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リングのホスピタル  作者: 天主 光司
10/12

第十話 施術

「顔も美人になるプランって、どんな顔になるんだ」

 エリザベスが聞いた。

「当然の疑問だな」

 そう言うと、シェレンはエリザベスに顔写真を見せた。

「コンピュータが予測した顔だ」

 鼻筋が通っており、大きな目、形の良いふっくらな唇。人形のように可愛らしい。

「この珍獣がこんな風に化けたら詐欺ですよ。シェレン先生」

 サクラが言った。

「うるせえ」

 エリザベスが抗議する。

「今の顔のまま女になったとしても幸福にはなれないと思うぞ。どちらにせよ、結論はお前自身が出すべきだと思うがな」

 サクラの言葉をスルーして、シェレンが言った。

「顔も美人になるプランで頼む」

 エリザベスは速攻で答えた。

「わかった。だが、一応、プラン計画書をちゃんと読め。身長や体力に影響が出るはずだから、それがちゃんと書かれている……はず」

 シェレンが語尾を汚す。

 さすがにエリザベスも気になる。

「はずって、どういう意味だよ」

「理論上は問題ないはずだが、残念ながら、実績がない」

 シェレンは苦々しい表情で言った。

「だから、人体実験だと言っているだろう」

 サクラがチャチャを入れる。

「人聞きの悪い言い方をするな。一応、神々の時代に神々が作ったシステムがはじき出したデータだ。大きくはずしてはいないはずだ」

 シェレンが言った。

「いいよ。俺はシェレン先生を信じるぜ。どの道、それしか選択肢はないんだからよ」

「ありがとう。全力を尽くそう」

 シェレンが力を込めて言った。

「では、顔も美人になるプランについても説明しようか?」

 エリザベスが渡したプラン用紙を見ないので言った。

「頼むよ。見てもさっぱりわからない」

 シェレンはコケる。

[私は他に仕事があるので、行きますよ。用事があったら呼んでください」

 サクラはそう言うと診察室を出ていく。

「わかった」

 そう言うと、サクラが出て行くのを確認する。

「あいつがいるとお前をからかうからな。いなくてちょうど良いかもしれない」

 シェレンがボソリと言った。

「では、説明するぞ」

 その後、淡々とシェレンはエリザベスに説明した。

「一応もう一つのプランを説明すると、今とほぼあまり変わりない感じで女性化する事になる。身長や体重、顔つきとかもな」

「確かに、今の体型のまま女性化してもなあ」

「しかし、体力や筋力などの能力も低下しなくてすむ。だが、顔も美人になるプランは、低下する可能性が大きい」

「その時は、その時考えるよ」

「わかった。では、その方針で行こう」

 その日の晩の二十時にもう一度、考えが変わらないか確認したが、エリザベスの意思は固かった。

 二十一時三十分にもう一度エリザベスを呼び出し、心の準備を促す。

「本当に『顔も美人になるプラン』で構わないのだな」

 シェレンがエリザベスに再度確認する。

「おう。頼んだぜ」

 シェレンは契約書を取り出し、エリザベスの前に置く。

「再度契約書を書いてもらう」

 エリザベスは何も読まずにサインをしようとする。シェレンがエリザベスの脳天にチョップを入れた。

「何度言ったらわかる。契約書は契約内容を読んでからサインしろ。そんな事やっているといずれ詐欺師に騙されるぞ」

 シェレンが凄い剣幕で言った。

「わ、わかったよ。だからチョップは止めてくれ」

 エリザベスが痛そうにしている。本当は手加減しているので、たいして痛くはない。エリザベスはシェレンの言うとおり、契約書を読んでからもう一度サインする。

「それじゃあ、時間になったら始める」

 シェレンがそれを見て言った。

「何時になったら始めるんだ?」

 エリザベスが聞く。

「ちゃんと資料に書いて置いたはずだが」

 そう言うとシェレンがジト目をする。

「そんな物ちゃんと読んでいるわけないだろう」

「自慢げに言うな。二十二時だから後少しだ」

 シェレンが半分呆れ気味に言った。

「俺なら、今すぐに始めてもいいぞ」

「だから言っただろう。お前を女性化する為に使用する施術ポットには、使用時間帯により、費用が違うと」

 夜の二十二時から朝の九時までの間が一番利用料金が安いのだ。その為、その時間にワザワザ設定したのだ。

「そうだったな」

 そう言うと、エリザベスは笑った。

「とりあえず、二十二時ちょうどに開始できるように今、サクラに準備させている。それまで大人しく待て」

「了解だ」

 二人のいる診察室にサクラが入って来た。

「準備が終了しました」

 サクラが言った。

「それならちょっと早いが、施術室に移動するか」

「二十二時ちょうどに始めるんじゃなかったのか?」

 エリザベスが聞いた。

「二十二時ちょうどに始めるには事前にスタンバイしておく必要があるだろう」

「なるほど」

 シェレンを先頭に施術ポットがある施術室に向かう。この施術室の扉は、カードキーを使わないと開けられない仕組みになっている。そして、そのカードキーは、普段シェレンが管理していた。

 シェレンは、そのカードキーを使い施術室の扉を開ける。そして、そのまま中へ入っていく。エリザベスがそれに続き、サクラが最後に入る。

 施術室には、大きなカプセルのような形をした施術ポットが並んでいる。施術ポットは全部で十個あった。どの施術ポットも稼働はしていない。

「調子は悪くないか?」

 シェレンがエリザベスに聞く。

「ああ、すこぶる順調だ」

「よろしい。では、裸になってあの施術ポットに入ってもらう。後はポットの中で施術が終わるのを待つだけだ。待つと言っても、強制的に眠らされるから、待った気はしないがな」

「なるほど」

「ちゃんとわかっているのか?」

 サクラが問いただす。

「眠っている間に手術が済むと言うことだろ」

「ちゃんと理解していたみたいだな」

 シェレンが言った。

 サクラは「チッ」と舌打ちする。

「全く性格の悪い女だ」

 エリザベスが言った。

「珍獣の分際のくせに」

「へん。珍獣呼ばわりされるのも今日までだ。この手術が済んだら、心身ともに女だ」

 エリザベスが嬉しそうに言った。

 心底うれしい為、サクラの挑発に乗らなかったのだ。乗っていたらシェレンの怒りを買うだけだが。

「ちょっと早いが施術ポットにそろそろ入れ」

 シェレンが言った。

「おう」

「二十二時になってから開始するんじゃなかったのですか?」

 サクラが聞いた。

「二十二時に開始するには、事前に準備しておかないとダメだろ」

 シェレンの説明に、サクラは肯く。

「どうやって入るんだ?」とエリザベスが聞いた。

「サクラ。蓋を開けてやれ」

 シェレンが言うと、サクラは一番近い施術ポットに近づき施術ポットの蓋を開ける。

「着ている物はすべて脱げ。そして脱いだ服はそこのかごへ入れろ。装飾品の類、指輪やネックレスもだぞ」

 サクラが言った。

「指輪とかネックレスなんか持ってねえよ」

 エリザベスが言った。

「ならさっさと裸になって施術ポットへ入れ」

 サクラはウザそうに言う。

 エリザベスはなんの迷いもなく、景気良く服を脱ぐ。

「脱いだ服はそこのかごへ入れろと言っただろう」

 サクラが文句を言ったので、エリザベスは脱いだ服を拾ってかごへ入れる。

「それじゃあ、蓋がついている側が頭で、逆が足だ。そこに足のマークがあるだろ。そこに足を着けるように仰向けに寝そべるんだ」

 サクラが淡々と言った。

 エリザベスは指示に従い施術ポットの中へ入る。

「つ、冷てえ」

 施術ポットの中の冷たさに躊躇しながらも足のマークのある場所に足を置く。

「そこのハンドルに手を置け」

 施術ポットの内側に、ちょうど手を置き易い所に手すりがある。

 エリザベスは言われた通り、そこに手を置く。

「体全体をもう少し左側に」

 サクラの指示に、エリザベスは体を捻るように左側にずれる。

「よし。後は時間までリラックスして待て」

「おい。この状況でどうやってリラックスしろと言うんだ」

 エリザベスの言うことももっともだ。

「では、ギリギリまで私がここにいてやる」

 シェレンが施術ポットの横に来て言った。

「そ、それはそれで落ち着かないのだが」

 エリザベスは裸で横たわっているのだから、当然と言えば、当然だ。

「それならサクラ蓋を閉めろ」

 サクラは施術ポットの横にあるスイッチを使い蓋を閉める。シェレンは腕統計をみると二十一時四十六分だった。

「落ち着かないようなら、深呼吸しろ」

 シェレンの言葉に従いエリザベスは深呼吸する。

「我々はそろそろ施術ポットのコントロールルームへ移動する。この部屋から離れるが良いか?」

「いいよ。もう俺は大丈夫だ」

 エリザベスはもう大丈夫だと判断し、シェレンとサクラは施術室を出ていく。時間に余裕があるので、焦らずスムーズにコントロールルームに移動する。

 シェレンは、施術ポットのコントロール装置の席に座る。その隣の席にサクラが座る。

 シェレンはコントロール装置のスイッチを入れる。電源が入ると起動画面が映る。しばらく、退屈な時間が流れ、コントロール装置が起動した。すると、真っ先に、エリザベスの施術ポットのモニターのスイッチを入れる。するとモニターにエリザベスが映る。次にマイクのスイッチを入れた。

「ナカムラ聞こえるか」

 シェレンがマイクに向かって言った。突然声が聞こえたためエリザベスは非常に驚く。

「あわてる必要はない。落ち着け。体の位置を元に戻せ」

 シェレンに従い体の位置を微調整した。

「あと数分でそちらの施術ポットのスイッチを入れる」

「俺の声もそちらに聞こえるのか?」

 エリザベスが聞いた。

「もちろん聞こえている」

「そうか。わかった」

「だから何か言いたい事があったら、すぐに言え」

「わかった」

「スイッチが入ると施術ポット中に細胞調整液で満たされる。肺の中にも入るがちゃんと呼吸はできるから心配するな」

「ちょっとそれはどういうことだ?」

「とにかく何が起きようが暴れるなと言う意味だ」

 シェレンは面倒臭くなって手抜きな説明をした。

「暴れなければ、良いんだな」

「そうだ」

 シェレンが時計を見ると五分前を切った。

「さて、五分前になったぞ」

 シェレンが言った。シェレンも少々興奮気味だ。

「準備が少し早過ぎたんじゃないですか?」

 サクラが言った。

「まあ、遅いよりは良いじゃないか」

 シェレンが答える。

「そうだなあ。気が紛れるように音楽でも流すか。好きな曲はあるか?」

 シェレンが聞く。

「演歌が好きだ」

 エリザベスが速攻で答えた。

「残念だが、演歌はない。私が好きではないからな」

「右に同じく」

 シェレンの言葉に、サクラも同意した。

「では、私が選曲します」

 サクラはそう言うと、音楽プレーヤーを操作し始める。

「よし。私のお勧めだ」

 するといきなりエレキギターのけたたましい音が響く。そして、ボーカルの甲高い絶叫がする。

「な、何だ、この曲は!」

 シェレンが不快そうに言った。

「ガンガンロウの『ゴートゥヘル』です」

 サクラは何事もないかの様に説明する。

「チョーうるせえ!」

 エリザベスが言った。

「これは、デスメタルじゃないか。止めんか」

 病院でデスメタルはあり得ない。

「私が選曲する」

 騒々しい曲を止めると、サクラは残念そうにする。すると次はピアノの音が流れ始める。

「何ですか? この曲は」

 サクラが聞く。

「この有名な曲を知らないのか。エルフの作曲家、カウシカの『静かな川面』じゃないか」

 サクラは、クラシックを嗜む趣味はなかった。

「シェレン先生。この曲、いつ歌が始まるんだ?」

 エリザベスが聞いた。

「歌なんかない」

 シェレンが呆れた顔で答えた。

 エリザベスは大きく欠伸をする。

「なんか歌がないと眠くなっちゃって……」

 エリザベスは言葉を言いきる前に欠伸をする。

 グー。ガー。グー。ガー。

「もう寝たのか!」

 シェレンが驚く。

「珍獣でなくても眠くなりますよ」

 サクラが言った。

「お前ら……。まあ、いい。眠っていれば、退屈しないだろう」

 シェレンが言った。

「なるほど。麻酔薬の代わりに、この曲を掛けたんですね」

 サクラの毒舌だ。

「そんなわけないだろ。まともな音楽も少しは聞いておけ」

 時間になるとシェレンは、施術ポットの電源を入れる。顔も美人になるプランの遺伝子操作プログラムをロード。そして、プログラム実行する。

「良し。後は全部機械に任せて大丈夫だ」


 一週間後、金曜日の朝。

 シェレンの携帯電話にメールが着信する。シェレンはメールを確認すると、施術ポットのコントロール装置からの連絡メールだった。施術終了の一時間前の連絡だ。診察時間ではあったが、患者がいなかったので、施術ポットのコントロールルームへ移動した。

 コントロール装置を使い、エリザベスの体の状態を調べる。予定していた通りに、遺伝子操作が上手く行っているとシェレンは判断した。しかし、想定していた時間より早い事が気になっている。エリザベスの顔をモニターを通して見てみる。

「確かに、コンピュータが予測した通りの顔だ。成功しているみたいだ」

 コントロール装置のスキャン機能を使ってエリザベスのMRI画像を取ってみるが、問題点はなかった。

「うーん。早いのが気になる。コンピュータの性能の向上が関係あるのだろうか?」

「何一人でしゃべっているんですか?」

 サクラの言葉にシェレンは驚く。

「お前いつの間にやって来たんだよ」

「今です。患者が来ましたよ。診察室で待たせてあります」

「わかった。お前は、診察室に来なくて良い。その代り、ナカムラが目覚めた時の準備をしておいてくれ」

「えっ。早過ぎません?」

「早すぎるが、コントロール装置があと……四十分で施術終了と表示している」

「わかりました。準備します」

 シェレンは診察に向かい、サクラはエリザベスが起きた時の準備を始める。

 サクラは診察の合間に施術ルームのカードキーを受け取ると、施術ルームを開け、アイテムを運び入れる。

 準備を終えたサクラは、やることが無くなり、コントロールルームへ行く。コントロール装置を確認すると残りあと九分だった。

「あんな珍獣の面倒見るなんて嫌だけど、放置したら、先生に怒られるしな。可愛い顔になってもあのごついゴリラ体型じゃ意味ないだろうに」

 仕方ないので再び施術ルームに戻る。もちろん誰もいない。まだ施術ポットが一つ起動しているだけだ。

「珍獣が目覚めの時に、シェレン先生立ち会えそうにないなあ」

 サクラがそう言っている時、シェレンは本日三人目の患者の診察をしていた。

 サクラが待っていると、施術ポットからボコボコと音がする。施術ポットが細胞調整液を排出しているのだ。そして暫くすると自動で施術ポットの蓋が開く。

「なんですとー」

 サクラが叫んだ。

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