番外編TIPS:政府関連編:神意不可侵領域に関する協定・第2条
神と人類が結んだ協定の中で神の侵入を禁ずる不可侵領域に関する協定について書かれたもの。第2条はヴァルポリチェッラ地下について取り決められている。
神の武器は世界管理能力、生物創造、空間転移、読心など多岐にわたるが協定では空間転移等を利用した重要施設への侵入に関して禁ずる旨が結ばれている。
基本的にどこへでも自由に出入り出来る神の転移能力は魔王すら上回るもので、これを使ってヴァルポリチェッラ地下にあるゴルゴー監獄の囚人と連絡を取る、あるいは同監獄に併設されている政府研究施設の研究を盗み見てバッカス王国の今後の動向に関して自由に見聞きされてしまう可能性が存在している。
そのためその手の諜報を禁ずる協定が結ばれている。盗難禁止に関しては他の協定で定められており、そちらは地域を限定していないため神がバッカス王国内で欲しいものがある場合は自腹を切って購入しなければならない。
神はあらゆるものを創造する能力を持っているが、そうして作ったものの調整――例えば味付けの調整は上手く出来ず均一であるため、外食はバッカス王国内で頻繁に行っている。その影響で神は飲食業関係者には対応が少しだけ柔らかである。いつもの調子で誰も彼も煽ると出禁を命じられるためである。
余談はさておき、神意不可侵領域協定・第2条で守られたヴァルポリチェッラ地下は世界開拓事業を進めるうえで重要な施設が複数集中している。
危険な囚人を収容し、研究をしているだけではなく、神の読心と出歯亀を許さず重要な会議や方針決定をする事に使われているためだ。
それだけに神にとっては対処しておきたい場所であり、エキドナ事変においてもこのヴァルポリチェッラ地下が「最終目標」であると神は政府に通達していた。
「……都市どころか、島をまるごと一つ吹き飛ばし、それによってただの海にする。その後はサクラメント群島並みに魔物を回遊させて再建を妨害する、か」
「現実的に可能なのか、それは」
「神から提供された情報を研究部で精査したところ、間違いなく可能だそうよ。例の……首都に向かっていると思われていたエキドナを爆発させる事でね」
政務官達は神からもたらされた犯行予告――エキドナを自爆させるという計画を高確率で真実かつ可能と判断した。
他所への攻撃も警戒しつつ、都市間転移ゲートを交えていつでも陣地転換が行えるように準備しながら対応計画を修正していった。
エキドナがヴァルポリチェッラで――正確にはヴァルポリチェッラのある島を自爆で吹き飛ばし、不可侵領域を無理やり海中に沈める。
再建困難なように多数の魔物を回遊させる事で第2条に守られた不可侵領域を事実上無力化するという強引な手段。
あくまで魔物が上陸し、島を吹き飛ばすという手段であるため協定にはかろうじて觝触していない。バッカスは人民を転移で逃し、都市を一時放棄する策を取る事も出来ず、不可侵領域を守るために撤退出来ない戦いを強いられる事になった。
さらに戦力を不可侵領域防衛に一極集中出来ない事情もあった。
「エキドナが生み出す竜種が多すぎる……。ヴィントナー大陸どころか、バッカス大陸にも入り込まれて各地に戦線が拡大している……」
「エキドナから生まれた魔物がさらに魔物を産んでいる報告も上がっている。各都市を防衛する場合、第三次迎撃戦ほどの戦力は割けん」
「飛翔中のエキドナに先回りして、戦線拡大の根本で迎撃する策は――」
「いま現在も追撃班が行っている。だが飛んでいる相手の進路に大部隊で張り付き続けるのは困難……不可能だ。迎撃網にも穴が出来る」
「もはや防衛線を都市から上げる事も厳しい。精々、精鋭が各都市の防衛戦に順繰りに回れるよう、接近する竜種の進行速度を遊撃部隊で調整する事ぐらいだ……」
「その対応策は――」
「ウチの士族で先行して対応している。政務官長経由で監獄にいる雷光殿から書簡が届いてな。それに従って動いているところだ」
「あの御仁はまだゴルゴー監獄から退避していないのか」
「ギリギリまで粘るそうだ。神に頭の中を覗き見られないために」
日を追うごとにバッカス政府の悩みの種は増え、現場を直接目にしていない一般国民の中でも不安の声が頻繁に上がり始めていた。
不幸中の幸いは、未だ止められずにいるエキドナの最終目標があくまで不可侵領域の一つを事実上無力化するという事にあった。首都ではなく、協定で定められた領域を一つ潰されるだけならまだ立て直しようはある、と考えていた。
だがそれでも潰されて痛くはない要所ではない事もあって対応に手を抜く暇などどこにも無かった。どこの都市防衛も絶対に負けられない状況にあった。
「ともかく……戦力集めるためにも厄介な魔物は一つずつ潰していくしかない」
「例の、動きがおかしい魔物……サーベラスに関しては居場所が常にわかるようになった事は大きいな。戦士を派遣するのに無駄が無くなる」
「わざわざ教えてきた事に嫌な思惑を感じずにはいられないけどね。私も、メーデイアさんが主張しているのと同じく、捕獲優先で動くべきだと思うけど」
「既にその案は失敗している。激しく抵抗され負傷者も出た。それに……サーベラスに関しては既にカンピドリオ士族が最高位の戦力を動かしている。他にもそれに匹敵するだけの戦力が、そろそろ交戦に入る頃合いだ」
「カンピドリオが先行しているのは知ってるけど、そのもう一つは?」
「ナス士族の精鋭隊。カヨウ士族長の懐刀達だ。カンピドリオ士族が蹴散らされた相手を是が非でも仕留めるためにな。転移装甲を何とかするためにも、二士族以外にもサーベラスのところには続々と戦力が集結している」
「さすがに、サーベラスは近日中に始末できそうか……」
「サーベラスさえ殺せばエキドナの転移装甲は解除してもらえる協定だ。アレさえなければまだまだ対応は出来る」
政務官達がそんな話をしていた丁度その頃。
サーベラスは下半身を消し飛ばされていた。
『3――3#Z<t@Z……!』
サーベラスは上半身だけを動かし急ぎ谷底の河へと飛び込み、今まで差し向けられてきた追手の中でも殊更強烈な面子がこの場に揃いつつある事に恐怖した。
追手達は――カンピドリオとナスの精鋭部隊を仕切る長二人は魔獣の心境などお構い無しに言葉を交わし、此度の「狩猟」で競おうとしていた。
「こら、狂狼。お前が横槍を入れてくるから今ので仕留め損なったではないか。苦しめず、せめて一刀で楽にしてやろうと思うておったのに……」
「あら、牝狐様。健康のために素振りでもしていたのだと勘違いしておりました。ここから追撃のために走るのは大変でしょうから、どうか御老体はお帰りになって湯治するべきでは? 何ならそこの風呂で湯を沸かしますが」
「あれは風呂ではない。お前らカンピドリオの士族戦士団が持ってきた鍋じゃろう。殺しばかりで書を嗜まず惰性で生きてきた小娘の頭はコレだから……」
「ふふ。しかしそちらより狩りは得意という自負がありますよ」
「その鼻っ面をへし折ってやらねばならんなぁ。狩座と行こうか」