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旅する命

作者: 神木孝弘


小さい頃、祖父が亡くなった時から永遠の命が欲しいって何度思ったのだろうか。

 (サンタさん、私は永遠の命が欲しい)

 押入れの中から荷物を運び出していると、ぐしゃぐしゃになった紙切れが出てきて思わず手が止まった。文字からして恐らく、私の小さい頃の手紙だろう。

 周囲には押入れの中から運び出した小さい頃に使っていたおもちゃなどが段ボールに入れられ積み上げられている。幼稚園の頃から男っぽい女子だった私は小さい頃はプリキュアと言った女の子向けのアニメではなく、その少し前に放送されていた戦隊シリーズを好んで見ていた。そのせいかクリスマスや誕生日と言った記念日に欲しがっていた物は戦隊シリーズの変身ベルトやフィギュアと言った男の子向けが多かった。そんな私の姿を見て祖母は何時もこんな事を言っていた。


 「もう少し女の子らしくしなさい」


 その言葉を聞いて私は「嫌だ!これが好きなの」と言い返し、それを祖父が笑って眺めていたというのが小さい頃の私のクリスマスだった。


 「こんな事お願いしたっけ?」


 小さい頃の思い出は案外ぼんやりと覚えている物だが、私の記憶の中にはこのお願い事をした記憶は全くなかった。記憶を探っていると次第に時間は過ぎていき、こんな時に母が居てくれれば「コラっ!」と叱ってくれるのだが今日は残念な事に留守。ほんのちょっとだけ心残りがあったが再び紙を丸めて横に置いてあったごみ袋へと放り投げた。


 「さてと……早く片付けちゃわないと」


 大きく深呼吸をすると、再び押入れの奥まで体を突っ込んだ。押入れの奥は埃とそれを被った玩具で溢れていて、マスクがないと思わず身を引いてしまうほどの状況だった。「10年以上片付けてないし仕方ないか」と自分を言い聞かせながら作業を進めるが、脳裏には「たった10年で埃ってこんなに溜まる?」という疑問が湧いてくる。


 「これで最後かな」


 押入れの一番奥にあったプラスチックの収納ケースを力一杯に引っ張り出す。ケースの中には戦隊シリーズの変身ベルトにフィギュア。そして祖父の遺品のボールペンとクマのぬいぐるみと一枚の紙切れが入っていた。

 きっと私が小さい頃のだろうとボールペンだけ除けておいて残りの玩具は容赦なくごみ袋に押し込んだ。プラスチックで出来た透明のケースはずっと押入れに入れられていたせいか茶色く変色していたが、ケースの底に不自然に真っ白になっている部分を見つけた。そこにはプラスチックと同じく薄茶色に変色して接着部分がベタベタになっているテープで張り付けられていた一枚の紙切れが再び現れた。紙切れをケースから外すためにケースを裏返しにすると、テープに名前ペンのようなもので「みらいのわたしへ」と書かれているのを見つけた。


 「おーい、過去の私よ。私は今忙しいんだからこういういたずらはやめてくれよ。未来の私はとってもこまってるぞ」


 誰もいない家で独り言を語りながら私はベタベタになったセロハンテープを剥がして張り付いていた紙を剥がした。時間を考えるとすぐにごみ袋に放り投げる所だが、好奇心にはどうしても勝つことは出来ずに思わず作業している手を止めて四つ折りにされた紙を広げた。


 (未来の私へ。今どう思っている?)


 「え?」という疑問が浮かんだが、そんな疑問は一瞬で塵一つ残さずに消えていった。視界が真っ暗になって何が起きているのか全く分からなくなり、次第に意識が遠のいていった。

 気が付いた時には夕焼けに染まった近所の小さな公園のベンチで眠っていた。


 「えっと……私は今なんで」


 状況を飲み込む前に片づけを命じていた母の事が真っ先に頭に浮かんだ。まずいと思ったと同時に物凄い勢いで焦りが湧いてきて急いでポケットに入っていたスマホを開いて電話を掛けた。


 「ピーピーピー」


 何度もかけ直すがスピーカーから聞こえてくるのはビープ音だけ。何でと思い何度も何度も掛け直すが結果は同じだった。不思議に思ってスマホの画面を見ると左上に小さく圏外と書かれていた。

 「そういう事か」とスマホの画面を消して再びポケットの中に閉まった。一度冷静になり周囲を見渡してみるが、物凄い違和感が私を包み込んでいた。見たことあるけど、何かが違う景色と言えばいいのだろうか。近所の公園であることは確かだが、そこから見える景色は私の知っているこの公園とは違っていた。

 とりあえず家に帰ろうと思い公園を後にして自宅へと向かうが、その道中も違和感満載だった。妙に古い車、やけに見覚えのある小さな子供。そして家に着いた瞬間にその違和感は確実なものへと変わった。

 家の前をほうきで掃いている一人の人影、その姿は祖母そっくりだった。そっくりというレベルじゃない程似ている人影が遠くからでも見え、その姿が祖母だとハッキリと認識できる程だった。

 

 「お祖母ちゃん。これ見てこれ」


 家の近くの曲がり角から祖母の様子を見ていると、家の中から幼い声が聞こえてきた。

 

 「はいはい、なんですか?」

 「これだよ!これ!見てよ。このベルトかっこいいでしょ。こうやってガチャってはめるんだ。おじいちゃんに買ってもらったの!」

 「またこんな物……もうちょっと女の子らしい物を好きになりなさい」

 「良いの!私はこれが好きなんだから」

 「全くもう。ほら、中に入りなさい」


 このやり取りは間違いない、私と祖母の会話だ。信じられない出来事だったが、私は不思議とその状況を直ぐに飲み込むことができた。この祖母とのやり取り、小さい頃に祖母に気づいてもらいたくて必死にしゃべりかけていた頃のやつだ。


 「でもなんで私がこんな事に……」


 そんな事を思っていると、左肩を優しく3回トントンと叩かれた。


 「ヒャッ!」


 思わず変な声が出てしまい急いで口をふさいで後ろを振り返るととても見覚えのある人が立っていた。私の首元くらいの身長で髪はすべて白髪、幼稚園の遠足で作って祖父にプレゼントをした組紐を手首に巻いている姿。それは紛れもなく祖父だった。


 「家に何か御用ですか?」

 「いや、私はその……道に迷っていて」


 突然掛けられた声に私は思わず動揺してしまい、突発的に思いついた言い訳でなんとかこの場を乗り切ろうとした。


 「あれ?もしかして美優ちゃん?」


 だけど、そんな事しても祖父にはバレバレだった。私はその祖父の優しい口調に驚きと同時に、思わず肩の力を抜いた。


 「わかるの?」

 「そりゃあもちろん。大事な孫の顔を忘れるお祖父ちゃんがどこにいる。随分と大きくなったんだね」


 祖父のその言葉に私は一礼をした。目元から溢れ出てきた涙を祖父に隠すために深く頭を下げた。場所を移そうかと提案した祖父に私は小さい頃のように背中について行った。祖父が連れてきてくれたのは私が目を覚ました近所の公園だった。ブランコに一緒に座るとしばらく無言の時間が続いたが、話を切り出してくれたのは祖父からだった。


 「どうしたんだ?こんなに大きな美優ちゃんがこんな所に来るなんて余程の事があったんじゃないか?」

 「わからないんです。目が覚めたらここに居て」


 祖父は事情を聴くと「そうか」と言い私の背中を軽く撫でた。そこで私は思わず溜め込んでいた感情の蓋を外してしまった。


 「私ずっと会いたかったの……お祖父ちゃん突然死んじゃったから今でもあまりその時の出来事は呑み込めてなくて」

 「そうか、そうか。美優ちゃんは今何歳なんだ?」

 「20歳です」

 

 年齢を聞くと祖父はしばらく黙り込んで、気になって見てみると目元から溢れ出る涙をハンカチで拭っていた。


 「お祖父ちゃんは幸せだよ。見れると思ってなかった20歳の孫の姿を見れたんだからね」

 

 誰もいない夕暮れの公園に、祖父の優しい声とブランコの金属音のみが響いていた。そして祖父の話を聞いているうちに、あの願い事についてもちょっとずつ思い出した。

 あれは祖父が亡くなった次の日。

 私は祖父の本から一歩も離れずにずっと祖父の亡骸の前に座っていた。

 祖母も父も母も親戚の叔父さんや叔母さんも私に話しかけてきたが、私はクマのぬいぐるみを抱えて一歩も動こうとしなかった。そんな時に祖母がやってきて私にこう言った。


 「ねぇ美優ちゃん。お祖父ちゃんはね。旅に出たんだよ」

 「旅?」

 「そう、旅。短い命という時間を歩ききったお祖父ちゃんはね、また新しい世界を歩きだしたんだよ」

 「それじゃあ永遠の命があれば祖父ちゃんは戻ってくるの?」


 当時私は祖母の話が理解することができなかったのと、覚えた言葉を使いたがってた年頃のお蔭で祖母を思いっきり困らせる質問をしてしまった。祖母は一瞬固まったがしばらくすると笑いが込み上げてきたようでフフフっとほんの少しだけ笑いをこぼした。


 「そうね。永遠の命がもしもあればお祖父ちゃんは戻ってくるかもね」

 「本当?私次のクリスマスにサンタさんにお願いしてみる!」


 思い出せたのはここまでだったが、あの願い事のちょっとした記憶を知ることができて心の中のモヤモヤとした気持ちが大分楽になった。


「ところで僕っていつ死ぬの?」


 祖父は私の耳元で辛うじて聞こえる小さな声で訪ねてきた。


 「えっと……今年って何年ですか?」

 「君が4歳の頃だよ」


 私は一度息を呑んで本当にこのことを喋って良いのか迷った。けどここに連れてこられているってことは良いのだろうと私の中で勝手に解釈した。


 「多分来年ですね。私が5歳の頃だから」


 祖父はそのことを聞くと「そうか」と言い静かにブランコから立ち上がって空の黄金色に染まった夕焼けを眺めていた。


 「あと一年……それじゃあ美優ちゃんをもっと可愛がらないとな」


 祖父のその時の笑みは私の記憶の中では一番幸せそうな笑みだった。


 「それじゃあ僕はそろそろ帰らないと。美優ちゃんは……」

 「私は平気です。なんとか帰る方法を探してみます」


 その話を聞くと祖父は安心したようで、そっとブランコから立ち上がり公園の出口のほうへと向かった。


 「そうそう、美優ちゃんお祖母ちゃんのこと嫌いでしょ?」


 祖父は立ち止まると、振り向いて私の一番答えづらい質問をぶつけてきた。私はいつもの癖で笑ってごまかした。


 「そうか……けどこれだけは覚えといてくれ。美優ちゃんが持ってる玩具のほとんどはお祖母ちゃんが買ってくれたんだよ。お祖母ちゃんあんな感じの性格だから直接渡すのは恥ずかしいんだよ」

 「えっ……」


 最後の最後で衝撃的な事実だった。あれだけ私の好きなことにいい顔をしていなかった祖母の素の姿。もう少し聞きたくて声を出そうとしたその時だった。意識がどんどん遠のいていき視界もどんどん狭くなっていく。


 「だから覚えといてくれ。美優ちゃんのお祖母ちゃんは美優ちゃんの事が大好きなんだよ」


 その言葉を聞き終えた瞬間、私は完全に意識を失った。

 目が覚めるとそこは自室の押入れの目の前だった。周囲には玩具の入った段ボールとパンパンに詰まったごみ袋。そして着信音の鳴り響いている。ポケットからスマホを取り出し画面を付けると電話の相手は母だった。


 「あっ、やっと出た。美優、落ち着いて聞いてね。お祖母ちゃんが亡くなったわ。今すぐ病院に来れる?」


 その時私は全てを理解した。

 これはきっとお祖母ちゃんとお祖父ちゃんからの最後のプレゼントだったんだ。

 誰かに話すと笑われる、嘘のような本当の白昼夢。

 あの二人はこれからもまた、きっとどこかの世界を旅している。

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