第47話 磨穿鉄硯(ませんてっけん)
爺ちゃんは安心してご飯を食べている。
でも開花のことは言いそびれちゃってるんだよな。
正確には〝言いにくい〟だ。
だって爺ちゃんは〖希少点穴〗まで行ったのに、ガーディアン倒せなくて転移硝石で戻ったんだ。
そうやって聞いてたから、きっと〖禁呪書〗まで辿り着けなかったことを悔しがっているに違いない。
わざわざ言うことじゃないなー。
タイミングが合ったらでいいか。
「あれだけの燃え痕から察するに……大火災だったんじゃろ? ……よく助けられたのう。6階から飛び降りたとインタビューされた人が言っておったが……」
「うん。同じグループのメンバーに凄い«風魔法»を使える子がいてさ。飛び降りても大丈夫って思って」
「――ほほ、信じとるんじゃな? ……その娘に惚れてるんじゃろ?」
「そうそ。最近結構仲良くてね……」
……え?
「ちょっと! 違うよ、僕が惚れたのはその子じゃなくてもう一人の方だよ!」
「ほっほ! もう一人の娘が好きなんじゃな? でも風の娘とも結構仲良いんじゃろ?」
……く、何で僕はこういとも簡単に騙されるというか単純と言うか……。
「あまり孫をいじるんじゃないよ! 全く……」
普段の爺ちゃんは、稽古の時とまるで別人だよ。
「――あ、でもね。その風の子がさ、スランプっていうのかな……。つい最近まで全く魔法使えなくなっちゃってさ」
「ふむ、なるほど。危機的状況で魔法が戻ったんじゃな」
「う、うん。……でもその後また使えなくなっちゃったんだ。今考えると、6階から飛んだ時に«風魔法»が発動しなかったら……みんなまとめて死んでたかもって――」
「大丈夫じゃろ」
「そんなあっさりと!」
「ちなみに魔法回路とか魔力砲身の構造そのものは案外単純らしいぞい。まぁワシぁ無魔じゃしあまり知らんがの。清美が言っておったわ。『魔法は気合と根性、あとは惰性』……? だったかの」
「え、気合? 根性⁉ 何そのスポ根要素! そんな簡単なら僕だって気合で使えるようになるかなぁー」
棒読みでそう答える。
「いや、無魔は無理じゃ。天と地がひっくり返っても無理じゃ」
「……はぁ。夢もかけらもないよ。なんでそんなことが言い切れるのさ」
「ワシが……気合と根性で頑張っても無理だったんじゃからの……」
「え……あ……そうだったんだ……。そういえば言ってたもんね、爺ちゃんも魔法使いたがってたって……」
やっぱ無理なことは無理か。
現実には魔法なんて使えるわけないし。
いくら異世界でも、好き勝手出来たらそりゃご都合転生になるよな。
「ワシが子どもの頃は忍者が流行っててのう。そりゃあ憧れたわい。あれも一種の魔法じゃからな」
「忍者かぁ。確かに魔法に見えなくもない。――あ、そう言えばうちの部活の先輩が忍者の末裔とか言ってたよ」
「なに⁉ ほんとか! いやぁ、一度お目にかかってみたいのう……」
藤堂さんなら喜んで見せてくれそうだけど。
「……それでさっきの根性論ってなんの話なの? 魔法が使えるようになる話じゃないの?」
「清美が言っとったのは、魔法の出し方の話じゃ。『練った魔力が砲身を通って出力する際の理論』じゃったかな」
つまり、練られるほどの魔力がないとだめってことか。
「でも気合と根性はわかるんだけど……もう一つの惰性ってなに? そこだけいまいちピンとこないよ」
「惰性――。〝引き金を引けば弾が発射される〟〝他からの力の作用を受けぬ限りは現在の運動状態は変化しない〟という意味じゃ」
「簡単そうで難し……」
「そうじゃな。前に点滴の話をしたじゃろ。あれに近い感じじゃないんかの」
「え、それを……惰性って言うの?」
「清美と話した後の……あくまでワシの感覚じゃ。点滴っていうのは自分の意思とは関係なしに体内に入ってくるじゃろ。そして全身に巡る――」
え、魔法が意思とは関係ない……?
全く意味がわからない。
「その娘、一度魔法が戻っとるんなら後はラジオのチューニングを合わせるようなもんじゃ」
「点滴とかラジオとか――魔法って案外アナログなんだね」
「ほほ、それも清美が言っておったな。『魔法はアナログ』だと。お主、魔法の感性とかセンスはあるんじゃないのか? 武術のセンスはないがの」
「使えない魔法のセンスがよくたってしょーがないじゃん! そんなの口達者なだけじゃん!」
……つくづく噛み合ってない、僕の人生。
「何言っとるんじゃ。お主には火があるじゃろ。無魔のワシからしたらそれすらも羨ましいんじゃからの」
「あー! それこそ爺ちゃんには人外な体術と剣術があるじゃんか! 僕だってそっちの方がいいよ! ――てかこっそり『武術のセンスはない』とかディスってんじゃないよ!」
「ワシは別にジスってないぞい。本当のことを言っただけじゃが?」
「……むぅ!」
お互い譲らない。
いつものことだ。
僕も爺ちゃんも負けず嫌いだから、言い争うとこういうことになる。
「焔……、やるか?」
言い争った時は決まってやることがある。
「望むところ!」
『立ち会い』だ。
と言ってもお互い竹刀だし、軽く打ち合うだけではあるが。
打ち合ってスカッとすればフラストレーションが解消されるからだ。
そう言って特訓で使っている竹刀を持って外に出た。
*
「――じゃあいつものように競り合い4分、本気1分でよいな」
「今日こそ舌を巻かせる!」
最近は基本的に一人で特訓を行っている。
技を教えてもらう時と実践練習の時だけ爺ちゃんに頼んで手ほどきしてもらう。
ここでいう『競り合い』は竹刀同士で当て合うことで、体に当てるつもりでは打たない。
最初の頃は爺ちゃんが合わせてくれたけど、今ではある程度打ち合えるようになってきた。
――まぁそれでも手加減されてるんだろうけど。
「ゆくぞ」
「いつでも!」
ビシッ! ビシビシッ!
竹がぶつかり合う音が反響して聞こえる。
1分過ぎたあたりで手のひらが痺れてくる。
爺ちゃんの剣圧は凄まじく、最初は一発で竹刀を叩き落とされていた。
「――なんじゃ、もう仕舞いか。最初の勢いはどうした」
「こっちはいつだって本気だ!」
競り合い中に竹刀を落としてしまったらそこで終了。
爺ちゃんの本気を出させるために意地でも落とさない。
もうすぐ4分経つ。
…………!
爺ちゃんの構えが変わった。
4分経ったことを示している。
シュビッ……
――突進からの突き……!
速さの度合いが桁違いなんだよ……!
間合いの広さが十数メートルもあるようにみえる。
しかし黙ってやられるわけにはいかなかった。
今の僕にも譲れないものがある。
――しかし異世界に転生されてからの自分……。
数カ月しか本気を出していない僕と、生まれ落ちてから全てに本気な爺ちゃんの70余年……。
才能ある者とない者……明確な力、歴然な差……。
これが皇、謙悟――!
ドスッ……
振り下ろされた面をギリギリ躱したと思ったらいつの間にか水月を突かれていた。
※ここでいう水月とは『みぞおち』のこと
「カハッ……」
「――よくぞ……ワシの面を躱した」
呼吸が一瞬止まる。
痛みよりもまず、呼吸が出来ない苦しみが襲ってくる。
そしてそのコンマ数秒後、突かれた部分を中心に激しい痛みが末梢へと広がっていく。
「グ……ググウ……」
それでも竹刀は落とさない……意地でも。
――このまま倒れたらどんなに楽だろう。
立ち会いと言ってもお互いがマジ同士のぶつかり合いなんだから、そこに血縁関係なんてなかった。
爺ちゃんは「孫には優しい」とか「溺愛して甘やかす」とかそんなことは毛頭ない。
だからこそ、僕も本気でやれる。
爺ちゃんを越えたいと素直に思える。
こんな弱い僕に本気を出してくれて……ありがとう、爺ちゃん……。
「その根性――しかと見届けた」
爺ちゃんはトドメの一撃の構えを取る。
この技は、爺ちゃんの技の中でも屈指の速さを誇る。
縮地による移動法で間合いの詰め方がえげつない。
そして対象の魔力が高いほど与えるダメージが大きい。
相手の丹田を突き、内在する魔力を魔力砲身へと逆流させる技だ。
この一撃に何度、僕は倒れたことか。
魔力がない分、それほど脅威ではないがまともに食らえばもちろん気絶する。
――だが逆に僕もこの瞬間を狙っていた。
何度も自分の体で受け、その脅威を肌で感じ、対策を考えてきた。
「《無魔魂葬》」
その凄まじい勢いの剣先に、竹刀を狙い合わせる。
狙う場所がわかっていれば、その位置に合わせるのはそこまで難しくない。
難しいのはここから……!
爺ちゃんの剣先と僕の剣先がぶつかり合う。
カッ……バキメキッ……
だが、こちらは防御側……。
爺ちゃんの剣圧を抑えきれず、僕の竹刀は剣先から真っ二つに割かれた。




