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ご機嫌な狛江さん

 心臓に悪かった買い物が終わり、部屋へと戻れば、狛江さんは鼻歌を歌いながらキッチンへと向かっていった。普段よりも上機嫌な狛江さんを横目に、ベッドに倒れこむ。

 せっかく早く帰ってこれたというのに、なにもやる気がわかない。重たい荷物を持って帰ってきたせいか、体もしんどい。


「制服シワになっちゃうし、風邪ひいちゃうから、着替えた方がいいんじゃない?」

「あー、うん」



 狛江さんに適当に返事をしたところあたりから、記憶が曖昧になっているあたり、そのまま眠ってしまったのだろう。

 重い瞼を何とか持ち上げると、どこか懐かしさを感じるブラウンヘアが視界に入る。その髪を辿るようにして視線を上げれば、俺の顔を覗き込むようにしていた狛江さんが視界に映る。随分と気分がいいようで、頬は緩み切っており、鼻歌までセットになっている。その姿に夢で見た少女の面影が重なって見えたのは、寝起きで頭がロクに仕事をしてないからだろう。


「おはよ。よく寝れた?」

「ああ、うん」

「寝不足だったりするの? 朝も寝坊してたけど」


 そんなことはないと思う。少なくとも毎日たっぷり6時間は寝ているのだし。そう伝えると、季節の変わり目で疲れちゃってるのかもね、季節の変わり目苦手なんでしょと返ってきた。


「ところで、どれくらい寝てた?」

「1時間ちょっとじゃないかな。今からご飯にしようとしてたところだから、ちょうどいいタイミングで起きたんだよ」


 そうか、と返事して重たい体を起こす。視界に映るワイシャツは、狛江さんの忠告通りシワまみれになっており、今更ながらに寝落ちした事実を物語っている。

 シワになった制服を着替えるのも億劫で、顔と手を洗うだけして、食卓につく。

 並べられている料理はローストビーフをはじめとするお洒落な料理の数々。スーパーへの道のりの途中でこれらの話を聞いたのだが、寝ている間にすっかり忘れてしまった。まあ、起きていても、なんかお洒落な奴くらいの認知に落ち着いていた気がしないでもないが。


「ローストビーフって作れるんだな。店で食うものか、買ってくるものだと思ってたわ」

「作るの自体は慣れちゃえば簡単だよ。お肉がちょっと高いけど」


 狛江さんによって作り方の説明が丁寧になされているが、火も包丁もろくに使えない俺には、とうてい無理だという事しか分からない。


「その、アレだ。作るとしたら、まずは小学校3年生レベルの料理スキルで出来そうなものからステップを踏む感じで頼む」


 俺の言葉に、乾いた笑いと、何か考えておくよ、と優しい口調で返ってくる。

 せめて小学生レベルの料理スキルは卒業したいものだ。もう親の転勤に付いて回ることもないとはいえ、この生活がいつまでも続くとは思っていないし、機会を見つけて教わっておきたい。出来立てご飯から惣菜に戻れる気はしないし。もっとも、狛江さんの料理で肥えた舌が、俺の料理で満足するかと言われれば、答えは否なんだろうが。


「にしても美味いな、ローストビーフ。いや、狛江さんが作るのどれも美味いし、美味いってのは分かってたんだけどな」


 莫迦な事を考えるのもそこそこに、ローストビーフに箸を伸ばして素直に感想を伝えたところ、狛江さんは安堵感に満ちた表情でこう言った。


「ありがと。そう言ってもらえると、やっぱり作ってる側としては一安心できるよ」

「もっと自信持っていいだろ。店で出てくる料理って言われても納得できるし、今すぐにでも嫁に行けるんじゃねぇのってレベルだぞ」

「そ、そう」


 俺の褒め方がお気に召さなかったのか、狛江さんは顔を赤く染めて、そっぽを向いてしまった。嫁に行けるとか、そういうことはやっぱ言っちゃいけないんだな。男女平等の世の中なんだし。

 何とも言い難い空気になってしまったので、誤魔化すように箸を進めた。



 夕飯を食べ終えるころには狛江さんの機嫌もよくなり、いつも通り向こうからも話を振ってくれるようになった。食後、コーヒーを飲む頃にもなれば、狛江さんは新調されたマグカップを眺めながら、また鼻歌を口ずさみ始めた。


「そういえば、猫と戯れたりしてたけど、猫好きなの?」


 狛江さんはマグカップに描かれた猫を指でなぞりながら、そんなことを聞いてきた。


「まあ、好きか嫌いかでいえば好きだな。犬と違って散歩行かなくていいし、あの自由に生きてる感じがな。子供の頃は、子猫の里親募集の紙を見つけては、持って帰って親を困らせたらしいし」

「へー、そうなんだ。ちっちゃい頃は他に何かなかったの?」


 今日の食後のひと時のお供に選ばれたのは、俺の昔話らしい。語ろうにも記憶は断片的だし、恥ずかしいのだが、勘弁はしてくれないらしい。

 どうせ知らないのだしと、適当に普通の子供っぽいエピソードを思い出しながら、仲が良かった子との話をいくつか話して、マグカップを空にする。

 コーヒーを手早く飲み切って話を早々に切り上げたものの、十分お供になったらしく、狛江さんは満足げに部屋に戻っていった。

 部屋まで送る途中、玄関を開けたタイミングで吹き込んできた風に思わずくしゃみをしたからか、子どもに諭すように、ちゃんとあったかくして寝るんだよ、と言ってから。

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