第37話 十年一日 (じゅうねんいちじつ)前編
ゲートをくぐるとすぐに色んな人と目が合った。
――そりゃそうか。
ゲートが急に出現したら何事かと思うよな。
「す、皇……!! な、まさか……⁉」
「え、うそ⁉ すご!」
「あの傷、一晩で治るもんなの……?」
クラスメイトからびっくりされるのも無理はないか……。
正直、固定してくれていたとはいえ違和感バリバリだよな……。
「皇くん、もう平気なの?」
凍上さんが駆け寄ってきてくれた。
それが何より嬉しく思う。
「――うん。えと……保健の先生が治してくれてさ……。まだ無理は出来ないと思うけど……」
教頭の言葉を思い出しながら、学長のことは言わず白柳先生が治療したとして話した。
「そうか。よかったな」
巌くん――なんか顔を顰めていた気がしたけど……気のせいかな。
「ホッくん! 元気そうでよかった」
……あだ名がまた変わってる。
「如月さん。そのあだ名は今までになかったよ」
「おっやりぃ! じゃあそう呼ぶことにするね!」
「――あー、ゴホン。1班集合しろ。いいか良く聞け。身の危険を感じたらすぐこれを使って戻ってくるんだ。これは逃げではない、究極の防御だ。いいか、逃げを恥じるな。生きていればまたやり直せる、また挑める。死んでしまっては情報を残すことも、状況を伝えることもできない。生き延びることこそ勝利なのだ。無駄死にだけはするな」
そう言うと教頭はビー玉のようなものを俺に渡してきた。
「転移水晶だ。1班全員に持たせておけということでお前にも渡しておく。他3名にはもう渡してある。――1班は少しトラブルが多いようだから特に注意しろ。別に贔屓しているわけではない。あくまでもクラスの公平性を保ってのことだ。わかったら返事を」
「「「はい」」」
「無理は――するなよ」
再度言われたその言葉は、僕に突き刺さるように放たれた。
「皇が戻ってきたことで、3人での陣形はしなくてよくなった。前回と一緒の方がいいよな」
巌くんの……さっきの顔は何だったんだろう。
怪訝そうな顔――。
今は普通だし、やっぱり勘違いか……。
*
昨日のこともあり、希少点穴の報告例が起きたことがない呪界入口付近での散策へ変更したとのことだ。
出現する敵の難易度は控えめだが、敵によっては特殊な行動をとるものもいるから手こずるらしい。
でも、ここならば僕も少しは役に立つだろうか。
「よーっし、やってやりますかー! 早速お出ましだよ!」
スタートからすぐ、フレイリーラット1体が現れた。
如月さんは耳のピアスを2回タップした。
だが――。
「……あ、あれ? ……武器が――」
なんか様子が変だ。
そうこうしてるうちに間合いを詰められている。
「如月!」
巌くんは如月さんのフォローに入り、手から魔法を打とうとしているが……。
「む、魔法が発動しない」
なんだって⁉
2人とも魔法が使えなくなってるって?
一体どういうことなんだ?
まさか凍上さんまで⁉
「――いや、私は普通に出るけど」
ビキビキッ……
そう言って瞬く間に敵を氷漬けにした。
――炎獣でも容赦なく凍るとか弱点無視してない……?
凍上さんが僕の奥さんになったら喧嘩しないようにしよ……。
「ちょ、ちょっと皇くん!? そういうのは口に出さないで!」
「え……凍上さん……何言って――」
「……え……?」
――前々から察しがいい子だとは思ってたけど今のは完全におかしかった。
僕の心の中と会話してたぞ……。
でも変だな……。
前に「好き好きハナちゃん!」って言ったけど全然聞こえてなかったはず――。
「そんなこと言ってたの……」
…………!!
疑惑は確信に変わる。
――ねえ、もしかして僕の心の声が聞こえてるの?
凍上さん、聞こえてたら返事をして!!
「…………」
凍上さんは黙って頷いた。
やっぱりそうだったの!
でも何で……前から聞こえてたの?
今日からなの?
「す、皇くん。後でちゃんと話すね――」
そう言って前を向き直った。
確かに今はそんな話をしている場合じゃない。
明らかに他の2人の様子がおかしい。
魔法が使えず困惑しているようだ。
魔法が急に使えなくなる……?
もしかして昨日のアカシックライブラリが原因……?
でもそれなら僕や凍上さんも何かしらの影響があるはずだ。
僕は人差し指を弾いて炎を出してみた。
ボッ……
普通に出る。
――って僕のは魔法じゃないから判別しづらいな。
「巌くん、如月さん。魔法自体が使えなくなってるの?」
「うーん……よくわからないけど«風魔法»だけかも。あたしのこの武器は玻璃棒って言うんだけど普段はピアスにしてて、攻撃魔法を活性化させるといつもの大きさになるの。それができない――けどMAは展開出来るから魔法が完全に使えないってわけじゃないみたい。だけど、あたしは«風魔法»しか覚えてないし――」
「俺は魔法全てが使えないみたいだ」
なんだって……⁉
――まあ僕らには凍上さんがついてる!
「……っ!」
いきなり凍上さんは頭を押さえ蹲った。
「凍上さん!! だ、大丈夫⁉」
「――ちょっと頭痛が……しただけ……」
な、なんだなんだ……情報量が多いな……。
一体どうなってるんだ。
――だけど明らかにおかしい。
みんなの様子を考えると、やっぱり昨日の〖禁呪書〗が原因としか思えない。
「こうなったら転移水晶で帰る? どうした方がいい?」
4人で話し合うが、今日も問題が起きたとなると気まずいため、ひとまず転移水晶は使わずに進むことにする。
行動不能になったわけではない。
一応、体も動くしどうにか対応できるかもしれない。
巌くんは魔法なしの体術だけで戦う。
――なくても大丈夫そうだ。
如月さんはナントカ棒なしで敵と戦うが、風を纏っていない体術は僕以上にぎこちない。
僕も火の能力で炎獣と戦ってみるが、火の敵相手に炎を使っても全く効果がない。
……当たり前か。
今まで特殊な戦いが多かったせいで、少しはやれるんじゃないかと思っていたけど――それは甘い考えだった。
唯一、僕だけが何も影響を受けていないというのに……。
炎獣相手に火の能力は全く意味がないという現実を、まざまざと見せつけられただけだったのだ。
苦手な短剣で応戦するが思うように倒せない。
やっぱりここは凍上さんだけが頼り……。
――だが頭痛がひどいのか、先程までのキレはなく、氷の精度も下がっているように見受けられる。
結局、他の班員がゴールをしてから2時間近くも遅れてしまったのだ。
*
「仕方ないよ、あたしらだってこれでも頑張ったんだ。魔法がなきゃこの程度ってこと――」
みな肩を落としていた。
「皇くん……。ちょっと頭痛が酷くて……校外学習はリタイアさせてもらうね。――これ。私の連絡先だからもし時間あったら連絡して」
凍上さんはこっそりと連絡先を渡してきた。
連絡先……。
好きな子の連絡先……。
――ある意味憧れだった。
こういう青春っぽいこと、誰しもが一度は考えるだろう。
そして僕には一生縁がないと思っていた、この「連絡先の書いてあるメモを貰う」ということが。
ドキドキが止まらないのと、ニヤニヤが止まらないのとが合わさって、鏡を見たら自分でも気持ち悪いと思う。
そのメモをこっそりポケットに忍ばせると何食わぬ顔で皆と合流した。
*
淡々と行われる教頭の閉会式の挨拶に、少しうんざりしながらも時々メモのことを考える。
「どきメモ……」
昔、アンジがやっていた〝ぎゃるげー〟ってやつのタイトルを思い出した。
なぜそれが今、頭に出てきて且つ、言葉に発したのか訳が分からない。
だけどこれだけは確信している。
完全に浮かれていると。
――いや、駄目だ駄目だ。
ここで気持ちが緩んでは手痛い目を見ることになる。
まず家に帰るまでが遠足。
気持ちを切り替えよう。
――しかしなんで2人とも急に魔法が使えなくなったんだろう。
先生に聞いてみるか……。
*
閉会式が終わって一旦バスで学校まで帰る。
行きのバスと違って、帰りのバスはみんな爆睡する。
これも前世で行った修学旅行と変わらない。
まぁそれだけ疲れる内容だったわけだ。
明らかに実戦だもんな……。
*
学校に着いて反省会が行われたあと、僕は楠先生を呼び止めて聞いてみた。
「――え、魔法が使えなくなる……? AMA内とかではなく? うーん……、魔力砲身に異常がない限りは不発でも発動自体はするはずよねぇ」
先生でもわからないのか。
「――あ、それならあなたが入ってる魔法研究同好会……じゃなかった。今はもう部として成り立ってるのよね。魔法研究部の逆井さんがそれに近い論文を出してたから見てみると良いわ」
「はい、ありがとうございます」
論文……!
やっぱり部長はスゴイ人だったのか……。
じゃあ明日聞いてみよう。
それにもうすぐ中間試験もある。
もちろん、勉学も同じくらい力を入れなくてはならない。
今までは色んなことがありながらも、勉強で遅れをとったことはなかった。
だから素行が悪い人と、なし崩し的に一緒にいた時も先生からは注意も何もされなかったんだろう。
勉強も出来なくて不良たちと絡んでたら絶対注意されるからな……。
――まあ、いじめの対象として不良たちの輪に入れられてただけなんだけど。
でもこれからも今まで通りに、勉強だけは絶対に怠らないぞ。
中間試験には入試試験のような体を使ったものもあるということだし、やることは今までとあまり変わらない。
日々トレーニングだ。




