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同職職人組合

 浴場をあとにして、石畳の道を歩きながらトモミが尋ねた。


「今の私にとって、詠唱士が数少ない生きる方法だと言うことは理解したわ。」

「あらぁ、わかってくれたの? うん『思い立ったが吉日』ね!」

「それで? どうやって詠唱士になるの? 私はもう詠唱士なの?」


 シモーネが横を歩くトモミを振り向いて、注意するように人差し指を立てた。


「ううん、この街の詠唱士は認可制なの。勝手に詠唱士を名乗ってはダメよ。それに詠唱士の認可を受けるにはきちんとした修行や試験が必要よ」

「そっか、許可制なんだ」


 少し歩いてからトモミが聞いた。


「修行ってなに?」

「あーそうよね。この街には詠唱士の組合<ユニオン>があって、見習いとして登録してから必要な訓練を受けるの。それが修行よ」

「へえー……その、ユニオンってギルドみたいなもの?」

「良い質問ね。いいえ、組合とギルドは違うものよ。この街には詠唱士のマイスターも居ないし、ツンフトも無いわ。」

「ツン……?」

「ツンフト。ドイツ語でギルドのことよ」


 シモーネが独り言のように話を続ける。


「ツンフトは参事会との関係でこれ以上増えないと思うわ。私たちも色々としがらみがあるから、詠唱士のツンフトを求める事もしない。関係の深いツンフトに入ることはできるようだけど、正規の構成員になれる訳でもないし……」


 シモーネがまたトモミに顔を向ける。正面から見つめられると、その目力に負けそうになってしまう。


「そういえば、詠唱士は何のツンフトが近いかしらね? パン焼きだと話が早いのだけれど……」

「浴場主は?」

「んー。あれは組合ね。どうしてツンフトじゃないのかは知らないわ。この街は公共浴場が多いからかも」

「ツンフトと組合の区別が難しいね」

「そういう事もおいおい勉強してもらうわね」


 トモミは少しワクワクし始めていた。勉強や試験という言葉を聞いてアドレナリンが出るカラダになっている事は自覚している。


「話を戻すとね、この街には詠唱士の同職職人組合があって、私はその組合に所属する職人ってわけ。そしてあなたは私の一番目の徒弟になるの!」


 シモーネが親指を立てたので、トモミもサムズアップを返してみた。シモーネは一瞬何か言いたそうにして、微笑んで前を向く。目を逸らせたように見えた。


「あーっと着いたわ。組合のオフィスはね、あの建物に入っているの。今日から手続きを始めちゃうから。任せておいて!」


 シモーネの指し示すその建物には、幾つもの絵看板が掛かっていた。


「どれが詠唱士のサインなの?」

「さっきから良い質問ねぇ。そう……バレてしまってはしょうがないわ。」


シモーネが目を細めた。


「本当は中で話すつもりだったのだけれど、」


シモーネは建物に入りながら、続けた。


「詠唱士組合は出来たばかりで、まだサインも自分達の所有する寄合所も無いの。

近いうちに説明するけど、帝国の詠唱士は商人の後押しで認められた職業なの。この街でも詠唱士組合の発足には商業ギルドが関わっていてね、いまの組合のオフィスは彼らから借りているのよ。」


 ドアの向こうには小さな受付があり、最初は誰も居なかったが、シモーネの声が聞こえたのか、中年女性が内扉から出てきた。


「こんにちは」


 シモーネが彼女に話しかけて、そこから先はやっぱりトモミには聞き取れない。思わず不用意な独り言を呟く。


『おー、ファンタジーだと美人受付嬢がいる所かな』


 シモーネがトモミを手招きして歩き出した。


「先客が居るみたい。もしかしたら話が早いたも。さ、こっちよ」


 シモーネは三階のある部屋に入っていった。


「さあどうぞ、入って!」


 部屋には入って直ぐのところに応接用なのだろう簡易なテーブル付きのソファと、奥の窓のそばにデスクとキャビネットがあり、左側にもうひと部屋が続いているようだった。ソファにはたっぷりとした髭を蓄えた男が一人、デスクには座っていても長身とわかる男が座っていた。


「ハーイ!」


 シモーネが二人に話しかけ……やっぱりその後の会話はトモミには聞き取れなかったが、やがて二人がトモミを見た。トモミは反射的にペコリと頭を下げた。


「トモミ、彼がヘルマンで、奥の彼がハンス。二人ともこの街の詠唱士よ」


 髭のヘルマンは立ち上がってトモミと握手を交わし、一言だけ発するとまたソファに戻った。何かの本を読んでいたようだ。

 続いてハンスがゆっくり歩いて来た。


「あー。俺は英語で少し話せる。よろしくな」

「ワタシはトモミ。はじめまして」

「いいえ、トモミは彼に会ったことがあるわよぉ」

「ああ、そうだな」

「え、あれ?」

「昨日初めてトモミに会ったとき、一緒に居たわ」

「え、あれ?」


 初めてシモーネと会った、あのときーー? トモミの内に昨日の出来事が短時間で思い起こされた。


 その時トモミは、アスファルトでもコンクリートでもない土の道の上で倒れていた。寒さと頭痛とで座り込んだまま朦朧としていると、いかにも悪党といった格好で体臭のキツい外国人男性が現れた。

 これはいったいどこの外国風テーマパークの参加型アトラクションかと思いつつ、ニコニコ笑いながらそっと立ち去ろうとすると、突きつけられた剣が重量感といいサビの浮具合といい、まるで本物のようで結構驚いてしまった。

 そこへ男女の二人組が颯爽と現れ、悪党がさっさと逃げ出したので、なんだやっぱりアトラクションか、手が混んでるなぁと感心しながらふと痛む後頭部に手をやると、手に血がついていて驚いて気が遠くなったのだった。


 男女の一方はシモーネ、となるともう一人は。トモミは深々と頭を下げた。


「昨日はありがとうございました!!」

「礼には及ばん。元気そうで何よりだ」


 トモミは頭を下げたまま、昨日のことを思い出していた。


(追い剥ぎを追っ払った男は、このハンスという人だったのか。でもあの時、何か気になったことが……そうだ! あのとき彼はなにかぶつぶつ言っていたーーまるで呪文を唱えるみたいに!)


「あ、あのっ」


 トモミは勢いよく顔を上げた。


「あの時、強盗が逃げていったのは、あなたが呪文を使ったからなんですか?」

「そうだな。」

「呪文は、戦うことにも使えるのですか?」

「……」


 ハンスはどう言えばいいかと考えている様子だった。


「うふっ、あれはちょっと驚かせるだけの呪文よね? 本当は剣でも戦えたんだけど、追い払うだけで充分だったから。ハンスは元傭兵なの。」

「智略派で通ってたんだがな。まあ素人に負ける事はない」


(呪文ってお湯を沸かすだけじゃないんだ……)


「その、相手を驚かせる呪文って、私にも覚えられるかな? 護身術になりそう」

「覚えられるとは思うが」

「比較的短い呪文だけど、オススメはしないわよ」

「何か問題が?」


 ハンスはじろりとシモーネを見たが、シモーネはそっぽを向いた。


「その呪文はな、ズボンを脱がすんだ」

「はぁっ?」


 トモミは聞き間違いだと思ったが、ハンスは説明を続けた。


「相手にこう手のひらを向けて、その呪文を唱えると、彼らのズボンが脱げる」

「えっ……」


 トモミの脳裏にあの時の光景が蘇る。強盗はトモミの背後にいたので、強盗のズボンが脱げるところは見なかった。そしてトモミは長いスカートを履いていた。


「ワタシ、強盗のすぐ前にいたけど?!」

「問題はなかった。この呪文は男にしか効かん。理由は知らん。そう言うものだ。」


 シモーネが悪戯っぽい目で聞いてきた。


「覚えてみるぅ?」


 トモミは一瞬想像してみて、ろくなことにならなさそうだと理解した。


「いーらない!」

「あら残念!」


 シモーネは愉快そうに笑った。


「なんだかシモーネはその呪文を覚えていそうだね」

「さあねー」


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