第33話 暗深立命(あんしんりつめい)
その矢先――頭に直接声が聞こえる。
「だい……第……はん……、第1班諸君……無事かね。私は魔武イチ教頭、郡山という。君たちの正確な座標が分かり次第、ゲートのみ開く。それまでその場から動かず待機していたまえ」
はぁ……はぁ……助かった。
足の痛みは安堵と共にさらに増したが、とにかく無事に帰れると思って腰が抜けそうになる。
「あーっ、マジ助かったんだー! っく……」
「――ここまでの難度、さすがにダメかと思ったわ……」
ほら、凍上さんも足に力が入っていないみたいだし、如月さんなんか泣いている。
――巌くんだけ冷静に手招きを続けている。
あれ、MP切れはもう大丈夫なのかな……?
「これをみてみろ」
巌くんが指差すその先には、巨大な本棚がズラリと並んでいる。
「え……、なんで本棚がこんなところに……」
誰もわからないといった雰囲気だった。
その真ん中には石板と小さい石像がある。
石像の目はまるで本物の生き物のようなもので作られているようだ。
「こわっ……! ――これはさすがに襲ってきたりしないよね……?」
「ふむ、とにかく本を手に取ってみるか」
巌くんはそう言うと凍上さんが、
「〖アカシックライブラリ〗――」
「え、なになに凍上さん。何か知ってるの?」
「前に文献で読んだことがある。呪界の穴、希少点穴に落ちた人が辿り着く場所の一つに図書館みたいな洞窟があるって……」
恐らく、爺ちゃんすら到達できなかったあの話のことだろう。
それ以上は深く聞いてないけど……。
「それがここなの?」
「わからないけど――ちょっと待って」
凍上さんはそう言うと石板と石像に向かい合う。
「――ここにある〖書〗、自身の力、供物として……新たな……力、手に入らんとす……」
「え! ハナちゃん石板読めんの⁉ ……その何か何かってなに⁉ それに供物って――?」
「ハ、ハナちゃん?」
ここにきて凍上さんは、如月さんのいきなりつけたあだ名にたじろいでいるみたいだ。
「にしし、つけちゃった! ――で、どうゆーことなの?」
「い、いや……石板は読めてないんだけど、確か文献にそう書いてあったかなって」
「めっちゃ読めてる感じしたけど違うのか!w」
「…………」
「新たな力を得られるならそれもありだ。さぁ、手に取ってみよう」
さっきから巌くんは本を手に取ろうとしているけど、新しい力が欲しいのかな?
「――あのさぁ、そんな簡単に言うけど、結局は何かを犠牲にしなきゃいけないってことでしょ? その何かが〝命〟だったらどうするの? 死んじゃうかもしれないんだよ?」
「ふ……命か。その方がよかったかもしれんな」
「は……? ちょっと意味不……、何言ってんの――」
「あ、でも命の犠牲とかじゃないみたい。なんだろ……例えるなら上書き――更新? 必要だったものを捨てて新たに必要なものを得られる……って……」
「それってどうなの? 必要なものを捨てる? 不必要なものじゃなくて? それ意味なくない?」
「わからない。石板もちゃんと読めてるわけじゃないし……文献にもそこまで詳しくは書いてなかったから……。なにしろ、この〖アカシックライブラリ〗に来られた人って、数少ない人しかいない――」
「え、じゃあそれはうちら超すごいってことじゃん! もうこんなこと、二度とないかもしれないし!」
「確かに……。あんな強いガーディアンが守ってたってことは――やってみるべきなのかな?」
僕も話に割って入った。
この不要な火能力を消して、新しい能力が得られるかもしれない。
何を失っても痛くない状態なら、十分価値があると思ったからだ。
「それなら早くしたほうがいいぞ。ゲートが開いてしまったらすぐ戻らなければならない」
巌くんは覚悟を決めていたのか煽りをいれてくる。
「確かに強い敵からのドロップアイテムは激レアってことだからね、きっと! あたしはやる!」
如月さんは決心したようだ。
「僕もやろうと思うけど――凍上さんは……どうする……?」
「――うん……。……あの力が消えてくれるなら……」
最後は良く聞き取れなかったけど、凍上さんも覚悟を決めたみたいだ。
そうして僕らは、本棚の密郡へ入っていった。
無限に続くんじゃないかと思うほど広い図書館。
この本棚からから、自分の読みたい一冊の本を選ぶことはできないだろう。
そのため、手近な本棚から一冊本を手にした。
僕も導かれるようにしてとった一冊――。
コトッ……
表紙には――ってなんて読むんだコレ……?
〘燧喰〙と書かれている。
「……ひ……くう? くい? 読めないな……」
一体何が書かれてるんだろう。
過去、色んな本を読んできたわけだけれども、今までにない物なのでかなり興味深かった。
そう思ってページをめくったその瞬間――。
自身の力が吸い取られる感覚に襲われる。
一瞬のことか長時間だったのかわからない。
気を失っていたかもしれない。
――周りのみんなもそうだったのだろうか。
凍上さんは既に本を手にしていなかった。
如月さんは両手とも力なくダラリと下げ、膝をついて座り込んでいる。
巌くんだけが本を手にしたままこちらを見ていた。
「どうだ? 何か変化があるか?」
僕らがよほど気になったのか、自分の本も読まずに聞いてくる。
「え、いや――ちょっと変な感覚だったけど……よくわからない。タイトルもなんて読むんだかわからなかったし……」
「ね、ねぇ……なんか力が吸われた感覚で――」
如月さんは僕と同じような感覚に陥ったようだ。
凍上さんは俯いたまま黙っていた。
ゴォォ……
急に、紫と黒の小さいモヤが巌くんの近くに現れる。
「――第1班諸君……。お待たせした。これより【リモートゲート】を開放する。そちらの空間は質が違うため、長時間出しておくことができない。ゲートが消える前に速やかにに通過するように。繰り返す――」
テレパシーが終わると同時にモヤが大きくなって通れるほどのサイズになった。
「あ……や、やった……! 何にせよこれで帰れるのね!」
そう言って立ち上がった如月さんは走ってゲートを通っていった。
「ふう。――任務完了か」
巌くんもそう言ってゲートに入る。
僕は凍上さんと顔を見合わせた。
笑顔でこちらを見ている。
やっと安堵している凍上さんを見られた。
最近険しい顔しか見てなかったからな。
やっぱり凍上さんは笑顔が一番素敵だ。
「――皇くん、ありがとう。帰れてよかったね」
そう言うと素早くゲートに入ってしまった。
「さて、僕も……」
最後に後ろを振り返り見渡した瞬間――。
「あれ……今、何か……?」
黒い影が見えた。
フードを被った用に見えたモノはこちらをすごい形相で睨んでいるように見えた。
その瞬間、全身の鳥肌がブワッと逆立った。
――恐怖。
在るべきものではない何か……。
なんだろうか、悍ましい何かの怨念……そんな感じに捉えられた。
――いや……何も見ていない……気のせいだ!
僕は逃げるように、急いでゲートに入った。




