第4話:落第魔法師は友達作りを命令する
「リーシャ様に勝っちゃうなんて……アキヤ君って実技もできるの!?」
「男なのに実技もできちゃうの!?」
「それって凄くない!?」
そりゃあ理論ができれば実技もできるだろうと俺は苦笑する。
もっとも、実技に関しては才能の差を圧倒的な時間による努力で埋めているにすぎず、自信があるわけではないんだが、このくらいのことはできる。
「さて、じゃあご主人様としてリーシャに命令だ」
「な、なんですの?」
リーシャはビクッと肩を揺らして警戒する。
「リーシャにはEクラスの誰でもいい、友達を一人以上作ることを強制する」
俺の見立てでは、こいつはボッチを拗らせている。お嬢様気質な性格のせいで敬遠されているのだろうが、こいつと関わっていく以上こいつをどうにかしないと俺まで友達作りが捗らなくなる。
そしてリーシャに友達ができれば、俺も自然のその輪の中に入ることができる。そんな打算からの命令だ。こいつが不憫だってのもちょっとだけ思ったりはしているが。
「……私が想定した命令の中でも予想を超える凶悪さですわね」
どんな命令を想定していたんだ……?
下僕に命令するものの中ではかなり良心的だと思うのだが。
まあいい、話を進めよう。
「お前、ちょっと見た感じだが、クラスで浮いてるんじゃないか?」
「浮いているのではありませんわ。庶民の思想に染まらないよう私から距離を置いていますの」
貴族のご令嬢ってやつは頭が固いというか、面倒くさい奴だな。
だから浮いてたんだろうけど。
「なるほど、リーシャの言い分はわかった」
リーシャはほっと息をつき、
「理解のあるご主人様で良かったですわ。……ということで諦めてくださいですの」
「ということで期限は今日までだ」
「この流れで強行するなんて頭おかしいんじゃないですの!? しかも今日中って無理、絶対無理ですの!」
「――できなかったら、お仕置きが必要だな」
俺はリーシャを顔から下に向かって舐めるように見つめた。
「わ、私を辱めるつもりですの!? 貴族の長女である私の意思を無視して破廉恥なことを強要するなんて、最低ですわね!」
「……俺は一言もそんなこと言ってないんだがな。まあ、それがお望みならそれでもいいぞ」
リーシャは自分の失言に気が付いたのか、羞恥で耳まで真っ赤に染まった。
「わ、わかりましたわ! 今日中に友達を一人作ればいいだけのこと、優秀な私にできないわけがありませんわ!」
大声で啖呵を切ったリーシャは、離れたクラスメイトたちの集団にずかずかと近づいていき、
「私は友達を募集しているのですわ。今なら先着一名に限って、特別に私の友達になることができますの。月給二十万エールで募集しますわ!」
二十万エール。……ヴィエール学院卒業生の初任給くらいの金額だ。
俺はリーシャの頭に手刀を落とした。
「アホか。金で釣った関係は友達なんかじゃない」
「私、友達の作り方なんて知りませんの」
「友達の作り方に正解なんてないよ。自分が正しいと思うやり方でやってみろ。金と権力は使わずにな」
「……うぅ、頭が爆発しそうですわ」
そんなことをしている間に二限終了のチャイムが鳴り、昼休みになる。
まだ半日くらいもあるのだ。一人くらい友達を作ることもできるだろう。……できなかった時のお仕置きを考えていないから、彼女には頑張ってもらわないとな。
◇
リアナとメアリーに案内されて、俺は学院生用の食堂に来ていた。ちなみに、リーシャも連れてきている。
ヴィエール魔法学院が実質女子校化しているだけあって、内装もお洒落だった。全体的に木目調のデザインに統一されていて、落ち着きがある。
食堂の中には一人掛けの席、二人掛けの席、四人掛けの席がたくさん用意されていて、自由に座っていいということらしい。
価格が安く抑えられているのもポイントだ。
学院生は月に五万エールを支給されるが、この食堂では一食当たり三百エールで食べることができる。……ただ、女子を想定しているので、男の俺には少し物足りない。
俺たち四人が昼食を受け取って席につくと、ひそひそと噂されているのがわかった。
「あれが男の魔法師!? 初めて見た!」
「黒髪黒目ってちょっと珍しいかも?」
「もう三人も侍らせてさすがね!」
男の魔法師は嫌悪の対象では無さそうだが、やはり目立つようだ。こんな風に注目を浴びながらご飯を食べた経験が無いので、食事に集中できない……。
隣に座っているリーシャに目を移す。
彼女は俺と同じ日替わり定食を注文し、むしゃむしゃと食べていた。
「食に関してはこだわりがあるわけじゃないんだな」
「美味しければなんでもいいですの。私は慈悲深いので庶民が同じものを食べていても気になりませんわ」
「へえ、なるほどな」
学院生は卒業するか中退するかの間は強制的にこの学院の敷地内で生活することになる。どんな身分の人間でも、自分で料理をするか食堂で食べるしかないのだ。嫌々食べるのかと思いきや、そうでもないことに少し驚く。
「えっと……リーシャは友達の当てはあるの?」
無言に昼食を食べているリーシャに、リアナを声を掛けた。よしリーシャ、チャンスだぞ。
「あなたも私を呼び捨てにしますの? 私を名前で呼んでいいのはアキヤだけで……」
「おっと、言い忘れてた。様呼びは禁止な」
「はあ!? 何言っていますの!?」
「だっておかしいだろ。俺のことは様呼びじゃないのに俺の下僕であるリーシャだけそう呼ぶってのはさ」
「それは……確かに、ですわ」
友達同士で様呼びってのはやっぱり違うんだよな。言葉の問題だけど、それだけで距離を置いてしまう。呼び方は大事だ。
「よし、じゃあ次はリアナとメアリーの名前を呼んでみようか」
「そ、それは前から言っていましたわ!」
「本当にか? あなたとか庶民とか、濁してなかったか?」
「そ、それは……」
「否定できないんだな。ほら、今言ってみろ」
「うぅ……リアナ……メアリー……くぅ……」
顔を真っ赤にして二人の名前を呼ぶリーシャ。本人からすれば面白くないんだろうけど、隣で見ていると可愛く見えてくる。
もともと顔は美少女なのだ。普通にしていれば可愛くて当たり前なんだけどな。
「よく頑張ったね、リーシャ!」
「ちゃんと人の名前を呼べて偉いよ」
リアナとメアリーが、リーシャを褒めた。
「なんか子供扱いされている気がしますわ……屈辱」
確かに今の様子はリーシャをあやす親って感じの構図だな。千年の時間を過ごした俺にとっては、全員等しく子供みたいなものなのだが。
「わ、私もアキヤ君のこと名前呼びしてもいいかな?」
リアナが緊張気味に訊ねてきた。
「もちろんだ。俺もリアナって呼ばせてもらうよ」
「そ、そう! 良かった! アキヤ……」
なぜか、俺の名前を呼ぶリアナの顔は赤くなる。病気とかじゃないといいんだけど。
「リーシャ、午後の実技が勝負になる。友達作り、頑張ってくれよ」
「なんかもう、無理な気がしてきましたわ」
友達を作れるようにリアナとメアリーの二人で慣れさせたつもりなのだが、心を折ってしまったのかもしれない。
ちゃんとお仕置きを考えておいたほうがいいかもな。