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第5話 前途多難(ぜんとたなん)




 何度目だろうか、この奇妙な感覚。


 目が勝手に開く。

 しかし目を開けたはずなのに未だに閉じているような黒色……ぼやけた部屋が見える。

 ここは一体――。


「気が付いたかの」


 離れたところから年配男性の声がした。

 僕は目を開けただけで体を動かしたわけでもないのに、目を覚ました事に気づいたのだろうか。


 そんなことを考えられるほど冷静だった。


 ゆっくりと体を起こして声のする方を向く。

 すると、窓を向いて椅子に座っているおじいさんが見えた。

 部屋は薄暗いせいか、そのおじいさんの気配が全くしない。


 自分の記憶を頼りに、最後に見た景色を思い出してみる。


 ――青……そうだ、水!

 川で溺れたんだった。


「あの、あなたが助けてくれたんですか?」


「ウム。湖畔に打ち上げられておった」


「あ、ありがとうございます。あ、あの――」


「まだ体が治っとらんのじゃろ。あまり無理するでない」


 ……あれだけ燃やされそうになったり溺れたりしたんだ。

 体に痛みこそないが、どこか異常があってもおかしくないだろう。

 久しぶりに全速力で走ったからか、膝から下が重い気がする。

 今は少なくとも安全な場所にいると、そう思いたかった。


 僕は眠気に任せて瞼を閉じた。







 目を開けた。

 自分の意志で。


 外から差し込む光はまだ弱く、独特の寒さがまだ早朝であることを瞬時に感じさせる。



 ……近くで音がした。

 おじいさんだろうか。


 僕は、未だ自分の体ではないような違和感を覚えつつも、足を引きずりながら音のするほうへ向かった。



 音の主はやはり先ほどのおじいさんだった。

 ……だがおじいさんというには不自然な感じがする。

 着ているシャツがダボダボなためか、若干太って見えるが近くでみるととても老人とは思えない筋肉をしている。


「おお、今度こそ目が覚めた様じゃな」


「はい。改めてありがとうございます。多分、助けてもらってなかったら死んでました」


「ホッホ。その足の傷と服をみたら……そのようじゃの。で、何の炎獣に襲われたんじゃ? メラビットか? ファイラタートルか?」


 おじいさんは自分の髭を触りながら聞いてきた。

 えんじゅう……っていうのは聞いたことないがこの辺に出る動物なんだろうか。


「犬……〝燃え犬〟――赤く燃えてる犬でした。数匹に襲われて泳げもしないのに川に飛び込んでしまって……」


 それを聞いたおじいさんは眉をしかめ、


「赤い犬……じゃと? しかも複数……」


 おじいさんが眉をしかめる姿を見て、僕は再び緊張した。

 どうしてそんなに驚くんだろうか。


 おじいさんは少し考えてから続ける。


「そりゃぁ多分、犬じゃなくて狼じゃな。BMWの群れに遭遇して生きて逃げおおせた……と?」


 BM……?

 よくわからないが運が良かったらしい。


「そのBM……なんとかって車の名前みたいの、何なんですか?」


B(バーニング)M(メラ)W(ウルフ)、そのままじゃ。燃えてるオオカミ」


「なるほど、通りで。確かに裾が燃えました……」


「で、その足や脇腹の肉は辛うじて溶けなかった、と? ホッホ。運が良かったのう」


 ゲゲ……それほどヤバい動物だったのか!

 生きてることに感謝だな……。


 ……あ、今生きててホッとしてた。

 自殺したのにな。


 ――あれ?

 そういえば僕、自殺したよな。

 あの時、「生きたい!」って思ってたから考えてなかったけど、何で生きてるんだ……?


「お前さん、炎獣に遭遇したってことは呪界じゅかい……燃え盛ってる森にいたんじゃな?」


「多分……はい……」


 確かに辺りは燃えていた。

 そんな景色を覚えている。


「うーむ。……なんとなく気付いたんじゃが……あえて聞こう。〝どっから〟きたのかの?」


 ……いきなり核心を突かれてしまった。

 自分でもよくわからない状況なのに説明できるはずがない。


 言い籠っていると、


「『転生――』、『転生者――』。これで伝わるかの?」


 死んだはずなのに生きている事実……。

 薄々感じていた。

 だがそんなことが現実に起きるわけが無いと認めていなかった。

 僕は確実に死んだはずだ。


 呼吸ができない息苦しさ、人が焼ける臭い、最終的に痛覚が麻痺して熱ささえ感じなかった。


 転生……、まさか自分が流行りモノの当事者になるとは。

 僕は素直にこう話した。


「前世の記憶は曖昧ですがあります。転生したかどうかはわからないですが……」


「ホッホ。なんとなく理解したならいいんじゃ。恐らくその通りじゃと思うぞい」


 そう言っておじいさんはタバコらしきものを取り出した。


カチカチ……


「む……しまった、オイルを買っておくのを忘れてしもた……」


 ジッポを何度も擦っている。


「あ、あの……」


「ん? なんじゃ?」


 僕はおじいさんに近づき、指を擦ってタバコに火をつけてあげた。


 今更ながら火を出せることを忘れていた。

 最初にこの火を出せるようになった時、ライターっぽいなと思っていたから思い出したのだ。


「お、おお……すまんな」


 紫煙はみるみるうちに空へ広がっていった。

 その煙を眺めながら僕は考えていた。


 おじいさんの前で普通に火を使ってしまった……。

 まあいっか、僕を助けてくれた人だしな。


 ん……まてよ?

 転生したってことはいきなり特殊な力が発現したり、自分が世界を変える力なんかが備わったりするというのをよく聞くよな。


 そう考えるとワクワクした。


 僕は一呼吸置いておじいさんに聞いてみた。


「あ、あの……この世界には……ま、魔法とかってあるんですか?」


 転生したと仮定しても本当にそんな世界があるとはまだ信じられず、恥ずかしさを含みながら聞いてみた。


「おんや? 今の火、魔法と違うのかの?」


 ……そうか、確かに魔法に見える。

 言われて気づいた。


 ……でもこれは魔法じゃないと思う……多分。

 魔法だとしたら前世でも魔法が使えたってことになる。

 そう考えるとやっぱり変だし違う気がする。


「うむ。()()()()には魔法があるぞい。だがの、比較的最近なんじゃ。魔法学が解明されてきたのは。数百年も前から――とかじゃなくワシが来た頃の少し前じゃから……今から20年くらい前かの」


 魔法がある世界……。

 そうか、そんな世界に生まれ変わったのか。


 「魔法を使ってアレがしたい」って言うのは具体的にはないけど、少なからず憧れってのはあるわけだから。


「お前さん、色々聞きたそうな顔をしとるからの。部屋で座って話をせんか。腹も減ってるじゃろ。何か作るでの」


「あ……すみません、何から何まで……」


 おじいさんはまだ吸いかけのタバコを消して家の中に入っていった。


 ホント、凄い助かる。

 何も知らない状態で異世界に迷い込んだらどうしようもないよな……。

 おじいさんのお陰だ。


 とりあえず家に入ろう。

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