第101話 一路平安(いちろへいあん)5
♥凍上華々side♥
こうして私の周りから人が離れていく。
心を読めること以上に、心が次第に冷たくなっていく感覚。
人の心……感情も何もかも、凍ってしまえばいいのに――。
それでも。私にはまだ文華も皇くんもいる。
唯一、気が許せる人。
この2人だけは初めから偽りなく私に接してくれている。
それでもいつかは離れていってしまうかもしれない。
その時までは……仲良くしていたい。
初めての……本当の友達として……。
ボンッ……
「(うーん、悲しい運命だねマスター。スメラギホムラによって一度は溶けかけた氷がまた凍っていってる)」
「代償のせいじゃない。でも別に恨んでないわ。自分で選んだ運命だもの」
「(出来ることなら、マスターには幸せに生きてもらいたかったよ)」
「どんなことが起きようとも覚悟はできてる。それまで、私なりにやれることをやるだけ」
「(うん、そう言うと思ってた。だからマスターの最期の時までボクは見届けるからね)」
「――どうもありがとう」
「(でももし気が変わったりしたら教えてほしい。探せばまだ、他に方法はあるかもしれないから)」
「その時は、ね。――もう皇くんが来るから」
「(……ふーん。それは心を読んだから来るってわかってたのかい? それとも来るって信じてたからなのかい? 心は凍っていてもまだ、うら若き乙女なんだからその気持ちは大事にすべ――)」
ムギュッッ
「(ンキュ……。だ、だからボク……一応、神枠なんだけど……?)」
「その神ですら凍るのか試してみたいわ」
ボンッ……
蛟は逃げるように消えた。
♠皇焔side♠
村富さん家から走って数分で凍上さんの背中が見えた。
合流してからも数分はお互い喋らず、俺は黙って凍上さんの後ろを歩いていた。
久しぶりに2人きりになれたのに俺は何をやってるんだ……。
話しかけにいかないと……。
「皇くん」
沈黙を破ったのは凍上さんだった。
「あなたには話しておく必要があるから伝えておくわ」
「え、何……?」
「前にもあったわね、こういうこと」
「う、うん……」
そう言う時は結構、シリアスな内容が多い。
でも凍上さんはなんでも話してくれる。
少しは信用してもらえてるのかな……。
「前回の魔力テスト、魔法実技試験、適性検査、全国模試、全てパーフェクトだった。そのせいで魔武学歴代トップだと門音さんに言われたわ」
凍上さんはこちらを向かず、歩きながら話した。
「そ、そうなんだ。やっぱり凄いね……」
――でも急になんでそのことを……?
門音さんとの話に聞き耳を立ててたってバレてたのかな。
「(そうね。それもあるけど今も全部聞こえてるから)」
……え……?
歩みを止めた俺に歩きながらそう答えた凍上さん。
距離は離れたはずだが声だけははっきり聞こえている。
まるで耳元――頭に直接話しかけられているみたいに……。
「え、どういうこと……?」
MAは展開してない。
目も見てないのにどうして……。
度胸だめしの時もそうだったけど、こちらの動きを全部読んでなきゃできない反応……。
凍上さんは歩みを止め、こちらを振り向く。
「(MAを展開しなくても目を見なくても、今の私には近くの有機物の思考が流れ込んでくる。しかも過去の記憶の残留思念までも……。そして今なら、意識を向ければ私の思考も相手に伝えることが出来るの)」
え、え……ええええ!!!
「(だから度胸だめしの時のあなたたちの行動全て、私にはわかっていた。《ファイヤーボール》も《バーニング・オーバーリミッツ》のタイミングも)」
「そ、そうなん……だ……。技名まで完璧に……。……だ、だけどあの高純度の炎まで凍らせるってのは凄すぎだったけどね……」
俺はどうにか笑って答えた。
「これも全て〖禁呪書〗の力。魔武本の時に〘蛟乞〙の力を使ったの。その時の代償が、力のインフレーション――オーバーヒートよ。簡単に言うと力の前借り。魔法力も読心の力も爆発的に性能が上がった」
凍上さんは左手中指のリングを見せてきた。
「え……代償なのに魔力が強くなったってこと? そんなことあるんだ……」
「――本当の代償は他にあるんだけど……。前に言ったけど、代償とは人それぞれに異なったもの。読心もテレパスも私にとっては不要だし、それ以上に聞きたくもないこと、過去の記憶、感覚の共感性が強制的にシンクロする――ってどういうことか想像できる?」
……人の考えを読めること自体凄いことだけど、聞きたくもないことがダーッと頭に入ってくるのはヤバイ……。
しかも過去の記憶、感覚の共感……。
「テストの出題範囲、全生徒の解、テスト作成者の記憶。実技だって出現のタイミングさえわかれば最速で潰しにいける。これで反応速度もカンスト評価。ズルしているとは思ってるけどこれはある意味、私の能力としてあるものだから躊躇なく使うわ。でもそれ以上に人間の秘密、欲望、醜態が私に流れ込んでくる。MAを展開してないのにも拘らずその範囲内の人間全ての。……とても正気じゃいられない」
強制読心……。
それがどれほどのものかは俺には想像もできないけど、恐らくは地獄。
昔から読心できてたことが緩衝材になっているんだろう。
なんの前触れもなく、人の心が読めてしまったら……人としての自我は崩壊する。
他人の秘密を覗いているようなもの。
日記を勝手に見るどころではない、プライバシーのバリアフリー。
それくらい、他人の考えっていうのは勝手に触れちゃいけないものなのだ。
この子は一体どれくらいの傷を負っているのだろう。
しかもその傷は、目に見えない心の傷……。
俺以上にきっと苦しんできたに違いない。
俺は無意識に凍上さんの元へ歩みを進める。
「そんなことはないわ! 前の世界での皇くんは悪くない。あの時、黒神さんを助けていなければこんなことにはならなかった。あんな人、助ける必要なんてなかった!」
唐突に前世のことを話されて、今はその名前を聞くこともないと思っていたものだから心臓が爆発した。
もう聞くことはないと思っていた名前――。
「どれだけあなたが我慢してきたのか私にはわかる! 痛みも苦しみも伝わった……。耐えて耐えて、それでも前を向いて皇くんは自分自身を生きようと、やりきろうとしてた! ご両親のこともお金のことも家のことだってまだ子供には重すぎる内容――境遇じゃなかった……!」
閉じた瞳から涙が零れ、溢れ出るのが見えた。
息が……出来ない……心臓が……跳ねる……。
「――ごめんなさい、勝手に覗いてしまって……。でも『私が』、『俺が』って比べられないのも事実。心の傷は比較なんかできない。傷が傷であることに優劣なんてないんだから――!」
ガバッ……
「……ぁ……」
♥凍上華々side♥
気がつくと。
皇くんに抱きしめられていた。
真夜中、暗がりの帰り道。
誰も通らないような歩道で。
力いっぱい――それでいて包み込むように優しく……。
私は彼の行動を読むことができず。
今も尚、心を読むことができず。
避けることも、拒否することもせず。
ただ、抱きしめられていた。
堅く閉じ込めた私の奥底にある、氷のように凍った心。
一気に溶けることは無いにしても、これ以上の氷結を抑えられた気がした。
それでも私はもう幸せになることはない。
せめて今だけ、皇くんの体温に身を任せていたい――。
♠皇焔side♠
「――――! わわ……ご、ごめん! なんか……無意識に抱きついちゃった!! ……前世のこと、わかってくれる人が――爺ちゃんにも話せなかったことをわかってくれる人がいて……。でもそれ以上に凍上さんの心の傷が気になって……。でも、この行為に下心とかなくて……! ……いやでも少しはあるかもしれないけど……ほんとごめん! 無意識に抱きつくとか相当ヤバイやつだよね……! 心を読んでたんだったら逃げてもよかったんだよ!」
我に返ってすぐに離れたけど、めちゃくちゃ動揺して早口で説明した。
――勝手に溢れる涙を拭うこともせずに。
「謝らないで! あと……泣かないで……! ……わかってるから。だけど今は皇くんの心が読めなかった……。でも……心が読めてても……避けなかった……かも……」
「え……」
「皇くんに……抱きしめられたかった……かも……」
生温い風がやんだ。
無限に近いこの数秒を。
その一言をいつまでも味わっていたかった――。




