第21話 正面突破(しょうめんとっぱ)
「推進力……火の噴出エネルギーで加速……」
フレイルボアの炎獣図鑑に載っていた説明の一節である。
僕はふと、この現状の打開策を考え付いた。
「巌くん。土とか岩を纏って攻撃したりもしてるけど、それって他の人にもできたりする?」
「――やったことはないが多分できる」
それを聞いた僕は靴を脱いだ。
「じゃあ僕の右足に岩を付与させてくれる? あと、大きな穴とか掘ったりできる?」
「岩を出現させて周りの土を押しのけたあとに魔法を消せばその分、土が消えるから穴は出来ると思うが——。もしかして穴を掘って落とし穴にするのか? 余力で考えるとあのサイズのフレイルボアが入る分の穴で考えたら1回が限度かもしれん」
「はぁー? なに、その浅はかな考え。フレイルボアの突進スピードは初速で時速100kmよ? 着地時に合わせるにしたってまず穴を避けられる。激突時に穴を作ったとしても方向転換する要領で、あの強靭な足に登れない穴なんてな――」
「穴を作るまで何秒かかるかな?」
「ここはそんなに硬くないから1秒もあれば掘れる」
「ちょっと皇! 聞いてんの? 無視するんじゃないわよ!!」
僕のアイディアが繋がりつつある。
「村富さん、僕にバフをかけてもらっていい?」
「はあ……だからあんた、この状況で何冗談言ってん――」
「え、なになに? 皇くん、何か方法があるの?」
「うん、もしかしたらいけるかもって。巌くん、僕の合図でフレイルボアの真下に穴を作る準備をしておいて……」
「わかった」
「ちょっと! なに勝手に話、進めてるのよ!」
「来る! 早く!!」
「あー……もうどうにでもなれ! フルバフ!! 【ハイヤファスタストロン】!」
フレイルボアが突進してくる。
僕も巨大なボアに立ち向かう。
——何故だろう。
こんな状況なのにやけに落ち着いている自分がいる。
怖さは全く感じない。
感情が麻痺しているんだろうか。
あの時……BMWの咆哮で震えあがっていた時とは違う。
今は、自分がやらないで誰がやるのか。
ここを乗り切れずにこれから先やっていけるか!
ボアの突進に合わせる。
「こ! こ! だ!!」
体勢を低くし、下段蹴りを出す。
そして足底から思い切り火を出した。
ボッ――ごごキッ!
加速した下段蹴りはボアの両前脚を粉砕した。
「「えええッ⁉」」
巌くんの岩で足を覆い衝撃をカバーしダメージup、サッカーで鍛えた脚力で振り抜いた遠心力、火の爆発力で加速した下段蹴り、そして村富さんの+%バフ……。
相変わらずぶっつけ本番だったけど……。
ズシン
巨体は推進力を失って地面に伏した。
勢いがあったため、何mもその状態で滑っていった。
ズササーーーー……
「巌くん、今だよ!」
「応! 【バーミリオングレイブ】!」
ズドン……
フレイルボアは巌くんが作り出した穴に落ちた。
穴に落とした最大の理由は、〝落ち着かせること〟である。
フレイルボアは子を守る為なら前足を折られたとしても襲ってくる可能性がある。
穴に落として一旦動けなくして、暗くすることで少しは落ち着きを取り戻すだろう。
前足は粉砕したはずだからすぐに出てくるとは思えないけど――。
穴を覗いた僕は、蹲っているボアを見て胸をなでおろした。
「え、あたしたち——助かった……?」
「そのようだな」
「ふ、フン! 皇! こんなのまぐれなんだから調子に乗るんじゃ――」
「ありがとう! 村富さんのバフのお陰だよ」
僕は村富さんにお礼を言った。
「――で、でしょ? 私のバフは超強力なんだから!」
「ふむ、やはり爪を隠していたか。皇」
「だけどあのイノシシはどうなっちゃうのかな……」
「大丈夫だと思う。フレイルボアは治癒力も火の力で高められるし、安静にしてればかなり早く治るからすぐ出られるようになるはず」
「まさかそれも考えて……」
「ふん、大金星の炎獣を倒せたのに止めを刺さないなんて……。ドロップ品もないし骨折り損だわ!」
「あはは……足を折られたボアの方こそ――ってごめん」
こうしてどうにか難を逃れたのだが、安全マージンをはみ出していたことがバレたら叱られるどころじゃ済まされないので言わないことにした。
しかしながら、結局フレイルボアに時間をかけてしまったせいでビリとなり、野宿&自炊するハメになってしまった。
*
「えーん! お風呂入りたかったよー!」
「あたしも確かに汗かいたんだよなー」
「大丈夫だ、これで体を拭けばいい」
巌くんは濡れタオルを村富さんと如月さんに渡そうとする。
「こんなのやだよ! もう最悪……」
僕はというと、先ほどの戦いを思い返していた。
フレイルボアは火を爆発させて突進の推進力と破壊力を増していた。
これを参考にすれば炎獣相手でも、少しは戦えるかもしれない。
だけどそのためには体をもっと鍛えないとだよな……。
カチカチ……カチカチ……
「ねぇ! 火もつかないんだけど! なにこのライター、オイル入ってるのにつかないよ! どっかの男子みたいに使えない!!」
そう言って村富さんはライターを地面に投げつけた。
如月さんもそれを拾って試している。
もう自炊ってだけでもイライラしてるのに、これでご飯抜きになってしまったら女子たちはどうなってしまうのか。
でもここで僕の火を使ったら……。
「どれ、俺がやってみよう」
巌くんが先に名乗り出た。
どうするんだろう。
「吻ッ」
そう言って両手に岩を出現させた。
なるほど火打石!
それで火をつける感じかぁ。
みんな色々考えてるんだな。
魔法って言っても科学的な根拠が前提にある。
つまり、頭が良いのと魔法での応用力は比例すると言えるだろう。
ガチ……ガチ……
「――む、つかんな。火花はでるんだか……」
「ちょっと巌ー。ダメじゃーん」
さすがに焦っている巌くん。
しょうがない……。
あまり目立ちたくないんだけど、これ以上イライラさせるとどうなるかわからない。
「あ、ちょっと貸してもらえるかな」
ずっとカチカチやってた如月さんからライターを預かる。
「でもこれ、つかなかったよ?」
僕は石を擦ったフリをして、ガスを出した瞬間に着火させる。
ボッ……
「あ、ついた! なんで? さっきつかなかったのに!」
「まぁとりあえずよかったね。ご飯食べられるよ」
その後、湯を沸かし始めカレーの準備をする。
「すまん皇。実は俺は不器用でな……。火打石もそうだが、料理も全くできん」
不器用っていうのはなんとなく気づいてたよ……。
「え、アミも箱入りだから料理なんて作ったことないわよ」
「あ、あたしはできるよ!」
そう言って切り始めたジャガイモは形が不揃いで手元も危なっかしい。
――しょうがない。
だから目立ちたくないんだってば……。
僕はしぶしぶ腰を上げた。




