君に捧げるパンとワイン
ヤンデレ企画用のラーメンだよ!
( `・ω・´ )つ
「さぁ召し上がれ」
僕の言葉に貴女がカトラリーを手にする。指揮者の操るタクトのように、その先端は軽やかに踊り音を立てずに綺麗に盛り付けられた食事を少しずつ減らしていった。
何故、食事をする、ただそれだけの仕草がこんなに美しいのか。
彼女に食べてもらえる食材は、食べ物としてはこの世で一番幸せだろう。これ以上に名誉な事はない。
「生野菜なのにこんなに甘味が強いなんて、もちろんお野菜としての風味はしっかりあるけど野菜の自然の甘味が素晴らしいわ」
「アナスタシアのために畑から作った野菜だもの」
「このドレッシングもこのお野菜達にぴったり合ってて、お互いを引き立てあっていてとても美味しい。酸っぱさとほんの少しの甘さと丁度いい塩加減、流石カイルね」
「アナスタシアの好みを一番分かっているのは僕だから、当然さ」
「このスープもとてつもなく美味しい……! 何杯だって飲めちゃいそうよ」
「喜んでくれて僕も嬉しいけど、メインディッシュを食べる余裕は残しておいて欲しいな」
「もちろんよ! カイルの肉料理は絶品だもの。それだけは絶対に食べるわ」
「おや、じゃあデザートを諦めてメインディッシュの量を増やす?」
「デザートも別腹よ」
「ふふふ、分かった。じゃあ次のお皿を持ってくるね」
当然、スープもそうだがメインディッシュに使われている食材も僕が直接選んでいる。極力自らの手で生育に関わり、納得のいく方法で完璧に管理して育てる。それが難しい場合は厳しく吟味を重ねて納得のいく品質のものを探し出すのだ。
食材だけではない、僕にとっても何よりの名誉だ。アナスタシアの食事を、体を作る栄養を僕が全て管理している。
たまにお茶会でお菓子を口にする事はあるが、まぁそれは別。アナスタシアの体は僕からのたっぷりの愛と、砂糖を使った甘いお菓子、香り高い茶葉と僕が語って聞かせた色んな素敵なもので出来てるんだ。
ソースで見た目も華やかに彩った一枚のプレートをアナスタシアの前に置く。料理から立ち昇る芳香に鼻腔がくすぐられて、うっとりした心地で目を細めるその姿を僕も夢見心地で見つめながらアナスタシアの正面に座った。
料理人がサーブをして、そのまま席に着くなんて無作法もいい事だがここにはそれを咎める者はいない。客人とされているがあれこれ好きにアナスタシアの世話を焼く僕を彼女の父親も咎めない。いや咎められないと言おうか、魔人である僕はそれだけ恐れられている。
その僕を恐れない、真っ直ぐ好意を向けてくれる可愛いアナスタシア。「子供の頃からあなたを知ってるから、そんな人じゃないって分かってるだけ」「きっと普通のお嬢さんには魔人というだけで構えてしまって、あなたを深く知る機会がないのね、私にとってはあなたを独り占めできて幸運だけど」と笑ってくれた。
違うよ、違う。君だけが僕を僕として好きになってくれた。力を恐れるわけでも惹かれるわけでもなく、厭う事も利用する事も無い。人間から見れば随分整っているらしい顔の皮一枚を見て「私だけはあなたを理解できる」なんて心にも無い事を口にしたりしない。
アナスタシア、君だけが。
ふっくら柔らかな唇が薄く開き、流れるようにその中にカトラリーで小さく切られた肉片が運ばれる。慎ましく開いた唇の間にちらりと見える、小さな白い歯が並ぶ口腔内に釘付けになってしまう。
咀嚼するその口の中ではアナスタシアの可愛い歯がくちゅくちゅと食材を噛み切り、押し潰し、滑らかに動く舌が隅々まで味わっているのだろう。ああ、ああ、僕も食材になって食べられてしまいたい。
カトラリーで突き刺されて、君の可愛い小さな口に放り込まれてその形の良い歯に噛み砕かれてすり潰されて舌で転がされて唾液まみれなって喉奥に落とされて、君の柔らかくて暖かな肉の奥深くへ飲み込まれたい。
体をつくる境界は無くなり、僕と君が混ざり合って君の存在に溶け込めたならそれはなんて素晴らしい事。この世の何より甘美な。
僕は小人のような大きさになって、皿の上から見上げるそこに武器のような巨大なフォークが突き刺さって持ち上げられてアナスタシアの口の中に入る妄想を繰り広げていた。
ほっそりした喉が嚥下にわずかに動く、僕はまた彼女から目が離せなくなっている。
「美味しい?」
僕は真正面に座ったアナスタシアを飽きる事なく見つめる。テーブルに両肘の頬杖をついて、彼女が食事する様子をずっと眺めていた。
「美味しいわ、カイル。少し癖の強いお肉だけど、それを上手くいかしてソースと合わせる事で信じられないほど美味しくなってるの。ねぇこれ毎月1回だけ出てくるお肉よね?」
「そうだよ」
「私このお肉が一番好きだわ。毎日メインディッシュで食べたいくらい。やっぱり何のお肉か教えてもらえないの?」
「そうだね、それは秘密。心配しなくても、手配出来た分量は全てアナスタシアにしか出してないから安心して」
「希少なお肉なのは分かってるけど……公爵であるお父様に伝えれば、きっと今より手配できる量が増えると思うの」
「こればかりはお金や名声でどうにかなるものではないんだ、アナスタシア。時間がかかるんだよ、ごめんね」
僕が残念そうに眉を下げて告げると、それ以上は困らせるだけだと思ったのかアナスタシアは「私こそごめんなさい」と謝罪を口にした。
ああ、ごめんねアナスタシア。本当は君が望むなら好きなだけ食べさせてあげたいのに。
「カイルが怪我をするのも、このお肉の手配に関わってるの? 美味しいけど強くて希少な魔物のお肉なの?」
「まさか! 違うよ、これは魔物に付けられた傷じゃない。もちろん他の動物でも。狩でした怪我じゃないから安心して」
「ほんとに? 私、カイルが怪我をするような強い魔物なら無理して食べたいなんて言わないわ」
「僕に怪我をさせられる魔物がいるかなぁ……何の肉かは秘密だけど、ともかく、狩には行ってないよ」
「誓える? 神じゃないわ、私によ」
「ああ、誓うよ。この怪我は狩でついた傷じゃない。ただちょっと……僕の趣味で必要で」
「まぁ、また魔法の研究? 自分の血を触媒にでもしたの? 心配だわ……カイルは魔人でいくら怪我の治りが早いからってそんな自分を生贄にするみたいな趣味……危なくてやめて欲しいわ」
「でも手足を失っても首から上さえ無事なら生えてくるし……いやいや、今のは失言だった。だからそんな怖い顔で睨まないでよ、アナスタシア」
「……私、あなたが痛い思いをしたり怪我をするのは嫌よ」
「ごめんごめん、これは僕の趣味で生きがいだから……ほら、格闘競技が趣味の人だって痛い思いも怪我もするけど好き好んで試合に出るじゃないか」
「やめるって言ってくれないのね」
「大丈夫、すぐに治るよ」
食事中にこんなことをするのはマナー違反だが。椅子に座ったアナスタシアに近づくとその絹糸よりも滑らかな髪を一房手に取って口付けた。
「デザートを持ってくるね」
空気を払拭しようと明るくそういうと、アナスタシアはやっと笑ってくれた。
今日のデザートは、血よりも赤いフランボワーズソースのかかったチーズムースケーキだ。