番外編TIPS:狩猟方法:引き狩り
主に全長100mを超える魔物を狩る際に使われている手法。囮を使い、超大型の魔物を都市近郊まで誘き寄せてくる狩猟方法である。
引き狩りを行う目的は「経費削減」が第一に挙げられる。
超大型の魔物は巨体ゆえに討伐の難易度も上がりがちだが、討伐に成功しさせすれば非常に儲かる。儲かるのだが巨体過ぎて解体した部位を運搬するだけでも大変な労力がかかり、場合によっては運搬・護衛費で利益の大半が消し飛ぶ事もある。
引き狩りはその運搬・護衛費等の支出を大幅に省く事が可能である。
魔物を生かしたまま都市近郊まで誘き寄せ、倒す事で都市と魔物の死体の間を行き来する距離を縮める事が出来るのだ。
郊外奥地まで討伐隊と運搬部隊を派遣する場合、拘束日数は相応に増え、人件費もそれに伴って増加する。が、引き狩りの場合は囮部隊が都市近郊まで魔物を引っ張ってきたところで討伐するので解体と運搬を1日で済ませる事すら可能となる。
都市近郊の魔物は奥地より比較的弱いため、近郊まで引っ張ってきさえすれば安価に雇える駆け出し冒険者を臨時の人夫にする事も可能。そのため討伐企画者のお財布に非常に優しい。とっても経済的な狩猟方法である。
ただ、討伐に至るまでの難易度は単に奥地で討伐する時よりも上がりがちだ。都市近郊での討伐に失敗すると都市に大被害が及び、最悪、都市を放棄せざるを得ない事に繋がりかねないので注意が必要になる。それによって生ずる損害賠償は一冒険者が負えるものではない。
必要な注意は「①討伐出来るか否か」「②冒険者ギルドへの事前通知」「③都市の管理者の許可」「④討伐後の解体・運搬」が主だったものである。
まず「①討伐出来るか否か」についてだが、ここで重要なのは都市近郊で戦闘をさせる討伐部隊の本隊が十分な実力を持っているか否かと、誘き寄せを担当する囮部隊がちゃんと任務を遂行出来るか否かである。
囮部隊は討伐対象を殺さず生かして連れてこなければならず、当然、その討伐対象から攻撃を受けながら逃げ続けなければならなくなる。他の魔物もちょっかいを出してくるので不眠不休で1、2週間ほど都市郊外を走り続けないといけないという事もある。
つまり、色んな意味で死ぬほどつらい。実際死ぬ。囮部隊を2つ以上用意し、囮を交代しながら誘き寄せを担当すれば負担は減るが、人件費は増える。
次に「②冒険者ギルドへの事前通知」について。
事前通知をする必要があるのは、引き狩りがそれだけ危険な狩猟方法であるためだ。囮部隊が壊滅するだけならまだ良しとして、半端なところで放り出された超大型の魔物が適当に暴れ始めると無関係の冒険者すら巻き込む事がある。
それを可能な限り防ぐため、ギルドに引き狩り中である事を通知し、ギルドを通じて「引き狩り中ですよ」と注意喚起をしてもらわなければならない。
事は通知だけでは終わらない。許可も取り付けなければならない。
いざ都市近郊への誘き寄せが完了しても討伐しきれないと都市が危ういので、具体的な討伐プランを提出する必要がある。加え、ある程度の実績を求められる。実績とは主に超大型の魔物を実際に討伐した事があるか、である。
こうして事前通知したうえで許可を取り付けるとギルドから専猟許可証を発行して貰う事も出来る。他団体による横取り防止を法的に行って貰えるのだ。ちなみに囮部隊が都市から進発する前に事前通知出来るとは限らないので、囮部隊が帰ってきてる最中、先行した伝令が急ぎ事前通知に必要な情報を提出していくという事が多い。どんな魔物と出会うか不確かな事も多いためだ。違法スレスレだが。
ギルドの許可を取り付けても「③都市の管理者の許可」が必須となる。「お前んちの庭で生きたまま猪殺すで!」という話なので当然といえば当然だろう。ここではギルドに提出した書類の複写とギルドの許可証の提出を求められるが、それに加え、しばしば金銭を求められる。
庭先を使わせてもらう以上、使用料を寄越せという話である。引き狩り成功の上がりを寄越しやがれと言われるのである。失敗したら大惨事なので当たり前だが、都市によってはとんでもない金額を吹っかけてくる。
これは武闘派士族によく見られる事で、自分達で引き狩りするので他所が手出ししないようハードルを高めているためだ。嫌なら郊外奥地でせっせと頑張れ、という話になる。これもまた都市開拓を行う事で得る事が出来る利権の一つであろう。
余談だが魔王直轄都市の場合、③の許可は②の許可の時点で兼ねる事が可能である。面倒くさくないうえに請求される上がりも他所より良心的なので、市井の冒険者達の味方である。比較した場合は味方である。貰うもんは貰う。
最後に「④討伐後の解体・運搬」に関しては引き狩り企画者が自分達で解体や運搬を専門にする冒険者クラン等に手配しても良いが、冒険者ギルドに臨時で依頼を発布してもらい、人員を掻き集めるという方法もある。どちらが安上がりかは時と場合によるが、質を取るなら前者の専門家に頼むべきだろう。無論、討伐だけではなく解体と運搬も全て自前でやるのも手だ。
バッカス最強の冒険者クラン・アルゴ隊も時折、引き狩りを行っている。いまいち結束力のない彼らが比較的結束する数少ない瞬間である。
総長のイアソンは引き狩りの名手であり、単に囮役として優秀で死んでもあんまり惜しくないというだけではなく、引き狩りするうえでのルート設計や必要手続きや討伐後の処理、金勘定が巧みゆえに名手と言われる。
他のアルゴ隊メンバーは言われた通りに誘き寄せの露払いを手伝いを行い、後は適当に、流れで、討伐対象をボッコボコにするだけ。面倒な事は全てイアソンが手配してくれるので、この辺りの手際の良さがアルゴ隊にズボラな腕利きを集めている要因なのかもしれない。程々に見ておかないと金に汚いイアソンが「ぐふふ♪」と笑ってちょろまかしていくが。
アルゴ隊に所属していたタルタロス士族所属の巨人種の戦士・テラモーンは前線で戦いつつもイアソンの事務仕事を手伝わされ、よく総長の抜かりの無さに舌を巻いていた。
金に汚いわりにクランをいまいち統率する事がない総長に胃を痛めてよく死んでいたが、クランを脱退した後もイアソンとの交流は続いている。
テラモーンは元アルゴ隊のわりに常識人であるため、アルゴ隊が拾った巨人種の少年に関しても気をもみ、やんわりとイアソンに進言する事があった。
「彼は良い戦士ですね。間違いなく、バッカスを代表する冒険者になるでしょう」
「だろ♪ ぼくの一番の子分だ! ぐふふ♪」
「ですが、まだ幼すぎる。まだ日常生活は難しいにしろ、総長の頑張りでかなり人と交流出来るようになりました。完璧ではなくとも……そろそろ、冒険に連れていくのは止めて……どこかの家に預けるべきでは?」
「…………なんだよ、お前のとこの士族長に、引き抜いてこいって言われたのか」
「ええ……。ただ、それに関しては断ってください」
「お前の立場とかあるだろー。元アルゴ隊の肩書とか使って、無理やりでも連れ帰って、タルタロス士族の戦士として仕込むつもりだろ?」
「士族長はそういう意向です。私も職務上はそれに従わざるを得ませんが……ですが、士族長の言動が、年々、目に余るものになりつつあります。いま彼をタルタロスに引き込むと、絶対、ろくな事になりません。なのでお断りください」
「お前、色々ヤバイだろ。タルタロスなんて放り出して逃げてこいよ。ウチは、ぼくを筆頭に問題児ばっかりだから、いまさらタルタロスに糞恨まれてるヤツがきても問題ないぞ! またお前をこき使ってやる! ぐふふ♪」
「お気遣いありがとうございます。ですが、私も家族がいるので……」
「……マジでヤバイ時は、ちゃんと頼れよー」
「はい。……まあ、その話はさておき、彼についてですが、例えば……グレンデル家の方であれば、どうでしょう? 同じ巨人種という事もありますし、政府とも近しいのでいざという時は――」
「うるさい」
「いえ、ですが、総長……」
「うるさい、うるさい、うるさいっ!」
イアソンは元部下を前に、駄々っ子のように暴れた。
「アイツは、ぼくの部下だ! もうずっと、ぼくの部下なんだ! 他のヤツになんてやるもんかっ! こ……今度は、大丈夫なんだ……アイツは巨人種で、まだ若いから……今度は、ぼくの方が、先に死ねるんだ」
テラモーンは胃までは痛めずとも困った顔を見せつつ、イアソンに「彼のためにも、よく考えてあげてください」と告げるのだった。




