♯ 2
そして、最初に戻る。
優雅にある程度紅茶を飲んでいたが、リーディアはキースと呼ばれたアルバートの副官らしき彼が発した、ある言葉を気に留めた。
しかし、いつまで待ってもよくまぁここまで痴話喧嘩が続くなあと、思うほどキースとアルバートは話を辞めないので、私は紅茶を啜りながらも色んなお菓子を齧り始めた。
美味しそうなものばかり並べられていて、何から食べるか迷ってしまうが、まずはパーティーで食べ損なったシュークリームを上手くドレスをクリームで汚してしまわぬよう、フォークとナイフで食べていく。
珍しく、クリームの味は極東にある果物をすり潰したものが入っており意外にとてもまろやかな味で、癖になってしまうものだ。
他にも珍しいお菓子や、王道だけど隠し味があって工夫されているものも幾つかあったので、止まらず次にプリンやケーキなどを味わっていれば、いつの間にやら口喧嘩は終わっていたらしく、二人とも私が食事する様子を口を開けてポカーンとしていた。
手元を見ると食べ終わったスイーツのお皿の山が積み重ねられている。
やってしまったとリーディアは思った。
余りにも美味しすぎて食べすぎないようにしようと思いながらも、食べすぎてしまったらしい。
「リーディア嬢はお菓子をとても美味しそうに食べるのですね」
アルバートがそう言って、本当に嬉しそうに優しく私に笑いかける。
同じ甘党好きなのを見つけてはしゃいでいるように見えるのは、私の気のせいだろうか。
ついつい食べ過ぎたのが自分でもわかり、恥じらうように口元を隠した。少し、彼の笑みで照れ隠しもあったかもしれない。そして口の端に菓子のかけらがついていることに気づいて、また恥ずかしさに拍車がかかる。
「あ、あの。そ、そういえばさっき、キース様がおっしゃられた『奥様』って何のことかさっぱり。私、アルバート様と婚約していませんよね」
私は紛らわすように先ほどから疑問があった、ある言葉を口にした。
そう。
あの誰でも急に言われてしまえば、驚くであろう『奥様』と言う言葉。
ましてや淑女達に大人気のアルバートの奥様と呼ばれてしまうのだから笑えない冗談である。彼と結婚するとなれば、上級貴族達の娘が黙っていないだろうし、あの完璧人間の隣に立つ勇気を私は生憎持ち合わせてはいないのだ。
「いえ。しましたよ?ご家族から聞いていませんか」
「ですよね、あの有名なアルバート様と男爵家の私が婚約だなんて‥‥‥‥え?してる?」
「はい」
アルバートから間髪を入れず私と一番縁遠いと言われる婚約について肯定されて、彼のことにきっとこの中では一番詳しいキースに問いかけるが、無表情で頷かれた。
いや聞いてない。
そんなの聞いてない。
でもそういえば最近さりげなく「婚約したいよね」と母に圧をかけられたり、「結婚したらこんな良いことがあるんだよ」と悲しくも弟に言われたりと何かよそよそしいというか、いつも冷静沈着な父も含めてソワソワしていて落ち着きがないような雰囲気だった。
よくよく考えてみれば結構、予兆があった訳だ。
いやでも流石に、相手が侯爵家の人間だなんて。確かにいつかは私も貴族の端くれなのだし結婚しなくてはならないのだろうと思っていましたけれど、結婚するとしたらお父さんの知り合いの商人の息子だったり、同じ男爵家や子爵家といった位が一緒の下級貴族なんだとばかり、ついついそう思い込んでしまっていた。
今、高位貴族との婚約だと考えた瞬間、緊張で心臓が張り裂けそうになるというか、これからきっと起きるであろう令嬢達からの嫌がらせやアルバートの家族との挨拶なんてものの大変さを察して、目が回ってしまう。
私が慌てている様子を見て、アルバートは困ったように眉を下げる。
「すみません。ちゃんとリーディア嬢と直接お会いして話せたらと思ったのですが、僕の仕事で時間が作れなかったのもあって‥‥‥一番の理由は性格がコレなので婚約した後にあった方が、リーディア嬢も逃げられないだろうということで今夜の夜会で会うことになっていたのですが、やはり驚かれますよね」
「コレですか」
「はい、この部屋に入って驚かれたでしょう?僕の性格に」
そう言われて、私は図星だったので苦笑した。確かに最初にドアを開けたとき、彼が冷たい声ではなく優しい声で、お菓子を美味しそうに頬張っていたのを見て驚いてしまった。
彼をまじまじと見れば、いつも出ている凍るような雰囲気も漂わせずに、目が合えば相手が失神してしまいそうなほどに冷たい視線も向けていない。
まるで先ほどまで来ていたアルバートの服装を穏やかな性格のそっくりさんが着ているみたいに見えて、奇妙な気持ちになる。
「僕の性格は元々こんな感じだったんですが、騎士になることでそういう周りを和ませてしまう性格は不利だと言われてしまって。なので、相手を威圧するような者の真似をしてみたんです。そしたら意外と上手くできてしまって、周りからもそんな性格なのかと捉えられてしまい、本当の性格のことについて言う機会もなく、誤解されたままに」
少し項垂れて話すアルバートが不憫にも思えるけれど可愛らしくも見えてくる。
「性格はキース様を参考にされたのですか?とても似ていらっしゃいますね。‥‥っあぁ別に悪い意味とかではなくて、本当に尊敬というか、凄いなというか」
どちらかといえば今は、アルバートよりもキースの方が鬼才と呼ばれそうな威圧感と存在感を持っている。現状、彼が居るとこが寒いのが証拠ではないだろうか。
季節で例えるならば、キースは誰もが立ち止まってしまうほどの寒さの冬のようで、アルバートは辛い思いも溶かして忘れさせてくれるような春のような性格だと思う。
そう、私がいえばアルバートは嬉しそうに微笑んで答えた。
自分の副官を褒められて相当嬉しかったようだ。
全く。ポーカーフェイスが出来るのか、出来ないのかよく分からない、人柄がわかるようなわからない人だと、リーディアは彼の話を聞きながら思った。
「そうなんです、彼を元に演技していたんですが、やはりわかりますか」
「えぇ。何かふとした時の仕草が似ていらっしゃるのです。アルバート様は研究熱心なのですね」
「えぇそうだったんですか!?初めて知りました。そうやって言われると少し照れてしまいますね」
あたふたしながらもはにかんでむ姿は、女である私も惚れてしまいぐらい可愛らしくて、見惚れているのを隠すために顔を伏せた。
騎士だというのに、肌は女性と同じぐらい白くてきめは細かい。そして思わず触ってしまいたくなるような肌に闇と深い青を混ぜたような髪は、なんとも国を守る為日々鍛錬している騎士とは思えない程の美しさである。
それに比べて私は特に綺麗でも美しくも美女でも美少女でもない、目立った顔立ちではなく、どちらかと言えば顔立ちは悪くないけど影が薄いよねと言われるタイプだ。
そんな私が、ハイスペックの彼と婚約だなんてあまりにも非現実的すぎる。
「‥‥‥有り得ない、とお考えですか?」
急にそう聞かれて、私は反射的に背筋をピンと伸ばした。
「こんな性格の僕とじゃ、嫌なのはわかります。だって夜会では冷たく、邸では優しく接するなんて調子が良すぎますもんね。きっとお辛い気持ちをさせてしまうかも。‥‥いいえ。少し自意識過剰だったかもしれません。貴女はそんな待遇を受けてもそんな悲しいなんて思う理由も必要もないのですから、無理に言わなくても大丈夫です。ただ貴女さえ僕の隣にいてくれれば僕はーーー」
「私、そんなに冷たい人に見えますか?」
「え?」
「理由はともあれ、仮にも私達は夫婦となるのでしょう。でしたらアルバート様の性格は私が受け止めて配慮するべきです。でもまぁ、私は別にアルバート様のその性格を不快に思ったことはありませんので、受け止めも配慮もせず、普通に接しますけれど」
「不快じゃない?本当に?」
「はい。しかし、普通の接し方に文句はつけないで下さいね。それが私なりなんですから」
しょんぼりして、悲しい顔をするアルバートをどうしても見ていられず、会話をぶった切って話し始めてしまったが、私の言葉を聞いて一度驚いたように目をまん丸くさせた後、にっこりと目を細めたので良かったのだとほっと息をついた。
どうして彼の性格がコロコロ変わるからといって、不快に思って私がそんなにアルバートに当たると思われていたのは知らないけれど、威圧感のあるアルバートもほんわかしたアルバートも演じているらしいが、本人が気づいていないだけできっと自分の意思の一つなんだと思う。
だから、私はさっき、キースの所作がアルバートに似ていると言っていたが、多分それは逆でキースの方が所作が移ったのだろう。
仲が良いと好物や苦手なことが移るというし。
「嬉しいな。でも無理とか、我慢とかしないで下さいね。僕はそんなことで貴方を縛りたくはないのですから」
「勿論です。結婚して一生我慢する生活なんて嫌ですもの。ああでも、だからといって難癖つけるみたいに何でもかんでも文句は言いませんからね。でもアッシュダンテ侯爵家には我慢するものなんて、ないんでしょうけど」
ふわりと微笑する彼を見て、私は意地悪そうに笑いながら「こんな旦那さんだったら結婚も安心だなぁ。文句の付け所もないや」と心の中で呟いた。
*****
「って、いつの間に私は婚約に前向きになってしまったの!?」
「姉さん、食事中だから机叩かないで。スープが溢れちゃうよ」
「はいごめんなさい」
素直に謝って静かにパンを咀嚼して飲み込んだ。
いやほんといつから私は結婚を前向きに考えるようになったのだろう。
なんだかアルバートに上手く誘導されたような気がする。
隣に座る弟のミルゼは、お行儀良くスープを啜りながら
「どうしてそんなに婚約に否定的なのさ」
と私に問いた。
私が婚約に対して良い感情を持っていないことがどうやら不満らしい。
私とお揃いの赤紫色の瞳を細めて、ほっぺたを膨らませて不服なのを表している姿が、とても可愛らしい。やはりまだ婚約者がいないことが不思議で仕方ない。学園でも頭が良いと名高いし絶対この可愛さならモテると思うのだが。
ちなみにどうしてそんなふうに、私の婚約に賛成なのか聞いてみれば、
「姉さんみたいな人はああいう人とお似合いなんだよ。いや、そうじゃなきゃいけないんだよ」
の一点張りである。
学園での模試で十位以内をキープしていた比較的成績優秀な私でも、どういう意味かはさっぱりだ。
「そうですよ、あんなに良い人が婚約者なんて文句のひとつも出てきませんでしょ。お父さんと違って」
「ん?どういう意味かなエカリナ」
前で仲睦まじく話していた父と母も会話に入ってきた。
恋愛話なんてなかなかするものでもないからか、鼻息荒く身を乗り出して話す母に少し引き気味になったけれど、常識人の父に止められる。
「だってお父さんは仕事仕事で最近全然お出かけしてくれないんだもの。仕方ないことは分かっているけど、やっぱり少しだけ寂しいわ」
「エカリナ‥‥‥」
悲しそうに目を潤ませれば、父は手を目に当てた。
良い歳して感動しているらしい。
しかし良く見てみれば、母の手にはいつの間にやら目薬が。ぺろりと舌を出している母に父は気づかず、謝る姿を見て弟は「これだから女性には心が許せないんだ」と呟いていた。
ふーん、だから婚約していないのか。
でも可愛らしい女性も私の知り合いにいるけどな。どうせなら後で紹介しようかな。
「姉さんは考えなしだからやり易いんだけど」
「少し良いかなミルゼくん。ちょっとお姉さんとお話ししない?何も痛いことはしないから」
「ちょっ、お、落ち着いてよ姉さん!!っ素直、ピュアってことだから、褒めてるからこれ。だからその手に持つナイフとフォークを下ろしてよ!!」
「何を言ってるの?私はいつでも冷静よ。フォークとナイフを持っているのは夕食なら当たり前でしょ?」
「いや持ち方が食べるときの持ち方じゃないから焦ってるんだよ!?」
「あ。そうそう。リーディア、明日から侯爵家に住み込みらしいから頑張ってね。貴女が結婚できるかしらって不安だったけれど、良い夫を捕まえてきて母様はとっても嬉しいわ〜」
「あんたちょこまかと逃げてっ。いい加減観念してこっちへ‥‥‥え!!?」
ミルゼの服の裾を捕まえたっと思った瞬間に衝撃的な発言を聞いてしまった。
なんか不意打ちで頭の上の至近距離から爆弾を投げつけられた気分だ。あまりにも唐突過ぎて「は?」となったまま棒立ちして爆弾が落ちるのを見守ってしまう。
驚きで体の機能が停止し、せっかく捕まえたミルゼを離してしまったがそれどころではない気がする。
たとえ、弟がものすごくイラつく笑みを母の後ろでしていたとしても、だ。
「なんで。なんで住み込みなんてものに‥‥け、結婚なんてもう少しあとでしょう?ならどうして」
「なんでも貴女確か「結婚なんてしないもん」って言って淑女教育を途中で投げ出したらしいじゃない。今までリーディアに頼まれてリール先生が黙っていたけれど、結婚するって聞いて顔面蒼白で白状しましたよ。だからアッシュダンテ侯爵様から「こちらで再教育いたしましょうか」って持ちかけられたときに、母様嬉し過ぎてジャンプしながらその提案に乗りました」
「お金が浮くもんね。エカリナはお金と私どちらが好きなのか‥‥」
「好きなのは勿論貴方よ。ふふっ、何を当たり前なことを聞くのです」
「ちなみにどちらが大切かでいえば?」
「それは無論、金ですわ」
あーあ。ミルゼが言っちゃいけないことを聞いたから、父様の目が潤み始めちゃった。
相変わらず人を泣かせるのが好きなのだから恐ろしい子である。
しかしそれを見て嬉しそうに微笑んでいる自分の母が一番恐ろしい。ミルゼのあの攻めたい性格は母譲りなことを母の弟以外はきっと全員知ってることだろう。
本人達には自覚がないのが更に、恐怖を掻き立てる。
母様は頬を染めながら父の肩を優しく撫でた。
「大丈夫、金が有り余る貴方の元から逃げようと思うだなんて今までもこれからもないと誓うから元気出して。貴方もちゃんと愛してるわよ」
「エカリナ‥‥うん。私も愛してるよ、そうだよな金さえあればエカリナはここにずっといるんだもんな」
「貴方もってことは、金も愛してるんだね」
「そして「金さえあれば」の言葉で解決しちゃううちの父、大丈夫じゃないよね。怖いなこの父に任せてる商業安定してるのかな」
我らがマーデル男爵家の当主、マリウスは少し母のことになると頭が緩めになるところがある。
昔からそんな感じだったらしく、伯爵家の長女だった母に一目惚れしていきなり初めましての時に婚約を申し込んだらしい。
しかし母は元々婿入りしてもらい当主となる旦那さんを支えると決まっていたらしく、伯爵家の当主も格下の男爵家に大事な娘をやるなんてと猛反対して、婚約を断ったらしい。だがそんなことであきらめる父ではなく、どこで知ったのかエカリナの大好きな金で作った花束と年収いくら貰えるかを表にしたものを持って、再度婚約を申し込んだところ、あまりの金の多さと好みの顔だったところで父に惹かれまくって、みんな止めたにも関わらず勢いで婚約したそうだ。
最後はエカリナの熱心に語って当主も折れたらしいが、なんでも「この家を勘当されたとしてもマリウスと婚約します」といい笑顔で脅したらしく渋々二人の婚約を認めたらしい。
なんだか可哀想な当主である。
「ちゃんと好きなのはマリウスなのよ?」
ミルゼと私のツッコミに不満があって、母はぷりぷり怒りながら言い返すもののその言葉を完全には信じられない私と弟だった。
というか母の感動も嬉しさも優しさも何もないあの言葉に感銘を受けている父と私が似ていると、あの攻め好きコンビに言われているのだが、あんなによくいえば純粋、悪くいえば馬鹿な私ではない筈だと思う。
『っ素直、ピュアってことだから』
つまり純粋?
『姉さんは考えなしだからやり易いんだけど』
つまり馬鹿?
いやいやと首を振る。
多分、そんな筈はない。
ない筈だと思いながらも、夕食を食べ終わり寝る直前心がどこか痛い、リーディアなのであった。
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