第99話 一路平安(いちろへいあん)3
――いや……待て待て待て!!
凍上さんには全部筒抜けじゃん!
さっきのイカサマだってバレてたし、俺がお化け役になるのとかもきっと!
それにMA展開されたら『どのタイミングで脅かしに来る――』とかモロバレなのでは?
「ホッくん、どしたの? 通り過ぎちゃうよ?」
ぐ……とにかくやるしか……!
――あれ、凍上さんの周辺の土に霜柱ができてない。
もしかしてまだMA展開はしてない……?
この墓場がPAだから炎獣は出現しないと思って警戒してない……?
これならいける!
「《ファイヤーボール》!」
ボッ……ボッボッ
さあ、俺の話した予定と違うから鮫島くんも意表を突かれて驚くはず!
2人とも腰を抜かしてもらおうか!
ビュウ……ピキ……ボトッ
な……! 俺の《ファイヤーボール》を纏ったハンカチがが凍って霧散した……?
――いや、そもそも火の玉が飛んでくるタイミングがわかるはずないのに、どうやって《ファイヤーボール》だけを狙って……!?
「ちょ、ちょっと……! 火の玉消えちゃったじゃん! 失敗したの?」
「いや、まだ手はある……!」
……こうなったら奥の手しかない。
「《バーニングリミッツ》を使ってオーブを作り出す――」
「あれ、でもオーブってあれでしょ? 白くて丸いやつでしょ? あれを火で再現できるの?」
シュボボ……
「色温度。火を重ねがけして温度をどんどん上げていけば白くなるんだ。それを辺りに飛散させる。オーブ自体がかなり高温になるからあまり使いたくなかったんだけどもうこれしか方法はない」
「いろおんど? ――ほへ!! ホッくん、相変わらず凄いね!」
これも前世の記憶と知識の賜物。
婆ちゃんの家には山ほど本があったからな。
暇つぶしに見ていた甲斐があったというわけだ。
なんせ実力がないんだからそれに変わるもので勝負するしかない。
「じゃあ頑張って!」
「よし、やるよ! ……《バーニング・オーバーリミッツ》」
シュボボボボボ……
火の塊は幾重にも重なりやがて白い炎と化す。
これならさすがに驚くは――……。
パキパキパキパキ……パキ……
「「…………!!」」
俺の出したオーブは全て、出現と同時に凍らされ無効化した。
「あ、あのさ如月さん……。凍上さんって今、MAを展開した?」
「ん、はっきりとわかんないけど一瞬だけしたかも?」
「――それ、来た時はしてなかったよね?」
「え、うん。見た限りでは……」
俺はガックリと膝をついた。
「え、ちょっと! 何が起きたの?」
「もうよそう。俺の負け……」
一瞬でオーブを凍らせられ、万策が尽きてしまった。
勝負していたつもりはないけど、今の凍上さんには全く歯が立たない。
「炎の方が氷よりも強い」という常識は覆されてしまった。
――だけど前からこんなに強かったっけ……?
確かに変異属性持ちで、気丈なところもあったけど。
ここ最近……魔武本の時にはもう普通じゃなかった。
一体いつから……?
でもタイミングまで全部バレてたのはなぜ?
どう考えてもそこだけは謎であった。
「そか……ホッくんがそういうなら……」
と言うと如月さんは展開していたMAを格納する。
本音を言うと、あの落ち着いてる凍上さんをビックリさせたり声を出させたりしたかったというのは少なからずある。
それは意地悪ではなく、ただのちょっかいだ。
好きな子をいじめる――みたいな些細なもの。
でも相手は素直にいじめられるタマじゃなかった。
炎を凍らせるという常識外れの認識の持ち主。
普通は炎を凍らそうとはしないし、凍るとは思わない。
彼女はそれができるという確信があったからこその発動……。
……ここは観念して見逃そう。
「気を取り直して……あと誰だっけ。田中・村富ペア?」
「だねー」
*
しかしいくら待っても来ないのである。
かれこれ20分は待ったのではないだろうか。
「ねえ、もしかしてその2人……二番手だったんじゃん…?」
「今、俺もそれ考えてた。早く行きたそうだったから俺らが出たあと5分と待たずに出発しちゃったのかな……。俺らが準備してる間に追い越してっちゃったとか……」
「…………」
「戻ろうか」
どちらにしろこれだけ待ったんだ。
戻っても変に思われないだろう。
「――あっ!」
「ビクッン……! き、急に大声出してどうしたの!」
「お化け変装セットの中に、井戸の砂を用意してたのになくなっちゃったから……」
「それはつまり……今から井戸に行かなきゃダメってこと?」
「あはは……そういうことになる……」
「…………」
「…………」
「ニコッ。いいよ、いこ!」
この笑顔はやっぱ怒ってる……!?
そりゃ奥まで行かなくてもよかったっていう利点がなくなっちゃったんだもんな。
怒って当然……、俺は必死に謝る。
「え、何で? ある意味こっからが本番の肝試しじゃん! 楽しも!」
疑いようのない、恐らく本気笑顔な如月さんは俺を引っ張ってズンズン進んでいく。
俺は怖くないのか聞いてみた。
「え、怖いよ? 平気な人の方が少ないんじゃん? 仮にも女の子だよ? あたし」
そうだよね、うん。
この暗さ、棘々《おどろおどろ》しい墓場ならではの不気味さの中、楽しく散策できる人は少し……普通ではないかもしれない。
「でもキモ試しってさ。怖くてキモくて逃げたくなるのを抑えてさ、その極限状態に身を置いて心臓爆裂させる行為じゃん? スリルを求めるのって最高じゃん? これってジェットコースターとおんなじでしょ!」
……なるほどね。
確かに需要があるからそういったものが流行ってるわけだし。
嫌いだったらわざわざこんなところに来てまで怖い思いしないか。
パキ……ビクッ!!
「ヒッィ……!!」
如月さんは俺にしがみついている。
俺はしがみつくところがなくて手を宙に漂わせている。
お化けや心霊現象の類は全く信じてはいないが、驚くものは驚く。
「信じていない」のと「怖くない」は別問題だ。
事実、田中くんから帳尻合わせに井戸の砂を渡された時、奥まで行かなくて済むとホッとしたのが本音。
怖がらせる役となれば、相手は人間――闇に巣食う魑魅魍魎ではないからだ。
故に、肝試しではなく度胸試しとなる。
人が作り出した想像の産物。
きっとそんなものはいない。
いないが怖い。
だから早く終わらしたい。
*
お堂までの距離、100mが長く感じる。
かなり歩いたはずなのに辿りつかない。
ギュッ……
「痛っ!?」
突然如月さんに握られていた上腕に痛みを感じた。
急につねられたのだ。
「いたた……。あ、あの……如月さん? ど、どうしたの……」
てっきり怖いものでも見て力が入ってしまったのだと思ったが――。
つねられるなんてものじゃない。
爪が皮膚に食い込んでいる。
「ちょっと……? ……え……」
「キキキキ……」
月明かりに照らされた如月さんはまるで、なにかに取り憑かれたような顔をしていた。
「う、うそ……如月さん……!?」
「ガァァァ!」
「皇!」
突然誰かに名前を呼ばれ、反対側の腕を引っ張られて草むらに引き込まれた。
ザザッ……
「ぐ……痛ぁ――って、鮫島くん!? え、なに? どゆこと!?」
「落ち着いて……聞けよ……くっ……」
鮫島くんは左腕を押さえて続けた。
「皆……やられちまった。残ってるのはもう俺とお前だけだ――」
「え、え!? ちょっとどういうこと!? 凍上さんはどうしたの!!」
「……あ? ああ……。これは……『アンぶるぁ社』の……に……よっ――粥……美味……」
そう言うと鮫島くんも身体を震わせながら顔が醜く変化していく。
「う……わああああ!!」
そんな、みんな……みんな化け物みたいになっちゃったってのか!!
走って逃げてるうちにようやく最奥部の井戸までたどり着いた。
「はぁ……はぁ……。――あ……」
井戸の近くには村富さんと田中君が横たわっていた。
「え……そ、そんな……嘘だ……」
何でこんなことに……。
この世界で何が起こってるんだ……!!
なにが転生だ、なにが〘燧喰〙だ!
こんな狂った世界、死んだほうがマシだ!
「うわぁぁぁぁぁ!!!」




