第81話 孤軍奮刀(こぐんふんとう)4
ドロン……
「皇殿。楽しくやってるところ、悪いね」
うわ、藤堂さんが直々にやってきた!
「こんなことなんてあるんだね。でも拙者の方の試合もその次も、相手が格下だから先に挨拶に来たよ。確実に皇殿と準決勝であたると思うと嬉しくて、いてもたってもいられなくってね。……って、おおこれはこれは淑女のお二人さん。魔武本では大活躍でございました」
「あ……はぁ、ども……」
急に話を振られた如月さんは、先程までの笑顔はなく真顔になっている。
でも先に挨拶に来ちゃったら、たまにフラグが立って負けちゃうって聞くけど……大丈夫かな?
「某、二年の藤堂忍と申す者。皇殿の準決勝の敵方となりまする。どうかお見知りおきを……」
……そういえば、藤堂さんが女の人と話すの初めてみたな。
凄い丁寧というかなんというか……。
部長も女性なんだけど、藤堂さんからしたらそういう感じじゃないのか。
いや、多分だけど女性としては見てない気がする。
それに前、部長が藤堂さんの女癖の悪さについて言ってたよな。
この感じのことを〝悪い〟と言ってるのだろうか。
それとももっとヤバかったり……?
「貴女は氷使いの凍上さん。かなりの使い手とお見受け致します。盤上の敵をカチンカチンに凍らす様はまるで現代の雪娘……! 素晴らしい魔法でございました」
「は、はぁ……」
凍上さんですら確実に引いている気がする。
「此方は……あの風使いの! いやぁ……あの玉入れは凄かった! 部長を出し抜いたあの魔法……! 興奮したでござる。部長はちょっと魔法が強いからって調子に乗ってしまうから少しは痛い目を見てほしい! 周りが全然見えていな――」
「周りを見えてへんのはどっちかのう、藤堂?」
あ、終わったな……。
「ぶ、部長? いつからそちらに?」
「ぶちょうはちょっとまほうがつよいからってちょうしにのってしまうからすこしはいたいめをみてほしいまわりがぜんぜんみえていな――からやな」
「いや、いやいや違いまする! 『――というのは冗談で』と言おうとしたタイミングでござ――」
「何言うてんのや! んなわけあるかい! 毎度毎度女子ん前じゃ調子のりおってコラ! 藤堂! いっぺんシめたるわ!」
「すみません! 部長! 魔が、魔が差して……!」
「なら魔が差せえんよう、試合の合間に身も心もキレイな藤堂にしたるわ! 準決勝には間に合うようにするから皇はんは心配せんでええからの」
「……は、はあ」
「助けて! 皇殿!」
「ほな、【ブラウンゲート】またの!」
ブン……
藤堂さんは転移魔法で連れて行かれた。
……不戦勝にはならないでくださいよ?
そんなことになったらホントに〚棚ぼた男〛の通り名がついちゃう……。
「ナデナデ関西風……。相変わらず騒がしい人たちだね……。あの男の人も魔法研究部の人……?」
「あ、そうだよ。あの2人、二年のナンバー1、ナンバー2なんだけど……ちょっと変わってて……」
「ふうん……面白いね」
「…………」
確かにキャラが濃すぎなんだよね。
自分が一番まともな気がする。
「皇くん、それも違うと思う」
「あ、そ……そうでしたか……」
…………。
うっ、藤堂さんと試合……って考えたら、先程の緊張とまた違った感じがしてお腹が痛くなる。
どうしたらいいかわからずトイレに逃げ込み、籠って考え続けた。
しかし答えが出るわけもなく、無情にも時間だけが刻々と過ぎていった。
***
「さぁ! 間もなく準決勝が始まろうとしております! ここまで勝ち残った選手を紹介させていただきます! まず一年、皇焔! アッシュ=モルゲンシュテルン! 二年、藤堂忍! 三年、ギルフォード=バレンティン! 以上の4名です!」
この4人の中にまさか僕が入っているとは……。
本気で恥ずかしいし緊張するし吐き気も頭痛も腹痛も……。
「では皇選手、藤堂選手! 両者、前へ!」
無事に帰ってこれたみたいだ……。
でも本当に藤堂さんと勝負をするなんてまだ実感がわかない……。
「皇殿……。さ、先程はすまなかったね。……しかしまぁ……貴殿と試合ができてよかった。先に拙者があの一年主席とあたっちゃってたらどうなってたかわからないからね」
「藤堂さん……。正直、アッシュとは戦いたくないんです。だから藤堂さんに負けてもいいんです」
「……それじゃダメなんじゃないかな? そんな気がするよ。ここで逃げてもいつかは幕を引かねばならない時がくる。逆に決めるのがこの大会だっていいわけだから。拙者には2人がもう宿命としか見えてこないんだ。だから、願わくば拙者とも本気で戦ってほしい。それで拙者に負ける様ならきっとそれまでだったんだと思う」
「藤堂さん……」
先程までの軟派な感じは一切見られない。
きっとこっちが本気の時なんだろう。
それに……決勝までいかなくてもアッシュの粘着はきっと変わらない。
自分からそれを突っぱねることをしなければずっとかわらない。
あの時、あの日、いじめられてた時みたいに。
「さ、始まる。本気を見せてくれ」
「準決勝第1試合! 一年、皇焔 対 二年、藤堂忍! はじめ!」
開始と同時に藤堂さんは印を結ぶ。
「【藤堂流忍術 風身取り】」
体育祭の時のように一瞬で風が吹き荒れ、以前よりも濃い煙幕で藤堂さんは消えた。
僕にはこの煙幕を吹き飛ばす風魔法はない。
……いや、できるとするならば!
衝撃で煙幕を吹き飛ばす!!
煙幕のおかげで僕の火の能力も周りには見えないはず!
「これだっ! 《火走》!!」
ドカン!
「うぐぁ!」
ドガッ……ダンッ
煙に引火したのか、技を撃ったその瞬間に爆発して、僕は数メートル吹き飛ばされた。
火のダメージはなかった、飛ばされた衝撃で左肘を痛めてしまった。
藤堂さんたちには〘燧喰〙のことは話したけど火の能力のことについては話していない。
知っているのは巌くん、凍上さん、如月さん、そして爺ちゃんだけ。
まさか藤堂さんは、僕が火の能力を使うことに気づいて煙幕に仕掛けを……?
「何が起きたんだー! 藤堂選手、煙幕に火をつけて爆発させたのでしょうか! 皇選手は吹き飛ばされましたが藤堂選手はどこにも姿が見えないぞー!」
一体どこにいるんだ……!
「【藤堂流忍術 土頓堀】」
ズザザザザ……!
「うわっぷ……!」
地面に引きずり込まれる……!
……身長以上もある穴に落とされた挙げ句、膝まで埋まってしまった。
そのせいで動けない。
「藤堂選手! 地中からの忍術魔法で皇選手を地面に落としたー!」
「【藤堂流忍術 水呑】」
ザバァ……ザブ……ザブ……
今度は穴の下から水がどんどん湧いてきた。
「なっ……」
「皇殿。一応、其方に対して考えられる最善策を取らせてもらったつもりだ。この状態から抜け出せるかどうか……。ちなみに水が溜まりきるまで3分ってところかな」
……ってことはこの状況を打開するしかない。
「なんと皇選手を水責めにしているーっ! 抜け出せられなければ溺れてしまうぞー!!」
幸い、外からは見えないから火は使える。
«水»と«土»の忍術魔法でこの火の能力を封じる戦法なのだろうか。
ダメ元で、火を噴出させた勢いで抜けられないか試してみた。
……が、やはり水に浸っているからなのか火の勢いが出せず抜けられない。
それにここの地盤はかなり固い。
これだけの穴を瞬時に作るのは凄い。
巌くんにもできるだろうか。
……そんなことよりも脱出する方法を考えなくては。
段々と水が迫ってくる。
腰の位置まで水に浸かってしまったが、降参しなかったら溺れて死ぬんじゃないかと思う。
窒息、溺水……。
そんなことを思い出す。
ブルブル……
とりあえずこの水をどうにか排水しなければ……。




