第29話 懊悩焦慮(おうのうしょうりょ)
――やっと解放された……。
あれからずっと部長の理想論と恨みつらみを聞かされ、気づけば昼休みに入っていた。
「おっ、ちょうどいい時間やな。ほならまた午後になー」
ズズズ……ブゥオン……
そう言って自分はそそくさと転移魔法で行ってしまった。
「毎回これで部員を減らしてるのになんで気づかないかな……はぁ」
「――大変ですね」
「まあね。拙者はもう慣れたけど、周りがついていけなくて離れてってるんだよ。変人扱いされてるから。色んなこともあったし。――だけどあの人、本当は物凄いんだ。多分、超が付くほどの天才――」
へ、そんなに凄い人なの……?
「あ、ちなみに君を誘おうとしてたのも部長の一存。無魔で力もない君が魔武学ここの入試に受かったからなんだ」
「うっ……」
「確認しておくけど、魔武イチの入試って相当難易度高いのはわかってるよね?」
「は、はい……」
「定員数が決まってるわけじゃないから合格水準を上回れば絶対入れるのが魔法科のいい所なんだけど」
藤堂さんは落ち着いててなんか――何とも言えない雰囲気がある。
やっぱり忍者だからだろうか。
いや、忍者だとしたら想像していたよりも全く忍んでない気もするけど……。
「受かりそうな人が受かる試験よりも、絶対受かりそうもない人が受かるっていう方が、魅力的じゃない? そう思わないかな?」
「あ、はい……」
「それに学長の土田清美さんいるじゃない? あの方、裏口とか絶対許さない人だからさ。つまり、君には隠された何かがあると踏んだんだ」
買い被りすぎなんだけどなぁ……。
「あ、皇くん。すまないね、拙者たちもご飯を食べてこよう。詳しくは午後から話すから。あと入部の件、嫌だったらハッキリ断ってもいいからね。その時は拙者から部長に説明するからさ」
「あ、はい」
そう言って藤堂さんも出て行った。
自分自身の存在意義――。
こんな僕でも必要としてくれている。
ココなのかもしれない、僕の居場所は。
研究を手伝えば炎天化のこと、いずれは転生のこと――真実に近づくかもしれない。
*
午後、再び魔法研究同好会の部室へ向かう。
今までの研究内容だったり炎天化を独自に調べたレポートなんかを拝見させてもらった。
これらを見て言えることは――。
物好きが同好会を始めてみたというレベルではない。
この二人のことだから根拠を持って取り組んでいたんだろうと思える。
それにこの膨大な量――。
二人しかいないのによくここまで……。
「あの、ちょっといいですか?」
「ん、なんや皇はん」
「なんか強引に入部させられそうになってたんですけど――」
「はぁ、やはり。今なら入部取り消しは出来るから――」
「なっ、皇はん! こんの――!」
「いえ! ちゃんと自分の意思で決めたんです。言わせてください」
「え?」
「魔法研究部に入部させてください」
そう言って頭を下げた。
「はーぁん! なんやあんた、漢やんー!」
そう言って頭をガシガシされた。
「いや、けじめですよ……。やるからにはちゃんと自分の意思で取り組みたいですし……」
「うん。これからよろしく頼むよ『皇殿』。部長と二人は正直キツかったんだ」
「なんか言うたか藤堂」
「ヒッ……いや、その……ドキドキしちゃって心臓がキツかったっていう意味で――」
「あら、照れるやないの。今度サービスしたるけーの♡」
――藤堂さんがビビってる。
やはり部長はタダ者じゃない……。
*
あっという間に体験入部の日は終わった。
長いようで短いような――そんな日だった。
あれだけボロクソ言ったんだけど、実はサッカー部も考えていないわけではなかった。
巌くんの空手みたいにずっとやってきた訳だから、ちょっと落ち着かない気もする。
まぁ所属部は掛け持ちしちゃいけないって決まりもないみたいだし、落ち着いたらそれもありかな。
――いや、やらないか。
*
来週は中間テスト、その週末に第2回の校外学習があるというプリントが配られた。
1回目は不死山3合目だったが、今回は呪界界隈を散策するとのことだ。
こうやって頻繁に危険区域への出入りができるのは魔武学ならではって感じだろうけど、ほんと前回みたいなことがなければ……ね。
ただ、担任の楠先生に呼び出しをされているから気が気ではないんだけども……。
*
コンコンコン
「失礼します」
僕は呼ばれていた生徒指導室に入った。
「はい、どうぞかけて」
椅子に座りながら先生の顔を見た。
――怒ってはいないようだけど、どちらかというと心配しているような?
「皇くん。今日はなんであなたをここに呼んだかわかる?」
「いえ……」
「あなた、今回の不死山散策で炎獣を何匹倒したのか覚えてる?」
「え、えと……0です……」
「そうよね、同じ1班の子らの取得経験は増加していたのにあなたは何の変化もなかったわ」
そうなのだ。
フレイルボアは倒したことになっていない。
ただ足を粉砕して落とし穴に落としただけなのだから。
基本的に敵を倒して得られる経験の値は、教師によるアナライズで評価が可能だった。
つまり、僕が何もしていなかったことが筒抜けなわけだ。
「――正直なところ、やっていく自信はある?」
「自信は……ないですけど……やらなきゃいけないとは思っています」
「それなら次は貢献してちょうだい。言いたくなかったけど――本来なら凍上さんの班の異動期間は村富さんが病欠の間だけだったのよ」
「――え?」
「ただでさえ、元々1班は四人のグループだった。差が開きすぎると1班の他のメンバーに負担がいくでしょ? だから村富さんが戻ってきても、凍上さんはそのまま1班残留でいいと判断されたの。――つまり、あなたは実質、一人としてカウントされていない――」
「…………」
「無魔ながら魔武イチに入学して努力してるのは知っている、わかってる。私は皇くんを応援してる。これからの成長を期待してる。――だから次の散策ではなるべく結果を出してほしいの」
「……はい」
そう答えるのが精いっぱいだった。
でも正直、「もっと頑張ります」って答えてどうにかなるとも思えなかった。
凍上さんと一緒の班になれたのは、自分が弱すぎるからという事実。
僕のせいで他の班員にまで迷惑をかけているんだと自覚をしてしまう。
せめて……次の散策では少しでも炎獣を倒して頑張らないと……。




