第8話 喜怒哀落(きどあいらく)
言われた通り、皿洗いをしながら今後のことを考えている。
……とりあえずやることを全部教わって早く慣れることが現状の課題だろう。
いつまでもじいさんの家に居候するのもバツが悪い。
こき使われるのも目に見えてる。
ある程度自分で稼げるようになったら出ていく方がいいよな……。
……アルバイトか。
いやしかしこれからどうすればいいんだろう。
あまり考えてなかったけど、もう元の世界には戻れないんだろうか。
……まぁ戻れたところで両親も親友もいない。
婆さんは今もあの家にいるのだろうか。
認知症っぽかったからあの家で一人暮らしなんて難しいよな……。
近所の人から苦情が出てどこか施設へ入れられたりしてるんだろうか。
……いや、待てよ?
漫画でも小説でも、異世界に転生した人たちの最後ってどうなってたっけ……?
結局、ラストまで見たことなかったからどういう結末になるとか全然わからない。
漫画アプリも最初はタダで読めるけど、最後になるとお金がかかるせいで読めてないんだよな……。
でも一度死んでるってことはもう元の世界には戻れないって考えるのが自然……。
この異世界で暮らしていくしかないってことか、きっと。
だとするともっと先のことを考えろ……。
この世界でやっていく方法……じいさんとの会話を思い出して……。
…………。
そもそも炎天化ってのがなんで起こってるか原因がわからないからこうやって何年も放置されてるんだよな。
5年前って言ってたっけ……。
だけど気温も上がってきて範囲も年々広がってってるんだろう?
つまりこれから先、世界的にもっと«火魔法»は不要になるってことじゃないか。
だとするなら火の能力なんてあっても無意味……。
どんなRPGでも、«火属性»の敵相手に火の魔法なんて使わない。
まあ絶対じゃないけど……。
だってダメージ出ない上に、下手すれば回復だってさせかねない。
早めにじいさんに何かしら教わっておいた方がいいはずだ。
剣でも拳でも……。
それがきっと今、僕に出来る最善策……!
僕は皿洗いを終えるとじいさんが入っている風呂場に突入する。
「じいさん! 剣でもなんでもいいから教えて!」
「ぶはっ! ほ、焔よ……。さすがのワシもビックリしたじゃろ……」
「ごめん! だけどそんなこと言ってられないって思って……。えーと……風呂だって鍛冶だってタバコの火だってつけるからさ、この世界で生きられる力をつけてほしい!」
「……ふむ。悩みぬいてやっと吹っ切れたって感じじゃな。わかっておる。ワシの教えられる限りをお主にちょっとずつ教えてやらんでもない」
「よかった! じゃあ早速!」
「な! ほ、焔よ! ちょっと待たんかー!!」
僕は裸のじいさんを外へ連れ出した。
「……全く……ちょっとずつと言っておるのに。その勢いは大事じゃが、待つことも同じくらい大事じゃぞ」
「ごめん、じいさん。ある意味ちょっと焦ってるってとこもあってさ。僕が子どもの頃、親父は剣道でも空手でも何でも教えるぞって言ってくれたんだけどね。平和な世の中でそんなの必要ないからやらないって断っちゃったんだ。武術なんて悪い奴らを倒すために使う力でしょ? どうせ習ったところでさ、大会で披露するだけなら僕には必要ないだろうって思ってた。だけどこの世界にきてようやく、やっとけばよかったって後悔してさ。だからその遅れを取り戻さなきゃいけないんだ。頼むじいさん!」
「ふう……焔よ。武術は悪い奴らを倒すだけの力じゃないんじゃよ。己の心、弱い自分を封じ込めるためのものでもあるんじゃ」
「……そんなん……わかってるさ」
「体だけ鍛えてもそれは強さとは言わん。自分を信じられるまで精いっぱい努力して……それでも負けてしまう時ももちろんある。それでも足掻くんじゃ。抗うんじゃ」
「――え?」
「死んでしまうその時までやってみるんじゃ。どうしようもないって時ってのは死んじゃった時じゃ。それまで自分の中に眠っている燃え滾る闘志を忘れないことじゃ。焔よ……」
「今のセリフ……どこかで……」
な、なんだ今……。
一瞬、じいさんと親父がダブって……。
「――も、もしかして……ひょっとして……」
「げ……」
「あの剣、白玉……、白と王……皇、……! すめらぎ……? 僕と同じ苗字……?」
「む、むぅ……。仕方ないのう……まさか8話目にしてバレてしまうとは……。もうちと黙っておくつもりだったんじゃが……」
「じゃ、じゃあやっぱり親父……⁉ 親父ー!!」
「ばか! ちゃうわい!」
ボコッ
抱きつこうとする僕にげんこつをくらわすじいさん。
「どこをどうみたらお主の親父なんじゃ。そこは間違えるのか? ……違うわい! 全く……。ワシの本名は『皇兼悟』。お主のおじいちゃんじゃよ」
「えええええ!! そっち?? ええ、そんなことがあるの? 凄い! 凄くない? 僕のお爺ちゃん? 確か僕が生まれたころに死んじゃったって親父が……。婆さんの家にあった遺影と全然違うからわからなかった……。え、ほんとなの? ってことは爺ちゃんの子供って『皇仁』?」
「そうじゃ、ホントじゃ。皇仁は確かにワシの息子。お主の父親じゃろう」
「え、いつからわかってたの?」
「お主の名前を聞いたときじゃ。ここではワシはケンゴウで通ってるからの。皇の名と聞いて懐かしさを感じたわ。火の力にしてものぉ……ゴホン。仁のヤツは昔から「男の子なら焔、女の子なら楓」と言っておったのを思い出してのう。苗字が同じで三世代の名前が一致するなら……もう確定じゃろ」
なんてことだ。
まさか転生して最初に助けられた人が僕の本当の爺ちゃんだったなんて……。
てっきり親父が転生して爺ちゃんに生まれ変わったとか思ったんだけど……同じ世界から同じ異世界に別の時間から繋がってるなんてこともあるんだな。
少なくとも僕が見てきた異世界系にはなかったから想像つかなかった……。
「――なんで気付いたときに言ってくれなかったのさ」
「なんというか……バラしたら引きこもりになるかと思ったんで……黙っとった方がええと思ってしまったんじゃ」
「なにそれ……。そんなことで引きこもらないよ!」
「わからんじゃろうが! ええ歳こいて家を出ていかん愚息がおったでな。血が繋がってるお主に言うのは黙っとったんじゃ」
「え……? 親父って引きこもりだったの?」
「高校出てから2年間働きもせずグータラしておったんじゃ。ワシも我慢しておったが全く変わらんで家を叩き出したらようやっとまともになったがの……。ちなみにワシとお主の関係だって本当はもっと後に言おうとしたんじゃぞ? ずっと黙っとこうとも思ったんじゃぞ? ……じゃがこんなに早くバレるとは思わなんだが……」
「昔、親父に言われたセリフがあってね。それで思い出した。親父の言葉は爺ちゃんの受け売りだったんだってね……」
「ホッホ、なるほどのう。仁のヤツも親父をしとったんじゃな。あの出来の悪い息子が一丁前にのう」
爺ちゃんはニヤニヤ笑っている。
まぁこれで心置きなく武術を教えてもらえるってもんだよな。
「あ……言わなきゃいけないことが……。親父はね、僕が10歳の時に家が火事にあって死んじゃったんだ。母さんもその火事で死んじゃって……婆さんと2人で暮らしてたんだ」
「なに……仁が……? 奏さんもか?」
「うん、婆さんも頭打ってちょっとボケてきちゃって……僕1人でご飯とか家事とかずっとやってたからご飯くらいは作れるよ。火だけじゃなくて他の家事も手伝えるからさ」
「栞……そうか。お主もだいぶ苦労してきたんじゃな」
「うん、でもまぁそんなことあるよね」
「(そんなこと……か。両親を火事で失って色々1人でやってきたってことじゃろ……。数年後とは言えその後に転生してきたということは……自ら……。おっと、これ以上は無粋じゃな)焔よ。心配せんでもワシが動けるうちは知ってることはなんでも教えるからの。安心せい」
「じゃあ改めて僕の爺ちゃんとしてよろしくお願いします!」
「家事手伝いに鍛冶手伝い……、武術の稽古と忙しいのう、焔は……。ワシも久々に腕が鳴るわい」
爺さんと会ったのは異世界が初めてだった。
この訳の分からない世界で知り合いに……親族に会えて本当によかった。
だけどまさか爺ちゃんも転生してたなんて……。
こんな奇跡ってあるんだね。