対話言語決定プロセス
その子供が少し震えた声で、焦りを抑えようとしつつ質問をしたことは分かったが、それはシモーネが聞いたことの無い言語だった。やはりアジアの方から連れてこられたのだろうか。
ただ、バッグと聞こえた気がしたので、少し考えて、なるべくシンプルな英語で聞き返す事にした。
一方、質問したトモミは、女性がキョトンとしているのを見て、ため息まじりに呟いた。
『ハァ……やっぱり日本語が通じない本場のキャストか。まるで昔のブラジリアンパー』
その時シモーネが言った。
「あなたは、何を聞きましたか?」
(わ、なんだ、英語は大丈夫なんだ? 日本に来るんだもの、そりゃそうだよね。あーよかった! えーとぉ)
トモミはリスニング対策アプリに感謝しつつ、質問を英語に改めた。
「私のバッグがどこにあるか知っていますか?」
「あら、英語が話せるのね。新大陸から来たのかしら?」
お互いにネイティブではないので脳内で補間しながらではあったが、ようやく会話が始まった。
「バッグと言ったかしら? 残念だけどあなたの荷物はその巾着袋しか見ていないわ。気の毒だけど、悪者があなたのバッグを奪ったのかも知れない。」
トモミは幾つか聞き漏らしたものの、自分のバッグを誰かが持っていったと、相手が主張していることはわかった。さすがに頭に来て、
(だから、そんな設定はもう要らないって!)
と、胸の内ででツッコんだ。そこからは、思いついたことをそのまま口に出してしまう。
「えーと、悪者はあなたの仲間でしょう?」
「ンノー、とんでもない! ……可哀想に、あなたは混乱しているのね。」
「ヘイ、パーク内の警備はどうなってるの? 落とし物コーナーに行きたい」
「やっぱりあなたの言うことがよく分からない。街の外で無くしたものを、街で見つけるのは難しいと思うわ。でも、見つかるように祈りましょう。」
「プレ、プレイ? いのれって言った?!」
トモミは早くも会話を諦めた。
「オーケー、もう自分で探しに行きます!」
トモミは『大事なもの入れ』こと巾着袋を引っ掴んでベッドを飛び出した。ドアを抜けて階段を駆け降り、いかにも外に通じていそうなドアーーこれも妙に本格的だなぁーーを引き開けた。
石畳の道路を挟んで石造りの建物が並んでいた。歩いているのは「キャスト」ばかりだ。大人も子供もいる。手押し車を押す男も、荷車を引くロバもいる。でも日本人はいない。
左右にのびた道の先にも、遠くまで似たような建物ばかりが見える。そういえば街を包むざわめきや雰囲気もテーマパークのそれとは違って、なんと言うか……。
そう、手が込んでいる。
手が込み過ぎている。これは普通じゃない。トモミは毛が逆立つのを感じた。
これはダメだ、これはダメだ。これはダメだ……!!
階段を降りて来た足音に気づくまで、それはとても長い時間に感じられた。ようやくトモミは、これまで気づかないフリをしていた違和感を受け入れる事にした。
ふぅ、とひとつため息をついてトモミは、シモーネに複雑な表情を向けた。