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第89話 無情迅速(むじょうじんそく)3



 放課後になった。

 先程の業務連絡を……土山くんと鮫島くんに今、伝えたところだ。


「あー、ごめん。今日はちょっと教材やら何やらを研究室まで運ばなきゃいけなくて出られそうもないんだ。また今度集まる日に教えてくれる?」


「あー……。魔研ね……。こっちもさ、もうすぐ大会があってさ、練習ハードでそっちには出られんのよ。そ、それよりも皇! 12月に肝試しやらね? 詳細わかったら連絡するからさ! それについてはまた今度。……部活の件は中々出られないって、サカミッチ先輩にやんわりと言っといてくれない? それについて怒ってるかどうかだけは逐一教えてくれ!! 頼んだ!!」


 …………。

 12月の肝試しには誘われたけども……。


 2人は完全に幽霊部員と化した。



 それを部長にやんわりと伝える。


「へ? エエよ別に。期待はしとらん。掛け持ちでもなんでも数が必要やっただけ。部として存続出来てんなら願ったり叶ったりやわ。ま、それならそれでこっちも都合ピッタリやからの」


「は、はぁ……」


 あぁ、怒ってはなさそうかな。





 第5会議室にて。


「ほな始めるわ。()()()()()での任務を大まかに伝えるなー。今回はちょいと運動した後に……図書館で調べものし、昼飯食べ、休憩した後、また体動かす!」


 え……思ったより普通……。


「皇殿。この図書館と言うのは――」


「ええい藤堂! そこは行ってからのお楽しみやろ! 何でもかんでも伝えればええんとちゃう。その時になって初めて肌で感じるんもまたオツというもんやろ?」


「は、はあ……そういうもんですかね」


「せやろが! 『あはぁ、あの時サカミッチ姉さんが言うとったんはこのことやったんかー!』……ってなるやろ? ならんのかいな⁉」


「なります!!」


 相変わらず尻に敷かれる藤堂さん。


「……てなわけで次の土曜、8時に学校前な。名目は『部活の遠征』で、持ってくるものは()()と弁当。宿題は……せやな、自己鍛錬やな。ちょっとした模擬訓練も行う予定やから各自怠らんように! 以上、解散!」


「……え、それだけですか? なんでわざわざ第5会議室を借りてまで……」


「それはやな。ここが一番安全やから」


「???」


「会議室は教師も使う(ハイ)(アンチ)(マジック)(エリア)なんよ。ここならウチらの動向を誰にも知られる心配はあらへん」


「それ、どういうことですか?」


「今回の遠征、本当の目的は他にあんねん。ま、それも落ち着いたら詳しく説明するわー。とにかく、どこに遠征するかどうかは企業秘密で進めるで」


「は、はぁ」


 この人たちはどこへいくつもりなんだ?

 今から不安だ……。


コンコンガラッ……


「ハァ……ハァ……あれ! もう話し合いは終わっちゃった? 折角職員会議を抜け出してきたのに……」


 楠先生……!!


「いやぁ楠センセ! 顧問になって頂いただけでもウチらとしてはもう万々歳ですわ! こないな得体の知れへん部活の顧問なんて誰が好き好んでなりたい思うか……。せやからセンセはゆっくりしとってください!」


 そう言うと楠先生を椅子に座らせ肩を揉みだし、藤堂さんに顎で合図するとお茶を持ってこさせた。


 そういえば顧問の話を俺が忘れたから2人がどうにかしてくれたのか……。


「あら……VIP待遇ね。イイのかしら?」


 満更でもない様子でくつろいでいる。


「職員室は堅苦しくて疲れちゃうわぁ。――あ、皇くん。ちゃんと居場所が出来て私はホッとしていますよ」


「先生……」


「ま、魔武学うちは完全実力主義。無魔で無力なら皆、異物を排除しとうてたまらんくなる。自分よりも格下を見つけ、安心を得たい……優位に立ちたい思うヤツらが多い。実力主義やからこその顛末やな。そして学校側はその疎外……いじめの事実をスルーする。来えへんなら来えへんでも構いやしません……ていうスタンスやもんな」


「……そんな感じよ。否定はしないわ。でも全く気に掛けないということでもない。ただ、魔武学に入った以上、周りが認める〝水準〟をキープする必要がある。……逆井さんには見透かされてるから白状するけど」


 見透かされてるというより……実際、覗いているんじゃないだろうか。


「はい。それも身を持って理解してますので、もう弱音は吐かないです」


「……そう。それを聞いて安心したわ。それに力もついてきてるみたいだし。入学した頃とは見違えたもんね」


「へっへっへー……ウチは体験入部前には見抜いてはったんよ! すごないですかー?」


「あらそうなの! 私の【アナライズ】も見せかけだけの魔法だわ。今の()()でしか生徒の力量を推し量れないんですもの。そういった才能を見抜く力っていうのは魔法よりも凄い〝感性〟なんじゃないかしら」


 凄い魔法を使う部長に、更に凄い感性が備わってるとか。

 相変わらずぶっ飛んでる。



 それから少しして満足げに楠先生は会議に戻っていった。

 会議大丈夫なのかな……。


「皇はん。わかてる思うけど念押すで。ウチらの活動内容一切! 特に顧問には……ナイショや」


「……え! そうなんですか!」


「当たり前や! 秘密裏に活動せえへんと色々問題が出てくるんや。かなりアブナイことしとるでな……。ちょっと心痛むが楠センセには形だけの顧問になってもらうんや」


「く……。拙者の未熟が故の所為で……楠教諭に……」


 やっと口を開いたと思った藤堂さんは、何故か頭を抱えている。


「……放っとき。性分やから」


「は、はぁ……」




***




「994、995、996、997……998……999……4000ー!! ハァハァ……」



 ()()()()メニューをこなしていく。


 最初の頃はフルセットを200回やるのですら何時間もかかっていた。

 今では2000回を1時間弱で終わらすことが出来るようになった。

 これも進歩というのだろうか。


 火の能力を使って効率よくトレーニングを行う。

 素振りの速度を上げたり、代謝を促進して治癒力を向上させたりする。


 ――体が熱い。


 爺ちゃん曰く、俺の体温が常に高いのは身体のセットポイントが火の能力により高めに設定されているからではないかという説を聞かされた。


 本来、熱が高いと免疫力や基礎代謝なんかが上がるけど、逆に疲れやすくなったりダルくなったりする。

 でも俺の場合、火の抵抗があるからかそこまで影響はない。


 つまり……風邪になりにくく太りにくい能力?

 凄いような凄くないような……。

 まあ無いよりはマシか。


 それにしても開発中だった技……《苛月叢雲》も完成する気配が全くない。

 かなり特訓しててもこれだ。


 そして爺ちゃんは最終奥義である《無魔魂葬》を伝授したいみたいだけど……そんな大層な技、俺が覚えられるわけがない。


 《火走》も《霞火》もどちらかと言ったら火の要素が強いからどうにか形になっているだけであって、完全にマスターしたとは言えない。

 今はもっと地盤を固める為に筋トレと基礎トレに励まなくては……。


 こんなんじゃ本気のアッシュには到底届かない……!


「1……2……3……」


「喝!」


 突然、静寂を切り裂いて怒号が響き渡る。

 俺は素振りの動きを止めず、声のする方を向いた。


「何やっとるか焔! 明らかなオーバーワークじゃ! 一体いつからそんなハードトレーニングをしとったんじゃ!!」


「え、不死山散策行った後くらいからだけど」


「ま、まさか……そんな前から⁉ 全く気づかんかった……不覚じゃ。いたずらに身体を痛めつけてどうするか!! プロレスラーにでもなるつもりか⁉ 10種各200回、2時間までと最初に決めたじゃろうが」


「爺ちゃんさあ。オーバーワークって誰が決めるの? 爺ちゃんの限界と俺の限界違うでしょ。そこで勝負しないで俺の価値ってなんなのさ」


「ぐ……っ……焔……お主……」


「爺ちゃんが言ったんじゃん。『俺には才能がない』って。だからここからはもう俺自身の問題。キレイに修めるつもりもないし並で終わるつもりもない。だったらやることは一つだよ。……99……100……1……」


「焔よ……そこまでの決意か……。わかった、終わったら居間まで来るがいい……」


 そう言うと爺ちゃんは家に入っていった。





 ひとしきりトレーニングを終えた俺は居間へ行く。

 すると爺ちゃんは工房から一本の剣を持ってきた。


「今はだワシに及ばないとしても、もうお主はある意味ワシの手から離れてしもた。努力はセンスを上回り、そしてそれがいつか実を結ぶと信じておる。本当は卒業してから渡そうとしたんじゃが……この『初浪ういろう』をお主に――」


 それはここに来た最初の頃、『皇、』の字を白玉しらたまと間違えた剣。

 剣と言うには心許ないほど短く、包丁というには不気味なほど長い……不自然な武器だった。


 その刀身は俺の顔を鮮明に映す。


「いづれワシの最後のひと振り……お主の為に打とうと思うておる。とは言ってもやはり刀となると今のワシでは現実的ではないし、お主に手伝ってもらうのが前提じゃがな」


 渡された包丁を受け取る。

 ……包丁として考えると想像以上にズシリと重たい。


「あ、ありがとう。この包丁……すっごいキレイだけど貰っていいの?」


「ア……イヤー……。一応、確かにワシが打った一本なんじゃが、友の形見なんじゃよ。友が亡くなった後、ワシが回収したモノなんじゃ」


「回収……? そ、そうなんだ。でもいいの? そんな思い出のモノ。壊したりなくしたりしちゃうかもよ」


「ム……その時はその時じゃ。まあ簡単には壊れんから多少荒く使っても大丈夫じゃぞ。それに形見は形であって、思い出そのものは消えんからの……」


「あ、ありがと」


「なら今日はもう仕舞いにするがいい。疲れは休息でしか癒せないからの。そしてあわよくば今後、無茶だけはせんようにしてくれ」


「うん、わかった。疲れにくくはなってるけど眠いことは多いからね。お風呂入って寝るよ。おやすみ」


 そう言って自分の部屋に戻る。





 机に座って気持ちを落ち着かせる。

 ひと呼吸おいてから、先程借りた柳刃やなぎばを抜いてみる。


 今一度、あの刀身をこの目で見たい。



シャッ……



 …………。


 刀身は白濁としているが、何とも落ち着く色だ。

 どうやら俺は、その美しい刀身に魅入られてしまったようだ。


 見た目は長すぎる包丁……。

 刺し身を切る時に何度か使ったことがある柳刃包丁を長くしたような感じだ。

 柄を握るとまるで包丁と一体化したようなフィット感……。

 しかも刃はかなり柔軟な素材で出来ているのか良くしなる。


 確かにこれなら簡単には折れなさそうだ。


 でも何で急に爺ちゃんは俺に包丁……小剣? 小太刀? を渡そうと思ったんだろ。

 免許皆伝……みたいなやつかな?

 まだその域には達していないけどね。


 まあ近い内に遠征があるから、その時にでも使わせてもらおう。

 そう思って引き出しにしまった。


 近い内、炎獣を相手に何度も命のやりとりをする時がきっとくる。

 いくら獣とは言え、生物を躊躇いもなく殺傷しなければならない。


 それに慣れる日が……俺には来るのだろうか。

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