番外編TIPS:世情編:海難
世界開拓事業を最大の障害は「海である」という理論がある。
大元を質せば最大の障害は神なのだが、それを除けば「海」が事業を遅らせているとされている。魔物はその次、あるいは両方が組み合わさる事が障害なのだ。
都市郊外は魔物が跋扈しており、陸であればまだ橋頭堡である都市や野営地を築いていけばいいが、海は都市が築き難く、島に作ったところで目視による魔物発見を阻む水場に囲まれる事となる。
レイラインの要所として注目された島を何とか拓いたものの、毎日のように海伝いに魔物が押しかけてくるうえに、日頃からの駆除が難しい事から何度か都市を放棄して撤退せざるを得ない事態になった事さえある程である。
隣地や遠征経路に海があるという事はバッカス王国における開拓停滞期は海による影響が多大にあったと言っても過言ではない。停滞期は海では無尽蔵に再生する竜種・大海魔が好き放題に海を闊歩している事もあり、並大抵の船では海峡を挟んで逆側の大陸に渡るのも一苦労という時代が確かにあったのだ。
この海難による世界開拓事業の停滞を打破した二大要因は「ブロセリアンド士族の成長」と「氷船の誕生」であったとされている。
開拓初期に海城都市・パトリモニオを抑え、連日のように海での戦闘を繰り返していたブロセリアンド士族は他の追随を許さないほど海戦の経験を積み、停滞期前は影の薄い士族であったのが海戦巧者として名が知られ、開拓に大いに貢献した事で一気に有力士族への地位に向かって上り詰めていった。
ブロセリアンドの存在が海での戦闘を勝利に導いたのに対し、氷船の誕生は「海上での連戦」を可能とした。壊れても壊れても中枢が破壊されない限り、大海魔と同じく海水によって船を再構築する氷船は不沈艦として海に在り続けた。人が折れない限り、戦場と城を提供し続けたのだ。
3隻の氷船に運ばれたブロセリアンド士族戦士団を中核に据えた決死隊が大海魔の発生源である島に向かい、10匹の竜種との激戦の末に多大な犠牲を払いながらもオー・メドックを拓いた事が停滞期を終わらせたとされている。
アルゴ隊のイアソンは神相手に「十二の試練を打破したら望む事を教える」という取引を締結し、神託書で最初の試練を知った後、直ぐに海へと向かった。
海でブロセリアンド士族の所有の――氷船の発展形である――巡航島に乗り込んだイアソンと巨人の少年、そして好き好んでついてきた一部のアルゴ隊メンバーは遠洋漁業中の島で酒盛りしつつ海の幸に舌鼓を打ち、試練の時を待っていた。
「総長、その試練っつーのはまだなの?」
「つーかもう1ヶ月近く船旅……いや、島旅? が続いてるんですけどぉ」
「そうちょ……」
「新鮮な魚は美味いけど、さすがに1ヶ月も続くと飽きるな」
「肉食いてえ」
「ぼくに文句言うなよ! ここらにいる筈なんだよ~」
「ここらって、ここ、大洋のド真ん中ぐらいじゃない?」
「海底すら見えないぐらいのな」
「そうちょ……」
「なんだ、どーした?」
遠慮気味にイアソンに呼びかけていた巨人の少年は、青ざめながら「なんかいる……」と呟いていた。奇しくもそれは島の探信が敵影を捉えた時の事であった。
その1分後、巡航島は「何か」に乗り上げる事となった。
海難による開拓停滞期は既に終わった。
だが、海そのものは最大の障害で在り続けている。ブロセリアンドと氷船はあくまで海戦勝利の始まりに過ぎず、海という障害に完全対応したわけではないのだ。
海は未だ、魔の領域である。