第76話 別離(わかれ)の生徒会
シリアス成分多め。
というか最近シリアス多かったけど。
見覚えのある光景かと思ったらここは幸成の記憶なのか……
俺は幸成の記憶の中にいた。
どういう訳かは知らないが、一冊の本を開けたらこんなことになってしまったのだ。
俺はため息を吐きながら幸成の記憶を見た。
そこで俺は武満と幸成と一軒の家の中に入っていった。
そこには一人の女性がいた。
確か武満の恋人だ。
「あ、武満様。あの・・・」
女は不思議そうに幸成を見る。
「ああ、この方は幸成殿だ」
武満が説明する。
「幸成様ですか?このようなあばら家にどのようなご用件で?」
女が幸成殿に訊く。
「武満殿に妹を貰ってくれぬか?と訊いたところ心に決めた女性がいると言われたもので……」
幸成はそこで苦笑して言葉を一旦切った。
「どのようなお方なのか拝見させて頂こうと参ったわけですよ」
「こんな私のためにそんな……!」
女は恐れ多いといわんばかりに顔を強張らせた。
「そんなに固くならないで結構です。私はあなたを取って食ったりしませんから。武満殿、彼女を大切にしてあげてくださいね」
「ぎょ、御意!!」
武満は嬉しいのだろう、声が弾んでいた。
「では私は公務がございますので。武満殿はゆっくりしていって下さい。・・・あと、その壁にある十字の傷、隠しておいた方がいいですよ」
そうふわりと幸成は微笑んだが、武満と女は顔を強張らせた。
この笑顔は本当に心からの笑顔なのだろう。
なのに何故……
俺は疑念を持った。
「フフ。そう強張らなくてもいいですよ。私と武満殿の仲ですから。安心していてください」
幸成はいい人だ。
このときの幸成はとてもいい人なのだ。
「では。」
俺と幸成はこの家を出た。
このときの幸成の顔は晴れやかで、邪心なんて無さそうだ。
俺は黙って幸成の後を追った。
その後、俺と幸成は幸成の家に帰った。
帰ると幸成は真っ先にどこかの部屋へと向かった。
「大丈夫か?」
「お帰りなさい……兄上」
そこにいたのは幸成の妹だった。
病なのか、顔はやつれて床に伏したままだ。
「今水を汲んでくる」
幸成は従者ではなく自ら進んで水汲みに行った。
幸成は妹のことを本当に大切にしていることが分かった。
「幸成様!」
すると突然幸成が従者に呼ばれた。
「どうした?」
「殿がお呼びです。早急にとのこと」
「殿が?分かった。お前はこの水を妹のところへ」
「ははっ!」
幸成は急いで城へと向かった。
場内は武満の記憶どおり。
まあ当たり前か。
まさか生で城の中を拝めるとは……まあ想像だけど。
「来たか幸成」
「殿!」
幸成の他に結構な人数の家臣がその場にはいた。
「武満殿は……?」
「あやつはいい。お前達に話がある」
確かこの殿様は武満の父親のはずだ。
その父親の発言で辺りが静まり返る。
「実は近々幕府の者がここに来るらしい」
辺りが騒がしくなった。
どうして急に来るのか。
「そこで……問題がある」
急に深刻そうな顔をした。
「この町にキリシタンが大量に住んでいるのは知っているな?」
結構な人たちが頷いていた。
あれ?ここの人たちって結構寛大じゃないですか。
「我々は今までそれを黙認してきた。理由は……言わずもがなだ。しかし、幕府のものが来るとなれば話は別になる」
まさか……!
「粛清だ。我々は幕府から粛清されることになる」
「つまり……」
幸成が口を開き始めた。
「我々がキリシタンを匿うことによって我々が粛清を受けることになるのですね」
「ああ……」
幸成が無表情で淡々と語る。
「我々の誰かがキリシタンを一掃しなければならないということですね」
「……そうだ」
幸成の表情は読めない。
「簡単な話です。私が引き受けましょう」
「幸成!お前はことの重大さが分かっているのか!?お前は汚名を背負うんだぞ!?武満からも恨まれるのだぞ!?」
「ですがこのままではどちらにせよここは戦場になります。我々家臣は民を取るか、殿を取るかの二者択一をしなければなりません。私達家臣は殿のために命を賭すもの。そのためならばこの命など安いものです」
「幸成……お前……」
周りからはさすがは幸成殿や、いつも変わらず冷静だなとかが聞こえてくる。
でも俺はそうは思わない。
幸成はかなり迷っていた。
友を取るか、殿を取るか……民を取るか、国を取るかを。
そして幸成は選んだのだ、殿を、国を。
そんな苦悩を彼らは気づかなかった。
かくいう昔の俺も。
選ぶというのは何かを捨てること。
だから幸成は……武満を捨てたのだ……
「殿、このことは私の独断と言うことでお願いします。武満殿にはそう伝えておいてください」
「それはまさか……」
「殿が武満に恨まれる筋合いなどありません。恨まれるのは私一人で充分」
幸成が微笑んだ。
しかしその微笑みはどこか悲しさを含んで……
気がつくと町が燃えている。
火をかけたのは幸成ではなく幕府の者。
幸成はその濡れ衣を着せられる役。
どうしてこんな損な役回りになってしまったのか、幸成は。
本当にこの人は……
その際に幸成は一人の女性を探していた。
武満の恋人のお喬だ。
「まさか幕府の奴ら火をかけるなんて……」
幸成は焦っていた。
そしてとうとう到着した、お喬の家に。
「大丈夫ですか!」
「幸成……様……」
「!?」
そこには血だらけの彼女が。
幕府のものに切りつけられたのかもしれない、いや撃たれたのか。
「ひ、ひどい怪我だ……とりあえず裏口から出ましょう!」
幸成は彼女を連れて外に出た。
しかしこのときすでに彼女はぐったりしていた。
「少しの辛抱ですから!」
「無理……です……もう……」
「諦めてはいけません!」
しかし見るからに助かる見込みは無い。
「それ……より……お願いが……」
途切れ途切れに言うお喬。
「お……腹の子は……直……に……生まれるの……です……だから……」
「子供だけでも助けるということですか!?」
「は……はい……」
幸成は悲痛そうな表情をした。
放っておいても助からないのだが、それでは自分が武満の恋人を殺したことになってしまう。
でも幸成は迷わなかった。
「分かりました。すいません……武満殿」
幸成は小刀で腹を切りつけた。
そして……血とともに出てきた赤ちゃんを抱えた。
しかしこのままでは赤ちゃんも助からない。
急いで戻るしかない。
「ありがとうございます……幸成様……さようなら……武満様」
ドサッ
「!?」
崩れ落ちる彼女の顔は少し笑っているような気がした。
そして幸成の顔は……
「幸成殿!?一体どうしたのですか!?」
「!?」
突如後から声が聞こえた。
まさかこのタイミングで来たということは……
幸成が振り向いたところにいたのは武満だった。
なんてタイミングが悪いんだ……
「……」
幸成殿は黙りこくった。
「一体どうしたのだ!?」
武満が幸成に詰め寄った。
幸成は考えている。
幸成の記憶なので、幸成の心が俺に流れてくる。
彼は葛藤と戦っていた。
彼の心の痛みがよく分かる。
それでも彼は貫き通してしまった……嘘を。
「……キリシタンには制裁を加えなければいけない」
「え!?」
幸成は冷たい顔で武満を見る。
彼が取った道は……武満とは異なる道。
「ま、まさか……」
「ふふふ……ははははは!いけないのはキリシタンだ!幕府が禁止しているというのに……」
気づいて欲しい。
これは嘘だと。
でも過去は絶対に変えられはしない……
「な……!」
変わり果てた幸成に武満は驚愕する。
これが演技だったとは……
「お前らの神に祈ってみればいい。祈れば助かるのではないか?」
「クッ・・・」
武満は必死に祈るが何も起きない。
「神とはかくも無情なものだ……」
この言葉は自分にも言っているのだと俺は気づいた。
無常にも彼と武満の道が分断されてしまったことを言っているのだと……
そして幸成殿はその場を立ち去った。
「ゆきなりぃぃぃぃぃ!!」
刹那、怒りを露にした武満が幸成に向かっていった。
しかし幸成はさっとかわして逆に反撃した。
「グウッ!」
「ふっ。最後に一つだけ教えてあげましょう。あなたの父にキリシタンを抹殺せよと進言したのは私です」
……幸成は最後まで嘘を貫いた。
こんな……こんなことって!
結局悪いのは何なんだよ!
俺には何も分からない。
こんな……こんな結末って!!
その後、案の定皇幸成は出世した。
幕府からもその功績を評価された。
彼には病気の妹がいるのでこの出世は大事だった。
彼は顔だけは喜んで幕府からの賛辞を受けた。
そして武満が自害したとの報が幸成の耳に入った。
キリスト教は自殺を禁じる。
つまり完全に彼はキリシタンではなくなった。
そして幸成は静かに涙を流した。
そして……幸成は江戸へ引っ越すことになった。
それは将軍に気に入られたからだ。
彼は妹と……赤ちゃんと一緒に江戸へ向かった。
そう、この赤ちゃんこそが武満とお喬の子。
あの後武満の怨念か、元気に生きたこの赤ん坊。
その子を養子にしたのだ、幸成は。
つまり……俺、いや皇家は幸成ではなく武満の血を引いているということなのだ。
そして記憶はここでお終いか、俺の意識が急激にそこから離れていった。
「くっ……」
気がつくと真っ暗闇の中にいた。
……武満の空間だ。
と、いうことは……武満もこの記憶を覗いてしまった!?
俺は武満を探した。
「武満!武満!武満はどこだ!」
「……聞こえている」
俺の目の前に武満が出現。
しかし何だかおかしい。
こんな近くなのに気配を感じなかった。
「お前……」
「……薄々気がついてはいたんだ。俺も」
武満が語り始めた。
「俺のしていることは間違っているんじゃないか?とか思っていたんだ」
「でもこれは嘘が書いてあるかもしれないぜ?」
「……幸成は……そんなことはしない。あのとき幸成の真意にどうして俺は気がつかなかったんだ!!何で!?お喬……幸成……拙者は何てことを……」
武満の口調が元に戻っていく。
武満の悲痛の叫びが木霊する。
「拙者は幸成殿になんと申せばいいのだ!?もう彼はいないんだ……それに君……カイにも迷惑をかけてしまった……」
「武満……」
初めて俺の名前を呼んだ武満。
でもおれはそんな武満に声を変え掛けることも出来ない。
「君は拙者の子孫だ……君には拙者のような過ちはしないでほしい……」
「オ、オイ!」
俺は武満を追いかけようとするけど足が上手く動かなかった。
何だかこの空間そのものに歪みが生じているようだ。
「正直……拙者はお主がお前と一緒だから一人じゃない、と言ってくれたこと……嬉しかった。そして拙者の存在を自分の心の中で受け入れてくれたことも。拙者はお主にあのときからずっと感謝していた……」
武満は涙を静かに流しながら語る。
武満の顔に憎しみや怒りの表情などなかった。
ただただ満足そうな表情をしていた。
「俺だってそうだよ!お前は俺に力を貸してくれたじゃないか!」
「……そうだね」
すると武満の体から刻印が消え始めた。
「刻印が……」
「拙者はもう悪魔じゃないからね……それに時間も無い」
「え?」
「さようなら。……さや殿を幸せにして……拙者と同じ道は決して歩むんじゃないぞ」
武満が俺かな離れていく。
ちょっと!!
武満!
待てよ!
武満!
声がなぜ出ない!?
どうしてなんだよ!
このまま武満と別れるなんて!
武満ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!
?SIDE
気がつくと涙を流していた。
これはいつもとは違う。
いつもは誰かに拠り代を変えたりするものなのだが。
今回は違う。
彼が消えてしまう……
「さようなら……武満様……」
かくいう私も消える。
いえ、消えるのはこの子の体に宿る私の思念。
「あなたも消えるの?」
「ええ。私も思念体。思念が消えれば私も消える」
彼女が私に問いかける。
「そう……みんな一緒に、はずっと続かないのかな……」
「違うわ。私はあるべき形に戻るだけ。あなたには……仲間がいるじゃない」
「うん……」
この子もそうだ。
私なんかをいつも気にかけて……
「ほら!いつもの元気は!?」
「うん……」
「はぁ……最後なんだから……笑ってよ。お願い」
「……そうだね!」
やっと決意してくれた。
「じゃあその……またね!」
「そうね、またね」
またね、はまた会えることを信じる挨拶。
あ、もう時間切れか。
私の体は消えていく。
「今度あったら……友達になろうね」
私はそのまま笑いながら消えた。
Kai SIDE
「はっ!!」
気がついたらベッドの上。
「カイ!」
「姉さん……」
どうやら俺は自分の部屋にいるようだ。
そして委員長と父も部屋にいた。
「そうだ!武満!」
「武満はいない」
父が短く告げた。
「え?」
「武満はもういない。この世のどこにも……もう、いない」
「は?何でだよ?あいつが消える理由なんてどこにも……」
俺は父の発言に反論した。
「理由とかそんなものではない!武満は思念体だ。我々皇家を恨む思念を持っている。しかしその思念が消えてしまえば……」
「武満も消える……」
そうか……そういうことだったのか……
「こんなことなら真実なんて知るんじゃなかったな……」
「どうして?カイの人生を滅茶苦茶にしたのはあいつじゃないの?」
姉さんが俺に問いかける。
「確かにアイツは俺の人生滅茶苦茶にした。正直あいつを憎いと思ったこともあるよ。でも……」
言葉に詰まる。
涙が溢れる。
感情も溢れる。
「アイツ……そんなに悪い奴でもなかったんだよ!球技大会のときは最後のシュートのときに力を貸してくれた……水泳大会のときも!体育祭も!2人3脚でも!アイツは無意識にでも俺に力を貸してくれたんだよ!」
「……」
みんな押し黙る。
「武満に俺まだありがとうって言ってないんだ!それなのに……」
姉さんが俺の肩をポンと叩く。
「ごめんなさい……私が夕陽に命令させたからこんなことに……」
「違うよ。悪い人なんていない。そんなことも……あるんだよ……」
俺は例の武満と幸成の事件を思い出した。
あの事件では幸成も武満も悪くない。
「……ならば墓くらいは建てておけ。それが今お前に出来るアイツへの餞だ」
父が俺に語りかける。
「私は仕事があるからこれで失礼する。カイ、お前は次期当主なんだ。頼むぞ」
そう言って父は出て行った。
「素直じゃない人……」
「え?」
「何でもないわ」
姉さんが何かを言ったような気がするが、よく聞き取れなかった。
「さ、夕陽も。お墓、建てるわよ」
「……ああ」
俺は姉さんとともに裏庭に行った。
武満……思えばアイツって悪魔にしては優しすぎるんだよな……
やべえ。考えるだけでも涙出てくるし。
でも今日くらいは……いいか。
アイツとは生まれたときからの付き合いなんだから。
「……アイツは豪華な墓は好まない」
「分かってるわよ。父から聞いた。はい」
「え?」
そう言って渡されたのは日本刀だった。
「武満の形見だって。最後まで父が取っておいたの」
「へえ……あの父が……でも、そうだな……」
「何がだ?」
「うわあ!!!!」
突然背後から父の声がした。
「び、びっくりしたぁ〜」
「この刀をそこに刺せ」
父の命令どおりやわらかい土の上に刀を立てた。
そして俺達4人は手を合わせた。
武満の冥福を祈って……
「でも父さんって結構いい人なんだな」
俺はお墓から帰るときに父に言った。
「何だ突然」
厳のある声が俺の耳に響く。
しかし不思議と恐怖は無い。
「武満のことを結構気に掛けてくれたんだな、と思って」
「……」
「そうでないと俺が書庫に入るのをあんなに止めようとしないじゃん」
「……勝手に思ってろ」
父はそう言って俺から離れて自分の部屋に戻っていく。
そんな父に少し親近感が湧いたのは秘密だ。
「フフフ。あなたの勘当を父は最後まで反対してたのよ」
「マジで!?驚愕の事実!」
俺の方程式、親父、地震、雷、火事が崩れていく。
そして姉さんから語られるのは様々なこと。
姉さんが俺を勘当した理由は一人で生きられるようにするため。
姉さんが当主になろうとする理由は俺を姉離れさせるため。
父が俺を相手にしなかった理由は武満に真意、真実を悟らせないため。
……などだ。
まあ母親は結局あんな感じらしいけど。
結婚前はあんな感じじゃなかったらしいが。
まあそんなものはどうでもいい。
もうすぐ帰国しなくちゃいけないし。
「でも……出会いのあとは別れ……か」
俺は先を憂鬱に思った。
俺も覚悟しなければ。
みんなに例のことを言う覚悟を。
その日の夢の中、俺は真っ暗闇にいた。
「オイオイ……武満の空間じゃないか……」
しかしその暗闇が一瞬で消え去った。
むしろ明るい空間になった。
「あ……」
そして目の前には笑顔の武満が。
「武満!」
「……」
武満は笑うだけで何も言ってくれない。
そうだよな……これは幻だよな……
「でも、幻でももう一度会えて良かった」
俺の言葉に笑顔を崩さない武満。
「お前に言いたいことがあるんだよ」
武満が俺に少し近づいた。
「ありがとう」
その瞬間何本もの光の筋が俺と武満を照らす。
そしてその光の跡こそ……
「光芒か……」
俺と武満はその光の筋を眼で追う。
そして不意に目が合う。
武満が何か言う。
でも俺には聞こえない。
「聞こえねえよ……」
“ありがとう”って……
俺と武満は握手をした。
もちろん感触は無い。
そして武満は光の筋になって消えていった。
「……忘れないよ。お前の生き様、お前の存在も。ありがとう、武満」
To Be Continued……
えーと……話の根幹はここで一応終了……ですかね?
次回からは最終章、旅立ち編です。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。