番外編TIPS:第十試練:アレース
悪魔は魔物の中でも特に曲者揃いであり、そんな悪魔の中でも特異で強力な異能を持ち合わせるものがおおい天魔はバッカス冒険者を何人も屠ってきた。
アレースにより殺された被害者は少なくないが、多くもない。総計で言えば悪魔の中でも十指に入るとは、とても言えないぐらいの数しか殺してない。
それでも幾度となく開拓の最前線でバッカス王国を退け、何年にも渡って生き残ってきた実績から「悪魔の中でも一、二を争う強さを持つ」と言われている。
特に近接戦闘能力は凄まじいものがあり、未だ手傷らしい手傷を負わせた者はいなかった。腕利きのオーガ相手でも勝ってみせるほど強く、名の知れた熟練冒険者が数十人揃っていようが、それぞれ一合と持たずに打ちのめし勝利した事もある。
身の丈はプロメテウスと同じく巨人並み。黒い体のところどころに灰色の装甲板を身に着けている姿は甲冑武者、あるいは機甲人形の如きもの。
倒した相手の武器を使って戦い、特に剣や鈍器を好んで手元に置いている。
立ち回りは静謐と苛烈さを兼ね揃えたもので、武器を正眼に構え、巌のように佇んでいたかと思えば、瞬きのうちに相手に詰めより斬り伏せているほど速く重い一撃を打ち込んでくる。
その様は魔物でありながら、剣道家のようであるが、単に武器を振るうだけではなく睨んだ場所を爆破する異能も持ち合わせている。異能の間合いだけでもアレース中心に半径50メートルほどはあり、爆破で殺せずとも崩れた相手にすかさず詰めより武器を振るって幾人もの猛者を倒してみせている。
また、アレース自身には戦闘時、周囲の光景がスローモーションで見えている。これはアレース特有の異能ではなく、悪魔なら少なからず持っているもので、世界の時間が乱れている事を利用した疑似加速である。
特有ではなくともアレースはこれをかなり高い水準で使いこなしてみせている。
悪魔の中で最高の疑似加速の使い手である「名無しの上級悪魔」には及ばないものの、それでも十分に高精度で、アルゴ隊の前衛部隊相手の全力機動が蝿と同程度に捉えれるほど、戦場を手中に収めていた。
「ウゥ――――アァアァアァアァアァアァッ!!」
『突出しすぎるな! 討伐はプロメテウス優先だ! アレースは引き離して押さえておくだけでいい! 剣の間合いに踏み込むな!』
「フーッ! フゥゥゥゥ……!」
『おい、聞いてるのか!? お、落ち着け……!』
アルゴ隊の少年は、イアソンに交信魔術で話しかけられながらも猛っていた。悪魔と少年、どちらが魔物であるのかわからないほどに。
少年は焦っていた。
イアソンの前で手柄を立てたいあまりに、天魔に向けて何度も何度も斬りかかっていった。爆破や刃で肉体を抉られようが、まったく構わず、ただひたすら愚直に相手を殺すために武器を振るった。
抉れ飛んだ部位は瞬きのうちに治った。その再生速度はカンピドリオの人狼を凌駕し、竜種に迫るほどのものであった。
身体はともかく、暴走する少年の思考はまだ、人間的なものだった。
捨てられたくない。
総長に置いていかれたくない。総長が最初、遠征に連れて行こうとしてくれなかったのは、自分の力が足りてないからだ。
戦うしか能がないのに、その力が足りてないと判断された。捨てられたくない。捨てられたくない、総長と一緒にいたい。もう二度と捨てられたくない。総長と一緒にいれなくなったら、また、都市郊外放浪が戻ってくる。
腕を斬り飛ばされてても止まらず、進んだ。
『馬鹿野郎! 下がれ! 誰か! アイツの首に縄つけてでも――』
「だいじょ、ぶ……! 勝つ……! そうちょの、ために、勝つ……!」
『…………!』
彼は焦り、恐れていた。
イアソンの気持ちを知らず、進む先に幸福があると信じて。
痛いのより一人になる事の方を恐れ、明確な殺意を持って天魔に相対した。
そうして愚直に進む滅私の姿は、イアソンを震えさせた。感極まったわけではない。その姿に自分のよく知る人物を――自分が一番嫌いな人物を重ねていた。
魔物の如き少年は、人の如き天魔へと立ち向かった。
天魔・アレースは少年の突撃をいなし、見切り、ただ速いだけの打ち込みを――対魔物には使えても対人には愚直すぎる打ち込みを横に避けていた。
そして少年の両腕を斬り、その目の前で叫び飛んできたイアソンを爆破で粉微塵にしてみせた。即死であり、もはやこの場で蘇生する事も叶わなかった。
「ぁ…………!」
少年は怒り泣き、獣のように叫び、徒手空拳どころか腕もないまま天魔へと牙を向いていた。その歯はアレースの首を捉えたが、それだけだった。
アルゴ隊は壊滅するまで戦い、第九試練と第十試練は、ほぼ無傷で都市郊外の闇へと去っていった。