第48話 曇華一現(どんげいちげん)前編
*
気がつくと布団で横になっていた。
――何が起こったんだ……。
どうしたんだっけ……確か、爺ちゃんとの競り合いで……。
あ、《無魔魂葬》を受けて……吹き飛ばされたんだ。
…………。
仕方ないよな。
年齢的にはお爺ちゃんでも、〚生ける伝説〛だからな……。
負けは目に見えていた。
ただ、少しでも認めてもらいたかっただけなんだ。
親父は優しかったから怒りもせず、いつも笑っているだけだった。
でもそれは甘やかされてきたという証拠。
この厳しい爺ちゃんに認められたら、ちょっとは自信がつくと思ったから。
――ところで今何時……?
体を起こして時計を見る。
「まだ1時か……」
この暗さだとしたら夜中であることに違いはない。
まあ今日は約束があるし、このまま寝るか。
寝なおそうと横を向いた瞬間――
「勝負は引き分けじゃったぞ」
扉の方から声がした。
「え、爺ちゃん。どういうこと?」
ガバッと布団から出て、扉の方を向き直す。
見ると、爺ちゃんの上衣がなく、筋肉が露わになっている。
「……どうしたの。こんな時間に乾布摩擦でもすんの?」
「ワシの防魔着を燃やしというてよく言うわい」
「え? 燃やした? 僕が?」
「ああ。この防魔着は耐火性も十分高いんじゃ。お主の火は魔法ではないが、ちょっとやそっとじゃ燃えはせん」
――僕の狙い。
それは、爺ちゃんの技を受けた瞬間、自身の竹刀に炬火付与をすること……。
最初から火をエンチャントしていたら、警戒して剣先を合わせることなんてしなかったはずだ。
あくまで剣先が触れ合った瞬間……。
僕の竹刀から火を流し込んで、爺ちゃんの竹刀を燃やしきる作戦だった。
「ごめん、記憶ない。どうなったの?」
「ワシの切っ先がお主の竹刀に触れた瞬間、ワシの竹刀に火がついての。そこでようやくお主の狙いが見えたんじゃが、燃え尽きる前に竹刀を回転させてそのまま刺突でお主の竹刀を粉砕させたんじゃ」
「でもなんで服が……?」
「回転をかけたら火が飛び散って服が燃えたんじゃ。じゃが、その火……。ワシは火傷せんかった。何故じゃ?」
「さすがに実の爺ちゃん相手に火傷するような火力は使わないよ」
「――んん? あっはっは! いやぁ、ワシの負けじゃ。お主の方が加減していたとはな! 想像以上にでかくなりおって……!」
「なんで爺ちゃんが負けたことになるの? 僕なんて数時間も気絶してたのに……」
「ワシは本気じゃった。じゃが防魔着を燃やされ上、手加減されていた」
「火の力なしだったら……。純粋な試合だったら完敗だったし」
「この世界の何と純粋な試合をするんじゃ? 炎獣とか? 魔王とか?」
…………。
「最早、お主の成長を期待せずにはいられんわ。――明日は運動会の練習じゃろ? もう寝た方がいいんじゃないかの」
「爺ちゃん、『明日』じゃなくてもう『今日』だね。あと『運動会』じゃなくて『体育祭』だから」
「揚げ足取るんじゃない」
「……でもなんで上半身裸だったの? 他の服、着てればよかったのに」
「お、お主に服を燃やされたことを伝えるのに、服を着てたら説得力も信憑性もないじゃろ? ……だからじゃ」
そこまでしなくても……。
時々、爺ちゃんを天然だと思う時がある。
「そ、そうなんだ……。わざわざありがと。おやすみ」
「ああ、おやすみの」
*
朝。
爺ちゃんが言った通り、今日は魔武本に向けて練習がある。
如月さんと凍上さんの3人でだが……。
その前に一度、作戦会議をするということで。
一旦学校に集まり、そのアイディアを実践する場所を探そうというのだ。
「あ、来たー。ホッくん、遅い!」
「え、遅刻しちゃった!? ……ってなんだ、まだ9時55分じゃ――」
「ハナちゃんももう来てるしー。10分前行動ですー」
……このいじり方だけは変わらないなぁ。
「皇くん、おはよう」
「あ、はい。おはようございます……」
「ププ、なにぃ……? お二人さん、まだまだ固いねェ。……折角あたしが遠慮してあげたのに何も進展してないんだから……」
「…………」
「ん? 如月さん、今なんて?」
「え! あ、なんでもないよ。それでどうするの? 学校は休日だとSAMAが張られるし魔法での練習ができないじゃん?」
SAMAとは、魔法を使った瞬間に警備会社へ通報が入り、マジックポリス――通称“マッポ”が飛んでくる。
通常のAMAとは別の、高度な魔力浄化システムが働き、魔法陣を描いた瞬間に同等の魔力で打ち消されるという徹底されたものだ。
これを開発した人はほんと凄いと思う。
「私はどこでもいい」
「――えと、練習場所はこの前の河川敷を考えてたんだけど……、その前に試したいことがあってさ。でも人目を気にしないといけないから……二人ともついてきて」
「え、人目を……? あ、うん……」
*
そういって如月さんと凍上さんに家へ来てもらった。
確か爺ちゃんは午前中出かけるとか言ってた気がするから、少しなら大丈夫だよね。
「――な、何この厳かな家……。ここってホッくんの家⁉ まずいよ……まだそんな……」
「厳か」なんて言葉を知っていたのには驚いたが、なぜか顔が赤い気がする。
歩いてきたから暑くなっちゃったかな?
凍上さんはまるで家に呼ぶことを知ってたかのようにどっしりと構えている。
……まぁ実際知ってたんだろうけども。
「んーと……お爺ちゃんの家なんだけどね。ちょっと色々と試したいことがあって」
そういうと如月さんはますます顔が赤くなる。
「色々! 内緒⁉ さ、三人なんてそんな……まだ二人ですらしたことないのに……!」
なんのことやらブツブツ言っている。
まさかアルコールとか入ってないよね……?
「じゃあどうぞ……」
そういって自分の部屋に案内した。
「……キレイにしてある」
凍上さんはボソリとつぶやきながらキョロキョロしている。
そうか、心は読めても部屋の中までは見えないから興味はあるのだろうか。
「――あ、あのさ、ホッくんってどこの中学だったの?」
「げ、あ……。いきなりなんで?」
「いや、素朴な疑問……」
まずい、その話題は困る……。
「僕は……ね、高校でこっちに引っ越してきたんだ。前はもっと違うとこに住んでてさ。今は爺ちゃんの家に居候してて……」
「あ、そうなんだ。じゃあ魔武イチに同中とかいないんだ」
「そそ、元々人見知りだし困っちゃったよハハハ! 今お茶用意するから部屋で待ってて〜」
バタン
――はぁ、怪しまれてないよな。
引っ越してきたとかはよくあるから大丈夫……。
ハァー……。
お茶の用意をしながらため息を吐いた。
色々と大変だ……、この境遇。
コト……
「祖茶ですが……」
そう言いながら爺ちゃんの一番気に入ってる高いお茶を出した。
「あ、どうも。ズズ……ん! 美味しい!」
如月さんはなんでも美味しそうに摂取するね……。
カレーの時もそうだったし。
「ご丁寧にありがとう」
凍上さんはお茶を飲みながら切り出した。
「――ところで試したいことって」
心を読める凍上さんは、きっと如月さんのために聞いてきたんだね。
そうだね、早く話して練習しないとね。
「えと、まず如月さん。あれから魔法はどう?」
«風魔法»が使えていれば超強いんだけども……。
「え、全くだよ! あの時のはなんだったのってくらい発動の気配すらしないよー」
そうか、そうだよね……。
それをグチグチ言っても解決しない。
なら他の手に切り替えるまでだ。
「1つアイディアが浮かんだんだ。もしうまくいけば結構速くなるんじゃないかと思って」
「え、凄いじゃん。なになに⁉」
如月さんは身を乗り出してくる。
……この子、時々距離感がわからなくなるよな。
パーソナルスペースが短いというか近いというか……。
ドキドキするわ……!
く、雑念が……。
――魔武本まであと数週間、そもそも爺ちゃんがいつ帰ってくるのかもわからない。
今の自分の火の能力……その可能性をもっと知る必要がある。
そしてどこまでやれるのかを見極めなくてはならない。
「早速なんだけど……ちょっといいかな」
サワッ……
ほんとにいきなりだが、まずは優しく如月さんの手を掴んだ。
丁度良い距離感だったので掴みやすかった。
『優しく掴むことで、恐怖を感じさせない』。
如月さんを選んだのは、凍上さんの手をいきなりおいそれとは掴めないからだ。
そういった意味で消去法にしてしまった如月さんには心の中で謝った。
「――ちょーーっ(◎v◎;)!! あた、あた、あたしまだこういうのあんまり……さき、さきにハナちゃんがや、やる、やるべき――」
人差し指を伸ばしてあげてから、僕の体内の火を如月さんの体を通して彼女の指から発火させてみた。
ボッ!
「アツッ!」
いきなりのことで驚いた如月さんはひっくり返って下着が露わになってしまった。
「あ……」
僕は感情を押し殺して気を落ち着かせた。
何も見ていない……何も見えていない……。
「――ッ! み、見えた?」
すぐに起き上がった如月さんは、短いスカートを直してそう言った。
「……盛大に」
凍上さんは淡々と答えた。




