火の能力者である俺が異世界転生したら火属性の敵しかいませんでした。辛……

魔武学体育祭（魔武本）準備

第50話 沈思黙考（ちんしもっこう）

　魔武本の本番１週間前に、学校側からある重大発表がなされた。

　過去、参加する競技は一人２種目のみとなっていたが……。

　今年からもう１種目をランダムに競技を選出され、一人３種目を行うとのことであった。

　つまり……。

　走るのが苦手な人が徒競走になったり、騎馬戦や棒倒しなど激しい競技が嫌いな人がそれに選ばれてしまうこともあるという。

　以前、自分の得意な競技と苦手な競技を書かせるアンケートが配られたから、それを見てあえて苦手な競技を選ばせたりするというだろうか……？

　だけどこの発表にはさすがの魔武学生たちも暴動を起こすんじゃないか？

　掲示板に群がる生徒たちを見ていると、

「なんだこれ、超面白そう！」

「いやーマジかぁ。俺走るの苦手だからリレーとかなっちまったら……スマン！　諦めてくれ……」

「そんときはそんときだな」

「運要素もあるってことか……あー優勝してぇー！」

　意外に受け入れているようだ……。

　この案は校長によるものらしいけど、どういう意図があるんだろう。

　苦手への克服……新たな挑戦……運試し……？

　いや……ただ面白そうだったから……ってのもありそうだな……校長のことだから。

「なになに……、［魔武学体育祭３日前になったら全校生徒292人分の〝ランダムに選出した競技〟を各学年の掲示板にて貼り出します。選出方法はくじ引きです。なお、異議申し立ては受け付けません］……だってよ！」

「やべー！　緊張してきたぁー！」

「なるようになるだろ」

「今のうちからランニングしようかな」

「遅えよｗ　お前、魔力強くても体力ないだろがっ！　日常から鍛錬しろよ！」

「うっせ！　ちょっと走れるからって調子こくな！」

「うひっひっひ！」

　驚くべきは、一年生が160人もいるのに、二・三年生を合わせても130人ちょっとしかいないってことだ……。

　卒業はかなり大変っぽいな……。

＊

「おはもい〜。ねぇ、掲示板みた？　あれ焦らない？」

　教室に行くや否や、如月さんが話しかけてきた。

「あ、おはよう。――校長、あんなこと考えて大丈夫なのかな？　内容的に絶対やばいよあれ……」

　ここ最近、如月さんは僕か凍上さんと一緒にいることが多いよな。

　――もしかして、僕らが組んでアッシュくんと戦うことになってから友達が離れてってる？

　……さすがに、そんなことはないよな。

　彼女の様子を見ていてもさほど気にしていないように見えるが、本心はわからない。

　でもこの状況……、良いわけないよなあ……。

「まあ決まったことだからね。それよりー、やっぱ練習しとこっかー。もう１競技増えるわけでしょ？　やっといた方がよくない？」

「うん、確かにそうだね。やるだけのことはやっておきたいよね」

「じゃ、三人でやろ！　ハナちゃんにも声かけとくね〜！　またあとでねぇ〜」

　……ほんと大丈夫かな、如月さん。

＊

　昼休みは三人でシュミレーション、放課後は三人四脚の練習だ。

　純粋にこの二人と過ごす時間は楽しくて、前世での自分と比べ物にならないくらい学園生活を満喫している。

　凍上さんと如月さん……。

　二人ともそれぞれ良いところがあるし、段々一緒にいたい気持ちも強くなってきた。

　でも現時点でそれは友達としての気持ちであり、今後どうなっていくのかはホントに検討がつかない。

　マジでどうなっていくんだろ。

　「凍上さんとは、いつか夫婦になりたい」とは思うわけだが。

　自分の人生は、生きたいように生きればいい。

　普通は、死んだらそこで終わりだ。

　輪廻も来世も死後の世界も、所詮は想像でしかない。

　色々と言われてはいるが、僕はそれらを信じていなかった。

　最初にそれを考えた人は、一体どんな意味で――見たこともないものを思いついたのだろう。

　本来なら「シュレディンガーの猫」のように、その日、その時になってみなければ分からない。

　だが、猫を観察している者――それは一体、誰を指しているのか。

　もしかすると、観察者側は人間ではなく、この世界の創造主である“神”なのかもしれない。

　そして、僕たち人間こそが猫側なのではないだろうか。

　――いや、神様なんて信じていない。

　だが、そう仮定しておいた方が都合がいい。

　僕たちは観察者ぶっているが、結局は猫にしか成り得ないのかもしれない。

　この僕が「転生した」と語るこの物語を、どこかで傍観している人物がいてもおかしくはない。

　そしてその視線に気づいた瞬間、僕は檻の中から逃れられなくなる。

　そう――きっとこれは、「シュレディンガーの罠」なのだ。

「ホッくん、難しい顔して……何考え事してるの？」

「あ、いや……。ごめん、ボーッとしてた」

「……ほんと大丈夫？ｗ　宇宙でも行ってた？」

「――文華。皇くんは『考えうる人』」

「ははｗ　今の格好、確かにそんな感じだった」

　いつからか凍上さんは如月さんを名前で呼ぶようになった。

　それは班員だからなのか、三人四脚のメンバーだからなのか、はたまた心を許せる仲間になったからなのか。

　三人でいる時は居心地がいいのか、全く嫌な顔をしない。

　凍上さんは僕たちと一緒にいて、心から楽しいって思ってくれてるんだろうか。

　そして、この関係は魔武本が終わるまでなのか、それ以降も一緒にいるのかどうかはわからない。

　……また変なことばかり考えちゃったな。

　さ、練習だ。

＊

　魔武本３日前になった。

　朝、一年の掲示板には大勢の生徒がごった返していた。

「おいおい、やべぇって！　だから言ったじゃん！　俺300ｍも無理だってば〜」

「フラグ立てすぎたんだよｗｗ」

「〝仮装リレー〟ってなんだ？」

「ん？　ルールブックに28種目全部の説明書いてあんぞ」

「嘘……。ね、ねぇ……わたし、騎馬戦とか書かれてるんだけど……」

「え、まじ⁉　ホントにガチでランダムなの？　学長やりすぎ！」

　ま、まさか本当にランダム抽選⁉

　女子まで騎馬戦に選ばれてしまうと言うことは戦略が相当重要になってくるか……。

　さて……僕は……と。

　『借り物競走』……。

　まぁ激しいのは苦手だったから騎馬戦とか棒倒しとかじゃなくてよかった。

　僕の競技は、『パン食い競争』、『三人四脚』、ランダムで選出された『借り物競走』の３種目だね。

「皇。何に選ばれたんだ？　――なるほど、借り物競走か。つまり全部走る競技だな」

「あ、言われてみれば確かにそうだね。巌くんは？」

「ランダムでは綱引きだ。他は棒倒しと騎馬戦だ」

「ぎ、逆に全部激しい系だね……」

「まあ性にはあってるがな」

「そんな細い体でよくやるよ……」

　相変わらずひょろっとした長身の巌くん。

　激しいぶつかり合いとか大丈夫なんだろうか。

「俺からしたらお前の方が心配だ」

「え……」

「モルゲンシュテルンだ。ヤツの挑発にまんまと乗ったわけだからな。全く……負けたらどうする気だ」

「あ……でも練習して――」

「練習云々ではない。前に言わなかったか？　『気をつけろ』と」

　初めて巌くんに会った時に忠告されていたこと、言われて思い出した。

「……それってさ、どういうことなの？　その話、聞けず仕舞いだったんだけど……」

「…………」

　その話を深く聞こうとすると巌くんは黙ってしまう。

　彼との間に一体なにがあるんだ……？

「やあ、二人とも。ご機嫌いかがかね」

　噂をすれば……アッシュくんだ。

「皇くん、走りは得意かな？　私に勝つ必要はない。だがクラスのためには、せめて本気を見せてほしいものだよ。フフ、賭けを楽しもうではないか。――さて、巌くん。私も抽選で綱引きになってしまってね。その作戦を練るとしようじゃないか」

「……ああ。皇、またあとでな」

　……行ってしまった。

　あの二人は……謎が深いよな……。

　まあ、この話もそうだけど、考えて答えが出るもんじゃない。

　結局、俺自身だって――何者で、何のためにこの異世界にいるのかなんて、想像すらできやしない。

　彼らが何を思っているのか。

　そして、自分はこの異世界で何者なのか――。

　どちらも、想像すらできない事象であることに変わりはない。

　それよりも今は、ほかに目を向けるべきものがあり、やらなければならないことがある。

　少し頑張ったくらいで結果が変わるとは思っていない。

　だが、やらずに負けるのでは、言い訳すらできないだろう。

　ただ、匙を投げて負けるのを待つだけなんて、絶対にしたくない。

　――抗いたい。

　何もしないで無様に負けるよりも、足掻き、藻掻き、自分の生きた証を他者の記憶に刻みつけたい。

　それが……僕がこの異世界に転生してきた意味だと、信じている。

　彼との勝負――負けてもいい。

　いや、たとえ負けるとわかっていたとしても、自分が歩んだ道が成長につながるのだ。

＊

「はぁ……はぁ……はぁ……」

　走る、走る、走れ――！

　息が切れても、呼吸が乱れても、もう自分に残された道はそれしかない。

　恵まれた才能も、誰もが羨む境遇もない。

　ただ、自分にあるもの。

　それは火――闘志だ。

　燃え盛る炎。

　この消えない火だけを頼りに、前へ進む。

　暗がりの中、一点だけの灯りを頼りに……。

「はぁ、はぁ……」

　どれだけ走っただろう。

　力を抜けば、すぐにもこむら返りを起こしそうな足を、ゆっくりと解放する。

　倒れ込んだのは、巌くんと初めて会った河川敷だった。

　この季節の夕方は、まだそれほど暑くはなく、寝転がった草はひんやりとしていて気持ちがいい。

　落ち着かない呼吸を整えながら、考える――。

　プロのスポーツ選手は、その高みまで努力だけで昇り詰めてきたのだろうか。

　子どもの頃から何年も同じスポーツを続け、努力を重ねて……遊ぶ暇もなく打ち込んできても、プロへの道は果てしなく遠い。

　あの人と自分は何が違うのだろうと考えることもある。

　怠けているわけでも、嫌いなわけでもない。

　それなのに僕の場合、コーチもチームメイトも認めてくれなかった。

　リフティングが何回できても、ボールをどれだけ飛ばせても、それはただの数字にすぎない。

　〝僕には人を振り向かせる才能〟がない。

　プレーで観る者の心を動かすことができなかった。

　それは努力だけでは辿り着けない境地だ。

　やがて、今まで楽しかった運動が嫌になっていく。

　最初はただ体を動かすだけでよかったのかもしれない。

　自分のためだけにしていればよかったものを……。

　一度「認められたい」と思ってしまったら、どうしてもそればかりを考えてしまう。

　チームメイトの前でリフティングをしてみたり、スポーツテストで無理して良い点数を取ろうとしてしまう。

　だが、それらは逆効果だった。

　疎《うと》ましく思われただけだ。

　突き刺さる視線。

　冷ややかな顔。

　自分は何をしても、そこにいるだけで駄目なんだ――そう思った。

　そうして、僕は頑張ることをやめた。

　少し気が楽になった。

　いじめられている人間は、どうせ隅っこにいればいい。

　ならもう、関わらないでくれ……！

　そっとしておいてくれ……！

　何度もそう思い、考え、懇願した。

　だが、彼らはそんな願いを吐き捨てるように構い、いじめ続ける。

　「やめてください」と頭を下げることでやめてくれるなら、世界はどれほど平和だろう。

　その瞬間、希望を持つことも、夢を見ることすらも諦めた。

　そして、この世界で新たな生を受けた。

　命を捨てたと思って――いや、実際に捨てたのだけれど。

　……それでも気持ちを切り替え、もう一度頑張ろうとした。

　前世では、いくら頑張っても報われなかった。

　では今回も、頑張るのを諦めるのか？

　報われないのなら、この世界でも命を捨てるのか？

　――なんだろう。

　きっと自分は試されているのかもしれない。

　新たな世界で、どれだけ自分が変われるのか。

　失敗を活かして、次はどこまで行けるのか。

　そう考えると、やはり自分自身が〝シュレ猫〟なのだろう。

　見てろよ、観察者。僕は今度こそ生き残ってみせる。

　この世界で、絶対に変わっていってやる。

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いやー、皇くん。

だらっだら考えてるなぁ。

これ、凍上さんが心を読んでも辟易するぜ……。

私自身そう思います。

R6.4.30