第20話 攻防一閃(こうぼういっせん)
必要以上に倒す必要はないのだが、ノッていた3人は少し遠回りをしてしまう。
「思ってたよりも全っ然余裕~!」
「そうね。荷物持ちもいるからドロップポイントも稼げるし。だけどー、いくら私のサポートが優秀でも、無魔にかけても無意味とか。私もまだまだって感じー」
バカにしかされないので黙って荷物持ちに徹することにする。
「皇。最近の若い娘ってのは皆、ああなのか?」
「知りません……」
だがこの時、安全マージンをかなりはみ出していたことに全く気付いていなかった。
するといきなり岩陰から小さなイノシシが出てきた。
ブルル……ブルル……ウリィー!
「いやーん! なにこれ、ちっちゃ! カワヨ!」
「――む? 変だな。3合目に出現する5種の炎獣でこんなのはいなかったぞ」
「敵じゃないんじゃない? こんなに可愛いんだもん。無害無害!」
すると村富さんが恐る恐る、
「あ、あれ……? これってさ……、『イビルウリボウ』じゃないよね……」
「なにそれ?」
「前に聞いたんだけど……。3合目の端って5合目の崖に近いから、時々炎獣が落ちてくるとか……。崖が急斜面だから帰れなくなって、5合目へ戻るために3合目のなだらかな山道を通ってくるとか……」
「ってことはこのカワイイのが5合目の強さってこと⁉」
「違うの。そのイノシシはまだ子供だから弱いんだけど、母親の――」
ズシン……バキバキバキ……
「そう、これ……」
「え、嘘……」
炎獣危険度C⁺ 『フレイルボア』
強力な火の推進力から得られる突進攻撃で獲物をプレスする――。
炎獣図鑑は一通り見たから、大半のことは覚えている。
『3合目で極稀に出くわす炎獣の中』で最も危険度が高い敵だ。
低確率だが、遭遇してもこちらが何もしなければ襲ってくることはない。
親だけが滑落したならば、すぐに子の元へ帰ろうとするからだ。
だが危険なのは〝子が先に滑落した場合〟である。
親は自ら崖を降りてきて子を必死で探し、近くにいた者に有無も言わさず襲い掛かってくる。
――今回は、最悪な〝子が先に滑落したパターン〟だろう。
気が立っていて、後ろ足を何度も蹴って突進の準備をしている。
どうやらフレイルボアは僕たちを敵と見做したようだ……。
「ま、待って……確実にエンカウントしてるよね⁉ ……あたしらだけで勝てるの?」
「無駄口叩くな、くるぞ!」
巌くんが言い終わった直後、瞬間的に加速・突進してくる。
恐怖に足を震わせていた如月さんはいきなり飛び出した。
「あたしがやってみる……! 【シェザースピア・槍】!」
魔法名を叫びながら、投げつけた棒に風魔法を乗せて加速させている。
ビュウウ……ゴンッ
フレイルボアの鼻を捉えたが勢いは衰えない。
「いかん……! 《頑血昇》!」
ガゴガゴガゴ……ドガン!!
巌くんが真っ黒なトゲトゲの岩を瞬時に突出させてボアの向きをズラしてくれた。
岩は簡単に破壊されたが、その後ボアは大木に激突した。
確か鼻全体を強打すれば数秒動きが止まる……はずだったよな。
「こ、この……バケモノ! 【ストロンスプラッシュ】!」
ブッシャア……
「あ、だめだ! 背中に水をかけたら――!!」
村富さんは自バフ付きの水魔法を放ってしまった。
僕は必死で止めたがもう間に合わない。
ジュウウウウウ……
背中にかかった水は勢いよく高温の蒸気を噴出した。
「あぶないっ!!」
ドンッ!
僕は咄嗟に高温の蒸気から村富さんを庇った。
「い、痛い!」
形的に村富さんを突き飛ばしてしまったが、この蒸気がかかったら大やけどじゃ済まなかっただろう。
それに女の子だから跡が残ってもまずい。
「痛ぁ……もう、皇! なにすんのよ!」
「ご、ごめんなさい……! だけどフレイルボアの背中に噴出孔があって、そこの温度が一番高いんだ。その部分に水をかけちゃうと高温の蒸気を吹き出す。«水魔法»を当てるなら目か鼻なんだ」
僕は図鑑にあった説明をした。
「――アンタ、口だけなんだから黙っててよ!」
う……、確かに……。
僕には«水魔法»もバフもない……。
だけど体力が高くて回復力が高いフレイルボアを倒すには強力な一撃がないとダメだ。
その間にフレイルボアはゆっくりとこちらを向きなおしている。
「す、皇……お前、大丈夫なの……か……?」
「うん、大丈夫。ありがと」
なによりも突進時のモーションが速すぎて距離を取らないと避けられない。
炎獣ながら0-100理論を見事に体現している。
普通のイノシシだったら急速転回はできないはずだが、火を背面から噴射することで加速と方向転換を成している。
こちらを向きなおしたフレイルボアは再び猛スピードで突進してきた。
突進をサイドステップで躱した巌くんだが、背面から噴出した火で急速転回したボアに直撃した。
ドゴッ……!!
「巌くん!!」
「ぐ……これくらい……」
見ると体の片側で突進を受けたらしく、半身から激しく蒸気があがっている。
岩を体に纏って被ダメージを軽減したのだろう。
それがなかったら火傷どころじゃ済まなかったはずだ。
……いや、あの威力を防いだのだからやっぱり巌くんは凄い。
「聞いて! 2人にバフをかけるから、もう一度突進に合わせて攻撃して。行くわよ【ストロン・ダブル】!」
村富さんが指示を出す。
そう言うと両手で2人同時にバフをかけだした。
自称、支援系魔法学年1位は伊達じゃない。
激突を避けたフレイルボアはすぐさま転回をしている。
突進してくるであろう動線を予測して、巌くんは再び地面から岩の壁を出す。
が、その位置に向かって如月さんも風を纏った棒を出していた。
そのため風を遮ってしまう。
ビュウウ――……
「ちょっと巌くん! それじゃあたしの風が通らなくなるじゃん!」
「すまん……だが、俺の魔法はモーションに溜めがあるし、あの威力の突進は近づかれる前の中距離で防ぐ必要があったからだ」
「ちょっと何やってんのよ2人して!!」
2人はこのタイミングで口論している。
しかし魔法同士が拮抗してしまうなら連携することは難しいのだろうか。
運良く、フレイルボアは転回直後にいきなり出現してきた岩の壁に困惑して僕らを見失っているようだ。
けどあの推進力をどうにかしないと急加速に対応できないよな……。
ん……推進力……?
火の勢いをエネルギーに……。
加速と方向転換……。
悩んだ挙句、意外な案を考え出した。
「もしかしたらこれならいけるかも……」




