第38話 十年一日 (じゅうねんいちじつ)後編
「ただいまー」
家についてから、今回の件を爺ちゃんに話そう――としたらもう聞いてたみたいだ。
「おかえり焔よ。聞いたぞい。まさか清美から治療を受けたとはのう」
「あ、うん。情報早いね。でも驚いたよ。大怪我したのに一晩で治ったんだけど! しかも内緒にさせられてさー。どういうことなんだろ?」
「――ふむ。そのことを軽く話すとのう……。ワシが隠居したあと、清美は学校長になる前に希少点穴を自力で探し当てたんじゃ」
「んぇ!? そんなことできるの!?」
「そこはようわからんが、『リベンジ』と言っとったな。その後は単身で〖アカシックライブラリ〗を踏破したようじゃが――」
「それは聞いてなかったよ!? あんなバケモノ一人で倒したってこと⁉」
「知らんけど、時間かけて倒したんじゃないかの?」
一体どんだけ強いの、校長は……。
「なるほどね。あれだけ凄い回復魔法じゃ何を食らっても平気って頷ける――」
「いや、あれは〖禁呪書〗でそうなっただけじゃ」
「……きんじゅ……しょ?」
「あの書庫で手に入る書物のことを〖禁呪書〗と言う。それを読む前まで清美は攻撃魔法に秀でてたんじゃぞ。あれ以降、一切使えなくなったそうな」
「もしかしてそれが――」
「うむ、〝代償〟というやつじゃな。あの見た目も〝代償〟の一つらしいが……見た目が若くなるのは〝代償″とは呼ばんと思わんか?」
「……まぁどちらかというとメリットになりそうだけどね」
「元々、攻撃魔法でガンガンいくタイプじゃったから、使えなくなってかなりショックを受けておったよ」
「そりゃそうだよね……。――で、どうなったの?」
「それで得た能力が、〝回復系含む第2種2類魔法〟じゃ」
「回復系の2種2類って――そ、蘇生⁉ それって死者を生き返らせら――んっぐぐぐ……」
「声がでかいんじゃ! これも知られたらどえらいことじゃろ!」
爺ちゃんに本気で口を抑えられて窒息しそうになった。
「んぐぐぐ……ぷはぁ! ハァハァハァ……死ぬって!! 蘇生して!?」
「――すまん。じゃがこれは国家機密なんじゃ。本気でやればお主の怪我なんて一瞬で治ったはずじゃ」
「い、一瞬……。確かあの時は、永続魔法とか言って点滴をされたんだ。ちょっとずつ回復させたってことなのかな」
「ワシもこれについては呪いじゃなく本気で口止めされてるから絶対に言うんじゃないぞ。個人が第2種魔法を使えるなんて知られたらどんなことになるか――」
「あ、当たり前だよ……恐ろしくて言えないよ」
……『蘇生魔法』……第2種2類に相当する。
ゲームでは当たり前のように存在する魔法。
死んでも生き返るという常識外れのご都合要素。
AEDみたいに、心臓が止まっても少しの間なら生き返るくらいの魔法ならわかる……けど。
校長のはそういった簡単なものではないと見受けられた。
回復魔法発動時の魔法力、発動後の魔法内在量。
無魔の僕ですら正直、底が見えないと思ってしまった。
だけど〖禁呪書〗の代償で、攻撃スタイルから真逆の回復系ヒーラーに転向するハメになったってことだよな……。
それは困惑するよね、さすがに。
それくらい〖アカシックライブラリ〗の影響力は計り知れないのだろう。
自分たちもそれだけの代償を払わなければならないのか。
もう払っているのに気が付かないだけなのか。
それ以上に、人生が変わるような力を得ることができるのか。
……ま、こればっかりはどうしようもないよな。
なるようになれだ。
*
僕は寝る準備をして爺ちゃんにおやすみを言った。
そして駆け込むように部屋に戻る。
僕専用に買ってもらっていた携帯電話を片手に。
爺ちゃんは意外にもお硬い人で、夜の携帯電話の使用については許可してくれなかった。
だからこそ、居間からこっそりと持ち出す必要があったのだ。
バタン……ガチャ
部屋に戻ると急いで鍵を閉めた。
高鳴る胸を抑え、凍上さんからもらったメモを開く。
――可愛い字で電話番号が書かれている……。
こんなんで興奮して僕はやっぱりおかしいのかな。
〝変態〟の2文字が頭を過るが、0.34秒で電話モードへと切り替える。
「フーッ、フーッ……」
息遣いが荒い。
わかっている。
興奮しすぎて頭が痛い。
そういえば凍上さんも頭が痛いって言ってたからお揃いだぁ〜。
――ん、待てよ?
この電話番号は家の番号だ……。
こんな時間に電話して、もし親父さんが出ようものなら……。
「今何時だと思ってんだ!」って怒られて絶対印象最悪になるぞ……。
「娘はやらん!」と言われてもおかしくない……。
どうしよう。
かけてとは言われたが、誰が出るかわからない以上、ちょっと考えたほうがいいかもしれない。
――と思って悩み続けてもう、39分経ってしまった。
やはりかけよう。
それでもし、お父様やお母様が出たらすぐ切っちゃえばいいか。
イタ電になりかねない行為をしようとしていたが、考えが働かなかった。
「よし、かけるぞ――」
僕は数字を一つずつ正確に押していき、最後の数字も押し終えた。
長いため息を吐いたあと、通話ボタンを押そうとしたその時だった。
ピリリリリ!!
心臓が飛び出るほど驚いた。
こんな時間に一体誰が……。
「――巌くん?」
不死山での校外学習前に連絡先を交換していたことを忘れていた。
こんな夜遅くに非常識だなぁ。
でもよほどのことがあったんだろうか。
僕は恐る恐る電話に出てみた。
「はい、巌くん? どうしたのこんな夜遅く――」
こんな夜遅くに電話をしようとしていた僕はどの口でそんなことが言えるのか。
「押忍、皇。少し今から会えないか?」
「え、え⁉ あ、うん……。大丈夫だけど……」
突然のお誘いにちょっとびっくりした。
なにせ、今まで巌くんのような見た目の人たちにいじめられていたんだから。
もしかしたらこの世界でも、急にいじめられるかもしれない……と考えてしまう。
その後、場所を決めて30分後に近くの公園で会う約束をした。
約束の場所に行ったら大人数の不良が出てきてボコされたりしないかな……。
どこかへ連れて行かれるかもしれない……。
変な想像がどんどん膨らんでしまうが了承した手前、行かないわけにはいかなかった。
*
この辺りは、夜独特の温い風が吹いている。
公園のベンチに彼は座っていた。
「皇。悪いなこんな時間に」
「ううん、別に大丈夫だけど。どうしたの?」
――無言が続く。
言いにくいことなのだろうか。
察しはついてるんだけど……。
多分、魔法がいきなり使えなくなったことだと思うんだよね。
「皇。お前は魔力がないのに火の魔法を出せる。その理由はお前自身、わかるのか?」
「あー、そっちね。いやー、よくわからないんだ。前、爺ちゃんに調べてもらったんだけど、僕には魔法刻印やら魔術回路、魔力砲身が元から無い……とかなんとかで――」
「む、つまりそれは魔法じゃないということか?」
うーん、前世から火の能力を使えてた……って巌くんに言ってもなぁ。
転生者ってことはあまり言わないほうがいいと思うし……。
ごめん、巌くん。
「でも扱い的には«火属性魔法»となんら変わりないらしいよ。炎獣にも全く効果はなかったし」
「むう」
そう言って再び黙り込んでしまった。
巌くんの見た目はいかついし怖さも感じる時があるけど、なんか芯がしっかりしてるし悪い人には見えない。
いつか話せるときが来たら話そう。
そう思った。
聞くと巌くんは、自分の魔法が使えない状態と、僕の魔力がないことを関連付けて相談してきたらしい。
そのため解決には至らなかった。
巌くんは「呼び出して悪かった」と頭を下げて帰っていった。
だけどこのまま魔法使えない状態が続いたら――。
巌くんも如月さんも退学とか編入になっちゃうのだろうか。
それは嫌だけど……。
如月さんだって本当は僕のことを疎ましく思っているに違いない。
凍上さんともきっと片思いで終わる気がする……。
――という気持ちが足枷になっているのは自分でもわかっている。
前世の時のあの孤独感が、僕の一歩を踏み出せない体にしている。
誰よりも誠実で負けず嫌いな男であろうと頑張ってきた。
憧れだけで親父の背中を眺めていた。
だけど今やその気持ち自体、根本から折れかかっている。
不安な夜はいつだって同じ。
明けない夜はないように、訪れない夜はない。
一人の夜は常に孤独だ――。




