくまでも仮説だけどね」
土木作業員達が休んでいる休憩室に、休憩小屋の管理人がやってくる。
「賄い飯できましたよ~」
土木作業員達が、「まってました」と言わんばかりに、賄い飯を取りに管理人の元へ集まる。
エリザベスとヒスイも賄い飯を受け取りに行く。
「お、今日も焼き肉じゃないか。豪華だな。ほぼ毎日焼き肉だけど。赤字にならないのか?」
「その点は、問題ないよ。材料の肉には、元手が掛ってないしねえ」
管理人がニコニコしながら言った。
「元手が掛っていないってどういうことだよ」
エリザベスは聞く。
「今日はとっても豪勢だよ。いつもより良い素材の肉が手に入っているから」
管理人が答える。
「そうだよね。いつもより、良い獲物を手に入れたもんね」
ヒスイが意味ありげに言う。
「どういう意味だよ。獲物を手に入れたって。ま、まさか……」
エリザベスは気が付いた。
「その通り、賄い飯の焼き肉は、襲ってきたモンスターのヒュージハムジロウや、お前に重傷を負わせたオシリペンペの肉だ」
「そうだったのかー」