第56話 鎧袖一触 (がいしゅういっしょく)後編
な、なんだそれー⁉
で、でも走り切らなきゃ……!
「【エアプレスエアライド】!!」
♠皇焔side♠
「な、なんと水色2-1ぃ!! スタートの合図と同時に――すでにゴール⁉ えぇっ⁉ こ、これは……こっこれはっ……まさかの〝転移魔法〟ぉぉ~~っ⁉ ば、バトル競技ならともかく、まさかの徒競走で⁉ なんと開始1秒でゴールにワープしてしまいましたぁっっ! ズルい! 卑怯! でもルールには……セーフ⁉ 他の選手たち、目をまんまるにして固まっております~~~っ!!」
恥ずかしげもなく、徒競走で転移魔法を使うなんて……。
――でも、逆井さんの性格を考えたら……全然、あり得る話だよな。
「満身創痍かと思われた残りの走者たち~~!! 一瞬の遅れを巻き返すべく、一斉にダッシュぅぅ!! せめて2位は死守したい! でもでもっ! 互いの妨害魔法に夢中で……え、ちょっと⁉ 走りにまったく集中できてないよ!」
「1人は鈍足魔法を放ち! 1人は魔力弾で威嚇っ! もう1人は身体強化で強引に回避っ! 白1-1は……蚊帳の外、風の中⁉ いや、違うッ!! 風に……風に乗ってる~~!」
「そのままっ!! 超スピード発動っ!! 他の選手、完全に置いてかれたー!! でもでも狙われてる! 白への怒りの集中砲火ぁぁー!!」
「1人は追いつこうと身体強化を重ねるも、白のスピードが速すぎるっ! 妨害魔法も……まさかの風で弾かれたー!? えっ、ちょっ……その中に混ざってるの、上級攻撃魔法⁉ いやいや、それやりすぎ!! 誰っ! 誰なの⁉ 《光魔法》撃ったの⁉」
ビカビカッ……ドゴッビシィィィッ……サァッ……
「直撃してしまったぞ~~!! ――したけど、えぇ⁉ 白1-1、全ッ然動じず!! そのまま風と共にゴーールッ!!!!」
如月さん……!
「今の《風魔法》……。わかる? すごい防御性能。それに――多分だけど、回復効果も兼ねてる」
そ、そうなんだ……。
凍上さんって、ほんと魔法に詳しいな……。
「その後、続々とゴールが続いておりま~すっ! ですがここで速報っ! 上級《光魔法》を放った選手に対し――厳重注意&マイナス10ptの裁定が下されましたっ!! 焦りからの誤射だったとは思いますが……皆さんも気をつけてくださいねっ! ルールの中で、熱くバチバチにぶつかり合ってくださいっ!!」
上級の«光魔法»とか使える人もいるんだな……。
「……にしても白1-1……! あの展開、水色2-1が転移魔法なんて使ってなければ、圧倒的1位も夢じゃなかったのにぃ~~~っ!! 惜しいっ! もったいなーいっ!!」
「水色2-1、逆井選手~~っ!! ちょっと大人気ないですよぉ~⁉ 転移魔法なんて……! この学園でも使える生徒はほんの数名だけ……! レア中のレア魔法ですっ!!」
「極大魔法やデス系、呪い系なんかは禁止されてますけど、転移魔法は一応OK……。でもでも、レースで使っちゃったらそりゃ強すぎるぅ!!」
「ちなみにっ! 転移魔法は『魔示輪ピック』では禁止されているので、水色の逆井選手は――残念ながら南芭選手と違って、魔示輪選手にはなれませんっ! そこだけはご注意をっ!」
♦逆井光side♦
「ふん、そないなこと――わかっとるわ。誰があないなモンなるかいな! 魔武学はな、マジリン選手を量産するだけの場所やあらへん。こないな勝負、ウチが一瞬で終わらせたるっちゅう話や!」
実況の二条はんもヤキが回ったんか……。
なんのための転移や思てるんかいな。
「ナデ――センパイ。転移魔法とか……ちゃんと走ってる人たちがいるのに、それで何も思わないんですか?」
「おお、おつかれさん♡ いやぁ、アンタの風、ほんま凄かったで? 見直したわぁ。魔武本の醍醐味っちゅうのはな、こうやって他人の魔法見んのが楽しいんやわ」
「ホントに……そんな感じでやってんスか……」
「せやけどギャルちゃん、心配せんでええ。ウチ三人四脚は出ぇへんから。皇はんと一年主席の勝負に水は差さんからのー」
「……出たら1位取っちゃうってことスか?」
「ヒシシッ。さぁて、それはアンタの想像に任せるわ♡ ――アンタらの勝負なぁ、今年の魔武本で一番の楽しみなんやから……」
……金とか抜きにしてもなぁ――。
♠皇焔side♠
「500m徒競走の選手は退場してください」
……如月さんは下を向いたまま、ゆっくり戻ってきた。
「あ、えっと……その、すごい走りだったよ! 攻撃魔法が使えなくても、全然……す、すごかった! て、てかさ、もっと早く教えてくれてもよかったのに!」
……な、なんか、どう言えばいいかわからなくて……よくわからないことを口走ってしまった。
「…………」
「き、如月さん……?」
「たはーっ、あの関西風の先輩、強すぎじゃない? 転移魔法って、普通はあんなにあっさり開かないよ! 開始数秒でゴールって……あれチートじゃん! 『転生したら転移魔法チートでやりたい放題……!』って、ラノベにありそうな――」
……如月さんも、よくわからないことを言っている。
「文華、よく頑張ったよ。我慢しなくていい」
「…………。……ハナちゃん……。あたし……誰にも負けたくなかった……。今なら、誰にも負けないって思ってたのに……グス……。それなのに、あんなあっさり負けて……バカにされて……すごく悔しい……」
人力チートの逆井さんに負けて悔しがるなんて……。
きっと、普通ならあれには勝てないって諦めるところだ。
それに、ちゃんと2位を取った。
僕なんて藤堂さんに負けても仕方ないって……そう思ってた。
その違いが恥ずかしくなる。
この悔しさの温度差こそが、如月さんの強さで、僕の弱さなのかもしれない。
「絶対、勝とう」
凍上さんが、泣きじゃくる如月さんの背中をそっと撫でながら、静かにそう言った。
「さあ、続いては――障害物リレーです!」
うちのクラスからは土山くんたちが出場していたが、その中には藤堂さんの姿もあった。
そして――結果は当然のように、藤堂さんが全障害をノーミスで突破し、堂々の1位。
土山くんも«土魔法»や«風魔法»を駆使して粘ったが、惜しくも4位に終わった。
「いやー、やっぱり障害物リレーは毎年難易度が高いですね! 途中リタイアする選手も続出しました! まさにあのTV番組『SAMUKE』以上の難しさといったところでしょうか! 今回、見事に完走した選手には――もしかすると番組出演のオファーが来るかも⁉」
なるほど……。
魔武本が人気なのは、そういう外部の注目もあるからなんだな。
「さあ、お次は――棒倒しです! 出場選手は集まってください!」
確か、巌くんとアッシュが出るんだったよな。
巌くんにひと言、頑張ってって伝えたかったんだけど……あれ、どこ行った?
「皇くん。退き給え。道のド真ん中で不審者の如くキョロキョロしていては――踏み潰してしまいそうだ」
……っ!
凄まじい殺気に、反射的に飛び退いた。
いや、待ってくれ。道のど真ん中って……わざわざ僕を進行ルートに置かなくても……。
「フッ、いいねぇその表情。恐怖と不安で余裕がなくなってきている。焦燥、困惑、逃避……。全て君が醸し出している味だからね。あ、そう言えば君はまだ私の戦いを一度も見ていない――」
「路地裏のやりとりで見てる……」
「ああ、あれか。ハハ、それは戦いではないよ。せいぜい、邪魔なコバエを払っただけのこと。見ておくといい。何れ――ヤリあうのだからね」
……いちいち物騒な物言いだよ。
最近ちょっと度が過ぎる……。
そう言い残して、アッシュは入場門へとゆっくり歩いていった。
……はぁ。やっぱり苦手だな、あの人。
「さあ! やってまいりました棒倒し〜〜〜!! 本日初のガチバトル系競技ですっ!! 何も騎馬戦だけがぶつかり合う競技じゃない! ただ相手の棒を倒すだけ! それだけで! こんなにもアツくなれるなんて!! う〜〜楽しみ〜〜っ!!」
1−1は、巌くんとアッシュを中心に10人編成。
これはじっくり見ておくべきだ……!
「それでは競技説明! 相手の棒に……シューット! 超ドエキサイティーン! それだけです」
な、なんて説明の仕方なの……。
「はいっ! ちゃんとルール説明いきまーすっ! 攻撃、支援、妨害、なんでもアリ! 制限時間は5分! 終了時に自分たちの棒が立ってたら、それだけでポイントゲット〜ッ! もし全チームが守りきったら……みんな加点っ! 世界は平和です!!」
……そんな甘い世界じゃないよね。
「ですが!! みなさんが見たいのは、そう……肌と肌がぶつかり合う、魂の衝突ッッッ!! この競技、例年ケガ人が出ます! 無理しないように、マジで気をつけてください!!」
……それを言うなら、まず競技内容を見直した方がいいと思うけど。
「それではお待たせしました〜っ! 各クラス、棒を立ち上げてくださいっ! いきますよー!! レディ……」
パン!
「さぁスタートです!! 基本的にまずは守りを固めるのが先決! 倒れたら終わりですからね〜!! それぞれのクラス、違った方法で棒を倒れにくくしていく〜!!」
「赤1−4は5人にバフをかけて物理ガチガチ戦法ー! 魔法にはちょっと不安アリ⁉ 桃3−1は魔法障壁を展開っ! 青2−2、緑2−4、黄1−2、灰3−3も次々と展開〜! なるほど、どこも魔法対策で固めてます!」
「――と、ここで! 白1−1は……棒の周辺に大きな溝を作ったー!! まるで侵入者を防ぐ城の堀っ!! 『白だけに城』ってこと⁉ ……は〜い、実況席が静まりました〜」
「「「アッハッハ~」」」
「カエちゃんはさすが面白いなぁ!」
「センスの塊だよねぇ!!」
「黒3−4は……防御9人⁉ ガッチガチの布陣です!! こうなると試合の展開、見え始めてきたかーっ!!」
堀……。巌くんの魔法で、棒の周囲に溝を掘ったのか。
なるほど、接近させないことで、物理的に“倒されない”状況を作ったってわけだ。
遠距離からの魔法攻撃は、威力が落ちる上に着弾までにタイムラグがある。
そのぶん対処もしやすくなる――つまり、完璧な防御陣ってことか。
「!! ちょちょちょ、なんだなんだー⁉ 実況席もびっくり! 見てないところで棒が倒れてるぅ〜⁉ 何が起きた⁉ ……っと、また倒れたー!!」
ドガッドダッ……
「え、ちょ、次々と棒がなぎ倒されていく⁉ あの魔法障壁が……いとも簡単に破られてるぅ〜〜⁉ 誰だっ⁉ 誰がやってる⁉」
ドガッドダッ……
「でっ、でたぁぁぁああ!! 黒3−4から……〚四天王〛がひとり、西之選手ぉぉぉお!!! 黒ずくめの姿で、近くの棒を片っ端から粉砕ぃ!! まるで立てられた積み木を、子どもが倒していくように……! 狙われたら最後だーッ!!」
や、ヤバい……。
あれ、魔法ってレベルじゃない。完全に“破壊”だ……。
デタラメすぎる……。
☘アッシュ=モルゲンシュテルンside☘
「チッ……何が〚四天王〛だ。ウゼぇ……。その肩書き、名ばかりにしてやる」
向けられた敵意を睨み返し、圧でねじ伏せる。
一発かましておかないと、調子に乗るだけだ――そう思った。
「おい、テメェら。死ぬ気で守れよ」
「……フン。言われなくても、そのつもりだ」
返事をしたのは一人だけだったが、あの中じゃ一番マシなほうだ。
俺は«火属性»の魔法を使う。
それだけでなく、«水»、«土»、«風»、«雷»、«光»、«闇»――すべての属性を呼び出し、並べたロウソクに一つずつ火を灯していくように。
たかが体育祭に本気になるなんて、バカバカしい話だ。
だがまあ、長い人生の暇つぶしってやつだ。
稚戯を嗜み、いずれ訪れる大災までの余暇としよう。
「――【七光】」
「なっ、なんだー!! 眩い光とともに、今度はさっきとは逆方向から棒が次々と倒れていくー!! まるでドミノ! バッタバタ! そして真ん中で……ぶつかりあったー!!」
「な、なにこれ!? 棒倒しじゃなかったのかー⁉ 魔武イチ決定戦でやれー! ……と言いたいッ!!」
「バチバチの戦いが見たかったとはいえ、ここは魔武学の体育祭! もっと学校らしいぶつかり合いを期待した私が間違いだったのかー⁉」
「――へぇ、さすが一年主席……アッシュ=モルゲンシュテルン」
「センパイ……、随分楽しいじゃないですか。もっと楽しませてくださいよ」
飛来する魔法を、手刀で断ち切る。
そのまま、即座に魔法で応酬する。
放ったのは«雷魔法»を最速で。
倒すつもりだった――が、相手の顔色をわずかに曇らせる程度にとどまった。
「く……効くなあ。これでも〚四天王〛と呼ばれた身なんだが」
「肩書きだけじゃ、名折れですよ」
「どっちかって言うと、君が異常なんだが?」
「褒め言葉として受け取っておきます」
続けざまに«三属»の魔法を連続で撃ち込む。
長引かせるつもりはない。
「……っ、強いねぇ。何種、使えるのさ」
「«七属»ですよ、センパイ」
「«七属»⁉ ……ハハ、特異属性持ちより稀有な存在に出会えたことを幸運に思うが」
「なら、もう1段階ギア上げましょうか?」
「……遠慮しとく」
ピッピー!!
「試合終了ーー!! 激しいバトルの末……って、バチバチやってたの2チームだけなんですけど!! 勝ち残ったのは白1−1と黒3−4!! それぞれにポイントが入りますッ!!」
「……ゴングに救われましたね」
「ああ、全くだ。お互いにな」
「……ん? お互い? センパイが救われたんですよ? 今ここで、続きやっても構いませんけど」
「おーおー、血の気が多い一年だ。しかも負けず嫌いか? ハイハイ、こちらが救われましたよっと。……あれ以上やってたら、体育祭どころじゃ済まなくなる」
静かに七のロウソクを吹き消す。
――今はまだ、学校という括りの中にいる。
自由になれるその時まで、しばらくは縛られていよう。
――解放できる、その時まで。
俺の目的は、まだずっと先にあるのだから。




