第36話 九死一生(きゅうしいっしょう)
そんなやり取りの後、凍上さんは真面目な顔をしてこう切り出した。
「治療を受けたとは言え、すぐに復帰出来る状況じゃないかもしれない。でも同じ班の私達はやらなきゃいけない。――まだもう一日ある。私達も明日に備えて休まなきゃ……」
……さすが凍上さん。
怪我をしたからって評価が免除される訳じゃない。
アクシデントの後の対応でも評価がなされる。
――この切り替えは目を見張る。
ほんとよくできた子だよ。
「そうだな。――皇、無理はするな。しっかり休んで早く復帰してくれ」
「ホムホム、ファイト!」
「――え、ホム……」
如月さんのお約束である、突然のあだ名の呼称に僕はハッとした。
それがあまりにも懐かしく、嫌悪感の溢れる響きだったからだ。
「――あれ、どしたの?」
「あ……いや……。昔、友達にそう言われてた時期があってね――」
「えー、なーんだ。つまんない! あたしが最初に考えたと思ったのに……」
如月さんはあだ名の名付け親にならないと気が済まないようだ。
「ほら、もう戻るぞ。治ってからまた話せばいい」
「うん……。じゃあまたねっ!」
「――皇くん、お大事に」
「俺は楠教諭に欠員者が出た場合の対応をどうすればいいのか確認してから部屋に戻る。皆は先に帰っていてくれ」
3人はそれぞれ去っていった。
ガチャ……
そのタイミングを見計らっていたように教頭が顔を出す。
「ほう、松葉杖か。――凍上らしい。しかしながらその様子だと松葉杖の用を成してないな?」
教頭はそう言って笑っていた。
僕にはそれが凍上さんを馬鹿にした言い方に聞こえて少しムッとした。
「――皇。その足の状態で悪いんだが学長が呼んでいる。保健医から話がいったんだろう。学長なら比較的すぐに治せるかもしれないから行ってみると良い」
え……この怪我が……?
どうみても全治6ヶ月以上はかかるんじゃ……。
「いいか。あの学長がじきじきに、生徒個人を呼んだんだ。くれぐれも失礼のないようにな」
ブン……
そう言うと教頭は右手を挙げゲートを出現させた。
これは教頭の魔法だったのか。
この魔法、どこかで見た気がすると思ってたんだけど。
部長――逆井先輩のに似てる気がする。
転移魔法っていうのは全部そんな感じなんだろうか。
「さ、入るんだ」
ゲートに入るよう言われ、最後は後ろから押された。
ブン……
着いた先はあの若い校長の部屋だった。
「フム、待っておったよ皇焔。かなり大層な怪我だったみたいじゃな。どれ、みせてみい」
喋り方はお婆ちゃんみたいだな。
入学式の時は式典用の喋りだったのかな?
『女子高生』……いや、それ以上……?
ほんとロリっ子にしか見えない。
とりあえず足を診てもらおう……。
「右足が……ちょっと――」
「そんなん言わんでもわかる! しかもちょっとどころじゃないわい! ドエラい怪我しとる。もっとよく見せてみい」
さすがの校長もこの怪我に驚いたのか足をベタベタ触りだした。
「ホホウ、氷魔法でギプス代わりか。これは凍上華々の魔法じゃな。固定と冷罨法を兼ねておる。上出来じゃ。痛くなかったか? 大丈夫か? グミ食うか?」
――ちょっと照れる。
近くで見ると女子高生っていうよりも中学生?
そんな見た目子供から心配されているんだから。
実年齢はおばあちゃんなんだから緊張なんかしたら恥ずかしいぞ……。
「顔が赤くなっておる! こりゃ熱もあるの! 今日はこの部屋に泊まっていきなされ」
「え、ちょ……っとそれは……いけません――」
どうしよう。
いくら校外学習中とはいえ校長と2人きりなんて……。
「お主……何を言っておる? ある意味強制入院、それに拒否なんかできんぞ。じゃが……わちきなら一晩で、ある程度回復させてやるからのぉ」
え、この足を一晩で……?
そんなことが可能なんだろうか。
痛みすら感じないのに……。
「あ、あの……。2人きりなんて大丈夫なんですか?」
「お主……何を考えとるんじゃ? ずっと一緒のわけなかろう。『永続魔法』での治療じゃ。ホレ、早くこっちに来て横になるんじゃ」
その言葉に従うしかなかった。
「さて、さすがにちと痛いぞい。一度フリージングを完全に溶くからの。――【ナチュラルボン】」
足を覆っていた氷が完全に溶け、皮膚が露わになった。
「――あっ! ……う……く……」
急に激しい痛みが襲ってくる。
凍上さんのフリージングが感覚を麻痺させてくれていたんだろう。
「フーッ、いくぞ。【クイック・アクティベイト】」
校長もなにやら魔法を使い、痛みを緩和させてくれた。
「みたところ、治らないわけでもなさそうだし安心せい。応急処置にしては見事じゃったな。いやはや凍上華々。引く手数多とはこのことかの」
校長はなにやらブツブツと言っている。
「――しかしよかったのう。右脚、よく使っておるな? サッカーでもやっておったのかの?」
「あ、よくわかりましたね。一応小学校からやってました」
――あ、普通に答えちゃった。
前世でのことなんだけどね。
「フム。サッカーやっとる筋肉とすぐわかる。ホホ、股関節屈筋がたまらん。全体的にここの速筋もいい仕上がりじゃなぁ。これなら大分活躍したじゃろ」
「え……? いや、公式の大会には一度も出てません。ずっとベンチでした」
校長は驚いた顔をしているけど、それは買いかぶりすぎだ。
あの時、先生やらコーチが口を揃えていったんだ。
「お前はサッカーに向いてない」と。
元・地区代表の選手にも言われたんだから本当にセンスが無かったんだろう。
ただ、それしかなかったから……サッカーに縋っていただけだったのだ。
「――そうなのか。お主も色々あったんじゃな」
学長はなぜか深く頷き、僕の肩をポンポンと叩いた。
「さて、それじゃあ治療するでの。明日までぐっすり休むがよい。よいな?」
その言葉を聞いた瞬間、意識は一瞬で遠のいていった。
*
朝……。
いつも通りに目が開く。
欠伸をしながら伸びをすると、一瞬この場所がどこだかわからなくなって固まった。
――あそうだ、校長の部屋だった。
コンコン
ノックの音が響き渡る。
誰だろうか。
「皇。起きてるか? さすがにまだ寝てるか?」
――教頭だ。
どうしたんだろう。
「はい、今開けます」
扉越しに返事をし、鍵を外した。
「お、おお……さすが学長。噂には聞いていたがここまでとは――」
教頭は僕をみて目を丸くしている。
「学長の言っていた通り、今日の散策は出られそうだな。すぐ支度できるか?」
「あ、はい……行けると思いますけど……」
何も準備することはないが、逆に何もしていない。
歯磨きも風呂も……。
それでみんなと合流するのか……。
「――何か気になることでもあるのか?」
「いや、お風呂とか……歯磨きとかしてないなって――」
「ああ、そうだったな。それなら一度保健室に行くといい。白柳保健医は朝早いからな」
なんで保健医に頼むかはわからないが言われた通りにすることにした。
教頭が朝早く校長室に来るとも思わなかったけど。
*
コンコンコン
「失礼します」
「――あら……あなたは……」
私服だった白柳先生はイマドキの恰好をしている。
会うのはまだ3回目だが、実際にこんな若い女性が保健医ってあるんだな……。
都市伝説だと思ってた。
「うーん……、やっぱ学長には勝てないなぁ。それどころか私のは効いてるかも危うかったし。ね、皇くん」
――あ、そうか!
あまりにも普通過ぎて怪我をしていたことをすっかり忘れていた。
それほど校長の魔法は凄かったってことか……。
保健の先生が舌を巻いてるってことがその凄さを物語っている。
やはり、治療が効いてなくて我慢していたことに気づいているようだった。
「で、何の用かしら? ――あ、わかった。整容、でしょ。この時間に来るってことはそういうことよね」
とりあえず分かってもらえたっぽいがどうするんだろうか。
「じゃあじっとしててね。……【クリンネスライト】!」
キラキラキラ……
これは……。
体を包む温かな光……まるで心も体も浄化してくれる感じだ……。
「――はい、おしまい。私にあって学長にない唯一の魔法がコレ。どう? さっぱりした?」
「あ、はい。スッキリしました」
お風呂上りのような体になる魔法とは――驚いた。
「散策2日目、それなら十分やれそうね。教頭のところへ行きなさい。学長室の隣だから」
「わかりました! ありがとうございました!! 失礼します!!」
これならやれそうな気がしてきて勢いよく保健室を飛び出した。
*
「失礼します! 教頭先生いらっしゃいますか?」
部屋をノックして返事を待つ。
「皇。準備できたか」
「はい」
「よし、じゃあ2日目も頑張ってこい。いいか、無茶していいってことじゃないからな。学長は今回特別に治療したんだ。本来ならここまで手を出すことはしない」
――そうだったのか。
確かにあれだけの怪我を一日で治せるなら、全員が捨て身で戦っちゃうよな……。
「――あと言い忘れていたが今回、学長はお前の怪我の治療に一切関与していない」
「え……? それってどういうことですか……?」
「――言い方が悪かった。学長が治療したということを公言するなということだ」
「あ……はい……」
なるほど、校長が治したってことを言いふらすなってことか。
だけどみんながどう思うかだよな……。
「恐らく凍上華々のフリージングのお陰で、周りの者には脚の骨が粉砕していたことは気づかれてはいないだろう。班員にはお前からうまく誤魔化しておけ」
そ、そんな無茶苦茶な……。
まぁ治してもらった恩を考えるとやるしかないか。
「――わ、わかりました」
「それじゃあ時間10分前だ。1班メンバーはお前の復帰を知らないからな。所定の場所まで送るぞ」
ブン……
転移魔法を出しながらこう言った。
「成長を期待している」
ブン……
そう言われ、今度は肩を叩かれながらゲートをくぐった。




