第86話 孤軍奮刀(こぐんふんとう)9
♠アッシュ=モルゲンシュテルンside♠
「――す、皇選手……ダウン!! これはもう起き上がれないかー!! 膝をついてしまったが、勝ったのはアッシュ=モルゲンシュテルン選手!! 今この瞬間、第5代 MM−1GPチャンピオンが決定しました!!!」
「ぐ……っ」
まさか……この俺が1発もらうとは……にわかに信じがたい……。
何故、虫の息であった無魔如きが……。
「救助班! 急いで!」
――ちっ。
カウンターで入れられたとはいえ、もうそいつが起き上がることはない。
先程のギルの時よりも本気で放ったからな。
丁度、今月の【七光】有効時間を全て使ってしまった。
次の満月の日まで使用出来ないが問題ないだろう。
俺の【七の道饗】は7種の攻撃属性を併せ持ち、弱点など皆無。
超高速の7連荘でヤツの急所を確実に捉えた。
仮に生きていたとしても重度の後遺症に悩まされることだろう。
「カ、ハッ……」
な、なに⁉
「KT 38,3℃ BP 143/84 P 124 SpO2 99% R 34回 ややバイタル異常ありますがスキャンによる受傷箇所は肋骨のヒビと左肘の打撲のみ。酸素飽和度も取れていて血胸もないと思われますので今のところ命に別状はありません!」
な、なんだと……⁉
そんなわけがあるか!
俺の【七の道饗】で肋骨のヒビ⁉
一切、手加減はしていない。
――手応えもあった。
皇の一発はあったがそれによる阻害は受けていないはずだ。
確かに【七光】は丁度、有効時間を終えた。
だがそれはヤツに攻撃を当てた後だ。
その程度の傷では【七光】が発動していない状態での攻撃にも劣る……。
クソ……一体何が起きた……。
♠皇焔side♠
「それでも意識消失に変わりないわ! 急いで救護室まで運んで!」
「――その必要はない」
「だ、誰⁉ ……あ、あなたは――!」
……この声は……。
「ワシはこの子の保護者じゃ。家で治療するから問題ないわい」
「で、ですが――」
「白柳保健医、この方なら大丈夫です。……わかりました、よろしくお願い致します」
「土田学長……⁉」
「ほっほ……実際に会うのは何年ぶりかのう、清美よ」
「そうね。この学園設立からだから約6年ぶりじゃないかしら」
「学長と知り合いって……誰なのあのじいさん」
「な、なあ……。あれって……まさかケンゴウ様なんじゃね……?」
「なわけ……って確かに……! 教科書通りの顔じゃんか! 本物⁉」
「え!! すご!! 初めて本物見た!!」
「初代英雄PTのメンバーにして剣の豪! あのケンゴウ様⁉」
「でも『保護者』って……まさか皇の? 嘘だろ?」
「確かにケンゴウ様も無魔らしいけど……。皇のおじいさんなのか……?」
「ほっほ。ホントはこっそり観て帰るつもりじゃったが、孫の怪我を黙って見てはおれんでな」
「貴方が来たなら安心です。後はお願い致します」
爺ちゃ……。
「これはこれはケンゴウ様。お初にお目にかかります。私はアッシュ=モルゲンシュテルン。かつて貴方様と同じ初代英雄PTメンバーであったオレガノ=モルゲンシュテルンの孫でございます」
「……はじめましてかの」
「皇焔くんの保護者――孫と言いましたが、それは少々無理があるかと……。ただ家を間借りさせているだけではないのでしょうか?」
「ほっほ。よう知っとるのう。じゃが、この子は正真正銘ワシの孫。似とるじゃろ。この辺とかこの辺とか」
「え、マジで皇の……⁉」
「嘘だろ……ちょっと信じがたいんだけど」
「ど、どう反応していいかわかんない!!」
「……そうですか? そんな偶然、有り得ないと思いますがね。――それでは一つだけお聞かせください。何故、オレガノ=モルゲンシュテルンは死ぬことになったのか。名誉ある死だったのですよね?」
「それをわざわざワシに聞くと言うことは……それだけの理由があるということか。――じゃが、この場で答えるのはちょっと憚られ……言っていいのかの?」
「ええ。学長には何を聞いても答えをいただけなかったので」
「そうか、ならば――。オレガノは〖禁呪書〗を手にしていたこと、知っていたか?」
「な……⁉ そ、そんなこと、父は一言も……!」
「じゃろうな。言えなかったんじゃろ。……オレガノはギャンブル狂だったんじゃ」
「へ……? ギャ、ギャンブル……」
「自身の執念にて〖希少点穴〗を探し出し、〖アカシックライブラリ〗を踏破。〖禁呪書〗の開花によって魔法やスキルは全て運要素となり、プラスに働けばとてつもない効果が得られるものじゃった。そしてヤツ自身、豪運の持ち主でな。賭け事に負けなし。その後は戦闘でも無双しておった。じゃが魔王との戦いで1/8192を引いてしまって自爆――きれいさっぱり消えてしまったのじゃ」
「そ、そんな《《バカら》》……!」
「普段からカジノに入り浸りギャンブル三昧。豪邸は魔競馬、高級車は魔スロット、装備品はルーレットや魔輪なんかで揃えていった。じゃが、《《代償通り》》最後に負けてしまえば全ておしまいなんじゃ」
「…………」
「――兼悟よ。それくらいにせい」
「わかっておる。――アッシュとやら。一つ言っておこう。お主に残されたモノ、それはヤツの遺物であることに違いはない。それでも孫は可愛いもんじゃて。よくお前さんの話もしておったわい」
「く……」
「戻らない時を悔いるより、それでも出来ることを探すんじゃ。……今のワシが言えるのはそこまで――。それじゃあの」
「おい、なんか聞いてた話と違うな」
「アッシュの祖父、自らの命を賭けて魔王を封印したんじゃなかったのかよ」
「やっぱり言い伝えってのは捻れたりするもんだな」
「清美。騒がせてしもうてすまん。ワシらはこのまま帰るでの。後のことは頼むわい」
「……フム、そうじゃな。精神を鍛えるのも必須項目、折れてしまわぬよう最大限フォローはするつもりじゃて――」
爺ちゃんは何も言わず、僕を背負って学校を後にした。
爺ちゃんの背中は……思っていたよりも小さかった。
でも他の何よりも……あたたかかった。




