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最後の試練Ⅴ


「転移召喚・遊星旅団」


 少年冒険者ヘラクレスが使ったのは転移魔術だった。


 バッカスでは当たり前に存在しながら、希少である転移魔術。それは都市間、都市内での移動に使われる事が多いが使い道はそれだけではない。


「うおっ!?」


「おおっと……あら? クレス」


「みんなきた」


 少年は転移を味方――アルゴ隊の召喚よびよせに使った。


 鱗衣を媒介に魔術を起動し、さらには大規模転移魔術を行う舞台アーセナルを足掛かりにレイラインに干渉。そこから一団を瞬きのうちに招き寄せていた。


 単に道具と状況が揃っていただけではなく、彼が寝食を共にし、木彫りの彫像が作れるほど相手を観察し、深く知り合ったからこそ召喚は成功した。


 真っ先に呼び出されたゴブリンは少年の頭の上で目をパチパチと見開きさせつつも、再起した少年が跳躍した事で髪にしがみついて戦場に身を投じていった。


「クレス! おっ、お前……! いまとんでもないことしたな!?」


「みんなだからできた。みんなきてくれた」


 そう言ってニッと笑った少年は天魔を素手で殴りにいった。


 剣と素手の応酬。少年が一方的に傷ついたが――。


「こっちも混ぜろよ天魔!」


「おいクレス、これ使え!」


「ありがと」


 反撃の一撃はアルゴ隊の横槍に潰され、武装の差も貸与で無くなり、少年の傷すら仲間の治癒魔術が即座に治した。何もかもを少年側が上回った。


「て、てめえら……! 卑怯だぞ!」


 逆転した形勢に神は叫んだ。


 一方的に削られていく天魔の苦境に発狂し、数の暴力に訴えたアルゴ隊に向けて怒鳴った。それぐらいしか出来なかった。それぐらしか協定で許されてなかった。


 返ってきたのは嘲笑だった。


「殺し合いに卑怯もクソもあるかバーーーーカ!」


「数が多い方が勝つのがこの世の摂理だバーーーーカ!」


「嫌なら協定ルールにしっかり定めとけバーーーーカ!」


「このッ……! くそ、糞共! 品のない、愚連隊ごときが……!」


「その愚連アルゴ隊に負けるんだよ、カス!!」


 アルゴ隊は笑った。


 彼らは品が無く、容赦も無く、愚連隊という呼称が似合う集いだった。


 だがしかし、バッカス最強の冒険者クランである。


『6dgo;.t……!』


 天魔は怒涛のごとく迫ってくる連撃を捌いた。


 捌ききれなくなる事は明らかであったが、最後まで抵抗した。神と違い、多勢に無勢である事に異は無かった。彼にとってはそういう死合ゲームゆえに。


『zjoueu』


 彼は敗北に至ろうとしている状況を「つまらない」と評した。


 負けるのはつまらないと確信していた。負けたくないなと思いながら抵抗した――が、自分が負けようとしている姿を見ている彼もまた笑みを浮かべていた。


『6;k-4t@z9e>t@<3yqok-4t@z9eu』


「いけっ! クレス!!」


「アァアァアァアァアァアァッ!!」


『q@t@jq@3cv@qlu――!』


 天魔は最後の迎撃を行った。


 総長の号令の下、砲弾のように飛ばされてきた巨人の少年が振り抜いてきた刃を満身創痍で打ち返そうとした。本来なら、まだ凌げた。


 だが、放たれた一撃それは防御不能の一撃だった。


『uZ――――!?』


 激突した刃と刃。


 それが水のように弾け、砕けていった。


 砕いていったのは少年の手腕まじゅつによるものだった。


 転移魔術の使い道は幅広い。防御にも攻撃にも転用できる。


 エキドナの転移装甲は、相手の攻撃を透かす無敵の盾であった。


 ヘラクレスの振るう一刀は、相手の防御を透かす必殺の一撃となった。


 転移魔術をまとわせた刃は、触れるもの全てを斬り跳ばした。


「――――ッ!!」


『33<hc……! j:qhu』


 転移断刀それは天魔だろうが例外は無かった。


 剣ごと真っ二つに斬り跳ばされた悪魔は絶命し、アルゴ隊の面々は勝鬨をあげた。神が非難の言葉を叫んだが、誰もがそれを無視した。


 少年だけは慌てて上へと登っていった。



「おおっ? どしたクレス、天魔アレースなら倒――」


「おわてない!!」


「んっ? あっ、ああああああっ!! みんな! いそげ! いそげっ!!」


 先行したヘラクレスと、その頭に乗ったイアソンが焦り顔で叫んでいるのを苦笑して見送っていたアルゴ隊の面々は遅れて、現状を思い出した。


「ああああああああ!? 待て! 待て! エキドナ倒してねええええええ!」


「こ、ここまで来て爆発に巻き込まれて死ぬとかカンベン……!」


「いいから登れえええええええええええええええええええ!」


 一行は慌ただしく、騒ぎつつ、決着をつけに中枢に向かった。


 神は歯噛みしてそれを見送っていたが――やがて、嫌らしい笑みを浮かべた。


「まあ、いいさ……そのままいって、オレと同じ罪を犯せ」



 ヘラクレスは走った。


 先陣を切って走った。


 行く手を阻む魔物はまだ現れたが、彼は一人では無かった。


 彼には荒々しくも頼もしい仲間がいた。


 彼の自慢の仲間だった。仲間にとっても、彼は自慢の弟分であった。



「はっ……はっ……はっ……!」


 息吐きつつ、少年は走った。


 身体は疲れていたが仲間がいる事を思えば苦は無かった。


 あと少しで終わりだと思えば、へっちゃらだった。


 彼の鼻腔を、どこかなつかしい匂いがくすぐった。


 彼はそれが、何であるのかわからないまま走った。



「いた――! いたぞ!!」


「アレか、エキドナ!!」


 アーセナルの中枢にそれはいた。


 彼らを散々苦しめた外部装甲まものに埋もれ繋がる形で、それはいた。


 それ――エキドナは人型の魔物に見えた。


 人型ながら歪な形状のそれは赤い肌の持ち主だった。呪言の如き黒い入れ墨が汚らしく肌を汚しており、血まみれの死体を材料に作ったような容姿だった。


 頭には何かが突き刺さっているように見えた。


 それは剣ではなく、角であった。


「早く止めろ! 早く――――ころせ!」


「さっさと終わらせて帰るぞ!!」


 少年は剣を振りかぶった。


 仲間達も武器を構えた。皆が一斉に攻撃を加えようとした。


 エキドナはその様子を黙って見ていた。


 反撃するわけでもなく、転移装甲で――転移魔術で難を逃れようとするわけでもなく、黄色く濁った腐りかけのような瞳で黙って少年を見つめていた。


 彼女の転移魔術は自分を逃がす事が出来ない。


 そういう枷をつけられていた。



「…………」


 エキドナは全てを受け入れるように目を閉じた。


 その表情には微かな安堵の色があった。


 殺される事にホッとしていた。



「――――!」


 少年の仲間達が攻撃を放った。


 少年も、剣を振るった。


 二人が気づいた。あることに気づいた。


 一人は匂いで気づいた。もう一人は、過去で気づいた。



「クレス」


「――――」


「防げ」


 巨人とゴブリンはそんな短い言葉だけで意思を疎通した。


 二人は理解した。


 理解したからこそ――討伐対象エキドナに向かう全ての攻撃を防いだ。



「なっ……!」


「クレス!?」


「止めろお前ら!!」


「総長!? 何で止め――」


「止めろ。……いいんだ、クレスに任せとけ」


 ゴブリンは少年の頭から飛び降り、部下たちを止めた。


 あと少しで倒せる。それどころかもう時間の猶予もない。


 そんな状況で攻撃を少年に止めさせ、さらに制止してきたゴブリンに対し、一行は疑問した。それは焦りから非難に近いものとなってしまった。


「もうすぐ爆発するんだぞ!?」


「意味がわからん。何の意図で止めた」


「クレスがトドメさすにしても、せめて援護と防御を――」


「同じなんだ」


「は?」


「十二試練を始める前に……アイツが描いた絵と、同じ、なんだよ……」



 少年ヘラクレスは駆けた。


 武器も捨てて駆けた。


 駆け進めば進むほど、懐かしい匂いは強くなった。


 そして、討伐対象エキドナに辿り着いた少年は両腕を振り上げた。


 振り上げ、優しく……討伐対象を抱きしめた。














「ま゛ぁ゛ま゛…………」





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