第6話「材が罪になった日②」
6月20日 第1回プレゼン
この日は社内のプレゼンだった。
俺の会社では、取引先にプレゼンを行う前に、通常2回のプレゼンを行う。
第1回で人財達から色々と指摘を受け、それを基に修正して第2回のプレゼンを行い、OKを貰えたら本番という流れだ。
「それでは、磯原食品工業向けの、人事案に関する第1回プレゼンを開始します。」
いよいよ開始だ。社内とは言え、俺にとっては初のプレゼン。人財達が10人程度集まる会議室の中、たった1人で説明するのだから、非常に緊張したことは言うまでもない。
「"AIのEye"で新人採用を増やし、現在クライアントが強化している飲食店への展開や、ネット販売への強化に充てます。営業関係の事業部再編を行い、卸売・小売チャネル、飲食店チャネル、ネットチャネルといったように販売経路ごとに部門分けを行います。それぞれ新人と先輩の人数比が同じになるように調整し、適切な指導関係を築けるような形にしてはいかがでしょうか。」
「質問だが、給与体系や人事制度は何か変更するのか?人事コンサルの基本は、給与体系、人事制度、部門再編の3本柱だろう。」
「採用費や人員数の増加による影響はいくら位なのだ?クライアントは売上が急成長していて、人手が足りない状況だと言っても、支出が増えすぎると払えなくなるだろう。」
「適切な指導関係とか曖昧な提案をしても仕方がない。人件費の影響額もそうだが、部門ごとの人数といった数字で提示した方が先方もイメージが湧くだろう。」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
結局、「検討しておきます。」の一点張りで、ロクに回答することが出来ずに第1回プレゼンは幕を閉じた。
あーあ、散々だったなぁ。
とはいえ、貴重な指摘が受けられた。
第2回が本番だ。
こんなことでへこたれる訳にはいかない。
俺は社畜という自認は無いが、そうはいっても自分の仕事を完遂したいという程度の意志は持っている。
以後、クライアントへの訪問、人事関係の専門書の熟読、パワポ資料の修正と、第2回プレゼンの準備にひたすら明け暮れた。
完成できるのか?という不安の中、毎日が終電帰りとなりながらも、何とか期日までに仕上げることが出来た。
いざ・・・勝負だ!
7月1日 第2回プレゼン
改良したパワポ資料に従い、俺の案を説明していく。
ざっと以下の通りだ。
・"AIのEye"担当者より、50人は採用できる見込みだと聞いているため、人員数は300人から350人に増える見込み
・人件費は新人1人に20万円として、50人採用で1000万円の増加。一方事業拡大による増収額は5000万円なので、採用コストを含めても割に合う
・営業部門の事業部割りは卸売・小売、飲食店、ネットの3つに分け、人数比は売上比率から2:2:1とする
・新人が若い発想力で新規の取引先を開拓した場合に、その成果に報いられるよう、現在の給与の3分の1を成果連動にし、主に事業部の売り上げ実績に応じて増減し、一部個人の実績も考慮する
これだけなら、前に受けた指摘に対応するだけに過ぎない。
重要なのはここからだ。第1回のプレゼンで、説明する内容の数倍の準備をしておかないと、咄嗟の質問に答えられないことを学んだ。
さぁ、かかってきやがれ・・・
「人員数についてだが、300人しか居ない会社でいきなり50人も増えると、オフィスが手狭になるとか不都合が生じるのではないか?リストラは考えていないのか?」
「特に考えていません。売上高が前年比で1.5倍になっており、50人程度の増加であれば許容可能であると思います。」
「人件費についてだが、増収で人件費の増収を吸収可能という検討で止めるのかね。会社の成長が続くかは不確実なのだから、人件費だけ増やし続けるのは良くないのではないか?
「一部を成果連動報酬とすることで、成長が止まった場合には人件費の増加を抑えられるようになっています。」
よし、今日はちゃんと答えられている。この調子。
「もっときちんとコストを抑えた方が良いのではないか?人員構成的に40代以上が多いのだから、そこを削るという手があるだろう。」
「現在の売上の拡大については、磯原社長を中心に若手が出したアイデアがヒットしているのは事実ですが、実際に新規の飲食店を開拓できたのは、ベテランの方々の人脈によるところが大きいです。既存の卸売・小売の取引先からの繋がりを少しずつ広げることで、一介の中堅企業に過ぎなかったクライアントが売り上げを徐々に拡大できたのです。」
そう、社長就任から2年も経たない磯原氏を支えてきたのは、先代から仕え続けたベテラン勢だった。度重なるクライアント訪問を通じ、突拍子もないアイデアを連発する社長のリクエストに困惑しながらも、今までの経験を活かすチャンスとして懸命に働くベテラン達の姿を見てきた。
表では飲食業界への売り込み、ネット販売の拡大、SNSによる販促と若々しいアイデアを出す若手が輝くが、実際の仕入の調整、新規の取引先に売り込む商品の開発、営業努力といった裏方の役目を、各部署のベテラン同士が阿吽の呼吸で繋げることで、その斬新なアイデアを実現してきたのである。
「だが、もう十分販路は拡大したのだから、そういう役割はもはや不要という見方もできるだろう。人件費が安い方が会社にとって良いのは当然のことだろう。」
「後成果連動報酬についてだが、なぜ部署毎の評価がメインなのかね?個人ごとに決めた方がより個人の努力を促せるのではないか。」
んっ、何かがおかしい・・・?ちゃんと受け答えしているはずなのに、全く納得してもらえない。
「成果を個人ごとに測るのが難しい面があるからです。営業であれば実際に取引先を開拓した人が評価されるのは当然ですが、自分の人脈からその新規の先を紹介してもらった人、営業開拓用のプレゼン資料を作った人、人脈の元となる既存の取引先との関係を維持する人と色々な人の協力があってこその成果なのです。」
「社長は、自分が面談して評価の参考にすると言っていたぞ。面談で陰の努力も評価されるのではないかな。」
「ここだけの話ですが、磯原社長は若手を重用しており、自分より詳しいからと色々と苦言を呈するベテラン勢を嫌っていると聞いたことがあります。」
上司達の顔が明らかに曇った。
「そ、そんな私情で評価が悪くなる訳がないだろう!とにかく、若手にもチャンスがあるように、もっと年齢に関係ない平等な評価制度にするぞ!資料は今言ったような形に直しておいてくれ。」
結局俺の意見は却下される形で、第2回プレゼンは終了した。
意味わかんねーというのが本音だが、上司達の裏の意図が見えてきた気がする。
磯原社長の意図「疎ましいベテラン勢を黙らせるために、評価制度を変更したい。成果連動型にして、自分の意向で給料を決定できるようにすることで、ついでに人件費を抑制する。」
俺の会社の意図「"AIのEye"プロジェクトの実績作りのために、300人の会社で50人採用という高い目標を立てた。達成が難しい数値だが、評価制度を年齢に関係なくフラットにすることで、新人を呼び込めるようにする。」
結局、上の者どもの悪だくみに下は振り回されるだけなのだろうか。
ホント、ただの制度の改悪じゃねぇか。
クライアント訪問で、若手の人にも話を聞いたが、給与を成果連動とすることに不安を持つ人が意外と多かった。社内で日々社長と同じ空気を吸っているからこそ、分かることもあるのだろう。
300人の会社に50人の新人が押し寄せ、給与を個人ごとの成果連動とし、その成果は社長との面談結果で決められたらどうなるか?結果は目に見えている。
新人教育のために若手は時間を取られる。しかも、後輩に成果で抜かされるおそれがあるから、真面目に教えようとしない。営業資料作成のような地味な作業は押し付け合いになり、部署内がギスギスする。
アイデアマンの社長に気に入られようと、みんなが新規のアイデアばかりに目を向けるようになり、既存の取引先との関係が疎かになる。今はたまたま新規の施策が成果を出しているものの、いつまでも成功は続かないし、ネタは尽きてくる。見込みのない事業にまで手を出すようになると、拡大のツケはいつかは回ってくる。
だが、俺はそんな改悪案の資料に作り替えるように命じられた。
所詮「人材」は「人財」の手駒に過ぎないのだろうか。
この目に見えた失敗が実現した時は俺の責任と扱われるのだろう。
「今なら、まだ変えられる。」
反逆心に火が付いてしまった。
クライアントにとっての利益という観点では、正しいことなのだろう。
しかしその選択は、俺にとって"破滅"を意味するものであった。