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番外編TIPS:魔物編:アンデッド


 魔物の一種族。死体を魔物に変えしてしまうこの魔物は、その正体がわかるまで魔物の中でも殊更特異なものと認識され、数多の迷信を作り上げてきた。


 ある士族はアンデッド化を神聖なものとして扱い、死者を森の中に安置し、アンデッドとして暴れる事を「良し」とした。これは一度は死んだ者が再び立ち上がる事を「死した者が迎えた新たなる門出」と信じ、自然の成り行きとしてアンデッドとなる事こそが救いであると考えたためである。


 アンデッド化した家族や同胞が暴力により新た歩く死体を生もうが、それもまた救いであると定義し――さすがにその状態が永遠に続く事もなく――最後はアンデッドに滅ぼされる事となったが、アンデッドをどこか神聖なものとして恐れ敬う風潮はこの士族以外にも存在していた。


 当然、神聖視ではなく単なるバケモノとして扱う風潮の方が多数派であったが、これもまた行き過ぎれば魔女狩り的な危険な思想に変貌した。


 例えば西方諸国に存在していたある村で、死体の処置を誤った事でアンデッドが発生する事になったのだが、このアンデッドを始末する際に住民のうち数人が「噛まれる」「爪で引っかかれる」などの怪我を負う事となった。


 この事から住民達はアンデッドにより手傷を負わされた者に対し、「死人となる毒に感染したのではないか」と疑いの目を向ける事となった。


 アンデッドの正体が知られる以前は、このように生者であっても「病毒としてアンデッド化が感染する」と信じられる事はよくあった。


 結果、この村で起きたのは手傷を負った者達の投獄隔離。自分達は問題ないと訴える投獄者達は縛られながらも暴れ、アンデッドを恐れる者達に近寄る事を禁じられ、ただ見守られる事となった。


 食事も満足に与えられず、糞尿に塗れながら苦しんだ投獄者達は当然のように死に至り、死後、アンデッドと化した。これに対して「やっぱり感染していた!」と気をよくしたのも束の間、死んだ者達と接していた者――その友人や伴侶にも疑心の手は及び、この騒動は村中どころか他所の村まで飛び火していった。


 正確な正体を知らない事はこのような恐れを招き、疑心から人間同士の戦いも呼ぶ事となった。アンデッドの正体は菌の魔物であり、死肉に取り付いて暴れるものだと広く知れ渡るまで、恐怖による悲劇の連鎖が途絶える事は無かった。


 バッカス王国では当然、アンデッドの正体は知れている事から噛まれようが引っかかれようがアンデッド化とは関係のない感染症予防のために舌打ちしながら治癒魔術をかけるだけで済むが、西方諸国では現在も、完全にはアンデッドに対する対処と知識は広まっていない。


 神はアンデッドの存在に非常に満足していた。このような魔物を作るためのアイデアと、技術をもたらした異世界人メフィストフェレスに問いかけた。


 お前は何故、このようなものを考え、作ったのか――と。


 問われた者は自身でもその問いの答えがわからなかった。ただ、漠然と「誰かを生き返らせたくてやったの……かも?」と口にしていた。彼女の記憶あたまはもう壊れており、あやふやで、もはや目的と手段が混在してしまっていた。



 ラドゥーン討伐参加者の多くがサクラメントの桜吹雪を遠目に堪能している中、魔女・メーデイアは元夫イアソンに言葉を投げつけていった。


「アンタみたいな男と結婚してた事は、今での私の汚点よ」


「だろうな……」


「アンタがメーデイオスを拾ってきた時も、呆れたわ。駄々こねるアンタのお尻を叩いて叱りつけて……飼うのに反対した事は、覚えてるでしょ?」


「うん……」


「……あの子を拾ってきてくれた事だけは、今でも、私の大切な思い出よ」


 メーデイアは溜息をつきながら視線を逸らし、まだ二人が夫婦としてやっていれた頃の事を――子が無いながらも楽しめていた頃の事を思い出していた。


 事の始まりはある雨の日。家に帰ってきたイアソンが玄関をくぐらず、倉庫の方にコソコソと進んでいった事を魔術の目で感知したメーデイアは訝しがりながらも夕食のスープが入った鍋をかき混ぜた後、倉庫へと向かっていった。


 そこに待っていたのはずぶ濡れのイアソンと、同じぐらいずぶ濡れ――どころか薄汚く傷だらけの子犬であった。イアソンは子犬にベロベロと舐められ、「やめろよぉ」と言いながらも布で子犬を拭き、治癒魔術を使っていた。


 そして「ウチのカミさんは神様よりおっかないけど……お前がちゃんと媚びれば飼って貰えるぞ!」と、こっそり芸を仕込もうとしていた。


 メーデイアは「拾ったとこに捨ててきなさい」と叱りつけたが、イアソンは「やだやだ!」と子供のように駄々をこね、「コイツは、ぼくが馬代わりに使うんだ」と訴え、あの手この手で妻を説得しようとし、最終的には妻が溜息と共に折れた。


 メーデイオスと名付けられた子犬は、最初、自宅の中には動物を入れたくないメーデイアの命で「もう少し大きくなったら庭に繋ぎなさい」と言われていたが、イアソンが「やだやだ」と机の上で駄々っ子のように暴れ、子犬を武器に泣き落としをし、結局は家の中で飼う事になった。家中にはまた、妻の溜息が響いた。


 イアソンは最初、子犬を冒険者として仕込もうとしたが、その手の才があまり無かった事から諦め、単なる愛玩犬とし、都市内を出歩く時は「行けー! メーデイオスー!」と跨って走らせ、たまに犬の背からポロリと落下して溝に落ちたり、頭からかじられたりしつつも、仲良く過ごしていた。


 メーデイアはグチグチと文句を言いつつも、遊び以外はちゃらんぽらんな夫に代わって面倒を見て、遊び疲れて寄り添って寝ている一人と一匹に毛布をかけながら溜息をつかずにはいられなかった。その口元は、楽しげではあったが。


 二人きりの生活に一匹が加わった生活は、賑やかなものになった。友人を亡くし落ち込み、寂しげにしている事が多かった夫を見守る妻は、それに満足していた。


 ただ、これは長くは続かなかった。


 犬の寿命は長寿族ひとの一生の中では、ほんの一瞬で燃え尽きるもの。


 別れの時がやってくる事は二人とも知っていた。妻は覚悟していた。その時が来て欲しくないと思いつつも、せめてちゃんと看取ろうとしていた。


 夫の方は覚悟が出来ていなかった。


 彼は治癒魔術を使っても痛みを取り除く事しか出来ず、弱っていく愛犬にすがりつき、冷たくなってもなおすがりつき、弔う事を拒絶した。


 アンデッド化は人にだけ訪れるものではない。


 獣にすら訪れる可能性があるもので、それゆえにメーデイオスはじゃれるのではなく、殺すために牙を向いた。その始末をつけたのは魔女であった。


「アンタが……どうしようもなく半端で、愚図な男である事は、私はよく知ってるわ。もう諦めてる。今更、泣きわめいて変わってとか言わないわ」


「…………」


「でもね? あの子の事だけじゃなくて、いま、アンタが可愛がってる子にも……半端な対応するのは、やめときなさい。あの子の幸福を真に考えているなら……真剣に覚悟して冒険に連れていくか、叱りつけてでも都市に帰して、ちゃんとした親元を探してあげるべきよ」


「……アイツの親は、まだちゃんと生きてるよ」


「本当にそう信じてる? 都市郊外がどんな世界かは、知ってるでしょう? あの子だけが一人、さまよっていたという事は……あの子がいたかもしれない巨人の集落が、もう、ダメになってる可能性ぐらい……わかってるでしょう?」


「…………」


「お願いだから……ね? 今回はちゃんと、覚悟して、向き合って――」


 言葉交わす二人の時間を引き裂くように、野営地に声が響いていった。


「敵襲! 数が多い! 総員、迎撃体制をとれ!」


「メーデイア様、ラドゥーンです。進撃を開始していたらしく、近づいてきます」


「予想より早いわね。……どうも他の魔物もいるみたいだけど」


「いま、調べさせています。それとイアソン様、先ほど、書簡が届きました」


「書簡……?」


 その送り主は神であり、魔物の創造主は第六試練以外の試練もまとめて送り込んだ――と書簡により告げていた。


「試練って……何が来たの?」


第六試練ラドゥーン第七試練デルピュネ第八試練パイア第九試練プロメテウス第十試練アレース……だ」


「それは…………いくらなんでも、不味いわね」




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