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人財コンサルティング株式会社  作者: ねへほもん
9/9

第9話「SNSマーケティング②」

「君、今日はこのスライドを頼むよ。」


仕事の依頼だ。

僕は人材A。

新進気鋭の社会人2年目・・・と言いたいところだけど、正直意欲は低下気味。


仕事の帰りが遅くてしんどい。

最初のうちは、新鮮な気持ちで「コンサルってカッコいい!」と思いながら取り組んでいたけど、1年も経つと気づいてしまう。

所詮、同じことの繰り返しなのだ。


まずは事例の理解。次に人財の方々の意向を忖度する。そして意向に沿ったプレゼン用のスライド作成。最後に機会があれば、クライアント向けにプレゼンを行う。

このルーティーンをただ回し続けるのみ。正直飽きてくる。


自分なりのアイデアを取り入れられると楽しいのだろう。だが、それは人財の仕事であり、24時間常に戦闘態勢と言わんばかりの、意欲溢れる同期の仕事である。

奴らには敵わない。僕は身体を壊さない範囲で働き、「人財の腰巾着」として人材を維持できている現状に満足しておくよ。


今日は周りが騒がしい。

"AIのEye"プロジェクトの第2弾が開幕するのだと上の方々が意気込んでいたが、僕には関係のないことだ。

それよりも、僕は今日成し遂げなければならないことがある。


今日は月末の金曜日。

つまり、


"プレミアムフライデー"


だ。


一般企業ではほぼ定着しておらず、忘れ去られているかもしれない。

だがうちはコンサル会社。流行に目ざとい我が社だから、「こういうセールをすると集客力がアップしますよ!」「プレミアムフライデーでも帰れるような業務施策を取り入れませんか?」と積極的に売り込んでいった。

売り込んでいくと、「御社では実践されているのですか?」という質問を受けるから、うちでも15時退社が推奨されている。


うちも忙しいから、なかなか帰れる人は少ないし、僕は今まで15時退社を実現できたことはない。しかし今日は、うまく他の同期に仕事が回ったお陰で、僕の作業量は少ない。スライド10ページを作成するだけだ。といっても、僕の標準スピードだと1ページ1時間だから、10時間も掛かってしまう。

秘策はある。


「失礼します。」

「どうした?」


この人は人罪A・・・って1人しか居ないんだった。

人罪に落ちた途端、転職に追いやられる我が社で珍しく、5年間も人罪に居座り続ける番人だ。初仕事のプレゼンでやらかして降格したらしいけど、5年間も働いた実力は本物。作業スピードだけなら、人材で普通に5年間働いた人よりも格段に速い。


そう、この人に作業を頼むのだ。


といっても、これは"裏の仕事"だ。タダでは頼めない。大体1時間程度の作業量につき、千円札1枚で引き受けてくれる。まぁ、この人の1時間は常人の1時間とは違うんだけどね。

スライド2ページを千円で引き受けてくれた。


今は10時。朝一番の自分は冴えているようで、挿入する図が一発で良い感じに決まり、既に1ページを完成させている。残り7ページ。1ページ目のように、30分1ページペースで進められれば、15時退社も夢ではない。


・・・・・


ダメだ!進まない!!!

SNSの種類をイラストで紹介するページを作成しているのだが、図が多すぎて時間が掛かる上に、スペースの限られたスライドに、複数の図を詰めるにはバランス感が必要だ。


周りがお昼に立ち始める。ふと時計を見る。


もう12時だ。


後3時間しかない。それに、お昼休みを犠牲にしてまで15時退社を狙う意味もない。

ここは仕方ない。1回で止めたかったが、もう1回位はいいだろう。


「すみません、後2ページお願いできませんか?」

「どうした、何回も頼んでくるとは珍しいな。今日は何かあるのか?」

「今日はプレミアムフライデーで・・・」

「そんな話もあったな。時給労働者の俺には関係ないがな!いいだろう。15時に帰れるように協力してやるよ。」


また千円飛んでいった。「時は金なり」とはこのことか。

昼飯を軽く済ませ、12時半から作業再開だ。


2ページ進めて、4ページ依頼したから、残りは4ページだ。気合を出せば2時間半で終わるはず。

そう、あの二千円は無駄ではなかったのだ。

後は自分でやり遂げてみせる!


次はマーケティングの説明だ。「4P」とか「3c分析」とか、見慣れない用語が出てくる。

当然、中身が分かっていないと説明スライドが作れない。調べるのに時間が掛かるぞ・・・

まだ1ページも進まない。


しかし時は無常なもので、もう14時になってしまった。

ここまで来ては引き下がれない。


「度々すみません。後2ページを・・・」

「これでもう6ページだぞ。他から頼まれた作業もあるし、今日中に終わるか怪しいぞ?」

「大丈夫です。来週月曜日の夕方までなので。」

「りょーかい。やっておくよ。」


さて、また千円飛んでいった。

しかし、後は自分の力で終えられるはず。

そんなことを何度言ったことだろう。


14時50分。僕は、更にもう1ページを人罪さんに頼んだ上で、無理矢理15時退社を決めた。

10ページあるスライドのうち、7ページを外注する。

ここまで決死の思いで掴んだプレミアムフライデー。

その目的は・・・


特にない。


金曜日から早めに旅行に出て、2泊3日の旅をする。海外に出かけて、明日の朝一番から外国で活動し、土日だけでも十分に回れるようにする。世間ではそんな話があるようだが、それは素人のやり方だ。

結局時間に追われる生活ではないか。


違うのだ。「時間がある」という自由を存分に味わうこと。会社の同僚よりも、「時間」という得難い資産をより多く持っているのだという優越感に浸ること。これこそが、プレミアムフライデーの意義ではないか。


だから僕は、ビルの1階のカフェでコーヒーを啜りながら、自分の会社のフロアを見上げるのだ。

あぁ、君たちはまだあくせく働いてるのだな、と。うちの会社の定時は17時半だが、定時きっかりに帰れることは少ない。基本は残業だし、定時退社の場合でも、定時になってから片付けを始めると、何だかんだで18時にはなってしまう。

つまり、僕は今日、定時退社の人よりも、3時間も多くの時間を有していることになる。


何という自由。


何という優越感。


君たちはフロアは上かもしれないが、気持ちの持ち様では、僕の方が圧倒的に上から見下ろしているよ。

社会人の「3時のおやつ」は格別だった。


他社の定時帰りの波に呑まれぬよう、早めに17時発の電車で帰路に就き、夜の混雑前に、自宅近くの行列店で夕食を済ませ、ちょっと贅沢な気分を味わいながら家に着いた。


あぁ、何という幸せ。

少し時間をずらすだけで、周りのサラリーマンと顔を合わせることなく帰ることができた。あの疲れ切った顔は目の毒だ。それよりも僕には、生き生きとした学生に囲まれながら飯を食う方が性に合っている。自分の時間を突き付けることで、僕は社畜から決別したのだと!

そう、思えたのだった。


あまりの早帰りに、少し不安を覚えて、会社のケータイを覗いてみたが、特に仕事の依頼は無くて安心した。

その代わり、スライドの完了報告が届いていた。

あの人は相変わらずはえーな・・・

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