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コレクター  作者: 悠木 泉
6/7

最高のコレクション

一週間に一度アトリエに通う。

スイーツ好きと分かったので、ユカは近くの有名店でマドレーヌなど焼き菓子を買って行く。

事務の女性の分も忘れずに。

一ヶ月後、絵が完成する日。

ユカは鏡に映る自分を見つめる。

純白のドレスは花嫁衣装を思わせる。化粧気がないからこそユカの持つ本来の美しさがより際立つ。

サクヤの眼は正しいと思う。

しかし、今日が最後。

絵が完成するということはサクヤとの別れを意味する。

複雑な面持ちでスタンバイする。

サクヤもファッションは白で統一している。普通の人なら着こなせないものでも、サクヤならオーケーなのだ。

美青年は、何を着てもかっこう良いのだと思う。

一時間して絵が出来たのか、サクヤが大きく一息つくと

ユカの手を取り、絵の方に導く。

完成するまで絵は見られないから、胸が高鳴る。

絵の中のユカは、ギリシャ神話に出てくるニンフを思わせる。透明感あふれる清楚な美しさの奥に人を魅了する妖しさも宿していて、どこかパールかオパールかに似ている。

ユカは思わず感嘆の声を上げる。

「すごい、すばらしい 私じゃないみたい!」

「満足して頂けましたか?」

サクヤも全力を注いだ久し振りの力作だと自負している。

「描いている間、やわらかくやさしい魂の声を聞きました」

ユカは自分の中に情念や邪念のないことを喜んだ。

心を占めているのは、サクヤへの恋心だけだもの。

「近い内に二人で絵の完成祝いをしませんか?」

サクヤの申し出にユカは満面の笑みで応えた。


金曜日の夕方、有名ホテル内のフランス料理店で待ち合わせした。

ユカはここぞとばかり自分のワードローブの中から、一番のお気に入りのゴールデンパール色のドレスにアコヤパールのネックレス、イヤリング、髪もアップに結い上げメイクも素に近くして出掛けた。

 サクヤもシルバーかかった紺色のスーツにシルバーに小花模様のネクタイ、長目の髪も整えてユカを待っていた。

ユカは五分前に到着したが、サクヤはそれより早く来ていたことになる。

オードブルから始まって最後のデザートまで、どれも美味しく頂く。

ラウンジに移動して、改めて完成祝いのシャンパンで乾杯する。

ユカはほとんど飲めないが、サクヤはかなりいける口らしい。

二人は子供の頃から現在に至るまでの話、絵の話やユカのコレクションにまで話は及ぶ。

 酔った勢いで、かつてサクヤが唯ひとり描いたと言う女性の事を聞いてしまう。

「ユカさんには、知っておいて欲しいから」と言葉を選びながら語り出す。

モデルを勤めたサクヤの元恋人には、夫と娘が居たこと。

お互いに愛し合ってしまったが、彼女は自分を許せなくて苦しんでいたこと。彼女の愛を、絵の中に閉じ込めようと筆を取ったが、ほとばしる彼女の情念に飲み込まれそうになったことを。結局、その絵は二人して燃やしたと言う。

そうしなければ二人とも、もっと悲惨な状態になると思ったから。彼女は、夫と娘の元に帰ったと言うのだ。

「絵を燃やして後悔はしていないんですか?」

「もし、手元にあれば僕はもっと苦しむと思います。彼女も僕への情念を絵と共に消滅させて居るべき所に戻って良かったと思います。」

 そう話す彼の横顔には、憂いが見え隠れする。

ユカは、込み上げてくる思いを抑え切れないことに気づく。

この人をコレクションに加えたい。

この人の若さと美しさを永遠のものにしたい。


その夜からどうすれば良いかを考え始める。

生きている限り人は、老いてゆく。

一日一日、一年一年、老いは足音もたてずに静かに、しかし着実に忍びよってくる。男女に関係なく、貧富にも関係なく命あるものには、平等に忍びよってくる。

老いに支配されたこの美しいサクヤを見たくない。

ルームサービス係が置いていったペティナイフがテーブルにある。それを右手に掴むと眠っているサクヤの胸に突き立てようと思う。大きく右手を上げ息を整えて力を込めて一気にナイフを振り下ろそうとする。

 しかし、無邪気な子供の様に眠っているサクヤを殺めることはできない。ましてや愛する人を殺めることなどあってはならないことだ。

ユカは、既のところで踏みとどまった。

疲れ果てたユカは、倒れこんでしまう。サクヤの腕の中へ。


翌朝、自室に戻ったユカは、どうしようか思い悩む。

彼が生きている限り若さと美貌を永遠に留めることは不可能だ。そう思いながら鏡を見る。

まだ若く綺麗な自分が映っている。

昨夜、サクヤの愛を得て美しさは一層輝きを増している。

髪も豊か、肌もきめ細かく艶めいて、朝の光を浴びて眩しいほど。十代の女の子には、負けるかもしれないが・・・

自分とて特別なわけでなく、老いは刃を懐に隠して迫ってくる。

 気がつくと、若とか美とか麗とか艶とかの言葉にも見放され、姿形に老いの爪跡がくっきり刻まれる。

目は落ちくぼみ、髪は白く細く薄くなり、肌にはしわ、たるみ、しみが容赦なく襲ってくる。

いつか見た九十才で亡くなった大叔母さんの顔が思い浮かぶ。こんなになるまで生きていたくないと思ったものだ。

 老いてゆくサクヤを見ることなく、老いてゆく自分自身を見ずにすみ、サクヤにも見られない方法がある。

たった一つだけある。

ユカは、決心する。

愛するサクヤと結ばれもしたし、思い残すことはない。

二十六才の美しく輝くサクヤとまだ艶やかさを残している私が・・・。

もう思い残すことはない。


九月の二十九歳の誕生日。

ユカは、あの絵の中の白いドレスを見にまとい、化粧気もなく、うすく杏色の口紅だけ差して鏡の前に立つ。

美しい、美しい中にも可憐さを秘めている。

 しかし、これ以上は無理だ。これからは、老いに拍車がかかる。そうなれば何より耐え難いのは、愛するサクヤにもう愛されないこと。心が離れてゆくこと。

 

それならば、やはりこうするしか道はない。

手に溢れるほどの錠剤を持って・・・。

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