番外編TIPS:計画・研究編編:人造救世主
ティターン士族が半強制的に進めていた研究。反攻と救済のための計画であったが、最終的にはこの研究によりティターン士族は半壊する事になった。
魔術王は多種族が手を取り合って暮らせる世の中を目指しバッカス王国を建国したが、西方諸国を敵視しているティターン士族にとって、バッカス王国の思想は容易く受け入れられるものではなかった。
だからこそバッカスに対し戦いを挑んだものの、神すら殺す魔術王に対抗する事が出来ないでいた。全盛期は士族戦士団の連携でオーガ並みの力を持つ管理種も討滅した事もある彼らにとって、武力による敗北は受け入れがたいものであった。
彼らは力を欲した。魔王すら倒す力を求め、一時バッカスとの戦線を大きく後退させる決断――首都サングリアから遠ざかり、力を蓄える事にした。
しかし、頼りにしていた士族最強の戦士は宿敵との戦いのために士族から離脱し、一人、また一人とその後に――バッカス王国側へ向かう事を選び、ティターン士族は弱体化していった。
それでも力を蓄えるために集落を移した。
その「力を蓄える方策」はろくに無く、伝承に残る邪神の召還や異星の覇者との交信――という胡乱なものしかなく、当然失敗し、魔物や疫病の恐怖は士族の結束を瓦解寸前にまで追い詰められていった。
打倒バッカスを諦め、頭を垂れて傘下に入るべきと主張する者もいたが、かつての怨恨を忘れられない士族長は力による恐怖政治を行ったが、それは士族衰退に歯止めをかけるものではなかった。
その最中、救いの手を差し伸べたのは神だった。
少なくとも本人は救済だと言い張り、士族長を筆頭とした反バッカス強硬派は藁にもすがる想いでそれに縋り、神に導かれるまま最後の大移動を開始。辿り着いたのがソーテルヌ島に敷設された牢獄であった。
『打倒魔王……立派な志だね! 打倒できそうになるまで、この中で頑張ってね』
閉じ込められた士族は自分達が騙された事を悟った。だが何もかも遅く、神は笑みを浮かべて「騙してないよ。全面的にバックアップするよ」と騙った。
当初、ティターン士族は神に頼らず迷宮脱出のために方策を練り、試し、神が用意した虫かごから出られない事を悟るとまず士族長を吊し上げた後、生きて迷宮を出るために神の指示に従う事にした。様々なものを犠牲にしながら。
神の望みは人が苦しむ様を眺める事であったが、ティターン士族が「魔王を打倒するための研究」を達成するための助力は、多少は行った。
『えー、まだ成果が出ないのぉ? じゃあ予算削減しなきゃダヨね……?』
ニヤニヤと笑みを浮かべる神は巨人達が慈悲を乞うても応える事は稀であった。迷宮という閉鎖空間において、生存のために必要な物資を用意するか否かは神の手のひらの上。弱い者から死んでいった。自死に対しては蘇生魔術が施された。
ティターン士族は精神を摩耗させていった。終わりの見えない不可能研究。やがて、失うものは何も無くなった。そして、神の手引きで外部から一時的に魔術師達の力も借り、一つの研究が実を結ぼうとしていた。
研究の名は、人造救世主。
バッカス王国に対抗する場合、最大の障害となるのが魔術王・ベールであり、これに対抗するための方策として選ばれたのが「協定の利用」であった。
すなわち、魔物を戦力とするものであった。魔王は強いが、神との協定による縛りで対魔物戦闘には制限がかけられており、魔物で攻め立てるのが最適解。
半端な魔物では足りない。
だからこそティターン士族は人の手で、最強の魔物を作ろうとした。
「その成果の一つが、キミってわけブヒィ❤」
「…………」
騒乱者のアジトに誘拐され、拘束されている少年は――アルゴ隊に拾われた巨人であるはずの少年は、そう告げられていた。
まだ人間の子供であるはずなのに、都市郊外で生き延び、竜種すら単騎で殺してみせ、生身では有り得ないほどの毒耐性を備えた少年。
彼は自分に対して告げられた言葉を理解していた。人間の言葉を理解出来るよう努力して、勉強して、聞きたくない言葉を耳から注ぎ込まれつつあった。
「オジサン、だれ……ここ、どこ……総長のとこ、かえりたい……」
「いやいや❤ キミが帰るべき場所は、ここブヒよ❤」
少年はその言葉に「違う」と言えなかった。彼の嗅覚は嗅ぎ覚えのある匂い――アルゴ隊と馬系獣人のアルカディア士族と共に戦った巨大な魔物、竜牙兵と戦った時に嗅いだ匂いに鼻腔をくすぐられていた。
彼はそれが何か理解できなかったが、「懐かしいにおい」だと思っていた。
「キミは、人間じゃないんだ」
「…………ちがう」
「いまは人型で、人語を解しているけど人間とした生まれたんじゃないブヒよぉ」
「ちがうっ……! ぼく、そうちょや、みんなの、なかま……」
「クランから追い出されたのに? 彼らはキミが、人間じゃないと……自分達の敵じゃないのかと察して、本能的に遠ざけたんじゃないかなぁ……?」
「ちがう、ちがうっ……そうちょも、みんなも、そんなこと……!」
少年は必死になって否定し、汚らしく笑い、意地の悪いことを言う豚面の騒乱者の態度と身動きの取れない状況にポロポロと涙した。泣きたくなかったが、泣いてしまい、それは騒乱者の笑みを深めさせる行動だった。
「おっ❤ おっ❤ ちゃーんと泣いてるブヒねぇ❤ 人間じゃないキミを人間社会に紛れ込ませるの機構として、涙腺を緩く設計した甲斐があったブヒねぇ❤」
「…………!」
「お陰様で、ニンゲン達と同情してもらえたでしょ?」
豚面の騒乱者は神の要請により、師と共にティターン士族の研究に携わった者であった。少年の事は作成した当初から知っていた。
迷宮の入り口を壊すほどの力を手に入れた実験体に逃げられた事で半壊したティターン士族の生き残りを師と共に丁重に埋葬。逃亡した二体の実験体を捕獲し、最終調整にも携わっていた。
「本来、キミはケダモノの如く暴れまわる存在だったんだけど、神様がねぇ……救世主は人の生も知らなきゃ駄目だって事で、バケモノであるキミをバッカス王国という託児所に預けさせたんだよ」
「うそ、だぁ……!」
事実であった。
神はティターン士族が最強の魔物を生み出す事など期待していなかった。
ただ強いだけの魔物なら自分で作れるが、彼の好物である悲劇は人が関わってこそ生まれるもの。だからこそ神は「人として」少年をバッカスへと送り込んだ。
「対バッカス王国を考えた場合、魔物を使うっていうティターン士族の考えは正しい。問題は2つある。1つ、実際に最強の魔物を作れるか? 2つ、仮に出来たとしてもその魔物を支配する事が出来るか?」
後者の問題を解決するため、ティターン士族は魔物のコントロールを担う中枢――生体部品を生産させた。
そのほぼ全てがティターン士族ではコントロール不能な魔物か、単なる肉塊という失敗作となったが、11体の数少ない成功例を作る事にも成功していた。
成功例とはいえ、No.1からNo.10は用意した魔物に組み込んでも耐えきれず、ただひたすら死を望むだけの存在になり――No.11が願いを果たした。
創造主に反逆したNo.11は、いま、豚面の騒乱者の目の前にいた。
「神様が無茶な注文をつけてくるから苦労したよぉ、ホントぉ……。バッカス王国が『不可思議なところもあるが巨人種である』と認識してくれるよう、キミの存在を偽装するのは本当に苦労した。でもね、大丈夫」
騒乱者は一本の注射器を取り出し、それを少年の脳天に打ち込んでいた。
「これで、全て元通りだ」
「――――」
少年は「やめて」と言おうとした。だがもう遅かった。
最初に変質したのは声帯であった。
対バッカス戦闘において、人語を話す必要は無く、少年が「みんなとお話したい」と願い、手に入れたものは霧散した。踏みにじられる事になった。
変化には激痛が伴った。痛みと恐怖から少年は泣き叫ぼうとしたが、それはもはや咆哮と呼ぶに相応しいものであり――彼は本来の姿を取り戻す事になった。
「――――! ――――!! ――――!!!」
「あぁ……神様の執着も少しだけ、理解出来たよ。この悲鳴は、この咆哮は、人の温かさを知るからこそ生まれた音楽だ……」
これは英雄譚ではない。
英雄譚と呼ぶには血生臭く、悪意に満ちた物語である。
だが、それでも、
少年は人として生きる事を望んだ。
望んでいた。
「……おかえり、第十一試練」




