第58話 呉越同舟 （ごえつどうしゅう）
借り物競走……。
借りる物が簡単だったら楽なんだけどな。
幸い、最後の走者なので前の人たちの走りをじっくり見られる。
それに、周りに知ってる人もいないみたいだから、話しかけられることも――
「あ、おいおい！ 見てみ、皇だよ……」
「お、ホントだ！ おいおい、同じレースじゃんかｗｗ ヒュウ！ 燃えてきたｗ」
「マジだ！ 俺ちょっと話しかけてみようかな」
……はぁ、ゆっくり見られると思ったのに。
しかも、声が丸聞こえなんだよ……。
パン食い競争のときは藤堂さんが隣にいたから、誰も寄ってこなかっただけか。
「間もなくスタートします！」
「あのさ、一年の皇くんだよね。主席のアッシュと戦うんでしょ？」
「ね、ね、どういう流れでバトルになったの？ｗ なんか煽られたん？」
「俺さ、君に賭けたんだよ。だから頑張ってよ！ｗ」
「え、お前マジ⁉ どっちかにしか賭けられないってのに……アッシュよりも皇を選んだわけ？」
「いや、アッシュの倍率が低すぎてさ。金集めたんだけど、まともに賭けられる額じゃなかったから諦めた。だから皇に100円だけ賭けた」
「ブッハハｗ 100円ドブに捨てたｗ 当たれば１万倍だから……100万……？」
「確かにアッシュの倍率1.01倍だしな。100万ぶっこんでも１万の儲けだもん。みんな必死に金借りて少しでも増やそうとしてる」
「ま、数少ない銭稼ぎのチャンスだからな。大人しく負けてくれていいよ」
「でもさ、あんまりボロ負けでも面白くないし？ 適度に頑張ってくれた方が映えるって。……そのための100円なんだし」
――勝手なことばっか言って……。
自分らの都合で賭けの土俵に上げといて、負けろだの頑張れだの……。
「おーっとぉ！ 橙１−３、軽やかにスタートダッシュ！ って、えっ⁉ 来賓の方の手を引っ張ってるぅ！？ これは……帽子ですね〜！ シンプル！ ラッキーなお題を引いたみたいっ！ でもでも、生徒じゃないからＷポイントはもらえない〜！ 惜しい〜っ！」
「お次は茶３−２〜！ 借り物は……え、バケツ⁉ 紙が変化してる！ これは中に何かを入れろってこと⁉ って、おおっとぉ、叫んでるー！ 『水魔法使える人〜！』って……そういうことぉ⁉ みんな狙ってる、Ｗポイント〜！ これは集まる集まる、めっちゃ集まる！ うわぁもう、借りるんじゃなくて貸したい人の行列になってますーっ⁉」
「さあそして水色２−１……あっ、ヤバい。あれは完全に外れの顔してます！ 表情が……死んでる……！ ちょっと何が書いてあったの⁉ ……に、肉まん⁉ うっそぉ⁉ 体育祭で肉まん⁉ そんなの持ってきてる人、いるのぉ⁉」
「黄１−２も苦戦中！ お題は……え⁉ ハンディ扇風機⁉ ピンポイントぉぉぉっ！ これは無理すぎる〜〜！！ 棄権者が増えちゃうかも……って、えっ⁉ ちょっと待って！ 水色２−１、走ってるっ！ まさか⁉ まさかの⁉ 肉まん持ってた人、いたの⁉ 誰ぇ⁉ 神なの⁉ え、なに⁉ 奇跡起きてるぅぅぅっ‼」
……は、はは……またしてもやられたね……。
「……で、でた～～っ‼ 逆井選手ぉぉぉ〜っ！ 肉まん持ってるぅぅぅ⁉ 転移魔法で召喚したの⁉ それともポケットに忍ばせてた⁉ しかもっ！ 湯気が……湯気が出てるぅ〜〜〜〜！！ ホッカホカの極上肉まんッ！ 冷えてない！ 逆井選手、冷め知らずぅぅぅ！！ やっぱこの人、無茶苦茶だよぉぉぉっ‼ もはや弱点って概念が存在しない‼ そして貸したのは同じく水色の生徒！ はい出ました〜っ、Ｗポイント確定です〜〜〜ッ‼」
……逆井さんの強みは――順応。
どんな状況でも、即座に最適な行動を選んで適応してみせる。
もしこれが遊びじゃなく戦闘だったとしても、やっぱり強いんだろうな……。
「さあ続いては黒３−４っ！ おっとぉ、再び登場！ 南芭選手〜〜っ！ あの快速がウリの南芭選手だけど、借り物競走ではスピードだけじゃ勝てないっ！ これがランダム競技の魔の罠〜っ‼」
「……ってぇ〜〜⁉ 南芭選手、頭を抱えているぅぅっ⁉ なになに⁉ 何を引いたの⁉ ま、まさかの……『まな板』〜〜〜⁉ えええええ⁉ 体育祭に持ってくるやつ、いないでしょそんなのぉっ⁉ どこの世界線⁉ 運営、正気なの⁉ ちょっとォォォ‼」
確かにただの悪ふざけにしか見えない……。
「――と、思ったらっ⁉ あれ？ 南芭選手、誰かと話してるぅ！ 連れてるのは同じクラスの〚四天王〛北栄選手ぅぅぅ⁉ ２人で……運営委員に何か伝えているぞぉ……⁉ 一体なにを……って、まさかまさかの交渉劇に突入ぅ〜っ⁉」
「おい南芭……あたい、まな板なんて持ってないぞ？」
「あれかネ、ココがまな板……ってわけにはいかないかネ？」
そう言って、北栄先輩の胸を指さした。
「――ブッ殺……」
バチンッ。
躱す間もなく顔面を強打され、南芭先輩はその場にぶっ倒れた。
北栄さん……魔法か何か、使ったんだろうか……？
「南芭さんの足なら、家に取りに戻るくらい余裕だと思うんだけどな」
「北栄さんを担いで、北栄さんの家まで行って、まな板を借りて戻ってくるとか……手はあったよな？」
「でも、あの人だぞ？ 筋金入りの面倒くさがりで有名だし……」
「……で、運営に直談判したってわけか」
――四天王って、案外ユーモラスだな。
ただ怖いだけの人たちかと思ってたけど、ちゃんと体育祭に出てるし、意外と人間味があるのかもしれない。
――さて、もう僕の番だ。
……早いな。
よし、いくぞ。
位置について、よーい……パン！
「さて、最後の走者がスタートしました！！」
よし……！
出だしは順調……そのまま適当に一枚を引く――
……な、なんでこんなものを引くんだ。
呪われてるのか、それともこれも運命ってやつなのか。
手にした用紙は、じわじわと薄い鉄に変化していく。
どうやら、借り物の証明をこの鉄で行うらしい。
一旦、白組の待機席まで走る。
自分が借りる物を使うことはできない。
そもそも相手が持っていないと成立しない。
「白１−１、何を引いたんでしょうか！ 足取りが重い……！」
〝火の魔法〟を使える人……誰かいないか、そう呼びかけようとしたその瞬間――
ドンッ
「くっ……！」
「うわっ！」
誰かが突然押し出されてきて、まともにぶつかってしまった。
倒れた相手を見ると――
「あ、アッシュ……⁉」
「フッ。この私が地に手をつくとは……」
その視線の先には凍上さんがいた。
……まさか、彼女が突き飛ばした？
いや、指さしてる……。
――もしかして……読んだの？
アッシュが«火魔法»を使えるってことを……。
凍上さんが、コクリと頷く。
「アッシュ……«火魔法»使えるの？」
一応、口に出して確かめてみる。
「フッ……聞かれたのなら答えよう。私なら、造作もないことだ」
「借り物……«火魔法»なんだけど……」
「借り物は……«火魔法»との情報が入ってきましたーっ！！ いや〜〜これは……運営さんの意地の悪さが大爆発してますね⁉ まさかの火魔法指名！！ いや待って？ ちなみにこの私、二条花楓も〜〜〜なんと«火魔法»しか使えませんっ！ 今なら胸を張って言えます、私でも良かったんですよ〜〜⁉ でもでもっ！ このご時世、«火魔法»を本気で使ってる生徒なんて……そうそういませんよね⁉」
＊
「おいおいマジかよ……同じクラスで対立してるあの２人が……⁉」
「そして強者と弱者の２人がまさか……」
「ある意味すごくね？ だってこれから火花を散らして戦うんだぜ？ 同じチームなのに」
「アッシュ様……素敵……」
「おーーーーっと⁉ まさかまさかの超ド級サプラーイズ展開です！！ この人ならばなんとかなる！の代名詞、我らがアッシュ選手〜〜っ！！ なんと白１−１の皇選手が、アッシュ選手の手を借りてＷポイント狙いの大爆走！！ 走ってる、走ってる〜〜っ！！ あの２人が並んで⁉ 一緒にゴールを目指している〜〜っ⁉ これは借り物競走じゃなかったら絶対に見られないレア光景〜〜！！ 敵？ 味方？ それとも……！ も〜〜〜う、仲が良いのか悪いのか、私達にはさっぱりわかりませーんっっっ‼」
「ライバルだ？ ――ケッ、笑わせやがるぜ。……それにしてもおかしなもんだよなぁ。英雄の孫である俺と、何の力もねぇ無魔のザコが戦うだけだってのに、どうしてここまで大ごとになって知れ渡ってんのか……。――テメェの差し金か？」
相変わらず、口の悪さは変わらない。
「……そんなことして、僕にメリットがあると思う？」
「――まあな。クラスの奴らには口止めしてたし、勘ぐりすぎか。それに、あそこで押し出されてなきゃ、俺は名乗り出るつもりもなかった。クラスのためとはいえ、お前に頼まれても断ってたぜ。……チッ、こうなっちまった以上、派手にいかせてもらう」
アッシュは僕の手から鉄の札をひったくると、必要以上の猛火で燃やし尽くした。
ボォォォウ！！
「ウッ……！」
目の前で急激に火が上がり、思わず声が漏れる。
それほどまでに、アッシュの炎は強力だった。
「ビビるな。俺の本気は、こんなもんじゃねぇ。……楽しみで仕方ねぇよ」
「アッシュ選手……、«火魔法»も容易く使いこなしている……！ 薄い鉄は跡形も残りませんでした。 今大会、１番の注目株の２人が並んでゴール！ 白１−１、Ｗポイントです‼ この２人の争いのせいで最終競技だった騎馬戦が三人四脚と入れ替わってしまったというのに～⁉ 自分たちの影響力に自覚はあるんでしょうか！ それだけ注目されているということなんです！ だからこそ、この２人が同じくゴールテープを切るということ――とっても深い意味があると言えます！」
「ふん、何を言ってやがる。たまたま、今回限りだ」
「アッシュ……、なんでそんなに僕を邪険にするのさ」
この機会に思い切って聞いてみた。
「前も言ったが忘れたのか？ お前は弱そうなオーラがプンプンなんだよ。いじめられたそうにしてるだろ。自分じゃわからねぇのか？」
「い、いじめられたそうって……そんな訳ないじゃん！ そんな理由で――」
「もう遅え。テメェが退学するか死ぬまで終わんねぇよ」
――それを聞いて、色々と諦めた。
アッシュとはきっと、今後一生わかりあえないと感じた。
前世でもサエキさんは聞く耳を持ってはいなかったし、きっとそういう人種なのだろう。
「もう間もなく制限時間を迎えようとしています！！ まだ何名かは必死に探している様子ですが……大半はすでに諦めムードー！ ――はい、そこまでです！ いや〜、今年は運の要素が色濃く出ている競技が多いですね〜！ 逆に去年が実力主義すぎたのかもしれません……。それでは、選手の皆さんは速やかに退場をお願いしまーす！」
去年って……どれだけ鬼畜だったんだろう。
今年の方が、まだ気楽な方なのかもしれない……。
「えー、それでは前半戦が無事終了しましたー！ ここでいったんお昼休憩に入りま〜す！ ですがその前にっ！！ 途中結果の発表があります〜っ！ 点数の発表はなく、順位だけのご案内となりますっ！ 上位５チームは僅差ですので、後半戦も気を抜かずにいきましょう〜！！ それでは、現時点での順位を発表しますっ！ １位、黒３−４〜っ！！ ２位、水色２−１〜っ！！ ３位、桃３−１〜っ！！ ４位、白１−１〜っ！！ そして第５位は〜……！」
あの手強い先輩たちと僅差で４位……これはすごい。
アッシュや凍上さんの活躍も大きかったけれど、他のみんなも力を尽くしていた。喜んでいい結果だ。
「ホッくん！ ４位だって！ すごいよねっ！！ 12チーム中の４位って、めっちゃ健闘じゃない⁉ しかも僅差って！ 午後も頑張ろっ！」
「ホントだね。みんな、すごく頑張ってたもんね」
如月さんは、すぐ近くにいたアッシュをキッと睨みつけた。
「アシモ……。本来なら、こうやってチームで喜び合うのが体育祭なんじゃないの？ ……ま、ハナちゃんに『言い合うな』って釘刺されたから、もう何も言わないけどさ！」
……それ、もう言ってるも同然じゃないか、如月さん。
「文華くん……仲間割れと思われたくはない。ただ、これはあくまで〝勝負〟。それ以上でも、それ以下でもない」
「あーはいはい。そうでしたね〜。じゃあ、純粋に勝負しますか、ね〜」
……こっちの胃が痛くなりそうだよ。
「それでは、ここから１時間のお昼休憩となりますっ！！ 炎天化も厳しくなっていて、気温はグングン上昇中です！ みなさんっ、水分補給をしっかりして、しっかり休んでくださいね〜！ 午後もケガのないよう、フルパワフルで頑張っていきましょーう！！」
ようやく休憩時間か。
僕の出番は、あと三人四脚だけ……。そう思うと、少しだけ気が楽になる――はずだった。
――いや、そんなはずがない。
三人四脚が終わらなければ、今日という一日も終われない。
そしてそれが終わった瞬間、僕の学生生活も終わるかもしれないのだ。
胸の奥がざわついて、どうにも落ち着かない。
せっかく爺ちゃんが朝早くから作ってくれたお弁当なのに……、箸が進まなかった。
