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♯ 1



部屋の扉を叩けば、どうぞと返されるので失礼しますと答えてから中に入る。


舞踏会の休憩所の個室とはいえ、貴族が入るのでさすがというべきか私のような下級貴族が一眼見れば、目が眩んでしまうほど輝かしい物ばかりが飾られてある。

 物の隙間などに埃が入ってしまって物を置かない方が掃除するなら楽じゃないか?といない使用人の代わりに掃除や洗濯をしていた私はそう感じていたものの、その考えを全否定するかのように誇りは勿論、塵一つ落ちていないこの部屋に感動を密かに覚えた。


美しい赤いカーペットの上にある机には可愛らしいお菓子がたくさん置かれていて、少しだけぐうとなるお腹が恥ずかしい。

でもここまでスポットライトのような光に当てられ、輝くお菓子もなかなかないだろう。美味しいよ甘いよと見た目で訴えてきているのがよくわかる。


ふと視線を上げ、この部屋に来るように私を読んだご本人と目を合わした。


彼は驚いたように目を皿にして私を見つめている。

何か私の顔についているだろうか?失礼がなければ良いのだが。数秒ほど二人見つめあっていたが、流石に照れるというもので負けた気にはなるが、私から視線を逸らす。


そして気づいた。


彼の手に艶々した赤ピンクのマカロンが握られていることに。

きっと色からしてマカロンでは王道のベリー味なのだろう‥‥が、今はそんなことはどうでもいい。

そのマカロンは、食べかけなのだ。


持っているのは彼。


ならば食べたのは彼。


「??!!」


まさかあの鬼才と呼ばれた微笑まないことで名高い先輩が、こんな可愛い物を食べていたのだろうか。


口元には僅かにカケラがついてるので間違いないのだろう。


絶対甘いのは食べないだろうと、先輩のファンクラブは差し入れの時に甘くないお菓子を作って、キャアキャア盛り上がっていたがそれはどうやら真逆で不正解だったようである。


先輩は私が動けずに突っ立っているのを見て、みるみるうちに涙目になる。


え?涙目?あの鬼才が?




「ちょっと、キース。どうして入室の許可をあげちゃったの!?わざわざ僕の声真似までしてさ。僕言ったよねこれ食べ終わるまで待っててって」


「どうしてと言われましても、奥様となる方には本来のアルバート様の性格を知っておく必要がありますから」


「でももう少し待ってくれても良くないかな!?リーディア嬢がびっくりして棒立ちしてるじゃないか。あぁ、可哀想に。どうぞリーディア嬢、こちらに掛けてくださいね。大丈夫ですか?落ち着くために紅茶を淹れましょう」


「それは‥‥アルバート様が食べるのが遅いからですよ。まるで家宝のようにちまちま食べられましても味分かりますか?一気に食べた方が美味しいでしょうに。‥‥あとは面白味で九割」


「九割!?僕が悪いの一割で僕悪くないじゃないか!!」


鬼才と呼ばれた、騎士になるためだけに生まれたと言われる男、アルバート・リュ・アッシュダンテ。

幼き頃から剣の才と美しい顔を神から与えられて、天から二物どころか三物四物与えられた超有名人で、年頃の貴族の娘たちからは、アッシュダンテ家の時期当主の妻の座を狙われている少し可哀想な方である。

 歳は卒業生の私の二歳年上。つまり二十歳だ。

卒業と同時に騎士団に入団し、あっという間に半年で若いのに第二騎士隊長の座を手に入れていて、私は凄い人だなと眺めているばかりだった。

話したことは片手で数えるほどしかなく、凍るような威圧感もあり親しい仲というわけでもない。



なのにどーして私は彼の目の前に腰掛けていなければならないのだろう。


いつの間にか、アルバートのエスコートにより居心地の良い椅子に座りながら、彼の淹れた紅茶を啜って現実逃避をしていた今日この頃なのである。







*****






少し戻って、五時間前。


私、リーディア・キャル・マーデルは無事、卒業式を迎え終わって待ちに待った舞踏会会場へとやって来た。

学園が開催するため、上級貴族からしたら少々ご不満足かもしれないが商人上がりの男爵家からしてみれば、これ程のキラキラした世界を見るのは生きてる中で数回あるかないかほどだった。


何が楽しみかといえば下級貴族からしたら一般常識なのだが、やはり料理と殿方の出会いである。

私からしたら前者が本命中の本命だが、親からしてみれば十八にもなって婚約者がいないだなんて有り得ないと嘆き悲しまれているので、少しぐらいは男性とダンスを踊ろうかなと思っている程度。


別に無理して結婚したいわけでもないし、長女なだけで弟がいるので男爵は継がなくていいから親も結婚を勧めては来ないけれど、結婚しなければ私は平民になるわけなので、とてつもなく心配されている。



「あ!リーディア、こっちよこっち」


しかし男性とダンスを踊るのも誘うのははしたないし、めんどくさいから積極的には行きたくないなぁと頭を悩ませているところに、大きく手を振る自分の友人が目に入る。

悩んでいたことだしちょうど良かったと、にっこり笑って彼女に話しかけた。


「リーデア?何でひとりなの?貴女公爵家のサムソン様と婚約していたはずでしょうに、エスコートは?」


「やだわかりきってるのに白々しく聞かないでよ。またあの例の子爵家の御令嬢と鼻の下伸ばしてデレデレしちゃってるわ、恥ずかしい。アレでも公爵家の次男だというのだから驚きよね」


「確かにね、でも少し声が大きいから気をつけないと嫌味言われちゃう」


「わざと聴かせてるのよ!こちらに嫌味言いに来たら百倍返しで追い払ってやる」


そう言って薄い青色の髪を邪魔くさそうにはらって、魔道具の高級品である阻害認識眼鏡をかけ直した。

金縁の眼鏡は丸眼鏡で付けている人を優しい印象にしてくれるが、彼女の場合はどうしても元の性格が滲み出てしまうのか、似合っているとはとても言いづらい光景だ。

ならばどうしてつけるのかと言えば、彼女の顔はとても整っているので顔と伯爵家の地位目当てに話しかけるものが多くて苛つくので、目立たぬよう気づかれぬよう特注品で作ってもらった模様。

別にそこまでしなくともと思うが、彼女には彼女の理由があるから故の行動なのだろう。


ちなみにいえば、たまにある婚約者とのお茶会はいつもこの眼鏡をつけて、彼の自慢話をコクリコクリと頷いて聞くだけらしい。本当は単に寝ているだけなのだけれど、これをしていれば素直に自慢話をして帰ってくれるし、自分の性格を大人しめで従順だと勘違いしてくれるから便利なんだとか。



リーデア・イル・バーバラは伯爵家の長子で、婚約者のサムソンが婿入りする形でバーバラ家を保つ役割を生まれながらにして決められている。


しかし、気の強い彼女は頭の硬い家族には従っているように見せながらも気の許した友達にはいつも「いつか本を書いて独身を貫くの!!男なんていない方が精々するわ!!」と言い放っていた。



でも本音はきっと、眼鏡で隠された顔以外で自分を好きになってくれる人が迎えにきてくれると信じているのだと思う。


意外に彼女、夢みがちなのだから。


「はぁ。早くあいつが御令嬢と結託して婚約破棄を企ててくれないかしら。私早く小説の続きを書きたいのだけれど」


「今回のは騎士と下級貴族の恋愛だっけ?」


「そうなの!!見た目とは裏腹に心優しい上級貴族の騎士の男性と家族に意地悪されて心に傷を負った男爵令嬢の恋愛小説で、言っちゃうと結末は令嬢が王族よりも権力のある聖女だったってことがわかって結ばれることができるんだけど、その間に王子が色々ちょっかい出してきて三角関係に発展する予定で。‥‥だけど王子の婚約者もいつの間にか入ってくるからやっぱり四角関係?あぁでももう少し話を捻った方が‥‥‥」



幼少期の頃。

城下町で読んだ恋愛小説の感動が忘れられず、大量の本を読み漁ったがどうしても作者が平民だからリアリティがなく、面白くないとのことで、今やリーデア自身が著者となっている。


夢みがちもここまで来れば、驚きを隠せず曖昧に「現実を見た方が」と伝えようかと思ったのだけど本は大ヒットしており金が大量に懐に入って来ているようなので、何も言えなかった。


 蛇足だが、一応リーデアと親友という地位をもぎ取っていた私には特別に出来立ての本の原稿を読ませてくれて、その時にここの表現が違うだの、これこそこういう感情だのと文法チェックをしているので少しばかり私の方にも金が入ってくる。

小遣いをあまりもらえない私は、本当に嬉しい限りで頬が緩んでしまうのはしょうがないことだろう。




「そう言えば聞いた?あの有名なアルバート様が今夜ここに来てるみたいよ。噂だけど確かな筋から入手した情報だもの、多分来てるわ」


どこか浮き足だって話しているリーデア。


それを呆れたように私は眺めた。


「もしかして今執筆中の小説の登場人物で出てくる上級貴族の騎士って、アルバート様が題材?だからそんなにあんぽんたんになってるのね、題材を生で見てよりリアリティのある中身にするために」


「ちょっとあんぽんたんって何よ」


「‥‥‥‥リーデア、気づいていないようだけどそれ苦手なプリンよ。ちなみに大好物は左の台に置かれているけどわからなかった?」


リデアの持つ皿の中には彼女が大の苦手としているプリンが四つも乗ってぷるぷると揺れている。今にも垂れてしまいそうなカラメルはいい色の茶色できっと苦甘い味に違いない。

リデアは皿を驚愕な表情で見つめた後、私に押し付けて猛スピードで大好物のシュークリームの方へ走り出していた。

共にチョコレート味のシュークリームも持ってくるよう頼むのを忘れない。


「あれでもリーデアってダイエット中とか言ってなかったっけ?」


最近太ったとかでギャーギャー騒いでいたけど大丈夫になったのだろうかと首を傾げる。

しかし、その呟きは後ろのある者の声によってかき消された。


「おいお前、アイツの友人だろう。今アイツはどこ居る!?全く婚約者に挨拶もせずにどこをほっつき歩いているのか!」


「まぁまぁそんなに怒らないでくださいませ。きっとリーデア様には大切なご用事があったに違いありませんわ。そうでなければ、婚約者に挨拶をしないなんてそんな非常識なこと、わたくし恥ずかしくて出来ませんもの」


振り向かなくてもこの特徴的な声に、誰なのかわかってしまう自分が悲しい。


体を回転させると案の定、リーデアの婚約者と例の子爵令嬢だった。


恥ずかしげもなく、愛し合っていますよアピールで手を組み、お互いの瞳の色の衣装を着ている様子は婚約者同士だと言われても違和感がないほどだ。

しかし、令嬢のドレスには宝石やレースが大量に使われており、目が今すぐにでもやられてしまそうな程輝いている。


はっきり言って動くシャンデリアのようで滑稽な景色である。

しかも男の方は、もう婚約者に見捨てられてるけれど自分は気付いてさえもいない、哀れな奴だ。

これを笑わずして何が面白いかと、リーディアはついつい声を上げてしまいそうな笑いを抑えながら


「アイツ?サムソン様の婚約者であらせられるリーデア様のことでしょうか。なら私は今日会っておりませんので存じ上げませんの」


と答えると、サムスンは目を鋭く細めた。

 つい、リデアの居場所を教えると彼女がめんどくさいことになりそうだったので庇ってしまったけれど、バレてしまったら自分の身がとても危ない。

何しろ相手は腐っても公爵家の次男坊っちゃん。男爵家のひとつやふたつ、潰すのになんら問題はあるまい。

ましてやこちらは商人上がりだと陰口を言われている歴史も地位もない、しかし金と人脈はある男爵家。いつ潰れてもおかしくはない状況だ。


明らかに怒って、こめかみに血管を浮かばせている男の様子を眺めながら、どうして素直に教えなかったのか少しばかり悔やんだリーディアである。


「なんだと!?お前嘘をついてるだろう。さっきあった奴にリデアの居場所を聞くと赤色の地味なドレスを着ている令嬢と話していたと聞いたぞ!この会場にはお前ぐらいしかその陰気くさい外見に合うやつはいないだろう?」


つまり訳せば、目立たない地味令嬢はどこもかしこも探し回ったけどテメェしかいねぇからお前嘘ついてるだろ?ということか。


苛つく。

顔なら言われても仕方ないけれど、ドレスはあまりゴテゴテしたものは好きではないからと、無理言って質素なものにしてもらったというのに、部外者からそんなことを言われる筋合いはないだろう。

しかも婚約者、何も罪の意識もなしに他の人をエスコートしている奴に言われたくない。


「あら、私はてっきり婚約者様に綺麗にエスコートされていらっしゃってもう二人顔を合わせているのかと思いました。だってもう腕に婚約者のリデア様ではない他のご令嬢がいるのですから。ですけれどきっと理由がおありなのでしょう?だって婚約者じゃない人にそんな胸を押し付ける行動、私でしたら恥ずかしくて外に出れませんもの」


「お前ッ!!マリシュをッッ」


クスリと意地悪に笑えば、サムスンは直ぐに顔を赤くして拳を振るわせている。

その隣では、令嬢が震えて私を見上げているが、瞳の奥底では侮辱された怒りで可愛らしいお顔が惨めにも歪み切っていた。


「どうしましたか?私は事実を言ったまでですがどうして黙るのです?」


無垢で天然かのように首を傾げれば、二人はバカにされたと受け取り、更に熟れた実のように顔以外も赤に染まる。

一応貴族なのだからポーカーフェイスぐらいは出来て欲しいものだ。

しかし、この女マリシュと言ったか。こいつは少し要注意かもしれない。


「だからってそんな言い方をするのは酷いですわ。わたくしの母が平民だからってわたくしを遊女呼ばわりするなんて」


今すぐにでも駆け寄って頬を張り倒すほどの、射抜くような眼差しを向けていたというのに扇子で口元を隠したと思った瞬間にコロッと涙目へと変化させ、怒りではなく悲しみで体を小刻みに振るわせている。

 そして絶妙に周りの人たちにも聞こえるくらいの音量で響かせて、彼らもこのいざこざに気付き初めてこちらの様子を伺っている。


リーディアは大した演技力だと彼女を感心しながらも、どう奴らから離れようか考えていた。

これ以上長引かせるのはあまり部が悪い。

なんせ相手は公爵でこちとら男爵だ。公爵に楯突く男爵だと噂が流れては、商売にも弟にも迷惑がかかってしまう。


さてと口を開こうとした時。


「リーディア嬢。久しぶりだな、少し時間を私にくれないだろうか」


澄んだ綺麗な声が私の名を呼んだ。


「誰だ?今こいつと話しているのはこの俺だ。この俺の話を割り込んでくるなんてお前、礼儀がなってないにも程があるぞ」


「そうですわ。この方はサムソン・リー・カイデル様、カイデル公爵家の公子であられますのよ」


そう言って二人はその人物の顔に視線を送ると、明らかに動揺し始めた。

ピシリと体を硬直させ、「やってしまった」とばかりに目が泳いでいる。

どうしたのだろうと私も彼を目で追えば、女性たちに好奇の目で見られていることに気がついた。熱を帯びた瞳や頬を桃色に染めている令嬢。その中には眼鏡をかけてニヤニヤ笑っているリーデアの姿もある。


「そうだな、すまない。だが、先ほどから話を聞いていたが、そちらの婚約者の居場所の話だろう?それなら彼女は菓子を摘んでいたから今もそこにいると思うが、これで彼女に用はないのではないか」


「ああ、そうだ、な。た、助かった。感謝する」


「‥‥えぇでは、わたくしたちはこれで」


ぎこちない笑みと共に二人は去ろうとする。

しかし、こう張らせた体をいきなり動かそうとしたせいで頭が追いつかなかったのか、マリシュの体がぐらりと揺れた。

悟った時にはもう遅く、彼女は私の方へ倒れてシャンパンが注がれた見事なグラスは傾く。


「‥‥‥‥え?」


支えようかとも思ったけれど、マリシュの傾いた体を受け支えると無理だと言うことに気づいた。

当たり前と言えば当たり前だ。

ただの令嬢に同じぐらいの令嬢を支えられるぐらいの筋肉は腕についてはいないし、どちらかと言えば体を使う運動よりも便利な魔法に偏ってしまって、他の令嬢よりも腕は細く色も白を通り越し青白くなってしまっている。


そして予想通り見事に私の体も傾いてしまって、背中が冷たいタイルに叩きつけられることを察する。

絶対痛い!!


私は瞬間的にそう思って目を瞑る。

誰かの女性の叫び声が響く。







が、背中に当たるのは生暖かい人の温度だけ。



「大丈夫か?」


「は、はい。私はなんとも。ですがマリシュ様がどうか」


いつの間にか私の腕に縋っているマリシュの方を見れば、彼女も安堵した表情で首を振った。

良かった。なんともないらしい。



「ありが、とうございました。あ、アルバート様」


支えてくださった方にお礼を言って、自分への用事は何か聞こうと振り向けば、マリシュがそう続けた。

その言葉に驚いて、真正面を見るとキラキラとまるで綺羅星のように輝く金の瞳と視線がカチリと合う。

星のない真夜中のようで美しい髪は、鉄色の紐で軽く結ばれており、それで結ばれなかった短い髪が耳にかけられている。

異様な色気が漂いながらも、氷のような冷たいこの空気を纏う美丈夫は私が知る中でたった一人しかいない。


「あ、アルバート様?」


「あぁ良かった、覚えていてくれたか。リーディア嬢」



嫌なことが起こりそうな予感が、私を密かに震わせた。

面倒な出来事が。




*****





「あの‥‥‥アルバート様?な、何故私は抱き上げられているのでしょう?」


かの有名な、アッシュダンテ侯爵家の嫡男で次期当主、そしてたった二年で第二騎士団隊長へと上り詰めた、顔よし金あり将来有望の彼、アルバートに先ほど助けてもらった後、私は断りを入れられてから急に景色が変わったかと思えば、お姫様抱っこをされて個室へ連れて行かれていた。


アルバートは気にしないようだが、廊下を歩いていると人とすれ違う度に驚かれて異様な目で私が見られるのでとてつもなく気恥ずかしい。

ついでにお姫様抱っこをされたとき、一応リーデアに助けを求めたけれど、今年一番良い笑みでにっこり送り出されてしまった。


でもこの距離だとアルバートの身体に密着して、彼の体温に触れてしまうので罪悪感と羞恥心からアルバートに降ろしてほしいと強く言えるわけもなく、せめて真っ赤に染まった顔だけは隠そうと両手で顔を覆っていた。


不意に立ち止まったので、顔を上げるとアルバートが細身なのに片手で私を支えながら、もう片方でドアを開けるところだった。


「これは、ドレス?」


部屋の中を見て、ゆっくりと息を吐いた。

息をすることを忘れてしまいそうなほど美しい色とりどりのドレスが沢山置かれていだからだ。

豪華な宝飾はあまり好きではなかったものの、上品にレースやリボン、刺繍を使うことでゴテゴテした印象はなく、あっさりとした綺麗な印象が与えられる。

 その上、置かれている髪飾りやイヤリングは赤や黄色といった目立つ色合いなのに、ドレスと合わせれば良い感じに調和して、ひとつの衣装へと生まれ変わっていく。


あまりにも、自分の好みにぴったり合ったものがあっちこっちあり過ぎて、ついついじっくり見つめてしまいそうになる。



「きっと気づいていなかったのだろうが、先程のいざこざでリーディア嬢のドレスがシャンパンで濡れていたので、お詫びに代わりのドレスを選んでもらおうと思ってな。流石に人前でそのことを指摘するのは気が引ける」


「え!いえいえお詫びだなんて。あれは私がマリシュ様を支えられなかったからで‥‥」


「だが、私が彼らの話に割り込んでしまったから起きて事だ。だからお詫びとして。お詫びが気に滅入るならこれから聞いてもらう話のお礼として貰っていただけないだろうか」


そう悲しそうに目尻を下げられて、私は視線を彷徨わせて、繊細な作りのレースをいくつも重ねられている夕焼け色のドレスを見つめた。


きっと断るのが正解なのだろう。

しかし、こんなに心踊る物たちを見て断ることができるだろうか。

ドレスたちは己の魅力を精一杯私に見せつけて、私の心を掴んで離さないと言うのに。


いいや、出来るわけがない!!


自分にあんな最高級の服が似合うかどうかは不安だけれども、私を着飾ってくれると思うと期待と嬉しさで胸がはち切れそうになる。


「わかりました。ありがたく頂きますね」


しかもお詫びではなく、話を聞く対価して頂くのだから大丈夫。

正当な取引よ、私だけが貰っているわけじゃないんだし?彼の話はきっと聞くのが大変なのよ。だからセーフ、お互い与えて貰うのだからどっちもどっちと言うわけ。


うん。


なんだか心臓が痛まなくなって、罪の意識が軽くなった気がする。

なんか、自分だけ貰ってばっかりな気がしてたものね。



「では、私は隣の部屋で待っているから着替えが済んだら来て欲しい」


「はい。こんな綺麗なドレスをありがとうございます」


上品に微笑みながらアルバートを見送って、くるりと衣装たちに目を向け、私を魅惑的に呼ぶドレスを眺める。


ある程度、見続けてあるドレスを手に取った。


あの夕焼けのようなドレスと、青みがかった金色の宝石がついたイヤリングだ。

ついでに言えば、イヤリングは似たようなものしかなく、別に狙ったわけでもないのだがアルバートの瞳の色と髪の色を繕ってしまったのにはたと気づいた時、リーディアはまたしても赤くなりながら別室へ向かったらしい。






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