番外編TIPS:文化編:練りイチゴ
イチゴをレモン汁や砂糖などと一緒に煮たものを固めたお菓子。異世界人は「羊羹に似ている」と言うが、似ているのはあくまで見た目で味はイチゴジャムに近い。製法もよく似ている。
砂糖を多く使うため、何個も食べるのはあまり身体によろしくない。だが魔術によって脂肪を手軽に取れるバッカス王国において「お菓子や料理の身体への悪影響」はあまり考慮されていない。
そのため健康食品もあまり普及していない。食で身体を患ったところで治癒魔術を使えばいい、という考えが一般的になっている。
エキドナ・アーセルとの戦いに向け、ゴルゴー監獄内で待機しているイアソンとヘラクレスは練りイチゴ作りに興じていた。
巨人らしいゴツゴツした大きな手のヘラクレスは存外器用であった。
直方体で作られる事が多い練りイチゴも繊細な手付きでいじり、ゴブリン型――イアソンそっくりの彫像に仕上げるのも容易くやってのけていた。
「そうちょ。たべぇ」
「共食いしろと……。しかし、お前は戦闘だけじゃなくて細かい事も結構出来るなぁ。ぼく以外の奴らもそっくりだし、芸術の才能があるかもな!」
「えへ」
ヘラクレスは照れくさそうにしつつも練りイチゴを作り続け――イアソンは自分の発言に何か「ひっかかるもの」を感じていた。
「…………?」
自分でも何が引っかかったのかわからず、首をひねっていたイアソンだったがクレスが「よろこんでくれっかな」と言うと疑問も忘れて首を縦に振った。
「きっと喜んでくれるさ。味も菓子職人顔負け! とまではいかなくても十分に美味しいからな。食べすぎてプクプク太るぐらい作ってやればいい」
「ぅん」
二人が作った練りイチゴは自分達で楽しむだけではなく、騒乱者に――エキドナ事変に参陣し、捕まった少年少女の冒険者への贈り物でもあった。
生き残り、バッカスに連れてこられた彼らは殆どが父親の洗脳から脱しきれておらず、激しく抵抗しようとしていた。
「まあ、洗脳は政府でも対応していくし、生活に関しても政府が保証していく形になるみたいだ。政府の観察付きで孤児院や士族に引き取られたりな。騒乱者として活動したとはいえ、いくらなんでも幼すぎるからな……」
「よかた」
「うん、でも……これからだ。物語の端役ならそのまま平和な生活を手に入れました――で終わるかもしれないけど、現実の、世間の騒乱者への目は厳しい」
「…………」
「生活を保証して、政府が保護したとしても……その護りがいつまでも続くとは限らない。悪意を持って接してくるヤツはいくらでも抜け穴を見つけるし、あの子達は……敵だらけの生活のまま、一生を終えるかもしれない」
「ゥ……」
ヘラクレスは自分も――サーベラスもバッカス国民に嫌われていると思い、少年少女騒乱者達の境遇に重ねていた。イアソンもまた同じように重ねていた。
ただ、イアソンの場合は魔物とは別の存在に重ねて見ていた。
「生き残った子達が、絶対に幸福になれるとは言い切れない。父親からの洗脳から脱する事が出来ず、何かをやらかすかもしれない。そういう可能性を考慮して、子供だろうが容赦なく、檻に入れておけという意見も少なくない」
「…………」
「でも、ああいう子達が幸福になれる可能性がゼロってわけじゃないんだ。似た例が――西方諸国にいた二世奴隷達の中にも、幸福になれたヤツもいた」
イアソンは昔語りをしつつ――100%の安全と幸福は保証せずとも――この国は過去に犯罪者の子や、犯罪を犯し悔いた者が僅かながらでも幸福を掴めた事例が確かにあった事を問いた。
「この世界には、完全無欠の幸福な終末は無い」
「…………」
「一人だけじゃ、腐って悪い方向に行ってしまうのは間違いない。けど、一人だけじゃなくて、環境次第で更生する事も不可能じゃない。もちろん本人が変わりたいと思って、変わるために努力をしてこそだけどなー」
「…………」
「そもそも許されて良いはずがないって言う奴もいる。……けど、ぼくは犯罪者として生きながらえて、受け入れてもらって来た側の人間だから……仮に自分が殺されても強くは言えないなぁ」
「そっかぁ……」
「ま、練りイチゴ作って贈るぐらいわな。任せとけ」
「そうちょ、ありがと」
二人はせっせと練りイチゴ作りへと戻っていった。
少年は――ヘラクレスは想っていた。
罪人の自分であっても、それでも救われてほしいと思う子供達がいるから力になりたいと想っていた。そう想っている者がここにいる事を伝えるためにも、練りイチゴを作って贈りたいと思っていた。
この戦いが終わったら、会いに行こうと考えていた。
それで全てが丸く収まり、ハッピーエンドに到れるわけではない。それでもただ傍観しているだけではなく、想いを伝える事の大切さを彼は信じていた。
「バッカス王国は種族や生まれの差別を無くしたいという思想で作られた国でもある。ただ、皆が皆、そういう考えってわけじゃない」
「…………」
「バッカス王国は、完璧な集団じゃない。むしろ未熟な点ばっかりだ。差別だって根絶できてない。神様がそういう世界にしてるって事もあるけど、全ての悪意をアイツが担ってるわけじゃない。罪は、一人ひとりにある」
「…………」
「完璧で優しい世界なんて、無いかもしれない」
「そぇでも、そーなると、いーね」
「そうだな。…………お前は、強くなったな」
「そぉ?」
少年は首をひねり、ゴブリンは「強くなったよ」と重ねて言った。
「最初から強かった。……弱くなんて無かった。今は、もっと強くなった」
「そかなぁ……?」
「強くなったんだよ。ぼくの評価を信じろ!」
「ぉぉ。しんじる。そうちょしんじる」
「お前は、これからもどんどん強くなる。色んなことに強くなっていってほしいな。武力だけじゃなくて、生活のための知識とか、心とか……色々な!」
「ぅん。つよなりたい。がんばる」
ゴブリンは少年がニッと笑う姿を眩しそうに見上げた。
「そうちょいると、いっぱいがんばれる。そうちょいると、ぼくむてき」
「……ぼく無しでも無敵にならないと駄目だぞー」
「そっかぁ」
ゴブリンは、死後の事を考えていた。
自分は……大親友の死も、家族の死を受け止める事が出来なかった弱い大人と断じ、少年には自分のようになって欲しくないと思っていた。
寿命は避けようがない。
いつか、自分達も別れの時がやってくる。
政府の工作員として働き、冒険者として働き、何度も蘇生魔術を受けてきた自分の寿命は奇跡の対価で短くなっている。普通より長生きは出来ない。
その事実を噛み締めたイアソンはクレスが自分のようにならない事を願いつつ、悲しみを受け止める事が出来る大人になってもらうために色んな事をしてやりたいと考えていた。強くなってほしいと心から想っていた。
「ぼく、そうちょ、だいすき。ずっといっしょ」
「…………」
「そうちょいないの、かんがえらんない。むり」
「……そうか。出来るだけ、長く一緒にいられるようにするよ」
「ながく、ちがう。ずっと」
「はいはい、わかったわかった」
そんな会話が交わされた翌日。
ゴブリンと巨人の少年は、エキドナとの最後の戦いへと向かった。
アルゴ隊の総長・イアソンが命を散らす戦いへと向かっていった。