文化展と提案と
開場と共に校門から流れ込んでくる人々は、去年のように他人事と言って眺められるわけではなさそうだった。プラネタリウムに天体観測と日常からは少し離れていながらも手の届く物珍しさか、昇降口のすぐそばという好立地のおかげか、教室の前で足を止めた人たちが次々と足をこちらへと運んでくる。
「先輩、満席です!」
「はいよ」
荒川の言葉に頷いて、満席と次の公演時間が書かれた紙を貼って、展示をしている隣の教室に足を運ぶ。時間待ちなのか、興味があるのかは分からないが、それなりの人で満たされた教室。
女子の方が圧倒的に多いのは企画したのが荒川だからだろうか。
なにはともあれ、昨年のようにゆっくり過ごすというのはできそうにない。まあ、ゆっくり過ごせてしまえば、また余計なことを考えてしまうだろうからちょうどいいだろう。
莫迦なことを考えるのもそこそこに、中学生たちの質問に答えていると、そろそろ一回目の公演が終わるのか、ひょっこりと姿を現した俺の上司はいつもよりいくらか機嫌のよさそうなトーンで声をかけてきた。
「先輩、客入りは順調ですか?」
「見て分からないか? 順調どころか、予想外の忙しさだ」
「さすが私のセンスですね。隅でのんびり過ごすのも悪くないのかもしれないですけど、こういうのはこうやって一緒に盛り上がってこそですよね」
「まあ、そうなのかもな」
荒川は俺の言葉にすべての動作を止めて、目をパチクリとだけ瞬かせる。
「先輩、熱でもあるんですか? 体調悪かったりします?」
「いや、いつもより良いまであるんだけど。ひでぇな、おい」
だって、と口を開いた荒川だが、それ以上言葉が続くことはなかった。公演が終わったらしく、隣の教室に戻っていってしまったからだ。
間もなく教室内の人が入れ替わり、忙しくなるであろうと覚悟をして大きく息を吸った。
* * *
針に糸を通すように、中学生の相手のわずかな時間を休憩に充てていたが、五分以上のまとまった休みはほとんど取ることなく時間は過ぎていった。
ブラック企業もびっくりの過密スケジュールに体が限界を迎えるのが先か、終了時間が来るのが先か。出来るならしたくもない我慢比べを続けること数時間。溜めもなくあっさりとなった終了時間を告げるチャイム。
あっという間にこの場を後にしていく中学生の背を見ながら、大きく息を吐いた。
「はあ、やっと終わった」
まだ片付けという名の大仕事は残っているのだが、そんなことを口にしてみればたまっていた疲労が抑えられなくなって、この身を椅子へと座らせる。
「お疲れ様です、先輩」
「おう、お疲れさん」
俺と同じように元気を削がれてしまった荒川に声を返せば、はいと力ない返事が返ってくる。どうやら本人の想像を超える成果だったらしい。
「まあ、何はともあれ一区切りだな」
彼女をねぎらうように、はたまた、自分に言い聞かせるように溢した一言が嫌に静かになった教室に響く。
「片付け残ってますけどね」
「そんなこと言わないでくれ。やる気がなくなるだろ」
「じゃあ、ちょっと休憩しますか? ロクに楽しまないで仕舞っちゃうのももったいないですし」
「まあ、いいけど」
重たい腰を上げて大人気だった隣の教室に足を運ぶ。当たり前だが、こちらもすっかり空っぽになっており、少しばかりの寂しさを感じさせる。
「じゃあ、見ましょうか」
「はいよ」
たくさんある椅子の中でわざわざ俺の隣に座った荒川と視線を合わせないように、ゆっくりと天井に視線を固定する。
それから間もなく映し出される満天の星空。隣からは少し疲れた声の解説が聞こえてくる。どうやら、俺のための特別上映らしい。
天井に映し出される季節はゆっくりと巡り、先日見たような秋の夜空へと変わろうとしたところで、解説は途切れる。ここについては一度聞いているし、無くてもいいかと、沈黙に身をゆだねる。
「先輩、来年もやりませんか?」
間もなく冬の空だというのに、解説は再開されることはなく、ただ小さなつぶやきだけが耳に届いた。ゆっくりと巡る季節とそれに合わせた変化を拒むようにも感じられるそれに、俺はいつもの調子で返すことにした。
「嫌だよ、働きたくない。というか、今年が最後だってお前も言ってたろ」
「それはちゃんと出来るのがです」
「屁理屈だな」
「どっかの先輩の悪影響です」
「そうか、そんな酷い先輩がいるとはな」
「誰なんでしょうね。でも、その先輩が言ってました。適当な関係をなぁなぁで続けるのもいいんじゃないかって。変わろうとしなくても世界が勝手に変わっていくからいいんだって」
誰だよ、そんな無責任なことを言った先輩とやらは。いや、まあ、俺なんだが、この場で切られていいようなセリフじゃなかった気がする。
これがマスコミお得意の発言の一部を切り取った晒上げか。いや、やっているのはマスコミじゃなくてうちの後輩なのだが。
「後輩のわがままで、なし崩しに、惰性で過ごすのもいいんじゃないですか」
現実逃避をしていた俺の耳元に届いたのは、ただ甘いだけの誘惑。逃げることに関しては俺が最強とまで言ってしまえるようなやつには、一番都合のいいものだった。
少し前の俺ならその提案に乗っていたかもしれない。
けど、目を背け続けるのにも限界がある。
目まぐるしいくらいに忙しかったのに、わずかな休みの間ですら考えてしまうようなことをそのままにはできない。
「まあ、前向きに善処する方向で検討するように次の脳内会議で働きかけてみるわ」
「それ、絶対やらないやつ、どころじゃないですよ」
荒川はそう言ったあとで、本当に小さな声で、心の内を溢すように、だったらはっきり断ってくれればいいのに、と呟いた。
それは普段なら風の吹く音にでもかき消されて、聞き逃してしまうようなものだ。
ただ、返す言葉も持ち合わせないまま天井を再び見上げれば、すでに終わりを迎えていたようで、星のひとつも見えなくなっていた。




