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番外編TIPS:バッカス街歩き編:揚げクレープ


 バッカス王国で人気の魔術調理菓子。揚げクレープそのもののは魔術を使わずとも作れるが、バッカスで流行っている揚げクレープは魔術を使って作る事が多い。


 作り方としてはクレープの中身や形を魔術で保護しながら揚げるというもの。外はパリパリのクロワッサンのようなアツアツのものでいて、中身は冷たいアイスが入っている。


 生地の熱さに徐々に溶けてきたアイスを最後はすすり、ホットチョコレート的に飲んで食べる者が多い。火傷しやすいので食べる側も魔術を使って肌や舌を保護するのが無難。


 揚げクレープ専門店も数多く存在し、揚げクレープ専門誌すら存在していたほど。魔術調理食の中では比較的手を出しやすいため現在も店が増え続けている。


 揚げクレープ業界で隠れた名店とされているのがオー・メドックでクレープと揚げクレープの屋台営業をし続けている揚げ亭。隠れた名店である事に誇りを持って営業しており、雑誌取材は完全に断り、それでもなお取材に来た記者相手の眼の前で屋台ごと光学迷彩で雲隠れするほどの隠れちゃう名店。


 アルゴ隊の総長・イアソンもお気に入りの店で、デート屋の女の子を複数人お金で侍らせてちょくちょく立ち寄っている。店主には「寂しいやつ」と思われているが、そんなイアソンがある日、女の子以外を店に連れてきた。


 イアソンと揚げ亭に来たのはアルゴ隊に新しく入った巨人の少年であった。


 人語が理解出来ず人間を怖がっている少年は都市内に入ることさえ恐れていたが、イアソンに促されて初めてまともに都市内を歩いた時、立ち寄ったのがオー・メドックに出店中だった揚げ亭であった。


 巨人にんげんの少年は「にんげんだらけ」の都市内を半泣きになりながら、イアソンを両手でギュッと握りしめ歩いていたが、イアソンに「これぜったい美味いから食え!」と揚げクレープを勧められると、目を白黒させながら貪り食べ、何十個ものクレープをペロリと平らげてしまった。


 長らく文明とは無縁で、都市郊外で一人、魔物を生で食べて命を繋いできた巨人の少年にとって、食事が「たのしいこと」になった契機となった。


 契機となったが、やはり直ぐには都市内には馴染めず、その日は都市郊外に帰っていき、アルゴ隊に入って以降いつも一緒にいてくれるイアソンと一緒に共に大木に寄りかかりながら眠りについた。


 眠りにつこうとしたが、直ぐには眠れなかった。


 歯ぎしりしながら少年の頭の上で寝ているイアソンがうるさかったのではなく、少年の胸中には昼間食べた揚げクレープの味が忘れられものとなって残っており、月を見上げながら何度も口中のヨダレを飲み込む事になった。


 翌々日。イアソンが仕事でおらず、他のアルゴ隊所属冒険者と都市郊外で留守番している中、ガマンできなくなった少年は一人こっそり、オー・メドックへと向かっていった。


 都市の中は少年にとって、慣れ親しんだ都市郊外より怖いもので、この日は頼りのイアソンもおらずひとりぼっち。それだけに不安で胸がいっぱいで、何度も泣きそうになりながらも、それでも揚げクレープが食べたい一心で必死に走った。


 人の多い表通りは避け、裏路地で巨体を詰まらせそうになりつつ進み、屋根上をドシンドシンと飛んで進んでいった。何度か見知らぬ人間に「ウチの屋根踏むな」と怒られたが、彼には相手が何を言っているかわからず、ただ怖がって逃げる事しか出来なかった。


 右往左往し、何とか都市間転移ゲートでオー・メドックに降り立った少年は、夢にまで見た揚げクレープ屋台にたどり着き、夢中でクレープに手を伸ばした。


 手を伸ばしたが、ペチンと大きな手のひらを叩かれる事になった。


「コラッ! 欲しいなら金出しな!」


 屋台主に怒られたのだ。無銭飲食未遂だけに怒られるのは当然だったが、ろくに人語を理解していなかった少年は、相手が何を言っているかわからなかった。


 わからなかったが怒られたのが怖くて、一時逃げて、揚げクレープ食べたさに近所をそわそわとゴリラのようにウロウロし、食べさせてもらえそうにないので、ついにポロポロ泣いてしまい、帰ろうとしたところで大慌てで少年を探していたイアソン達に拾われ、元いた場所に戻る事になった。


 少年は大木に寄り添って三角座りで塞ぎ込んだ。イアソン達が事情を聞いても、イアソン達が何を言っているのかもわからず、黙り込んで都市の中は「しらないことだらけ」「こわい……」という認識を深めていった。


 アルゴ隊とバッカス政府は少年が何をしていたのかを聞き込みで把握し、イアソンが揚げクレープを急いで買いに行って差し入れたが、少年はもう揚げクレープすら怖がって、手をつけなくなってしまった。


 言葉がわからない。


 それでも、異常なほど強い巨人の少年。


 いまは都市内と人間を怖がっていても、それでもいずれは社会復帰させないといけないと考えられていたが、あまり好奇心を煽り過ぎると一人で都市内に乗り込んで大変な事をしでかすかもしれない猛獣。


 政府もアルゴ隊も、少年をゆくゆくは社会復帰させるにしても、当分――ひょっとすると何十年も先の事になるかもしれないと諦めかける事となった。


 イアソンはただ一人、猛烈に反対した。


「総長、アイツはちょっと、無理だ。可哀想だけど、かなり時間かけて慣らしていくしかねえよ。無理に放り込んで殺人とかさせちまったら、酷いだろ」


「ばかやろう! アイツが一人でおつかいいけないと、ダメだろー!?」


「何で」


「グフフ♪ ぼくのパシリにするために決まってるじゃん!」


 イアソンは「ぴょん♪」と飛び跳ねながら答えた。一同は呆れた。


 呆れつつイアソンの事は放っておいて、下手に少年の好奇心を煽らないようにしつつ長い時間をかけて社会復帰させていく事にした。


 一方、イアソンは好き勝手に振る舞い、「わっせ! わっせ!」と運んできた大きな絵本を少年にめくらせ、読み聞かせていった。読み聞かせ以外にも、何とか言語の勉強をさせようとし、都市内の「おもしろいこと」を語り聞かせていった。


 少年は、イアソンが何を言っているかわからなかった。


 わからなかったが、特に害のなさそうな小さなゴブリン種が笑って話をしている様子は、「たのしそうにしている」とは思っていた。


 三角座りして、大人しく話を聞いていた。



「ぼくはお前といっぱい、い~っぱい、お喋りしたいんだけどなー?」


「ぅー……」


「やっぱりな? 話が通じると楽しいぞ! 頑張って喋れるようになれっ」


「ぁおしぃ」


「たのしいぞ?」


「あおしいぉ?」


「た・の・し・い・ぞ」


「あ・お・し・い・ぞ」


「おっ! いいぞ! その調子だ♪」


「ァー♪」


「…………お前、いままで、誰ともお喋りしてこなかったのか?」


「ァー?」


「なあ……お前のパパとママは、どこにいるんだ?」


「アア、ぉ、まぁま……?」


「ま……いっか! ぼくもいないから気にすんな♪」


「ァ~♪」



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